世界選手権-世界選手権新人戦 第5章
魔法科と魔法技術科の生徒全員が講堂に集った。
サトルが司会進行役を務め、現生徒会長である光里会長から挨拶があった後、直ぐに予選会出場者の氏名が読み上げられることになった。
まず、世界選手権の予選会出場者から。
世界選手権は3年と2年の混合だが、よほどのことがない限り、3年は引退している。沢渡元会長は薔薇大学に推薦入学が決まっているので競技出場ができるらしい。
沢渡剛3年。
光里陽太2年。
光流弦慈2年。
羽生翔真2年。
三枝美優2年。
MAXは6名のはずだが、5名の推薦に留まった。
3年は受験があるから薔薇大学進学が決まっている沢渡元会長だけが指名されるのもわかる。
2年では光里会長は鉄板。三枝美優先輩は生徒会を辞めたとはいえ2年女子のホープだから出場も納得できる。光流先輩や羽生先輩も調子が良さそうにみえる。
次に、世界選手権新人戦の予選会出場者が読み上げられた。
四月一日逍遥1年。
岩泉聡1年。
八朔海斗1年。
瀬戸綾乃1年。
南園遥1年。
こちらもMAX6名だが、5名が選出された。
総勢9名が壇上に並び、皆からの拍手を受けていた。今日はサポーターの紹介はなかった。
なんか、前もそうだったけど、俺の番になると極端に拍手の数が減って、その代り悪態つく奴が出てくる。今回もそれは同じで、ブーイングする生徒や、カスとかボケとか聞こえる。
そういえば、このような場面でいつだったか、沢渡元会長がブチキレてそいつらを留年させたことがあった。
そういう場面に出くわすからこそ、俺に対する反発や退学したやつらの報復行動などという噂が立つのだろう。噂の件、あとで数馬に教えておかないと。
壇上から降りて所定の位置に立つよう促される俺たち予選会出場者。俺は1年の一番後ろに並んで数馬と離話を始めた。早速数馬がさっきの有り得ない出来事を俺に聞いてくる。
「あれって一体何?」
「ブーイングのこと?」
「そう。あんなことされる謂れはないんだけど」
「落ち着いて、数馬。俺第3Gとして全日本とか薔薇6とかメインの大会に全て選ばれててさ。それが気に入らない人はたくさんいるんだよ。魔法力の問題じゃないんだ」
「でも試合観れば君の魔法力は認めざるを得ないだろ」
「GPSやGPFではそれなりだったけど、前期の全日本や薔薇6では大した仕事してなかったからね。俺としては精一杯やったつもりだけど」
「それにしてもあれは酷い」
「気にしたらお終いだから」
数馬はしばらく黙っていたが、数馬のほうを振り返ると了解したというように、こちらを見て一回だけ頷いた。
その後、麻田先輩から予選会の日程と当日の競技に係るレクチャーが始まった。
予選会は日本各地で推薦を受けた選手が会場に集って魔法力を競う。
だが、日本各地で推薦される人数は多い。そこで、東日本と西日本に分れ予選会東日本大会と西日本大会を実施し候補者を男女別に10名に絞り、予選会の本戦で激突させるという。
実施時期は1月末。
世界選手権予選会は2,3年が出場。
実施種目は『プレースリジット』と『エリミネイトオーラ』。
新人戦予選会は1年だけが出場。
実施種目は『デュークアーチェリー』と『バルトガンショット』。
え?と声にならない声で驚いていたのが1年女子だった。
噂では『スモールバドル』が女子の実施種目に入っていて、『バルトガンショット』は男子のみだろうと言われていたからだ。
『バルトガンショット』の練習をしていなかったとなると、残る3日で成績を上げることは困難を極めるだろう。
ただ、南園さんと鷹司さんペアは『マジックガンショット』で射撃に慣れているので問題なしと判断したようだが、瀬戸さんの驚いた顔を見ると、これまで全く射撃系の練習はしていなかったらしい。
急ぎ瀬戸さんのサポーターとなった猪原さんが競技内容の説明と、実機でデモをするため瀬戸さんとともにグラウンドに向かう。
瀬戸さんにとっては厳しい予選会になると思われた。
『デュークアーチェリー』と『バルトガンショット』については、競技時間が短縮され15分になったことも併せて発表された。
『デュークアーチェリー』も『バルトガンショット』も、上級者になると15分以内に100発的を射抜くし、100個のクレーを撃つことができるので、こちらは問題がないとされていた。
『プレースリジット』と『エリミネイトオーラ』は追いかけっこのような競技なので、時間は短縮されない。
だがその分、魔法を行使し続ける体力と精神力が必要になるため、この2つの種目を同時に練習し予選会に臨み、2か月後に本戦があるというのは体力的にかなり難しく、熟せる人間はごく一部に限られる。
いずれにせよ、こちらも魔法力の低い人間には無縁の競技ということだ。
集合が解かれ、生徒たちはバラバラに講堂を出始めた。
生徒会の推薦を得られず項垂れている者もいれば、予選会出場者に声をかけ応援する者もいる。
逍遥や南園さんは皆から頑張れと声を掛けられていた。南園さんは生徒会の仕事もあるのでそのまま講堂に残っていた。
ところが、俺に対する悪口ならまだしも、サトルに対しあからさまな言葉を浴びせかける生徒が少なからず今もいた。
全日本時の、あの出来事を蒸し返す人間が残っていたのだ。
サトルは聞こえていないかのように振舞っていたけれど、その表情はいつもに比べやや硬直し肩で息をしているようにさえ見えた。
どうにかしなければ。
でも、俺に何ができる?ただでさえ「覚えはめでたい」と言われる俺が助け船を出したところで、2人とも荒波の中放り出されてしまうような事態に陥りはしないか?
俺はジレンマに悩みその場に立ち尽くしてしまった。
だが、そこに助け舟が現れた。
「そんなにいうなら、君たちが出ればいい。そして自分の魔法力の無さを思い知るがいい」
いつもならこの手の揉め事には口を出さない逍遥だが、今日は腹に据えかねたのだろう、皆の前に躍り出てサトルを擁護したのだった。
「生徒会が決めたことに異論があるなら、紅薔薇を退学してから言え!!」
そ、そこまでいうか、逍遥。
講堂を出ようとしていた九十九先輩たち3年も、逍遥の叫びに気付いたようで、続々と逍遥とサトルの前に集まり始めた。
九十九先輩は、相変わらず手厳しい。
「そこの1年。生徒会に刃向かうつもりで発言しているんだろうな」
上意下達を未だ地で行ってる勅使河原先輩も加勢する。
「聞き捨てならない発言だな。これは生徒会が決定したことだ。お前らに何か言われる筋合いなどこれっぽちもない」
その他にも3年の先輩方は5~6人いて、サトルに悪口を言い放った1年男子たちを取り囲み輪になって動こうとはしない。当然、奴らは輪の外に出ることもできず身動きが取れなくなった。
そこに、マイクを使った沢渡元会長の、地を這うようなドスの効いた声が聞こえてきた。
「お前たちは1年か。以前もこういった騒ぎがあったのを覚えているだろう。その時どうなったか忘れたのか?」
男子生徒たちは、どうやら、当時のことを思い出したらしい。
項垂れる者はまだいい。泣いて許しを求めるものがほとんどだった。
「お前たちのしたことは、生徒会の決定に対する謂れのないプロテストだ。反抗と言っても差し支えあるまい。生徒会としては、前回同様の措置を取らざるを得ない」
あら、それってもしかして・・・。
あーあ、また留年組が出た。
で、退学するんだよね、この場合。
馬鹿だよなあ、ホントに以前のこと忘れてたんだろうな。
馬鹿だよなあ。
逍遥に守られたまではいいが、逆に出た留年組をサトルは心配していたのだろう、オロオロとしてその場を行ったり来たりしていた。
その代わりに譲司がサトルたちに近づいてきて、魔法科留年組の氏名を確認しメモすると沢渡元会長に届けた。沢渡元会長は一度だけ頷くと、そのメモを見ることもせず光里会長に渡し、何か謝っているように見えた。
そりゃ、今の生徒会長は光里先輩だから沢渡元会長のしたことは越権行為かもしれないけど、光里会長が沢渡元会長に頼んだものかもしれないし、そこんとこは俺にはわからない。
どちらにせよ、紅薔薇高校における生徒会の力は今も強大で、一介の生徒如きがその弾幕を打ち破れるものではないということが、あらためて示された出来事だった。
一連のゴタゴタが収まり講堂から皆がいなくなったときだった。
講堂の端に数馬の姿が見えた。
数馬、まだ出てなかったんだ。
しかし数馬は俺が見たことのないような顔で、沢渡元会長を下目遣いで睨んでいた。まるで、そう、蛇のようだと思った。
何か今までの数馬と違う。
俺の前であんな表情を見せたことなどない。
俺は恐る恐る数馬に近づき、声を掛けた。
「数馬」
数馬は俺に気が付くことなくまだ蛇のような目つきで、異様な雰囲気を漂わせている。
「数馬!」
さっきよりも大きい声で数馬の名を呼ぶと、ふっと数馬の周囲の空気感が変化した。俺に気が付き、柔らかな眼差しに変わった数馬。
「どうしたの、海斗」
「なんだよ、その顔」
「え?どんな顔?」
「スゲー顔して沢渡元会長のこと睨んでた」
数馬は目尻を下げて小首を傾げながらその口元は上がり、先程とはまるで別人のようになった。
「ああ、こないだ昔話したらつい思い出しちゃってね、沢渡にガン無視されたこと。辛い時期に手を振り払うような真似されたから、今でも良く思ってないのが本音さ」
「そうかー。前に留年退学した奴等だって入間川先輩だって六月一日先輩だって沢渡元会長のこと恨んでるだろうしなあ。沢渡元会長は何だかんだ言って敵も多いのかもな」
「しっ、3年の先輩方に聞かれたら吊し上げられるぞ」
途端に硬直する俺。
ヤバいヤバい。
周りをすーっと見回して3年の先輩方が近くにいないことを確認し、俺はほっと一息ついた。
ホームズのいうとおり、俺は少々口が軽いのかもしれない。というよりは、周囲を見ないで発言することが多く自ら身の破滅を招くタイプらしい。
逍遥とサトルを応援したいところだが、こんなところで迂闊な一言を吐き、留年騒ぎに巻き込まれるのはまっぴら御免だ。
心の中でゴメン、と2人に謝りながら俺は数馬と一緒に講堂をそっと抜け出した。
「さて、今後は連絡入れなくても学校側が一切公欠で取り計らってくれるということで」
数馬がニヤッと笑う。でも、目が笑ってない。怖い。
「何を怖がる、海斗。予選会だって今の出来なら楽々通過できる。そうすれば3月下旬まで思いっきり練習できるということ。午前中は紅薔薇のグラウンド、午後は市立アリーナ、夕方は中学校のグラウンド。朝夕のジョギングと体幹の鍛練。練習メニューはほとんど変わらないけど、質を少しずつ上げていくつもりだ」
「質?」
「そう。『デュークアーチェリー』は100発100中を目指す。岩泉のようにね。『バルトガンショット』は、まず精度を上げる。3D画像取り込みと過去透視のコラボを完成させるんだ。もう少し記録は伸びると思う。で、あとは両手撃ちの練習も取り入れよう」
「予選会終わったら両手撃ちする約束だったもんな!楽しみだー」
「ただし、浮かれてると意外なことが起こらないとも限らない。その辺はここ3日で集中的に鍛えていくつもりだ」
「これからジョギングやるの?」
「もちろん。贔屓だとは絶対に言わせない」
数馬は数馬なりに俺のことを心配しているのかな。
俺は今日も言われ放題だったから。たまたま逍遥がサトルを擁護したから先輩方は誰もこっちにこなかっただけで。
俺に暴言を吐いてたのは、言わずと知れた宮城海音の取り巻き、親衛隊。
なぜあいつにそこまで服従するのかわからないが。
面倒見が良さそうでもないし、魔法力が高いわけでもない。聖人さんのように人格者でもなければ、数馬のようにアイドル系でもない。
何かネタ拾われてがっちり掴まれたのかな。誰だって1つや2つ、墓場、いや、地獄まで持っていきたいネタはあるもんだ。
いや、マウンティングの最たるもの、なのかも。
子どもたち当人が、または親同士が。
リアル世界には両親がマウントされてるから子供までマウントの憂き目に遭ってるという子はたくさんいた。
それはとても馬鹿馬鹿しい話で、子ども自身の出身学校はおろか父親の学歴だったり、現在の職業だったり年収だったりする。
主従関係にあるのでは?と思うほどの、まるでカースト制度。
たまたまリアル世界での俺の周囲はそういうマウント体質の家庭では無かったし、中学まではマウントなんぞ気にする生徒たちもいなかった。特に俺は亜里沙や明に守護されていたのでマウントの対象にならなかったのかもしれない。
しかし、俺が入学した泉沢学院高校はマウントの匂いを感じさせる学校だった。
父は医者とか会社社長とかザラだったし、裕福な家庭の子がたくさんいた。
そんでもって中学からの進学組はそういった裕福な家庭に生まれ育ち中学から私立に通ってた男子がほとんどだったのだ。
マウンティングされてんじゃないか?という男子を目にしたこともある。俗にいう「パシリ」みたいなことして、カバン持ちさせられたり、何か買い物に行かされたり。
あああ、また思い出してしまった。
あの学校のことを。
もう縁を切ったはずなのに。
数馬はキョトンとしながらも俺のもがきを見逃さなかったようだが、俺の心だけは読めたらしい。
もがいてる俺の心中については何も言わず、ポン、と肩を叩いただけ。
「さ、走ろう」
俺ももう、もがくことはしたくない。
「了解」
そういって、2人でジャージに着替え階段を走って降りて校門を後にした。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
ついに予選会東日本大会の日がきた。
各高校や、高校に通学していないために地域として枠組みを作り選出された者が予選会に出場する。
競技は市立アリーナと県立体育館やそのグラウンドで種目ごとに行われ、『バルトガンショット』と『デュークアーチェリー』は市立アリーナが会場になった。俺としては、市立アリーナはずっと練習してきた施設なのでラッキー、幸運だ。
『エリミネイトオーラ』は県立体育館のグラウンド、『プレースリジット』は県立体育館周辺を試合場として開催される。
関東、東北北海道を始め、国内すべての選出選手が一堂に集まるのは難しいため、まず東日本と西日本に分けた試合が行われ、全国のタイムで上位10名が予選会本戦に進出できる。
本戦に行く道はまだ半ば。そこに行きつく今回の予選会はかなり倍率が高そうだ。
アリーナ内で最初に行われるのは、『デュークアーチェリー』。
さすがの俺も、ちょっと身震いというか口の中が乾き心臓はドンドンと変な鼓動を打っている。
選手たちが集合する前に、数馬が後ろからハグしてくる。
笑いのツボを押された俺は、腹の皮が捩れるほど笑ってしまった。
「これで大丈夫。海斗、行ってこーい」
「よし、やるか!」
隣の演武場では、サトルが練習を始めるところに出くわした。
かなり緊張した顔をしている。
「サトル、焦んないで。君ならできるから」
そういうと、俺は自分の演武場に向かい練習を始めようとしていた。
そのとき宮城海音の試合着が目に入った。へえ、あいつどんな裏技で予選会に出られるようになったんだ?退学者では練習量やサポーターを見つけるのが難しいだろうに。
うーん、やっぱりマウントしてるからか?
その他にも、薔薇6で対戦した学校の生徒や全日本で顔を合わせた生徒もいる。ただ、俺は不覚にもその人たちの名前も顔も覚えていなかった。
向こうから話しかけられる分には名前を上手に聞き出す手があるが、話しかけられないと顔と名前が一致しない。どこの誰だか全くもってわからない。
あの時は覚えたつもりでいたのに・・・。完全に脳内ミスだ。
数馬は笑っている。
「東日本だけでも、100人をゆうに超える出場者だ。覚えてないなら会釈だけでいい」
数馬の言うとおり会釈だけにして、演武場に入り、ルーチンとして肩幅と同じくらいに足を広げる。
デバイスである右手人さし指。数馬は俺に求めているのは、100発で成功率10割。もちろん15分以内で、全てを的に射抜かせるつもりで勝負しろと言われている。
ドン!ドン!ドン!
壁際の的に向かって次々に矢を撃ちこんでいく。
体力がついてきたからか、GPSの50mのときより成功率が高い。あの時は全く走らなかったから体力的にも厳しい状態で試合に臨んでいたのだということがわかった。
でも、外国では外を走りたくない。
散歩ですら捕まりそうになったんだから。
色々考え過ぎても考えなくてもいけない。
ただ、集中あるのみ。
結果は、100枚中98枚。2枚の誤差を数馬はどう見るか。
「数馬、この結果どう思う?」
「今はこれで構わない。予選会を通過した後で質を上げていく」
現状で予選会に突入することで話はまとまった。
あとは、如何に集中を切らさず演武できるか、だ。
本番前の練習時間が終わり、予選会東日本大会が始まった。
ほとんどの男子選手は、成功率6~7割台で推移した。時間切れで100枚撃てなかった生徒も多い。
その中には宮城海音も入っていて、時間切れで70枚ほどしか撃てなかった上に、成功率も5割ほどだった。
申し訳ないが、俺の敵というべき人間でもなんでもない。
考えを巡らせてる間に、サトルの演武が始まった。
今日も腕が冴えているサトル。
10分ほどで100枚、それも全部ど真ん中に当て成功するという快挙。
周囲からは感嘆の溜息が漏れ、サトルは恥ずかしそうに四方に頭を下げながら演武を終えた。
ひとりを中に挟み、今度は逍遥の演武が開始された。
逍遥の『デュークアーチェリー』は初めて見る。
一体どんなタイムを出すのか楽しみな俺がいた。
サトルも、自分が思ってた以上の結果を出せたらしく上機嫌のようだった。そしてサトルは、はにかみながら裏方さんたちと一緒になり逍遥の演武を見ていた。
逍遥の演武はサトルと違いパワフルなモノで、ちょっと姿勢が崩れようが腕が下がろうが、手首の返しを有効に使って矢を的のど真ん中に当てていく。
結果、これまた100枚貫通。所要時間は9分。
逍遥、また本気出してないな。サトルが10分だったからそれより少し上を目指しただけに違いない。
いや、他の人々から見れば一生懸命、本気に見えていただろうが、俺には分る。その証拠に、サポーター席にいた聖人さんが苦笑いしてた。
逍遥の才能はどこまで深いのか、いつそれを引き出すのか、俺としても楽しみなところではある。
そんなこんなを頭で夢想している間に、俺の名前がコールされた。
慌てて息を整える。
数馬が背中を2度、3度と思い切り叩いた。
いでーよ。
でもそのお蔭で、人の演武ばかり見て集中力の切れていた俺は、程よい緊張感と集中力を手に入れることができた。
最後に大きく深呼吸した俺は、円陣の中に足を踏み入れる。
肩幅まで足を開く。
「On your mark.」
「Get it – Set」
姿勢を整えた瞬間、号令の合図が頭の中をかすめた。
ドン!
一枚目の的はど真ん中に。
次々と出てくる的。俺は腕を伸ばしたまま、デバイスである右手の人さし指を的に向けて発射する。
途中、一回だけ姿勢の悪さを実感した。
気持ち右肩が下がっていたのだ。
マズイ。
もう一度姿勢を立て直し、デバイスを的へ向ける。
ああ、時間のロスが生じた。
だが的から外れた矢はまだ一本もない。
よし、このペースのまま最後まで突っ切るぞ。
俺はそこからは姿勢を崩すことなく集中できた。
枚数は、11分で95枚。
逍遥やサトルよりもだいぶ落ちる結果となってしまったが、予選会の本戦出場は間違いなく叶うだろう。
東日本大会としては、3位の成績で通過した。
ああー、よかったー。
問題は、3日後に行われる全国統一の予選会本戦だ。
それまでに集中力を切らさぬような練習をしなくては。
予選会本戦には、まず間違いなく白薔薇高校の国分くんが出場するはずだ。
彼はサトルに次ぐ実力者。甘く見ていると火傷しかねない。
火傷か。ホームズが言ってたっけ。数馬に近づけば近づくほど火傷するぞと。
今のところ炎上してないから大丈夫だと思うけど。
あれはホームズの予知かもしれないし、今後どういった事件や事故が起きるのか、俺には全く見当もつかない。
気が付くと、サポーター席で数馬が俺を呼んでる。
あ、そろそろ帰るのか。
俺はスタスタと速足で数馬に近寄った。
ゴン!!ゴン!!
拳骨2発が俺の頭頂部に立て続けに炸裂する。
「いでっ、いでーっ」
「海斗のその方言聞くとこっちまで萎えるよ・・・」
「なんで?そんなに成績悪くなかったと思うんだけど。ダメだった?」
「海斗、君明らかに何か考えてて集中してなかっただろ」
「いやー、サトルと逍遥の演武見て、スゲーなと思ってはいたけど」
「人の演武気にしてる場合じゃないの。君に出来得る最高の演武するためには、自分自身に集中しないと」
「そっか」
「3日後はその辺気を付けてくれよ。白薔薇の彼だってサトル並の魔法力持ってんだろ?」
「うん、紅薔薇にいた頃は逍遥やサトルに次いで3番手だったと思う」
「そこを撃破するために何が必要か、考えてごらん」
数馬の言うことは至極尤もで、俺は今日の演武を反省せざるを得なかった。
そうだよな、人の演武見て非凡な才能に驚嘆してる場合じゃない。
俺は俺の出来得る限りをギャラリーにも選手たちにも見せつけるべきだった。
数馬に言われるまでそのことに気付かなかったとは・・・いやはや、面目ない。
反省しきりの俺は、数馬の後をついて会場である市立アリーナを後にすると、早速ジョギング体勢に入った。
予選会の本戦まであと3日。
やれることは全部やったつもりだけど、どこに落とし穴があるかわからない。
気を引き締めてかからなければ、予選会を通過することすらできずに今季最後の魔法大会を棒に振ってしまう。
でもね、走りながら考えてしまうの。
逍遥と聖人さんのこととか、サトルの昨日の事件とか。
少しだけ、宮城海音め、ざまあみろ、とか。
と、俺の頭に数馬が手にしたメガホンが飛んでくる。
「競技以外のことは考えない」
嘘を吐いても直ぐに見破られるし、数馬には心の中を奥まで探られたくない俺としては、正直に謝った方が早い。
「ごめん」
数馬はいつも自転車に乗って伴走してくれるのだが、今日は一緒に走ってくれた。
なんでかって?
市立アリーナまで自転車でいかなかったからだよ。数馬は合理的だから、俺が落ち込んでるから一緒に走るとか、そういうことはしない。
ただ単に、今日や3日後の市立アリーナ周辺には車や自転車、バイクが集まるので置くところがない&盗難の被害に遭いやすいというリスクを回避しただけなんだ。
学校から市立アリーナまでは3キロほどで、さらっと走るにはちょうど良い距離だった。数馬にメガホンぶつけられて以降は、余所のことに気を取られること無く走ることに神経を集中させることができた。
俺は、心の中に雑念があるときは、走るペースが乱れてしまう。
それを考えれば今日は格別な走りだったと思う。
3日後までこのペースを乱すことなく試合に臨み、エントリーへの切符を手にしたい。
学校に戻った俺は制服に着替えて校門へと急いだ。数馬も一緒に帰るというから。
俺としてはホームズのことがあるし、急に寮の部屋に寄られると嫌なのだが、それを察したのかは知らない、数馬は寮の玄関の前で「今晩はゆっくり休むように」と言い残すと、さらっと別れて魔法技術科の寮へと戻っていった。
今はホームズを追いかけるよりも、別にやらなければならないことがあるということか。
色々考えるのはよそうと思いながらも、ちょっとだけ安心した。
部屋に戻って、猫ベッドで寝ていたホームズにただいま、と声を掛けた。
ホームズは身じろぎもしない。
・・・死んだか?
俺はホームズを飼っているというより、皆から託されていると思っていたので心臓がドキッとして、ホームズを覗き込んだ。
隠れてはいるものの腹の辺りが少し動いていて、息をしてるのがわかった。
あー、よかった。
今の今、ここでホームズがこと切れましたなんてシャレにもならない。
ヒーターの電源を入れ、部屋の中が温まりだした途端にホームズは猫ベッドから起きてきて、目をオッドアイに変えた。
おいおい、いきなりかよ。
「よう、今日は出来が良くなかったようだな。このままじゃ国分に持ってかれるぞ。新人戦の切符」
「見てたのか」
「見終えてから一寝したわ」
「集中できなかったんだよ」
「なんでまた」
「逍遥とかサトルとかの演武見てて綺麗だな、って思ってさ。あとは、宮城海音ざまあみろ、って」
「他の連中は他の連中、お前はお前だろ。綺麗とか当てた本数とか気にならないったら嘘だろうがよー、ここで見ないで集中するのも策戦のひとつよ」
「まーなー」
「それと、宮城海音は「ざまあみろ」では終わんねえぞ、気を付けろ」
「なんだよ、それ」
「忠告」
「何?また俺何かに巻き込まれんの?」
「しまった。予選会終わってから言えばよかったな」
直球で聞いてもホームズが返事をするわけはないので、発想を転換して考える。
「予選会終えてから、ということは、予選会本戦の前は何も起こらない、ってことでいいんだよな?」
「そうとは限らない」
「ホームズが俺の集中力切らしてんのもあんじゃねーの?」
「んなことあるか。お前は集中することの意味がわかってねーだけだ」
「まーねー」
生半可な返事をして、俺は両掌をヒーターに当てた。すると手のひらを当てた部分が、ジジジ、と焦げ臭くなってヒーターの反射板が焦げた。
ホームズが瞬間的に飛び退く。
「おいおい、まだ心ここにねーのか、お前は」
「あ、ごめん」
「そういうぼーっとしたところがお前の弱点なんだよ、解ってんのか?」
「性格だしなあ」
「勝って新人戦行くんじゃねーの。GPF終わった時そう叫んでたぞ、寝言で」
「行きたい・・・って、俺、寝言いわないし」
「言ってたよー」
「言わない」
「言った」
「言わない」
「言った」
バチバチと睨みあい、一歩も引かぬ俺とホームズ。何が楽しくて猫と睨みあいしてんのか、よくわからない。
「そうだよな、勝たないと新人戦行けないもんな・・・。国分くんの出来はどうだったのかな、ホームズは遠隔透視とかできないの」
「出来る」
「スゲーな。今日の西日本大会も見てたのか」
「海斗は国分の結果知りたいのか?」
「知りたい」
「今日は100枚中99枚。10分台。姿勢は崩れることなく最後の1枚は気を抜いて外しただけ。最後まで気合が持てばサトルと同じ出来だった」
「そうか・・・それだと、100発100中目指さないとエントリーはキツイな」
「国分もサトルもだけど、集中してたのは間違いないぞ。お前くらいのもんだ、コールされるまでぼーっと考え事してんのなんて」
「見てたの?俺のこと」
「あったりめーよ。西日本大会の大阪まで見えんのに、地元の横浜見逃すバカがどこにいるってんだ」
「へー、ホームズ、もしかしてここから長崎まで遠隔透視できたりして」
「出来る」
「まじっ?」
「だから、ほれっ。集中しろ」
「いやいや、恐れ入ります、だな」
「そういう問題じゃなくて、集中しろっての」
「わかったわかった。新人戦終わったら遠隔透視教えて」
「・・・ああ・・・」
急にホームズは元気が無くなったが、俺は遠隔透視魔法という新しい魔法の話を聞いて、予選会のこともホームズのことも何もかも忘れていた。
そう、ホームズが「魔法を使える」猫だということも・・・。