世界選手権-世界選手権新人戦 第1章
12月のGPFが終わり、学校は冬休みを迎えた。
冬休みに入るとクリスマス休暇や正月休みが続いて、寮住まいの生徒たちはほとんどが帰省したようで寮の中は静かだった。
サトルも実家に帰ったらしく、顔を合わせていない。逍遥は特訓だとかで魔法部隊に行ってしまった。
聖人さんは実家があって無いようなものなので、世話になった親戚のところに挨拶に行っただけで宿泊することなく寮に戻ってきたが、前のように俺と親しく行動を共にすることは無い。
俺もその辺は頭の中ではわかってるんだが、心の中に隙間風が吹くようで、何か寂しい。
そういう俺もどこかに行くあてすらないし、いつも寮の中でホームズと一緒にヒーターの前で暖を取っていた。
新人戦が目標だといっておきながら、数馬が俺のところに顔を出さないのをいいことに、新人戦のことなど頭の隅に追いやって、昼間からゴロゴロと遊んでいた。
こっちに戻った頃に嫌な噂も聞き付けたし、何よりソフトを生徒会に返していたので具体的な練習はできないのが実情だった。
噂?
あとで教えてあげるよ・・・。
それより。
亜里沙が口にしていたホームズの特殊能力。それっていったい、何なんだ?
新人戦よりも、俺の興味はそちらに移ってしまっている。
ニャーンと鳴くホームズを前に、俺はねこじゃらしで遊びながら問いかけた。
「ホームズ、お前の特殊能力って何なの?」
途端にホームズは遊ぶのを止め、オッドアイになる。
俺は突然のホームズの変化に、いつも魂を抜かれそうになるのだが、そろそろ慣れなくては。
ホームズは後ろ足で耳を掻きながら反対に俺に向かって聞き返す。
「誰から聞いた」
「あ、いや、なんかそこかしこで聞くんだけど」
「そっか。いずれお前にもバレるしな」
ホームズは淡々としたものだ。
もう一息といわんばかりに、俺はホームズの目をじっと見た。
「で、何なのさ」
ホームズの目がくるくると動く。まるでビー玉みたいに。
しばらく躊躇っていたようだが、ついにホームズは口を開いた。
・・・落ちた・・・。
人間のように前足を使って器用に鼻をほじるホームズは、目線を俺から外して窓の外を眺めた。
「未来予知」
え?予知?俺の聞き間違いか?
そんなんできんの?
ノストラダムスの大予言?あれも当たんなかっただろうが。
でもそういえば、前に数馬が来た時も「客が来る」って言ったし、サトルからもらったヒーターのことも「不用品が手に入る」って言った。
もしかして、それのこと?
「あれは予知じゃない。透視にすぎない」
「そうなのか?じゃあ、どんなの予知できんの」
「例えばだな、敵襲だとか自然災害だとか、そういう系統」
「敵襲わかるんなら、軍隊に居たら重宝されるじゃないか」
「昔は軍隊にもいたことある」
ホームズは高くもない鼻を前足でこすっている。
俺はホームズの姿など見ていないかのように次々に質問を飛ばす。
「ホームズが数馬に会ったのはどこで?」
「長崎だ。あいつ、お前に本当の事言ってないようだな」
「本当の事?」
「親父が事故で、お袋が病気って言っただろ、お前に。これいうとあいつがまた俺のこと拉致るから嫌なんだけど」
「じゃあ、俺たちに隠匿魔法かければいいじゃん」
「お前、隠匿魔法の使い方わかんの」
「知らない」
「くーっ。これだからひよっこはよお」
「ンなこと言ったって、教えられてないし誰かが魔法をかけるとこ、見たこともないんだから」
「あのな、海斗。逍遥が俺のこと良く思ってないのは、俺がお前に魔法授けるのもあるからなんだぞ」
「だってホームズ、逍遥が俺に還元してくれないからだ」
「そんでも、還元したいという気持ちが強いから、邪魔する奴に良い感情は持てないだろ。それは俺様としてもよくわかる」
「そりゃまあ、近頃逍遥のこと蔑ろにしてるかもしれないけどさ。時間が惜しいんだよ、俺としては」
「海斗、お前、あらゆる魔法を早く手に入れたいんだろ」
さすがホームズ。
俺の心の中をしっかり読んでる。
「でもな、海斗。これも巡り合わせがあるんだよ。お前と聖人の間に縁がないように」
「もうそれは終わったことだよ、俺には今、数馬というサポーターがいる」
俺は本心をホームズに伝えたわけではない。ホームズがどう出てくるか。
「数馬はお前の良きパートナーであっても、人知れぬ闇を持った男だ。近づくほどに火傷するぞ」
強ち、それは嘘でもないのかもしれない。
ダダッ。
のんびりとしたひとときだったはずなのに、ホームズはひげをピーンと伸ばし、急に立ち上がって尻尾を丸めた。
「奴がくる。俺は聖人の部屋に行く」
そういうと、ホームズはオッドアイのまま、
「読心術を作動させないためにお前の心に壁を作る!」
と高らかに宣言し、忽然と目の前から姿を消した。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
ホームズのいう「奴」とは、数馬だと思った。ホームズやサトルの言う闇が深い人間とは、たぶん数馬のことを指しているのではないかと、俺は前々から当たりを付けていた。
聖人さんも闇に生きてる時期はあったし、今でも太陽の下、何も考えずに生きてるわけじゃないだろうけど、闇深いとは思えない。
数馬は謎を背負いながら生きてるような気がする。
それが何かと問われれば、詳しく答えられるわけではないが、俺の第六感というやつが数馬の目の奥に憂いを感じているのは確かだ。
俺一人の部屋の中で、一瞬部屋の灯りが暗くなったかと思うと、次の瞬間には数馬が姿を現した。
「やあ、ハッピーニューイヤー、海斗」
「数馬。今年もよろしくな」
急に現れた数馬。ホームズはまた透視をしたのか、それともこれも予知なのか、などと考えながら数馬を見ている俺。
きょろきょろと部屋の中を目で追う数馬。ホームズを探しているに違いないと踏んだ。
「ホームズはお出かけしたよ」
「どこに」
「そこまでは。あいつ気紛れだから外に出ることもあるし」
数馬はすぐさま透視したようだが、ホームズの隠匿魔法と防御魔法が壁となって見つからなかったのだろう。舌打ちしながら俺の目を見る。
「あの猫、君に何か言ってた?」
「何かって?」
「僕のことだよ」
俺は、知らないというように首を捻って手を静かに振った。
数馬は深く溜息を洩らして、手足から力を抜きだらりとさせたままベッド脇の床に胡坐をかいた。
「何か俺が知らないことでもあるわけ?近頃、君ちょっと変だよ」
「変、か。見透かされてるというわけか」
「それが何なのかはわかんないけどね」
「ホームズは知ってただろ?話さなかったのか、君に」
「俺が知らないことがあるなら、数馬に聞け、って。そう言ってた」
胡坐をかいてしばらく目を瞑ったまま、微動だにしない数馬。こんな数馬も珍しい。
イケメン顔の眉間に、段々皺が寄ってきた。
「どこまで話すべきか、悩んでるんだよ。嘘吐いたのは本当」
「いや、特に全部話さなくても」
「話し出したら、全てがクロスするようなものだから。君に嫌な思いをさせることも含んで」
「数馬がセーフと思うことだけ話したらいいんじゃないの」
数馬はその後もしばらく無口になり時に目を瞑り時に目を開け一点を睨んでみたり。
話す内容を取捨選択しているといった状況にあるのだと思われた。
俺は特に何も根掘り葉掘り聞くつもりはない。
ただ、父親が事故で、母親が病気で亡くなったというのは、たぶん嘘なんだろう。
それくらいしか俺は数馬の過去を聞いていないから。
数馬は胡坐の体勢から立ち上がると、もう一度腰を下ろし、床に正座した。
「君が今考えた通り、両親の死因は嘘を吐いた。僕の父親は殺された、正確に言えば、殺されたと僕は考えている。母はその後精神を病んで自殺した」
こりゃ、だいぶヘビーな内容だ。
そこから、言葉を選びながら話し始め、数馬の過去や現在が徐々に明らかになってきた。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
大前数馬。
今から18年前にロサンゼルスで3,600kgほどの健康優良赤ん坊として産声をあげた。父母は米国の軍隊で魔法師として働いていた。数馬は一人っ子で、15年間を米国で過ごした。
6年前に父が日本の魔法部隊にヘッドハンティングされた関係で、父は単身日本に帰国し横浜支部にて勤務を始め、母と数馬は、数馬が大学を卒業してから日本に帰国する予定だった。
全てが順調に運び、大前の家族は幸せに暮らしていた。
そんな折、突然知らされた父の訃報。
3年前のことだった。
演習中、魔法が角逐を起こして大爆発を引き起こし、巻き込まれた父ら数名が亡くなったという。
驚き母と二人日本に帰国したが、父の遺体は既に荼毘に付され、骨すら残っていないと言われ、母と二人、遺影だけという哀しみの対面を果たした。
事故による死亡だとしても、日本軍魔法部隊に対しやるせない感情が噴出した。殺したようなもんじゃないか、と。
その後母はうつ状態に陥り、父の元に行きたいと自殺未遂を繰り返すようになり、ある時、ビルの屋上から投身自殺を図り命を落とした。
数馬の父母は外国暮らしが長く、日本にいた親戚筋とは全く連絡を取り合っておらず、日本には数馬に対し誰も救いの手を伸ばしてくれる人はいなかった。
米国軍隊の魔法師は年金制度が整っておらず、天涯孤独の身となった数馬は住むところや食物にさえも困るようになった。
アメリカに墓を求めたが、葬儀費用や日本とアメリカを行き来する飛行機代、そしてアメリカの家の立ち退きを迫られたため立て続けに金を使い、父母の遺してくれたわずかばかりの貯金を食いつぶすのはあっという間だった。
アルバイトをしてどちらかの国で食べていきながら、高校、そして大学で魔法を勉強するにも、本当にやっていけるのか数馬自身不安になる日が続いた。
そんなとき、米国で通っていた中学校の恩師から米国でのアルバイトや住む家などの紹介を受け1人で生活する手はずが整い、数馬はアメリカへ出立するばかりとなった。
そんな数馬の元に、ある日1通の手紙が届いた。
差出人は、沢渡剛。
知らない名だった。
手紙の内容を極端に要約すると、横浜の紅薔薇高校への入学を勧誘するものだった。
パソコンで打った字はどこか機械的で薄ら寒いものを感じたが、周囲に紅薔薇高校の評判を聞くと日本一の魔法科を持ち自由な校風の高校といわれ、自分は日本人なのだというアイデンティティーもあり、親しみを持った。
返済不要の奨学金を貸与されるとも手紙に記されており、米国の恩師と相談した結果、高校生活は日本で過ごし、大学入学時に米国か日本かを選択してはどうかと勧められた。
正直、外国での暮らしが長く英語漬けの生活をしていたので日本語が不得手で、その上一人暮らしの経験さえも無かったため日本での生活に不安はあったものの、沢渡が助けてくれると信じた数馬は、日本に残り紅薔薇に入学することにした。
ところが、手紙差出人のはずの沢渡剛という名の生徒を探し、礼を伝えようとしたところすげなく無視された。違和感が残った数馬は、元々魔法工学に興味を持っていたこともあり、魔法科ではなく魔法技術科に入学した。
入学後の紅薔薇は、魔法科至上主義を掲げる一派による上意下達を重んじる校風へと変貌を遂げた。
自由闊達な意見を言える場など、どこにもなかった。
紅薔薇への入学を後悔したが、もう遅かった。
すぐに退学し米国に帰ろうとも思ったが、運悪く世話をしてくれた恩師が急死してしまい米国での生活の術が断たれた格好になった数馬。
どこからみても、日本人の15歳の少年が海を渡り米国で己の力だけで生きるということは、想像を遥かに超える苦しさを伴う。
真剣に悩んでいたところ、紅薔薇を休学し世界を旅しながら魔法工学を学んではどうかという提案を書き綴った差出人不明の手紙が届いた。旅する間の費用は全部、差出人である人物が負担するという。
相手は名乗らなかった。あしながおじさんよろしく姿を現すことはなかったが、手紙に寄れば、父の昔の知り合いだという。
紅薔薇から離れたかったことも大きく作用し、深く考えずに数馬はその提案を受け入れた。
旅をしながら2年半を外国で暮らしていたが、また、沢渡から手紙が届いた。
魔法大会に出場している選手のサポーターを依頼したい、というものだった。無視するつもりでいたが、沢渡に会って一言嫌味を言いたいのと、今の自分の手腕を試してみたいという気持ちもあり、日本に戻って海斗のサポーターになった。
そして、広瀬同化事件に巻き込まれたのだった。
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数馬の話を聞き終えた俺の素直な感想。
なんだ、お母さんが病気で亡くなったのはホントのことだよね。精神に異常をきたしたのだから、死因は大きく括れば病死だよな。
お父さんは・・・この場合、事故ということになるのだろうが、その真相は数馬だって解ってないに違いない。殺されたっていってもねえ。事故で家族を失った人々は、大概が「会社に殺された」とクレームつけるっていうじゃない。
どこに嘘が隠れてるっていうんだ?
沢渡元会長との確執みたいなものはわかったが、あの沢渡元会長が、手紙出しといて無視するとは、ちょっと考えられない。
その辺は何か行き違いがあったんじゃないのかな。
俺の頭の中に隣の聖人さんの部屋の様子が浮かんだ。
聖人さんが禁断のマタタビを与えてしまいホームズはトリップ状態。よって、ホームズがこちらに戻る気配はない。
数馬はホームズと会いたがっていて、痺れを切らしたように足をがくがくとさせている。俺が出したペットボトルのお茶をぐびっと飲み干すと、また来る、といって瞬間移動魔法であっという間に姿を消した。
数馬が居なくなると、また隣の部屋の状況が頭の中に浮かぶ。
ホームズはすぐに起き上がり、聖人さんに前足を振って礼を言うと、俺の部屋目掛けて壁に入り込むような動きを見せた。
何やる気なんだよ、ホームズ。
すると隣と隔てた壁から顔が浮き上がり、次に身体が、最後に尻尾が出てきた。
こ、怖い。あまりにも不気味だ。
これなら瞬間移動の方がわかりやすいし、不気味さもない。
そんなことを気にしていないホームズは、聖人さんに遊んでもらって超絶気分が良かったらしい。
その割に、いうことはシビアだが。
「あいつ、またお前に嘘吐いた。いつになったらホントのこというのかなあ」
「そうか?大体は筋が通ってたんじゃない?」
「通ってない。だいたいさ、魔法事故ったって、普通、骨も残らない魔法があると思うか?普通ないだろ、そんなもん」
そこで、数馬の告白などを基にホームズと話し合い、その真偽を確かめようということになった。
ホームズ曰く・・・。
・数馬の出生地など→本当
・父親が長崎にいたことがある→嘘
・父の事故死→嘘。
・母親の病死(自殺)→本当
・沢渡からの学校推薦の手紙→嘘。
・恩師の急死など米国に戻れない事情→本当
・紅薔薇入学後の不満→本当
・あしながおじさんからの手紙→嘘。
・魔法工学を勉強するため海外へ→嘘。
・海斗のサポーター就任を勧める沢渡からの手紙→本当
・広瀬同化事件→嘘。一部のみ本当
何だよ何だよ、11項目中、6項目が嘘?約半分は嘘じゃねーか。それでも全くの嘘ではなく「一部分が嘘」などもホームズとしては嘘に分類しているらしい。
おいおいホームズ。広瀬同化事件が嘘って、そりゃないだろ。皆が広瀬に同化魔法をかけられた数馬を見ている。
ホームズ、お前、もうろくしたんじゃね?
するとホームズは本来の爪とぎ場ではなく、俺のベッドに近づいて爪を研ぐ仕草を見せて俺の方を振り返る。
ごめんなさい、ホームズ様。あなたはまだまだお若いです。
ホームズを迎えにベッド際まで行き、抱っこして電気ヒーターの前に座らせる。ここはホームズのお気に入りの場所だ。
オッドアイを変えることなく俺を見るホームズ。
「奴が闇を抱えてるのには原因がある。父親のことだ。俺は長崎でたまたま奴に会って、過去透視掛けられた。あいつは親父の秘密を知ってしまったのさ」
「ちょっと待って。ホームズはどうやってその原因を知ったんだ?」
「言ったろ、俺様軍隊にいた時があるって。あの事件があって、俺様軍隊を脱走したんだ」
「あの事件って、数馬のお父さんが亡くなったことを指してるのか?角逐起こした魔法で何人か死んだっていう」
「それこそ犯人が考えた大嘘だ。海斗、もう少し頭捻れよ」
「いや、俺の単細胞じゃ無理だ。犯人はどこのどいつなんだよ」
ホームズは猫のくせに深く息を吸うと、ゆっくりと時間をかけて息をはきだした。
俺にも深呼吸を強要する。
「いいか、海斗。まず、お前が真実を他にばらさないようにお前の心に壁を設ける。俺の正面に座れ」
何事かと思いつつ、言われるままに、ホームズの正面に正座して言葉を待った。
いでっ!!
ホームズの野郎、俺を引っ掻きやがった。それも、ジャージを着ていて目立たない左胸を。
「いでーよ、ホームズ」
「人間は過去透視するとき、左胸に手を当てるだろう?俺様が今、お前に魔法をかけたからお前の左胸には心の壁ができあがった」
「で、何考えても相手には伝わらないと?」
「とどのつまり、そういうことだ」
そう言えば、ジャージを引っ掻いたくらいで俺の胸に傷ができる訳もない。この痛みは魔法の為せる技なのか。
ホームズは仁王立ちして俺の左胸を前足で指さした。
「でも何にも伝わらないとこれまた怪しまれるからな。さっき奴が話した内容を、すべてお前の心の壁の前面にインプットしてある」
「心の壁か、便利だな」
「普段は使うな。今は緊急事態だから」
「そうだった、犯人がいるんだろう、この事件には」
「知りたいか」
「そりゃ知りたいさ」
ホームズの目はオッドアイから虹色に輝き、俺をどこか別の世界へと誘った。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
目の前で、軍人と思われる2名が言い争いをしていた。何事か理由は分りかねたが、2人とも激しい剣幕で激高している。
もう止めとけよ、と思った時だった。
1人が独特なポーズを採った。
独特な・・・あ、あれは消去魔法の!!
明が妖魔を撃退し、聖人さんが広瀬を葬ったときに採ったあのポーズ!
俺は声を上げようとしたが無駄だった。別のパラレルワールドからその場面を見ているような、俺の周囲には重苦しい空気が漂い、誰からも俺の姿は見えていないと思われた。
それでも俺は必死に足掻く。
あの魔法は普段に使っちゃいけない。喧嘩如きで使ってはいけない魔法のはずだ。
しかし、俺の足掻きは誰にもどこにも伝わらず、俺はその瞬間を目の当たりにしてしまった。
喧嘩をしていたはずの一人は、いつの間にかサラサラとした砂のように崩れ落ち、もう1人は周囲をキョロキョロと見渡して、誰も見ていないのがわかるとその場を去ろうとしていた。
・・・この顔、どっかで見覚えがある・・・。
どこで見たんだ、なぜ俺はこの顔を知っている。
その時、キーンという激しい耳鳴りが俺を襲い、またメニエール症候群に見舞われたのかと思った俺の目の前に、いや、喧嘩していた当人たちがいた場所に、と言った方が正しいか。
なんと、そこに現れたのは聖人さんだった。サラサラと吹き飛んでいく砂に気付いたようだったが、立ちすくんだように見えた聖人さんは、何も語らなかった。
そうだ!
宮城海音をしょっ引くときに大騒ぎした、聖人さんの父親だ!
あの時も透視で見たから、今とすっかり同じ状況で顔を見ることができたんだ!
聖人さんの父親は、何も語らない息子に一瞥をくれると、そこから走って逃げだしていった。
すると聖人さんは、あろうことか、砂をあらかた消し去って魔法の痕跡をひとつ残らず処理し、これまたどこかに消えた。
なんてことだ・・・。
数馬の父親は、聖人さんの父親に殺されたって言うのか。
たぶん軍の施設内で起こった事件のはずなのに、なぜこのことが公にならなかったのか。
これは俺の想像の域を出なかったが、聖人さんの父親は軍隊の中でもそれなりの権限を持つ立場にいた。一方、数馬の父親は魔法の能力を買われヘッドハンティングされたわけだが、立場的にまだライン上に乗るほどではなかった。軍隊は上意下達の激しい場所。それでも数馬の父親は、何かしら上官の不正などに気付き聖人さんの父親を責めていたのだろう。
そして、使ってはいけない魔法を使われ、殺された。
聖人さんは、それが数馬の父親とは知らずに自分の父親が使ったと思われる魔法の痕跡を消して遺体遺棄(この場合消去だけど)みたいな感じで犯罪に加担した形になったわけだ。
この出来事があり、聖人さんの父親は自分の息子を段々遠ざけていったに違いない。いつ軍の上層部に知られるか、そればかり気にしていたのだろう。
結果、宮城海音を溺愛するようになり、聖人さんを奴隷化するような言動をするまでに至った。
どうして聖人さんが周囲にこのことをバラさなかったのか、それは当人に聞かないと分らないが、とにかくこれ以降、宮城家は増々バラバラになっていったと見ていい。
「海斗、海斗!!」
また左胸に痛みが走るとともに、今度は猫パンチを食らって俺の左手は血が赤く滲んでいた。
目がオッドアイに戻ったホームズが瞬きもせず俺を睨んでいる。
「お前、口軽そうだからなあ」
「そんなこと無いと思うけど」
「もう一発、心の壁作っといた。絶対周囲にばらすなよ。ってか、数馬はこの場面知ってるけどな」
「自分の父親が上官に殺されたこと知ってるの?」
「俺様が軍隊脱走して長崎にいることがバレて、数馬は長崎まで来たんだ。そこで俺様捕まって過去透視食らって、あの場面が再現されちまったわけよ」
俺はなんだかとても恐ろしくなって、手が震えだし身体全体にその震えは広がった。
「となると、数馬は全部知ってて今ここにいるのか」
ホームズは声に出すことなく、俺の心に語りかける。
数馬を紅薔薇に誘った沢渡の手紙や、旅に出た際に資金を援助したあしながおじさんも、全部聖人の父が関与していた可能性が高い。
放浪の際の資金援助は、最初は罪滅ぼしのつもりだったかもしれないが、裏を返せば数馬を日本から遠ざけたくなってきた心理の表れということもできる。
だとしたら、数馬の同化事件も納得がいく。
数馬はただ巻き込まれたのではなく、最初から広瀬のターゲットになっていたのだ。
宮城の親父の犬だった広瀬は、数馬を亡き者にしたかった。
大前父死亡に関する秘密がばれたら困るから。
一方で聖人を監視する役目もあって、数馬が日本に戻るまで待つよりほかなかった。
そこに、本物の沢渡が数馬にサポーターとして手伝ってほしいと手紙を送り、数馬が帰ってきた。広瀬はこれで目的が果たせると喜んだはずだ。
しかし、広瀬より数馬のほうが魔法力は格段に上だった。数馬が黙って同化されたわけがない。
そこまで聞くと、俺は思わず声に出して叫んでいた。
「広瀬を殺すために、わざと同化させたと?」
ホームズの目がキラーンと光る。
「大きい声出すな。一石二鳥だろ、その方が。広瀬という犬は宮城家に出入りしてたわけだから、宮城家の懐に入れるかもしれない。その上で広瀬を消し、次は宮城家を破滅させればいい」
「数馬は全く同化されてなかったのか?」
「たぶんな。自我を失うことはこれっぽちも無かったと見て間違いない」
俺が一番に心配してることをホームズに確かめてみる。
「聖人さんも標的に入ってるのか?」
「そこまではわからん、ただ、最初に消すべきは宮城の親父。そして親父が溺愛してる海音だろうな」
「でも聖人さんだってあの事件で父親の行為を揉み消したじゃないか。そしたら聖人さんも復讐対象にはいってるかもしれない」
「その辺を数馬がどう考えているかは、全くもってわからん。俺様、今度奴に捕まったら何させられるか。だから俺様は奴が嫌い、というより近寄りたくない」
「なら、長崎にいた方が良かったのに」
「ここにいてお前が守ってくれるからいいんだ。奴は俺が外に出たら、どういう手を使ってでも俺様を捕まえようとするだろうから」
「ホームズ捕まえてどうすんだよ。数馬が復讐するとでもいうのか」
「奴が生き延びてるのは、親の復讐のためだけだ。ああ、疲れた。もう寝る」
言いたいことだけ言って、ホームズはまたオッドアイを解除してニャーと鳴くと、スタスタと自分のベッドに歩いて行き、ベッドの縁に頭を乗せて丸くなった。
その夜、俺はもう何が何だかわからなくなって寝るどころじゃなかった。
でも、ホームズを守らなくちゃいけないことはわかった。
いくら理由があるとしても、数馬を簡単に殺人者にしないためにも。
数馬の立場になったら父親の復讐を考えると思う。だけど、それは洗いざらい罪を告白させなければ意味がない。
誰にも知らせることなく殺してしまったら、今度は自分が殺人者として汚名を着せられるだけだ。
俺だって宮城家とは因縁がある。
宮城海音のせいで死にそうにもなった。未だに宮城海音は俺を恨んでると思うし、隙あらば俺に対して何らかのアクションを起こしかねない。
宮城家なんぞ崩壊してしまえ、と俺は腹の底で思ってる。人前で言わないだけで。
数馬に加勢すること自体、俺は別に構わない。
真実は明らかになるべきなのだ。
何とかして、数馬の心に入り込み暴走を食い止めつつ、聖人さんを無事に守った上で宮城家の崩壊に手を貸すことができないものか。
俺は震える指を握りしめベッドに横たわったが、一晩中寝ることができなかった。