世界選手権-世界選手権新人戦 第3章
朝5時。
またホームズがニャーニャー言って俺の頬に少々爪を立てた猫パンチを食らわす。
毎度のことなんで無視しようかなとも思うのだが、無視し続けているとホームズは何をしでかすかわからない。
部屋の中をダッシュ10回ほど暴れまわり、ふて腐れて寝るという日もあれば、目をオッドアイにして魔法使用をちらつかせるときもある。
今朝はオッドアイで怒られた。
お前は猫なんだからいとも簡単に魔法を使うな、といってあるにも関わらず、食の恨みは深いらしく、俺が知らない魔法を知ってるホームズには全く敵わない。
仕方なく、眠い目をこすりながらベッドから起き上がり猫ご飯と新しい水を準備して、また温かい布団に潜り込む俺。
「寝坊すっぞ」
俺はホームズの呼びかけにも答えることなく、スマホをベッドの枕元に置いてるから大丈夫と変な自信を持ってまた眠りに就く。
で、結局は寝坊し、起きたのは6時半。ホーリーと唱え右手を上から下におろす自己修復魔法をかけて髪の毛のハネを直すとともにホームズのご飯だけは準備してジョギングのために寮を飛び出した。
なんで目覚まし鳴んないんだろ。
朝の6時には鳴るようにしてあるのに。
自分で消してるのかなあ。
まさか、ホームズに目覚まし消せるわけがないし。
「俺様を疑うのは止めろ。正真正銘、お前が消してるんだ」
突然、ホームズの声が聞こえる。ああ、離話できるんだ、ホームズ。
「待ち合わせ場所で数馬がイライラしながら待ってるぞ、走れ」
あ、そっちか。
朝なんだから、5時に起きたらそのまま起きてりゃいいものを・・・というホームズの呟きさえも掻き消すような速さで俺は数馬との待ち合わせ場所へと走った。
数馬が見えた瞬間少し走るペースが落ちてしまったが、息も絶え絶えになって待ち合わせ場所に着いた。
「ここにくるだけでジョギングできてるじゃない」
つ、冷たい物言い。
そういや、数馬は時間にうるさかった。
冬休みでぼやけすぎて忘れてた。
学校の周囲を8時まで走って、一旦寮に戻り二人でシャワーを浴びて8時20分に再び寮を出る生活だ。相変わらず、ホームズはどこかに消えている。たぶん、生徒会にでも逃げ込んでいるんだろう。
数馬と廊下で別れ魔法科の教室に入ると、サトルが後から入ってきた。
珍しく息が上がっている。
「おはようサトル、もしかして寝坊か?寮から走ってきたのか?」
「おはよう海斗。違うよ、予選会に合わせて僕もジョギング始めたんだ」
「サトルなら朝走らなくても十分体力あるだろ」
「競技に出てないと結構体力削がれるんだよ。君を見習ってよかった」
へえ、そんなもんなのか。
俺もサトルも逍遥のような体力馬鹿じゃないということだな。
「誰が体力馬鹿だって?」
挨拶も無しに会話に交じってくる逍遥。
「誰さ、そんなこと言ったの」
俺もいけしゃあしゃあと言ってのける。
この頃、慣れてきたというか、逍遥との会話が対等になってきたような気がする。
薔薇6の頃までは結構遠慮して喋ってたんだよなー。
世界を転々として数馬に出会ってホームズを迎え入れて。その頃から俺の中で何かが変わりつつあるような気がした。
いや、決して逍遥をバカにしてるわけでもないし、どちらかといえば尊敬してる。亜里沙にあんなことされても怒んないで俺に接してくれたし、亜里沙から一方的に課された約束をあんな風に叶えてみせるなんて、神に近い。
「君のためじゃない。僕が一番であることは軍が望んでることだから。山桜さんは必要に駆られて僕を叱っただけに過ぎない」
あの成績をしてこう言わしめる亜里沙もスゲーんだろうけど、それを守り抜く逍遥もスゲーよ。立派だと思うわ。
でもさ、『エリミネイトオーラ』は世界選手権の種目だけど新人戦では種目に入ってないんだよね。なんでそんな種目GPSからGPFにかけて選んだのさ。
「決められてたんだ、薔薇6が始まる前から」
「え、そうだったの?」
もう、離話なのか読心術なのか全くその違いが分からなくなってる俺。
とにかく、心に思い浮かべればナントカなる。
「自分で決められるなら新人戦の種目である『デュークアーチェリー』か『バルトガンショット』にしてたよ。でも君がエントリーされることが決定したから」
「俺、逍遥に迷惑かけてたんだな、ごめん」
「結局光流先輩がエントリーされたけどね、『バルトガンショット』は」
「1年がエントリーされた方が良かったんじゃないのかな」
「生徒会で決定したことだから。僕らには謎も多いけどさ。ねえ、サトル」
急に話を振られたサトルは、げほげほと咳き込んだ。
「うーん、その辺は僕もよくわからない」
俺もエントリーに不思議感覚があったのは確かで、俺よりもサトルの方があの時点で魔法力が高かったことは記憶に新しい。
「新人戦の種目なら、GPSではサトルがエントリーされたら良かったのにな」
「でもあの時、僕はまだ世界で戦う心の準備ができてなかったと思う」
「俺でも3位だぞ。サトルなら優勝してた」
「海斗はメンタル強いからだよ。僕は元々のみの心臓だもん」
なんで皆、俺のメンタルが強いというか謎なのはまた別として、サトルのメンタルの話は誰かがしてたな。サトルはメンタル的に弱くて、俺の方がまだマシだと。
でもさ、サトルも生徒会の一員として海外に出て大会をサポートしてきたから、もう世界に出ても大丈夫だと思うんだよねー、俺としては。
予選会で実力が出せれば、きっと世界に通じると信じてる。
よし。
一緒に頑張ろう。サトル、逍遥。
俺が練習を開始してから1週間が経った。
予選会まであと2週間ということで、授業においても公欠が認められ、出場希望者は優先的に体育館やグラウンド、終日解放している市内各施設で朝から晩まで汗を流す光景が多々見受けられた。
かくいう俺も、市立アリーナで毎日1時間汗を流す。
朝夕と寮に帰ってからの基礎練習はもちろんなんだが、『デュークアーチェリー』及び『バルトガンショット』の練習が始まり、どちらかといえば『バルトガンショット』の練習に時間を割いた。『デュークアーチェリー』はコツがつかめて、100m離れた的にもほとんど対応できるまでに成長していた。
問題は『バルトガンショット』。
数馬の戦略、「魔法で過去に戻す」という意味が頭から手に伝わらず、上限100個11分台の穴から抜け出せないでいた。
まず、クレーの出てくる位置を3D記憶で構築する、これはできた。元々得意分野だし、クレーがどこから出てくるのかも見えている。そこに向けて撃ってるつもりなんだが、どうしても目がクレーを追ってしまうようで記録が伸びない。
それから2,3日してからだった。
俺がアリーナに着いて数馬を待っていると、亜里沙と明が市立アリーナの入り口付近に姿を現した。
「紅薔薇とか寮では渡せないから」
亜里沙は小声でそういうと、持ってた紙袋の中からショットガンを取り出し俺に見せた。
「明がプログラミングした海斗専用のショットガンよ」
「薔薇6でもらったショットガン、まだ使ってないけど」
「あれは全日本と薔薇6用。世界には通用しないわ」
「いいのか?俺だけ贔屓されてるような気がするけど」
亜里沙は豪快に笑った。
その内面、いわゆるところの心で思ってることが俺に伝わってくる。
「あんたは贔屓という以前に魔法力ないでしょ。岩泉は自分の父親から贈られてるはずだし、四月一日は以前から魔法部隊用のショットガンを携帯してるわ。ま、四月一日の場合、どんなしみったれたショットガンでも世界獲れるけど。あいつは格が違うからね」
俺は試しに心に思うだけにして亜里沙に話しかけてみた。
「俺に魔法力がないのはわかるとして、しみったれたは余計なお世話だろ」
「あら、いつの間に読心術覚えたの?」
「猫との会話に読心術は不可欠なんだよ」
おーっほっほとまた亜里沙が大きな声を上げる。
「あの子をあんたに預けたのはどうやら大正解だったようね」
「なあ、亜里沙。みんなこうして世界用のショットガン準備するものなのか?」
「いいえ、人それぞれ。魔法部隊に属してる者はもう世界基準のショットガン持ってるし。だからそれに合わせたショットガンが必要になってくるの。これで1分くらいは速くなるはずよ」
俺の顔色がぱっと明るくなったらしい。
明も嬉しそうに心の中の会話に交じってきた。
「海斗が喜ぶなら何よりだ。何も考えなくてもショットガンで1分速くなるし、今後の練習次第では2~3分記録短縮可能だ」
「ほんと?ありがとう、明、亜里沙。やっぱり持つべきは幼馴染だな」
俺はあまりに嬉しくて、2人の顔に影が生じたことに気が付かなかった。
亜里沙が明の背を押すように、ドアの方へ向かっていく。
「さ、これであたしたちがあんたにやってあげられることはお終い。海斗、自分の底に眠る力を引き出しなさい」
「?」
「やってみればわかるわ、じゃ、あたしたちはこれで」
2人は入口から廊下に出ていった。見送ろうと俺も後に続いたが、もうそこに2人の姿は見えなくなっていた。瞬間移動魔法を使ったか。
数馬が来るまでの間、たぶん5分ほどだと思うんだが、俺は新しいショットガンを持て余していた。今までのショットガンとどう違うのか、1人だけで試すには勇気が要って、中々試射することができない。
その時後ろからゴン!と俺の背中を叩く奴がいた。
数馬だと思って振り返ると、そこにいたのは宮城海音だった。
なんで宮城海音がここに?俺は自分で顔が引き攣ったように感じた。たぶん引き攣っていたと思う。
宮城海音、お前まさか・・・予選会に出場しようというのか。
それにしては何の準備もしていないようだが。ああ、こいつは退学以降どこの高校にも属していないから私服なのか。
紅薔薇1年の取り巻き連中数名と一緒にアリーナに来ていたらしく、口々に俺を詰って暴言の吐き放題。
やれ贔屓されて各大会に出場したくせに結果を出してないとか、元々魔法力がないくせに生徒会に阿りやがってとか。
運動神経もないくせによく皆の前に顔出せたもんだと、俺の痛い部分を罵る奴までいる。
ただし、暴行事件にならないよう、手出しをしてくる気配はない。
めんどくさい奴らに捕まった。
これじゃ今日の練習はできないじゃないか。
スタッフさんが心配そうな顔でこちらを見ているが、俺は大丈夫というように手を振った。スタッフさんが出てきたら、アリーナ側にクレームが付くことは容易に想像できる。
それなら、俺がここを出た方が早い。
アリーナから出るために荷物を纏めようかと後ろを振り返った時だった。
数馬が入口から中に入ってきて、悠々と俺たちの方に近づいてくる。
「君たちはどこの所属だ?」
紅薔薇の制服を着てるやつらは直ぐに判明した。
「紅薔薇か。ところでその中心にいるチビは誰だ?」
宮城海音のことだった。ぷっ、チビだって。数馬、ナイス。
数馬が1年魔法技術科にいることはほとんどのやつらが知らなかったらしく、タッパと雰囲気で上級生だと思ったのだろう。
「くそ、覚えてやがれ」
宮城海音がそう吐き捨てアリーナ入口に向けて歩き出すと、取り巻き連中も同じように唾を吐きかけてアリーナを後にした。
すぐにスタッフさん2名が床掃除のために俺たちの元に来てくれた。
「すみません、魔法を使った喧嘩にしか介入できないものですから」
数馬が微笑みながら謝る。
「いえ、いいんです。ただ、これからも来る可能性は大きいですね、何か対処法がありましたらご教示ください」
「先程こちらでブラックリストに載せましたのでアリーナやグラウンドに入ろうとするとバーが締まり電流が流れることになっています」
「それはありがたい」
俺も何回も頭を下げ、周囲に嫌な思いをさせたことを謝罪した。
「すみませんでした。俺のために嫌な思いをさせてしまって」
中にはGPFの時から応援してくれている人々も混じっていた。
「八朔くん、負けるなよ、あんなやつらに」
「そうよ、世界選手権に出るの?応援するからね」
「あのー、新人戦です・・・」
どっと笑いが起こり、新人戦は観に行くからな、との声がそこかしこから聴こえてきた。
本当に、ここで練習している人たちは、心が温かい。読心術を使っても、皆が同じことを思っているようだった。
感謝します。皆さん。
数馬が俺の顔をじっと横から見ている。俺は視野が広いから相手が何してるのかも見える時がある。今の数馬は笑うでなく怒るでなく、心に入られないよう壁を作っているようだった。
「海斗、なんだか今日はそわそわしてるね」
俺は新しいショットガンのことを思い出した。
「さっき亜里沙からもらったんだ。これで試射してみたいんだけど」
「どれ、貸して」
さすが魔法工学を勉強している数馬。
ショットガンを弄繰り回してる。
分解させてと言われたので、それは丁重にお断りした。
「世界用か。粋な計らいじゃないか。早速試射してみようか」
俺たちはグラウンドに出て、『バルトガンショット』用の練習場前まで歩いた。数馬はじっとショットガンに触れたままだ。
定位置に立ち、数馬からショットガンを受け取る。左右から発射されるクレーを撃ち落としていく。3D画像を組み合わせ、出てきた付近を明確にして真ん中で試射するのではなく出た直後のクレーを狙うのだ。
順調に試射は進み、隣にいた数馬が驚いた顔をしている。
最後まで撃ち終えると、数馬の拍手が聴こえた。
「すごいね、まさかショットガンの違いでここまで記録短縮するなんて」
「何分だった?」
「9分」
「やった!」
俺は両手を突き上げて、ガッツポーズ。
ギャラリーの人達も、滅多に出ない記録を前にして驚いたらしく、次々とお祝いの言葉をかけてくれた。
今しがた出たタイムがあまりに嬉しくて、もう一度だけ試射に挑戦することにした。
今度も上限100個を撃ち落とすのに費やした時間は8分55秒弱。少しだけ最初の記録を更新した。
だが、各国からエントリーされる人々の記録はこんなもんじゃないだろう。
明日からまた『バルトガンショット』の練習に取り組むつもりだ。
翌日、公欠扱いで朝から市立アリーナへと出かけた俺。サトルも一緒に着いて来た。
ところで、サトルのサポーターは誰がやるんだ?
「譲司にお願いする。生徒会は絢人に任せているし、各サポーターも仕事を手伝っているから」
サトルは、自分が口にする前に俺が心を読み切ってしまったので驚いていた、いや、驚くなんてもんじゃない反応を見せた。
「何、今の。もう読心術覚えたの、海斗!」
「そういうことらしい」
「今の1年で出来る人なんて限られてるんだよ」
「そうなのか」
「着々と魔法覚えてるね、これなら予選会も気楽に臨める」
『デュークアーチェリー』は飛距離が伸びただけだから、俺にとってはラッキーであり練習法もすぐに見つかった。姿勢に気を付けて腕の位置を調整するだけでいい。体幹を鍛えているのも巧い具合に影響しているようで、ほとんど心配はない。
今となっては、どーせできないからとサボってたことが悔やまれるほどだ。
だが、『バルトガンショット』については心配の種がまだ残っていた。
新しいデバイスで撃ったところ何分かの時間短縮につながったものの、あの悪い癖を直さないことには、それ以上の記録を出すことは難しい。
薔薇6のとき、逍遥は3分台で『マジックガンショット』を撃って見せた。魔法陣とクレーの違いはあるものの、あそこまで撃てるものなのだという認識をはっきりと持ち、俺も記録を狙って行かなければ予選会から新人戦にかけて勝機は無い。
あれ、今気が付いた。
サトルが譲司にサポーターを頼むということは、南園さんは誰にサポートしてもらうんだ?
サトルは「1年魔法技術科の鷹司舞」と心で思い出していた。
「1年か。どんな人なの?」
「元華族の鷹司家の跡取り娘だよ。魔法技術はまだまだだけど、南園さんのご両親は元華族の出身だからね、話が合うんだと思う」
俺は思わず口から言葉が出てしまった。
「ヒュー、元華族か。世が世ならお姫様じゃん」
サトルもアハハと笑ったんだが、途中からいやに顔が引き攣っている。
「どしたのさ」
俺も言い終わる前に、何か足のつま先から始まりかかとまで、次に足首まで、段々と冷たくなるように感触に襲われた。
ヤバっ、あの魔法だ。
聖人さんがアメリカで発動した魔法。サトルも南園さんも出来るはず。
上半身は身動きが取れたので、やっとの思いで後ろを振り向くと、やはり、そこにいたのは南園さんだった。傍らにいる背が小さくてバービー人形みたいな子が鷹司舞か。
素知らぬふりして話しかける俺。
「やあ、南園さん。隣の方は?」
「大昔のことをいうのは止めてください。私は一般人ですから」
南園さん、完全に怒ってる。
「お姫様と言われるのが一番嫌いなんです。舞だってそうです」
「わかったわかった。謝るよ、ごめんなさい」
俺とサトルに掛けられた魔法は漸く解けた。
南園さんの気分を害したことは本当に済まなかったと思うんだが、お姫様がそんなに嫌だなんて、なんでだ?って、名前呼びするってことは、鷹司舞とはそんなに仲がいいんだな。
「すみません、つい感情的になってしまいました。こちら鷹司さんは、私の親戚で幼馴染です」
「鷹司舞といいます。遥のお父さんが私の父のお兄さんにあたるので、私たちは従姉妹になります」
サトルが首を傾げる。
「今まで生徒会への出入りとかしてないよね。南園さん、彼女に声かけなかったの」
「舞は帰国子女で。先月日本に戻ったばかりなんです」
「そう。で、今回サポーターとして付いてもらうってことは、生徒会の仕事も手伝ってもらえるということでいいのかな?」
鷹司舞は、大きな瞳でサトルを見つめた。そういうシチュエーションに慣れてないサトルは恥ずかしがって俺の背中に隠れてしまった。
生徒会に関係ない俺は、どう受け答えしていいのかわからない。
「で、いいんだよね、鷹司さん」
「はい、遥がいるので教えてもらえるし、ぜひ手伝わせてください」