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異世界にて、我、最強を目指す。  作者: たま ささみ
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世界選手権-世界選手権新人戦  第2章

その後、数馬が寮に来ることは無かった。

 もしかしたら、本当の過去を俺に知られたくなかったのかもしれない。若しくは、ホームズ無しでも計画を実行する手はずを整えつつあるのかもしれない。


 緊張しながら毎日を過ごしていた俺だったが、息の詰まる生活を余儀なくされた冬休みも終わり、やっと学校が始まったというのが本音だった。

 いや、学校が始まったからといって昼間俺の部屋に誰かが入り込まないとも限らないのだが、ホームズを狙うとすれば数馬くらいのもんだから。

ホームズは誰にも見つからないよう隠匿魔法を念入りにかけている。

数馬ごときに敗れる隠匿魔法ではないとホームズはいうんだが・・・。

 大丈夫か?俺がいない間に連れて行かれないでくれよ。


 そうそう、数馬の秘密を知ったあの日から聖人(まさと)さんとも顔を合わせていない。

 ホームズの過去透視魔法で真実を知った俺だったが、聖人(まさと)さんが悪いとは思えなかった。出来のいい息子だったら、父親のしでかしたことは無かったことにして隠すと思う。


 生憎(あいにく)、俺は出来が悪いんで父親を許すことが未だにできていない。

 ゆえに、父親が何かしでかしたら自首して罪を償いなさいと背中を押すことしかできないけど。

 

 いやいや、俺がしたいのは俺と父親の関係性の話じゃない。

 数馬や聖人(まさと)さんの行動だよ、俺が心配してんのは。


 とはいえ、黙って動向を見ているだけでは埒が明かない。

 俺は譲司に離話して、数馬が授業を休んだら知らせて欲しいと頼んだ。新人戦に向けてトレーニングを始めたいからと嘘を吐いたが、譲司には嘘とバレていただろう。

 ただし、俺には心の壁がある。

 本当のことは、誰にも明かせないし、明かさない。


 聖人(まさと)さんや逍遥(しょうよう)の動きならサトルに任せれば裏の裏まで調べてくれる。

 2人とも、GPFあたりから仲違いしてるし。

 なんだってまあ。

 ビッグタイトルが3月にあるんだから、もう少し真面目に取り組んでほしいもんだ。



 ビッグタイトルといえば、やはり世界選手権と新人戦は、1月末に予選会を行い日本代表を決めることが生徒会から発表された。

 なぜ生徒会が発表したかといえば、予選会に出る為には各校の生徒会からの推薦が必要だからだ。


 我こそは、と思う人がエントリーすればいいのだろうが、それでは人数が膨大になり日本枠として与えられた3人を選ぶための大会運営に支障が出ることは、火を見るより明らかだ。

 そのため、地域ごとに一定の人数を推薦し予選会を行う。予選会で上位を取った3人が世界選手権や新人戦に出られることになるという。


 新人戦の場合、国内を見回しても、俺の目から見て逍遥(しょうよう)を超せる1年は、まずいない。

 次に実力があるのはサトルで、国分くんがサトルを一歩後ろから追いかける立ち位置にあると思う。他に力のある1年は、全日本や薔薇6の段階では1人もいなかった。

 その後実力をつけた者ならエントリー争いに食い込んでくるかもしれないが、今の時点では逍遥(しょうよう)、サトル、国分くんで決まりだと思う。


 で、なんで俺がGPF終了時に目標とした、世界選手権新人戦に向けて頑張ろうとしないかといえば、俺の聞きつけた嫌な噂通り『デュークアーチェリー』の飛距離が50mから100mに、そして競技時間も30分から15分に変更されるという話で持ちきりだからだ。

 飛ぶわけないでしょ、100mなんて。ましてや時間まで半分に減ってる。絶対無理。 50mですら100%いかなかったのに、時間が半分になって尚且つ的が100mまで伸びて、そんなもん当たるかっつーの。

 

 おまけに、『バルトガンショット』までもがGPFまでは上限100個30分が最低ラインだったが、予選会以降の最低ラインは上限100個で15分以内。

ふざけんなよと言いたい。


 学内ではみんな燥いで100mの練習してる。当たる人?いないさ、もちろん。

 GPFで3位になった俺でさえ当たんないんだ、平凡なタイムしか出せない一般人が当たるわけない。

 やってみたのかって?

 いや、やってない。

 最初からあきらめムード。

 GPFが終わったときは本気で新人戦目指そうと意気込んだが、無理だよ、『デュークアーチェリー』はその通りだし、『バルトガンショット』はタイミング掴めないままここまで来ちまったし。


 でも、燥いでる人たちを見るのは楽しい。みんなキラキラした目をして、汗を流してる。

 俺も何にも考えてなければこういうふうに楽しめるのかな。

 楽しんで競技に参加できるならこんなにいいことは無いよね。

 あの、試合前の苦しいまでの緊張感を考えなければ。


 誰も俺に話しかけてこないのをいいことに、2,3日の間、俺は練習もせず授業が終わると寒い中を走って寮に帰り、ホームズと遊んでいた。


 そんなある日のこと・・・。


 魔法科に、また数馬が顔を見せた。

 女子が騒ぎだし群がるからすぐに数馬が来たと当たりが付く。

 何の用かなと、俺は廊下までそろりと歩きだした。


 ・・・数馬・・・なんか怒ってない?


「怒ってるよ、充分に」

「なんで」

「なんでか知りたかったら、ここ何日かの自分の行動思い出してみるんだね」

「え・・・」


 まさか、数馬。俺に出ろと。

「その通りです」

「できないよ、100mだよ?」

「まだ1回も試射してないだろ」

「そりゃそうだけど」

「僕が君に内緒で何をしてたと思う?GPFまで」

「知らない」


 ぽかっと俺の頭に拳骨が飛んだ。

「『バルトガンショット』のタイミングを直す方法を探してたんだよ。なのに君ときたら、毎日寮に飛んで帰って」

「ごめん、でも数馬・・・」

「でも、だって、どうせ。この言葉は使わせない。今日から特訓。1月末まで間に合わせるから」


 げっ。あと3週間しかない。

「あと3週間もあると考えて欲しいね」


 結局俺は、その日の放課後から数馬に引きずられ市立アリーナで練習することになった。

「飛距離を2倍にするには、当然魔法のパワーが必要になる。君は50mでもパワーダウンしたことがないから、100m先まで飛ばせる。わかった?」

「でも・・・」

「でも、は使わない。ほら、やってみて」

「わかったよ・・・」


 1発目で飛ばないと分れば、数馬も諦めてくれるだろう。とはいえ、テキトーにやっても数馬にはバレてしまう。

 ここは本気を出さなければ。

 俺はGPFまでやっていたように、円陣の中に入ると足を肩幅まで広げて立ち、デバイスである右手を頭の上に持ってくると静かに降ろし、直角というよりも脇の下を60度くらいまで広げて、人さし指を的に合わせると力一杯、発射した。


 ドン!!


 あ、真ん中に当たっちゃった。

 たぶん腕の角度60度と、力一杯やったのがよかったんだろう。

 だが、このまま力を使い続ければ、魔法力も体力も途中で息切れしてしまうことは目に見えている。

「今日ここ終わってから2キロ走ろう、明日から徐々に走る距離を長くして」

 またランニングか・・・。

「全日本の時とか薔薇6の時はランニングしてたよね?その時は体力ついたでしょ」

「確かに」

「君は決して運動神経は良い方じゃないんだから、少しは努力しないと」

「数馬、そうはっきりと言わないでほしい」

「こうでも言わないと、君は走らないから」


 さすが俺のサポーターだけはある。俺の性格は見抜かれている。

「了解。走るよ、少しでも体力つけて、あとは今のような射撃で大丈夫?」

「射撃に関しては問題ない。あとは体力次第」


 ここは数馬の言うことが正しい。GPSが始まってろくに外を走ってない俺は明らかに体力が落ちて身体が鈍ってきている。しょうがないな、走るか。

 あ。

さっき『バルトガンショット』のタイミングを直す方法を探してた、って聞いたような気がする。

数馬はそれでGPF開始まで俺のところに姿を見せなかったのか。

「数馬、『バルトガンショット』のタイミング直す方法、見つかったの?」

「まあね、今日は『デュークアーチェリー』の距離感掴むことに集中して、明日から『バルトガンショット』の方も練習を開始しよう」

 俺は数馬の言葉を遮るように言葉を重ねて畳みかけた。

「すごいな、俺と聖人(まさと)さんが何やっても見つけられなかったのに」

 すると数馬は大真面目な顔つきで逆に俺を遮るような素振りを見せた。

聖人(まさと)さんは見つけられなかったわけじゃない。時間がないから後回しにしただけだ」

「後回し?」

「GPSで君は最初『バルトガンショット』と『デュークアーチェリー』の2つエントリーしてたよね?でも練習したところ『バルトガンショット』の成功率があがらなくて結局は『デュークアーチェリー』一つに絞った」

「そうだっけ」

「海斗、若年性アルツハイマーじゃないんだから。たった2,3か月前のことじゃないか」


 当時の記憶を必死に辿ったが、俺の十八番であるはずの3D画像の1画面すら浮かんでこなかった。

 たぶん、聖人(まさと)さんとの良き思い出を自分の中で封印したので、あの愉しかった時間も忘れてるというか、記憶に蓋をしているんだと思う。

「やっぱり思い出せない」

 数馬もその辺は俺の心理的なモノを汲み取ってくれたのだろう。

「とにかく、『バルトガンショット』は明日から」

 当時の記憶を思い出せない以上、俺の『バルトガンショット』は一からのやり直しになる。果たして魔法が上手く使えるかな。

目標記録を設定することができるのか?

 記録が伸びなければ、予選会に出るのも難しくなる。

 数馬はどうやって弱点補強を思いついたのだろう。


 数馬はクスッと口元をあげて目を細めた。

「発想の転換だよ」

「発想の転換?」

「君は動体視力がよく視野も広い。だからクレーが出てきた瞬間を捉えるのは他の人より早いはずだ。でも、クレーを見てしまう癖があるから発射までに誤差が出る」

「そうかも」

「で、出てくるクレーを瞬間的に3D画像として構築してから、クレーを見ることなくそこに向けて発射するんだ。真ん中でクレーに当てるんじゃなく、出てきたところで当てれば問題ない。あとは誤差を魔法で一瞬一瞬過去に戻していけば精度も高くなる」

「何言ってるかわかんない」

「やってみればわかる」


 数馬から提案された攻略方法の意味。3D画像まではなんとなく理解できたが、魔法で過去に戻す、とはいったいなんぞやということで、俺のなぜなぜタイムが始まった。

 GPS以降、世界各地を転々としてバタバタと時間が過ぎたからか、ほとんどなかったなぜなぜタイム。

 日本に帰って安心したのか、それともクレーを撃ち落とす自信がないのかはわからない。

 ただ、数馬が「本当にしたいこと=復讐」を後回しにしてまでも俺のために考えてくれていたとするならば、俺はそれを無下にはできないし、少しでも、なんとか形にして見せなければいけないと思う。

 現在、俺はショット系の練習を全くしていない。ゆえに成果が落ちつつあると見ていい。

だから、10分以内で上限100個を撃ち落とすことを現行目標にしよう。


 でも、俺が思うに、聖人(まさと)さんと日本で練習していた間は確かに『バルトガンショット』の精度が思ったように上がらなかったかもしれないが、聖人(まさと)さんならすぐにでも解決策を見出していたと思うし、練習を中途半端に終わらせただろうか。

 そこが腑に落ちない。

 聖人(まさと)さんは最初から俺に『バルトガンショット』を教えるつもりはなかったのではないか。

 何のためかは知らないけど、もしかしたら逍遥(しょうよう)がエントリーされ、俺は外れると思っていたのかもしれない。



数馬は数馬で、聖人(まさと)さんが俺に示さなかった『バルトガンショット』の攻略方法を自分が見つけ教授することで、俺をエントリーさせることにより、サポーターとしての格の違いを見せつけたかったのだろうか。

 誰に?

 聖人(まさと)さんに。

 なぜ?

 父親の復讐の一環として。

 

 有り得なくもないか。


 しかし、だ。

 聖人(まさと)さんは、来年度はプレーヤーとして競技を行うか、あるいは魔法部隊に帰還することになるかもしれない。

このまま逍遥(しょうよう)と馬鹿な喧嘩をしていると数馬にサポーターとしての貢献度1等賞を明け渡すことになるんだから。

 予選会は公式記録に残らないとはいえ、予選会を含めたとしても、サポーターとして活動できるのは2回しかない。わかってんのかな、2人とも。

 仲違いしてる暇なんてないはずなのに。


 いや、まさかね・・・。

 数馬の過去を追ってるわけじゃないだろうな、逍遥(しょうよう)聖人(まさと)さんも。

 喧嘩したふりしてバラバラに行動し、事件事故両面から3年前のあの事件のことを調べているとしたら・・・。


 仮想問答としては一理あるが、実際問題として逍遥(しょうよう)は新人戦予選会というイベントを控えてる。他人事に首突っこむ暇などないはずだ。

 とはいえ、逍遥(しょうよう)は特段練習などしなくても確実に新人戦にエントリーされるだろう。

 生徒会の推薦や予選会など逍遥(しょうよう)にとってはチョロいもんだ。

 周囲の目を欺き時間をかけてゆっくりと数馬の身辺調査をする。


 うーん、アリかも。


 生徒会の推薦もらえるかどうかの瀬戸際なのは、俺だけだ。

 それにしても、宮城海音(かいと)が釈放されていたなんて。自殺教唆は明確だったというのに。

あいつは変わらず俺を憎んでるようだし、今後も何かしらちょっかい出してくるんだろうな。今度の予選会なんて絶好の機会じゃないか、あいつにとっては。

 あいつがもしエントリー可能な魔法を身に着けてるとしたら、だけど。

予選会で何か邪魔してくる可能性は大きい。ただ、あいつもあいつの友人も現段階では俺よりも魔法力が低いはずだから、プレーヤーとして俺の前に立ちはだかってはこないだろう。

 


 俺は、宮城海音(かいと)を甘く見すぎていた。



◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇


 翌日から、朝夕のジョギングと大掛りなストレッチ運動、そして放課後は市立アリーナでの『バルトガンショット』と『デュークアーチェリー』の練習。寮の部屋に帰ってからはバランスボールで体幹を鍛える基礎訓練が俺を待っていた。

 数馬が寮に来ると相変わらずホームズはどこかに消え失せていたが、何となく波動を感じるのでこの寮の何処かに潜んでいるに違いない。

 この波動を数馬が感じ取っているのかは分からなかった。

 数馬は基礎訓練に重きを置き、俺がサボらないようずっと訓練を見ていて、ホームズのことは口にしなかったから。


 走りを復活させた頃は、1キロ付近で足が攣ったり散々な目に遭っていた俺だが、1週間もすると3~5キロほど走れるようになっていて、そこは俺自身が一番驚いていたし、数馬は俺の体力の回復ぶりに目を細めていた。

 あとは、バランスボールでの腕立て伏せだが、俺の場合はボールの中心に足を乗せて、上半身はボールから離して腕立てする方法を勧められた。結構、これがキツイ。最初は5回程度がやっとで、飽きてボールに座るだけにしていたものだが、これまた段々とコツを掴んできた俺は、1週間後には10~20回程度の腕立て伏せはできるようになっていた。


 数馬は、俺にバランスボールを使った腹筋も半ば強要してくる。

 できない、と何度言っても向こうは聞いちゃいねえ。

 仰向けにボールに乗って、腹に力を入れて腹筋をする。ゴロンと転ぶときもあれば、腹に力が入らない時もある。何度数馬に手本を見せてもらってもこればかりは俺の運動神経では難しいらしい。

 しかし、それで諦める数馬ではない。

 ボールに乗る位置や足を付く位置、背中がどれだけボールに接面しているかを見ながら成功に向けて分析しているようで、俺はそれこそ1mmずつ座る場所を移動し、やっとのことで腹筋運動に挑戦して5回ほど成功。

実は俺、リアル世界に居る頃から腹筋運動がとても苦手で床の上で行ったとしても成功は10回前後にとどまる。

 その事実に比べれば、5回の成功だけでも俺自身は満足していた。


 俺は数馬と出会って2か月ほどだが、数馬がどんなことを考えているのか、指先を見ればある程度はわかるようになった。

 満足している時は両方の手のひらでグーを作りプチガッツポーズするが、逆に心に不満が渦巻いてると両手を組み合わせ交差させた指を高速で動かす。


 俺の腹筋運動を見て、どうやら数馬は満足していないらしい。

 両手組んでるし、手指の高速動作が半端ない。

 あのー、数馬―。

こればっかりは許してほしいよ。

 俺は元々、運動神経マイナスの男なんだから。

 魔法という紛い物に気を取られて、俺が運動神経のない男だと気付いてない人が多すぎやしないか?

 たぶん、俺の本来の運動神経を知っているのは、亜里沙と(とおる)しかいないような気がする。うん、あいつらだけは知ってるはずだ。


 俺は、不満を口にすることこそしないけれど態度にすっかり表れている数馬に恐縮しながらも、腹筋運動しようと試みるもバランスボールからゴロゴロと落ちていた。

 手指の高速運動を一旦止めて、俺の目の前に数馬が移動して、どすんと腰を下ろして俺の目線に自分の目線を合わせる。

「君、ふざけてる?」

「いや、ふざけてない。亜里沙か(とおる)に聞いてくれ。俺、腹筋運動は地上でも10回ほどしかできないんだから」


 数馬は信じられないといった表情でまた眉間に皺を寄せたが、亜里沙か(とおる)と名前が出た時点でこれが真実かと憮然とした口元に変わった。への字型の口になったアイドル顔の数馬も、それはそれで怖い。


 腹筋運動については1日10回を目安に出来るよう心掛けること、と冷たい一言が発せられた後、数馬は瞬間移動魔法で一気に姿を消した。

 どこに行くのか聞いてはいなかったが、ホームズを誘拐しに消えたわけではないだろう。

それにしても、ホームズも見事な恩行で自分の居場所を隠し通している。

もしかしたら、一番安全なのは生徒会かもしれないな、そんなことを考えながらバランスボールに座っていると、ホームズが帰ってきた。


俺は魔法の関係で常々ホームズに確認したいことや教えて欲しいことがたくさんあった。

「お帰り、ホームズ。今日は生徒会にいたのか?」

「御名答。読心術か?」

「ヤマ掛けただけ」

「つまんねー」

「な、ホームズ。こないだ教わった読心術と心の壁なんだけど。心の壁はお前が俺の胸引っ掻いて作られたよな。でもみんなはどうやって心の壁作ってんだ?左胸は過去透視に使うだろ?」

 オッドアイに目の色を変えたホームズは、ヒーターの真ん前でぬくぬくしている。

「一概にはわからん。過去透視の前に壁作ることで過去を隠す状態になるだけで。俺様猫だからな、人間用の魔法は知らんわ。そんなに知りたいなら誰かに聞けばいいのに」

「瞬間移動魔法のように、解り易い説明してくれよー。読心術なんて、気が付いたらホームズの考え読んでましたくらいの勢いだっただろ」

「知らねーよ。誰かに聞け」

「誰に聞いたら教えてくれると思う?」

逍遥(しょうよう)が一番だろ。聖人(まさと)はお前に有利になる魔法は教えないと思うぞ」

「数馬は?」

「その前に練習しろ!って言われてケツ叩かれて終わりじゃね?」

 数馬の、あのへの字顔が目に浮かぶ。

「そりゃそうだ。やっぱり逍遥(しょうよう)かなあ」

 ホームズはニッと笑う。これがまた、不気味すぎる。


 気を悪くしたようにホームズはそっぽを向いてヒーターに当たっていた。

「悪かったな、不気味で」

 こういう会話も、みな読心術を用いて声には出さずに行っているのだが、相手がホームズだからできるのか、他の人全員に通用するのかがわからない。

「ホームズのいうとおり、逍遥(しょうよう)か、逍遥(しょうよう)がダメならサトルに聞いてみるわ」

「それでいんじゃねーの」


 ホームズが自分のベッドに行ったのを確かめヒーターを消し、まず逍遥(しょうよう)の部屋のドアを叩いた。

「誰~」

 あまりにもやる気の感じられない声だ。まだ喧嘩してんのか。

「俺、海斗」

「どしたの」

「魔法教えて」


 数秒、逍遥(しょうよう)の部屋からは物音一つしなかったが、口より早くドアが開いた。

 目を合わせた途端、いいよ、教えてあげる。そんな風に逍遥(しょうよう)の心の声が俺の頭の中に響く。

 ホームズに習ったことは内緒にして、もう一度人間用の魔法を習いたい。

「え、ホームズに習ったの」

 逍遥(しょうよう)が驚いて地声を上げた。俺も反応して声に出す。

「いや、あっちは猫用の魔法らしいから」

 また俺が黙ると、逍遥(しょうよう)の心の声が聞こえる。最初は離話かなとも思ったが、どうやらそうでもないらしい。離話は自分や相手に都合の悪いことは発しないし聞こえないから。

 

「猫用魔法って何だよ。人間用もあるってか」

俺も負けじと心に文字を浮かべて話し合えるようにしてみる。

「そうらしい」

「何だ君。読心術できてんじゃん。いつ覚えたの」

「ホームズといたときかも。あっちは猫だから話通じないだろ、それで」

「なるほどね。で、あとは何を習いたいって?」


 少し悩んで、俺が思い浮かべたのは心の壁と防御魔法、あとは・・・隠匿魔法。出来れば破壊魔法と消去魔法。

 逍遥(しょうよう)の顔つきが渋くなった。眉間に皺を寄せている。数馬よりその皺の数は多い。

「破壊魔法と消去魔法はまだ教えられない。心の壁って、自分の考えを人に悟らせない、いわば魔法の重ね掛けを言ってるの?」


 ホームズが言ってたのは、そういうことだと思う。

 俺が何も考えず頷くと、逍遥(しょうよう)は言葉に出して返事をしてくれた。

「了解。防御魔法と隠匿魔法は教えてあげる。魔法の重ね掛けもいいかな」

 そして突然、左右の手で拳を作るとクロスして胸部分に当てた。

「これが防御魔法」

 なるほど。

 俺も一応逍遥(しょうよう)の真似をして左右の手で拳を作りクロスして胸部分に当ててみる。


 ・・・何も起こらない・・・。


 ホントに魔法掛かってんのか?

 逍遥(しょうよう)は俺の心の声にすぐ反応した。

「今はそういう局面にないから自分では意識できないと思う」

「そっか」

「じゃ、次」


 次に、右手をひらいて「パス」と心の中で念じながら逍遥(しょうよう)は部屋の中にあった靴に右手を翳す。

 靴は急に俺の視界から見えなくなった。

声に出さないで念じているのは読心術で直ぐにわかった。

「これが隠匿魔法。呪文唱えて対象物に右手を当てる。対象が自分自身なら、右手を開いたまま心臓部分に当てる」

「声に出してもいいのか」

「どちらでも。ただ、周囲に人が居たりすると声に出せない場面だってあるだろ?そういうときは心で念じるだけにする」

「なるほどね」


 納得したような俺の表情を見つつ、逍遥(しょうよう)は次の魔法に進んだ。

「最後に心の壁。これは過去透視と同じように右手こぶしを左胸に当てる。ただし、コンコンと2回当てるんだ」

 ン?

だからホームズは俺の左胸を引っ掻いたのか。

「なんだ、引っ掛かれた時に気付かなかったの?」

「痛くて気付かなかった」

「相変わらず間抜けだねえ、海斗は」

 逍遥(しょうよう)、君も相変わらず口が悪いよ。

「僕は正直に言っただけだ」

 ま、読心術やりながら喧嘩しても何もいいことは無い。俺はすぐに、右手で拳を作り左胸に当ててコンコンと2回叩いた。これで俺は読心術に対する防御ができたことになる。

「そうそう、そうやって使えば相手は君の心を読めない」

「もう読めてない?」

「ああ。考えてる事はわかんない。魔法に関係なく洞察力を働かせれば、ある程度分るときもあるけどね」


 俺は人に気付かれてはいけない秘密をホームズとシェアしているのだから、心の壁は必要不可欠。

それゆえに、壁の前に別な意識をインプットする必要がある。

「もしもだよ、逍遥(しょうよう)。他人に知られてはいけない秘密があったとして、心の壁だけでは心が真っ白になってしまうから相手に疑われるよな」

「そうだね」

「壁の上に他の意識を押し込めることなんてできんのかな」

「魔法を重ね掛けしていけばいいんじゃない」

「元の魔法は解けないのか?」

「重ね掛けは確か10回くらいでパンクするはずだけど」

「パンクしたらまた重ね掛けすればいいのか?」

「君、なんでそこまで重ね掛けに拘るの?それこそ疑われるよ」

「あ、いや、何でもない。ほら、俺って嘘つけない体質だからさ」

「嘘なんてつくもんじゃない。身を滅ぼすだけじゃないか」


 逍遥(しょうよう)の心に嘘は無い。逍遥(しょうよう)が心の壁を作っていない限りは。

 魔法の重ね掛けは10回程度でパンクか。

 でも一つの秘密に10回の重ね掛けだろうから、こないだホームズに掛けてもらった心の壁はパンクすることはないだろう。

 安心しろ、俺。


破壊魔法と消去魔法は教えられないと却下されたが、破壊魔法は同化事件の際、ショットガンで胸や背中を撃たれたのを覚えてる。

亜里沙の言葉どおりにショットガンで人一人殺せるなら、もうこの世は殺人だらけになると思うし、あと1歩、足りない何かがあるのだろう。


 消去魔法は、全日本だったかな、(とおる)が使用したのと、同化事件の際聖人(まさと)さんが使用したから何となく覚えてる。もう一場面あるが、ここで思い出してはいけない。逍遥(しょうよう)に気付かれたらおしまいだ。

しばし逍遥(しょうよう)の態度や目つきを見ていた俺だったが、たぶん、気付かれていない。大丈夫だと思う。逍遥(しょうよう)はいい意味で正直だ。もしバレていたら、何かしら返事が返ってくるはずだから。



今回何種類か魔法を還元したことで、逍遥(しょうよう)も機嫌を良くしていることは間違いなさそうで、最後にはニコニコと目が三日月に近づいている。

 そうだな、軍隊用魔法については今の俺にはまだ関係ないし、必要な時は誰かが教えてくれると信じてその日を待つことにしよう。

すぐに必要になる、そんなシチュエーションには陥りたくはないものだが・・・。


魔法の還元を受けた俺自身も、気を良くして逍遥(しょうよう)の部屋を出ると自室に戻った。ヒーターの電源を入れ部屋に暖かさを取り戻す。

ホームズは完全に寝ているようだった。

起こすのも忍びないし、俺は音をなるべく立てないように風呂に入ると、パジャマ用ジャージに着替えてベッドに入った。


今夜は気分もいいし、深く眠れそうだ。


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