世界選手権-世界選手権新人戦 第4章
アリーナに到着した俺たちは、てんでんに分れ俺は数馬を探し、サトルは離話で譲司と連絡を取り合っていた。南園さんたちはすぐに『デュークアーチェリー』の練習に入っていた。『スモールバドル』は、もう練習しなくても身体が覚えているらしい。
『デュークアーチェリー』の100mバージョンは、俺ですら100発撃って決まる時で成功率は9割。女性ではどのくらいいくんだろう。GPSで知り合った米国のサラも『デュークアーチェリー』に出場していたと思うが、上位には食い込まなかったはずだ。
南園さんが胴衣に着替えアリーナ内に出てくると、空気が変わった。
ギャラリー席にいる皆もシーンと静まりかえり、誰も一言も話そうとはしない。
そんな中で、南園さんは円陣の中に入って的に人さし指を合わせ、シュッと矢を放つ。ど真ん中に決まり、息を飲んで見守ってた周囲は、皆ふーっと息をはきだした。
続けて100発に挑戦した南園さん。最後こそ力負けしたようだが、男性でも追いつかないような7割の成功率で演武を終えた。
いやあ、7割決まれば予選会はもちろんのこと、世界にも通用しそうだ。仲良しのサポーターがいれば、緊張も和らぐことだろう。
今度はサトルが演武を行う番だ。
サトルは姿勢がとても綺麗で、そこから繰り出される矢は真っ直ぐに的に向かって飛ぶ。何度繰り返しても姿勢が崩れることもなく、魔法力が落ちることもなく、わずか10分少々で100発の矢を的に当て、成功率は100発100中。元々サトルは魔法力に優れているのだから、俺を超して当たり前だ。
そしてサトルの所作というか、発射するまでの姿勢、全て発射し終えてからの振舞いはまるで疲れを感じさせない美しさであり、上流階級のそれとわかるようなものだった。
「ナイス、サトル」
「いやー、緊張した。ギャラリーが詰め掛けてるなんて知らなかったから」
「でも100枚だぞ、スゲー魔法力だな」
「試合になるともっと緊張するでしょ。この枚数よりその分差し引かないと」
「大丈夫大丈夫」
「次は『バルトガンショット』か。海斗の出来はどうなの?」
「ショットガン新しくしてなんとか8分台」
「すごいじゃない!僕はショットガン系は苦手なんだ」
「でも世界大会用のショットガン手に入ったろ?」
サトルは驚いたようにどんぐり眼で俺を見た。
「どうして知ってるの」
「読心術とか魔法じゃないよ、亜里沙から聞いたのさ」
「そうか、軍にいるとそういう情報まで流れるんだ」
「あいつのことだから、どっから聞いたのかは知らないけど。俺も2,3分短縮できたから、サトルも出来ると思うよ」
「そうかなあ」
「とにかくやってみよう、俺から始めてもいい?」
俺とサトルはグラウンドに出た。南園さんたちはグラウンドで行う競技が無いのでずっとアリーナの中で練習していた。
グラウンドの『バルトガンショット』用のコートに入り、最初に俺が試射する。
3D画像に置き換えたクレーを撃っていく。だが、真ん中まで目で追ってしまったクレーは撃てなかった。
まてよ、ここで過去に戻ったと仮定するなら、クレーが出てきたところで撃てるようになるんじゃないか?
数馬が言ってたのは、これか?
でもやり方がわからないし変な癖がつくと嫌なので過去に戻ることを考えるのは止めた。
それよりも、俺が心に思い浮かべたものがあった。
両手撃ちだ。
俺は早速練習に取り入れて、両手撃ちに挑戦して左手でもショットガンを操れるようにしたいと思ったが、両手撃ちは一日にして為るものではない。
しかし、練習しないことには前に進めない。
サトルも新しいショットガンで頑張っていたようだが、やはりショットガン系が苦手というのは嘘ではないようで、上限100個のクレーを撃ち落とすのに13分ほどかかっていた。俺の両手撃ち挑戦を聞いたサトルは、自分にも応用できそうだと話して、すぐに寮へと戻っていった。
俺も、早く亜里沙に告げた方がいいだろうか。
いつ会えるかもわからない亜里沙に期待するよりも、薔薇6までに持ってた俺専用のショットガンを使おうか。あれ、でも。ショットガンは利き手専用に作られてんだっけ、そしたら使えない。
まず、数馬に連絡をとって策戦を聞かなければ。
俺はアリーナを出ると、離話で数馬を呼んだ。
場所は分からないが、数馬がヒョイ、と出てきた。俺の離話は時として透視も一緒にできる時がある。
「数馬、今から寮に来ない?策戦練ろうよ」
「時間がないんだ。何か不都合でも?」
「『バルトガンショット』で過去に戻るって言ったよね、あれ、詳しく聞きたいのと、両手撃ちが可能かどうか。可能とした場合、ショットガンて利き手専用かどうか聞きたくて」
「まず、両手撃ちは君のショットガンでは無理だ。欲しいなら、どこかから融通してくるよ」
「過去に戻る話は?」
「3D画像に軌跡を残して、あとは過去に少しずつ戻って撃つ。両手撃ちも過去射撃も、時間内に撃てば反則にはならない」
「どれが過去射撃するクレーかわかるの?」
「真ん中に着てしまったクレーだよ。100個全部の軌跡を辿ることは難しいけど、それが全部できれば真ん中に着たやつを少しずつ過去に戻して撃つことは可能じゃないかと僕は考えてる」
「100個全部3D画像に残す?俺、できるかなあ」
「やるんだよ。そのためにソフトを開発したんだ。あとは練習場を確保できれば何の問題もない」
数馬は本気だ。
なぜそう思うかって?
通常、ソフトは魔法技術をもった薔薇大学で研究用に開発されることが多い。個人で開発するのは異例中の異例と言われる。
今の話からすると、数馬はどこかの研究施設なりでそれを完成させた、ということになる。意気込みが凄いというか、何かに憑りつかれたように作業していたに違いない。イタリア大会が終わってGPFまでには2週間ほどしかなかったのだから。
俺は毎日、市立アリーナで試合形式で午後に1時間練習するのだが、数馬は中学校のグラウンドを確保することに成功したらしく、夕方の6時から9時まで3D化ソフトを使用して練習することができた。
逍遥やサトルには申し訳なかったが、数馬曰く、この練習は秘密特訓のようなものなので心の壁を作ってその上にアリーナでの練習風景を重ね掛けするという。
100個のクレー3D化ソフトは、大雑把に言えば、スマホで連続写真を撮るようなイメージだ。次々に飛び出すクレーを撮影する感じといえば聞こえはいいが、実際に100個を頭の中で撮影し3D化するのは容易ではない。
だから最初は射撃にも影響を及ぼして、8分台だった結果が12分台まで後退してしまった。
俺としては非常に焦り、本当に数馬のいうとおり練習を続けてもいいのかどうか悩んだ。そりゃそうだよ、せっかく8分台までいったのに、それが4分余りも後退して尚且つ頭の中はぐちゃぐちゃで、どれがどの軌跡を辿ればいいのかわからないんだから。
だが、徐々に飛び出すクレーをいち早く目視した後に3D画像に変換していく作業は俺の頭の中で整理されてきて、100個のうち4分の1、3分の1、2分の1と、出てきたクレーを3D化する作業のテンポがリズミカルになり、3日ほどでほぼ全てのクレーを画像変換することができるようになった。
俺の動体視力がモノを言ってると数馬は分析していた。それが無かったらこの策戦は現実のモノにはならなかったと。
そうして3D画像化したクレーを撃ち損じた場合、一瞬一瞬と過去に戻ってショットガンを向ける。コンマ1秒単位の過去なので、どこに照準を合わせるか俺は悩みに悩み、数馬に相談した。
第一に、前提として俺は過去に戻る魔法なんか知らない。どうやって過去に戻るっていうんだよ。過去に戻って撃ったら過去への介入にならないのか?
俺の頭の中にクエスチョンマークが躍る。数馬が笑って答えてくれた。
「その辺は大丈夫。過去になんて戻れるわけないでしょ。過去に戻るというよりは、この場合過去透視になるんだ。撃ち損じたクレーが出てくるところを過去透視して、そこに撃ちこむといった方が正しいかな」
「ああ、そういうことね。過去に介入するわけじゃないんだ」
「過去に介入できるなら、僕だって介入したいよ」
あちゃ、もしかしてこれは・・・考えない考えない考えちゃいけない。
俺は知らん顔を決め込んで数馬から離れて練習に入った。
いくら俺に心の壁があるとはいえ、ホームズと俺、そして数馬しか知らない過去の話。その話に巻き込まれたら何が起こるかわからない。
俺はなるべく数馬のほうを見ないで練習していたんだが、手元が狂って散々な出来だった。
「君にはまだ難しかったかな」
数馬はそう言ったあとは、俺の判断に任せるとだけ言って肩を叩いた。
さてはて、どうしたものか。
心臓ドキドキで手元が狂ってるだけなんだが。ここで練習止めても何かしら余計な詮索されそうだし、やっても記録を伸ばせそうにない。
大きく何度も深呼吸してドキドキを軽くし、もう一度挑戦する。
でもこれって過去への介入じゃないのかあ。
やっぱり俺の頭からはクエスチョンマークが離れない。
撃ち損じたクレーの3D画像をクレー発射時まで過去透視するとなるとそれだけ時間がかかる。かといって、少し軌跡をずらしただけでは目がクレーを追ってしまう。
考えに考え抜いて、俺はクレー発射時まで時間を戻す、いわゆる過去透視することを選択した。
発射まで時間がかかるのは百も承知だ。
一瞬でクレー発射時まで過去透視するのはやったことがないから半信半疑ではあったが、いざその場面を過去透視すると、俺が3D画像に取り込んだ射程位置にクレーが止っているので撃ちやすく、クレーを目で追う必要が無くなった。
ほぼ全てを3D化できるようになってからは、記録は飛躍的に上昇し、上限100個のクレーを全て撃ち落とすのに必要な時間は5~6分台に短縮され、これなら世界で戦えるだろうと数馬も断言してくれた。
数馬を信じて練習してきてよかった・・・。
ここまでくると、逍遥が一体どれまでの記録を出すのか、自分がどこまで逍遥にくらいついていけるのか、予選会が楽しみになってきた。
でも、予選会では本気を出すわけがないか、あの逍遥が。
本戦への切符として生徒会の推薦を受け予選会に出場するに過ぎないんだろうな。
まったく。羨ましいよ。
その晩、俺はまた不眠気味になった。
数馬が言った「過去への介入はできない」。
もしかしたら数馬は、過去透視した状況から過去に戻り過去へ介入する研究をしているのではないだろうか。
その副産物として、今回の『バルトガンショット』の対策ができあがった。そう、3D画像取り込みと過去透視魔法のコラボ。
この策戦を一から考えソフトを開発するなど、寝ないで24時間フルに活動したとしても、2週間でできあがるわけがない。
あらかじめ何らかのプランがあってこそ、間に合った策戦のはずだ。
俺が悶々と考えていると、ホームズが水を飲むために猫ベッドから起き上がってきた。また心の中でホームズに語りかける。
「なあ、ホームズ。俺の思ってる通りだとしたら、過去に戻って父親助けるよな」
「だろうな」
「介入できないから、復讐に立ち上がった」
「だろうな」
「なんだかなあ。こう、心が痛むって言うか」
「感情に出すなよ、海斗。バレたらどうなるかわかんねーぞ」
「出すつもりもないけどさ。考えちゃうよなー」
「お前は危なっかしい。だから山桜と長谷部が付いたんだな」
「なんだよ、それ」
「なんでもない。寝る」
ホームズはそそくさとベッドに戻り、身体を丸くしてしまった。
また、俺にとっては眠れない夜が続いた。
早く朝になれ。
そう思っていたら、いつの間にか俺は微睡の中に落ちていた・・・。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
予選会まで、あと3日。
今日は予選会に出る生徒が、生徒会からの推薦という形で発表される。
俺としては予選会出場者発表も気にかかるところではある、もちろん。
だけどそれ以外にも、両手撃ちにも挑戦したくて数馬に左手用のショットガンをお願いしていたのだが、数馬は予選会にあたっては両手撃ちを使用せず、予選会後から本戦までに練習すればいいという。
そっか。
まず予選会をクリアしないことには、両手撃ちも何もあったもんではない。
俺は数馬のサポートを信じて予選会に臨むことにした。
生徒会の推薦を受けられるという前提があってのことだが、GPF3位の肩書は伊達じゃない。
俺、朝夕のジョギング、市立アリーナと中学校グラウンドでの種目練習、寮に戻って体幹の鍛練。学校は公欠なので行く必要が無く、俺は朝から晩まで予選会に向けた生活が続いている。
アリーナではサトルと譲司、南園さんと鷹司さんにしょっちゅう会うが、逍遥と聖人さんはアリーナにも姿を見せていない。冬休み以降、俺が予選会の練習を始めるようになってから会っていないかもしれない。
最初は喧嘩しているモノだとばかり思っていたが、段々、そうではなく2人は別の何かに時間を費やしてるのではないかと思うようになった。
予選会などあの2人にとって出なくてもいいようなものだが、そこは生徒会の顔を立てるために必要だろうと思っていたのだが。
もしかしたら予選会を棄権しても全日本チームは逍遥の選出にGOサインを出すかもしれないと考えてしまう。
みんな言ってるけど、それだけの人材だしね。
紅薔薇生徒会の方針として世界選手権及び新人戦に男女それぞれ3名までが予選会に出場できるとサトルが言ってた。MAX3名であり、3名以下のこともあり得るという。
でもって、俺は仮に予選会に出られても新人戦にエントリーできる3人目に残るかどうかだ。
俺は競技練習後、『バルトガンショット』と『デュークアーチェリー』どちらも穴が無くなってきていると自分で感じている。
『バルトガンショット』は4~5分台でクレーを撃ち終えることが可能になったし、『デュークアーチェリー』は9割方成功する。
サトルが『バルトガンショット』を苦手としている今、もしかしたら俺は紅薔薇2番手で予選会に出場できるかもしれない。
あとは国内組で俺やサトルと並ぶ魔法の使い手を倒していけば、2人ともエントリーされるだろう。一番の強敵は白薔薇高校の国分くんだと俺は思っているが。
やっぱり逍遥は別格なんだよなあ。
軍にいるからという理由だけではない。もう、全てが違う。
だから予選会あるいは新人戦で逍遥がどんな戦い方をするのか、俺だけではなく皆が注目しているところだと思う。
本人は出る気あるんだかないんだかわかんないくらい練習に顔出してないけどさ。
秘密の特訓なんて逍遥には似合わないし、あの2人がそんなことしてるとは考えにくい。
さ、学校に行くか。
ホームズに聞けば予選会への出場者やエントリーされるかなど一発で予知できるんだろうけど、それを聞いてしまったらただでさえつまらない学校生活が更につまらなくなる。
聞きたいのは山々な悪魔の俺もいたけど、そこは理性で打ち勝った。
「ホームズ、俺行ってくるわ」
キラーンと目の色が変わるホームズ。
「おう、行ってこい」
何か言うのかなと期待したけど、ホームズは何も言わなかった。
俺は静かにドアを閉めると、学校へ向けてどんよりと曇った中を制服だけ着てサトルにもらったマフラーを首にぐるぐる巻きにしながら走り抜けた。
学校に着き魔法科に入ると、皆がウキウキしてるのがわかる。
そうだよな、今日名前を呼ばれた者は3月に開催される世界選手権新人戦にトライできる「かもしれない」予選会に出場できるんだから。
サトルはとうの昔に学校に来てたはずだが、生徒会の方が忙しいのだろう。姿は見えなかった。
おや。逍遥と聖人さんを久しぶりに見た。
2人とも隣り合い壁際で大人しくしている。
やっと仲直りしたか。
でなきゃ、これもまた数馬の目を欺く策戦か。
試しに読心術を掛けてみたら、2人とも心は真っ白で、壁を厳重に張り巡らしているのがわかった。それとわかるように壁を強調してるくらいだから、自分たちに自信がある表れだろう。
一体、何を考えているのやら・・・。
逍遥よりも聖人さんが「近づくな」オーラを発していたので、俺は2人の元へ駆け寄ることは遠慮した。
教室内では宮城海音の取り巻きたちが俺を遠目に見てまた文句を言っている。どうせ贔屓されてまた選ばれるとか、魔法力もないくせに、とか。
いちいち反応するのも面倒だから完全シャットアウト。眼中に入れないことにしている。
午前9時。
校内放送で、魔法科と魔法技術科の生徒は全員講堂に呼び出された。
こんな時でも普通科は蚊帳の外か。
なんだかモヤモヤするが、しかたのないことなのだろうと自分に言い聞かせる。
もう、紅薔薇における上意下達の時代は終わりを告げたのだと思いたいが、まだ浸透していないのが実情か。
数馬が1人で学校生活を送るうちに紅薔薇にいたくなくなったのがよく解る。
俺だって、逍遥がいなかったらつまらない学校生活を送る羽目になっていた。亜里沙や明と会う機会もこちらに来てからは減っていたから。
サトルとは端から仲が良かった訳じゃないし、逍遥が面倒を見てくれたから人見知りの俺でも何とかやってこれた。
あるいは逍遥が亜里沙や軍からの命令で俺の世話を焼いてくれたのだとしても、俺は学校に馴染むとっかかりを与えてもらったんだ。逍遥には本当に感謝している。
でも、今日だけはフラットな関係性でありたい。
俺は生徒会からの推薦を取り付けて予選会に出たい。
そして、2か月後の新人戦に出場したい。
俺は魔法科の中でも逍遥や聖人さん、サトルが主な友人で他の生徒とは然程親しくしていなかったので、今日は1人でとぼとぼと講堂まで移動していた。
途中、魔法技術科の生徒たちが合流し、八雲の姿が久しぶりに俺の目に飛び込んできた。見たくもないものを見てしまった俺は、ちょっと顔を顰めた。
「イラつく」
そう言って、舌打ちする俺。
すると、意外なことに後ろから声をかけられ、瞬間的に俺は後ろを振り向いた。
「八朔~。何怖い顔してんのさ」
九十九先輩だった。
やべやべ。
表情を作り直さないと。
眉間に寄ったシワを手で伸ばし、ヒクつきながらも口元をあげ笑顔を作る。
九十九先輩は、いまだ上意下達の先駆者であり、その考えを変える気はないようだ。心を読んだら、やっぱり変わっていなかった。
「ご無沙汰しています、九十九先輩」
「おう。GPF3位おめでとう」
「ありがとうございます」
「新人戦に出る予定組んでるのか」
「はい、できれば出場したいとは思いますが、生徒会の推薦を取り付けられるかどうか」
「お前なら大丈夫だろう。時に八朔」
「はい、何でしょう、九十九先輩」
「お前が原因で紅薔薇を辞めたやつが報復に出るという噂が飛び交っている。気を付けろ」
「報復?」
「入間川や六月一日、あとは宮城聖人の弟が急先鋒らしい」
「入間川先輩や六月一日先輩は退学されたのですか?」
「2人とも生徒会を追われたことをお前のせいだと吹聴したあげくに退学したと聞く」
あれ、俺のせいだっけ?
入間川先輩は覚えに無いでもないが、六月一日先輩が生徒会を追われた直接の原因は逍遥だったような気がするけど・・・。あの頃俺、まだ第3Gだったから、色んなこと言われてたんだろうな。
宮城海音は拘置所を出た今、俺のことを追っているのは確かだろう。先日の市立アリーナがいい例だ。あの後はブラックリスト入りして市立アリーナには出禁になったようだが。
まったく・・・どうしてこの世界ではそういう面倒事ばかり俺の周りに起きるんだ。
俺はなるべく目立ちたくはないのに。
・・・。
目立ちたくない?
GPF3位を自慢したいのに?
予選会や新人戦に出たいのに?
言動が矛盾してないか?
俺の中の俺が、俺に問う。
そうだよ、俺はいつの頃からか変わった。目立つことを懼れなくなった。
自分の力で得たものを自慢したくなっていた。
それがいいことかはわからない。
実際に自慢することは無かったし、サトルという大人しい生徒と一緒にいるから目立った行動には走らなかったし。
「3年の間では俺たちもいるし何より沢渡もいるからそういった噂は立ちにくいが、2年や1年の間では広まっているらしい。十分に心していけ」
「九十九先輩、教えて頂きありがとうございます。そういった誤解を与えないよう、これから誠意を尽くしていきたいと思います」
俺、先輩に対する応対はきちんとできるようになったと思う。
モヤモヤはあれど、ここ、紅薔薇では自分を貫くことが正義だとは限らない。
そうだよな、自分を貫くことだけが正義じゃない。
父さんや母さんに対しても、突っぱねることだけが正義じゃない。
俺という個を理解してもらうべきなんだ。
もう会うこともないだろうけど、別の世界から詫びを入れるよ。
ゴメン、父さん、母さん。