GPS-GPF編 第9章 イタリア大会~GPF 第16幕
数馬との約束時間は朝の6時半だった。
俺はスマホの目覚まし機能で朝6時に目覚め、起き掛けにシャワーを浴び、ストレッチで身体を伸ばしもう一度ぬるめのシャワーで身体を温める。
今日はホームズの飯寄越せ攻撃が無い分、起きるのがつらかった。ホームズのニャーニャー攻撃はおちおち寝ていられないほどで俺は仕方なく早起きしてたわけだが、試合の時は役立つんだな。帰ったらホームズに感謝の言葉を捧げよう。
よし。
今日の前運動は終わった。あとは数馬が迎えに来るのを待つだけだ。
時計どおり、約束どおりに数馬は俺の部屋に迎えに来た。
今日の策戦を練りつつ、と思ったら俺の身体の解れ状態を見ただけで、特段演武に関する指示は無い。
ちょっと拍子抜け。
だって、GPFだよ?ビッグタイトルだよ?
俺は儲けモンでここに立っているわけだけど、少しでも上の順位に行きたいじゃないのさ。
数馬はそう思っていないのかどうか、聞くのも憚られるので口にはしない。
でも数馬の目には「勝利」の二文字が浮かんでるような気がして、俺は奮起を促されているようにも感じた。
朝7時。
もう食堂では朝のバイキング朝食が始まっていた。
ここでも世界中の料理が用意されていて、アボガド寿司やカリフォルニアロールなど俺にはクエスチョンマークの付く異次元な料理もあったが、スタンダードな料理も多い。
数馬には常々米を食べろと言われるが、朝の俺にそれを強要することは土台無理な話で、俺はいつもながらのパンケーキとサラダ、野菜ジュースだけ腹に入れた。
数馬は魚定食をチョイスして朝もしっかり食べている。
それなのに、俺と同じくらいの時間に食べ終えている。数馬が食うのが早いのか俺が遅いのか、それはここにいる誰も分からないと思う。
最後の熱い珈琲を飲み終えた数馬が立ち上がった。
「よし、海斗。会場に行こう」
俺も立ち上がりトレイを片付けると、数馬は俺の前に立ちロビーに向かっていく。
エントランス先に客待ちのタクシーは1台もいなくて、フロントに頼み配車してもらうこととなり、制服に紅薔薇印のベンチコートを着込んだ俺は回転扉の手前に立ってタクシーが見えるのを待った。
数馬も同じくベンチコートを着ている。
外国から来た人も、欧米系の人は厚着していない。ヨーロッパなんぞ、日本より寒いし。
生徒会連中くらいのモノだ、分厚いダウンジャケットを着て「寒い寒い」と震えあがっているのは。
俺は東北は仙台育ちで、ある程度の寒さは毎年経験済みだから。今シーズンなんて寒いうちにも入らない。
「寒くない?」
数馬の言葉に笑いながら顔を捻る俺。
「札幌までくるとさすがに寒いかも。数馬こそ寒くないの?」
「僕は世界中旅してたから。北はアイスランド、南はチリ」
「すげーな。どうやって生活資金捻出してたのさ。アルバイト?」
「パトロン」
「なんだよ、それ」
笑いながら外を見ると、俺たちを乗せてくれるタクシーらしき車がホテルの車寄せに到着したところだった。
「行こうか、海斗。今日は思う存分暴れろ」
「おう」
車は雪道を上手に走り、目的地の札幌アリーナまで20分ほどで到着した。少し渋滞気味だったとはいえ、雪道の運転は難しいし、ましてや凍ったアイスバーンなんてスタッドレスタイヤを装着したところでくるくるとタイヤが回る。
俺、嫌な思い出があるんだよ。
俺が小学生の頃、父さんが一度凍った道を車で走ってて。こっちは何とか大丈夫だったんだけど対向車がスリップしていきなり俺たちの車の前に出てきたんだ。ぶつかる!そう思った瞬間に、対向車の運転手がハンドルを左に思い切り切ったらしく対向車は縁石に乗り上げ俺たちは無事だった。
それ以来、俺は車の免許を取ることがあっても凍った道路は絶対に運転しないと心に決めた。あんな怖い思いはもうたくさんだよ。
「海斗、降りて」
先に乗り込んだ数馬が俺の脇腹にパンチを入れる。ああ、またリアル世界のことを延々と思い出してしまった。
「ごめん」
最初に降りた俺の頬を、鼻を、額を、冷たい突風が突き刺さる。
これはもう、仙台どころじゃない。
札幌は、ものすごく、寒い。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
俺が数えてみるに、ほとんどの選手が会場入りしていた。みんな朝っぱらから早いな、と思ったのが第一印象だった。
俺ですら朝の7時半過ぎには会場入ってんだよ?試合開始は午後の1時だし。
みんなやっぱり腰据えてやってんなー、と。
そうだよ、ビッグタイトル獲るためにはちゃらちゃらしててはいけないんだ。
ところで、ホームズの姿は俺がいる会場には見えなかった。もちろん、まだ生徒会役員の姿も会場内にはない。
なんでホームズがGPFに顔出すのか知らないけど。
ホームズの魔法力が大会には必要ということかな。
なんだろ、ホームズのできる魔法って。過去透視?そんなもの、聖人さんが言った通り人間でも使用可能だ。
何かウラがありそうな予感がすんだけど。
ああ、またホームズのことばかり考えてしまって、自分の為すべきことに神経を向けられないでいる。
一旦ホームズから離れて、これから俺が何をしなくてはならないのか、はっきりさせないと。
数馬は大会事務局に行って演武順を確認すると言って俺の元から離れていた。もうすぐ帰ってくるだろう。それまで何もしてなかったら雷落とされるかも。
俺はようやくベンチコートを脱ぐと、身体を温めるためにストレッチの準備に入った。
運がいいのか悪いのか、そこに数馬が戻ってきて、俺の様子を見ると口をへの字に曲げている。
ばれたか。
何もしてなかったのが。
「海斗。少し気がたるんでないか。これから大事な局面なのに」
数馬の言葉は真理をついていて、俺は何も言い返せず、ただ頷くことしかできなかった。
「ねえ海斗。少し念入りにストレッチを行って、あとは現物で練習しよう。事務局に行って練習時間を確保してきた。練習時間は10時から30分だ。午後の本番の演武順はGPSの成績が下位の方から進めるって話だ」
「わかった、10時からね。あと2時間以上あるんだけど」
「ストレッチが終わったら姿勢の矯正とイメージトレーニング。それだけで10時まで時間潰せると思うよ」
「了解。姿勢の矯正は見てくれ、数馬」
3Dイメージ記憶から繰り出す俺の技のことは数馬には言ってなかったはず。今いうのも何かなーと思っていたが、イメージトレーニングの中にそれを入れるということで数馬も俺の技に気付くかもしれない。そしたら話そう。
サポーターに嘘ついてたらサポートできないというのは本音だろうが、俺はあの技をはっきり言って誰にも教えたくはない。
サポーターを信頼してないわけじゃなく、周囲に悟られるのが嫌なだけなんだ。
別に反則技じゃないし、上級者は皆行ってる魔法だとは思うんだが。
こういうところから、サポーターとの軋轢って生まれるものなのかな。
3Dイメージ記憶のことを数馬に伏せたまま、ストレッチと姿勢の矯正まで終えた俺は、イメージトレーニングの時間に入った。
もちろん、3Dイメージ記憶で一連の動きが決まっていくといっても過言ではない。
数馬は気付いたのかどうか、口を出してくることはなかったが、そう言えば前にイメージ記憶のことを数馬と話したような気もする。それは一般的なイメージ記憶。
俺が使う3Dイメージ記憶は、姿勢やデバイスの位置まで皆3Dのイメージ記憶として蓄えられているので、イメージトレーニングを行うより遥かに命中率が上がる。
それでも、一般的なイメージトレーニングはメンタルに必要不可欠なものだ。いくら3Dイメージ記憶を呼び覚ましたとしても、メンタルが弱弱しくなっていては演武に取り入れることはできない。
俺は数馬との約束通りトレーニングを続け、練習時間の10時を迎えた。
さ、ここでどれだけの成果が出るか、また、どれだけのプレッシャーを他の選手たちに与えることができるか。この30分間はとても重要な時間になるはずだ。
練習場の円の中に入り、俺は早速3Dイメージ記憶を呼び出す。
姿勢を正し、右腕を大きく振りかぶり人さし指デバイスをちょうど目の高さに合わせると的が出てきた。
次々にど真ん中に当たる矢。
いつもよりかなり調子は良かった。
10分やって休憩を取り、また10分、最後は5分間だけ的に向かう。
百発百中の勢いだったが、本選ではここに緊張感が渦巻いてくるので、最初の1発目が大事だと思うし、数馬も同じことを言っていた。
読心術ができれば俺の思いは丸わかりだから、たぶん数馬にもわかっただろう。
俺は気分よく練習を終えることができた。
「海斗、このままの状態を維持するため主にイメージトレーニングを行っていこう。もちろんこれからマッサージはするし昼食も摂るわけだけど、身体への負担はなるだけ減らすように心がけていくつもりだ」
「ありがとう、数馬。イメージトレーニングは大事だね。メンタルを強くしてくれる」
「君のメンタルは充分強いと思うよ」
その時、生徒会から南園さんと譲司が俺たちの方に近づいてきた。何か手に袋を持っている。
なんだろう。
まさか、ホームズじゃないだろうな。
南園さんは制服を着ていて、奥ゆかしく頭を下げた。
「八朔さん、大前さん。ホテルの食堂からお二人の食事をお持ちしたのですが」
俺の顔色が優れなくなったのを南園さんは感じたらしい。
「やはり他者からの差し出しはお召し上がりになりませんか」
「ごめん、南園さん。これから一度ホテルに戻って食事して、またここにくるよ」
「そうですね、こちらこそ失礼しました」
「折角の申し出を袖にして悪い。俺のポリシーなんだ」
「解っています、八朔さん」
練習時間が終わると、俺は帰る準備をして、数馬、南園さんや譲司と一緒にホテルへ戻った。昼バージョンのバイキング料理が並んでいる。
横で数馬が米食え米食えとうるさい。
そうだよな、南園さんが持ってきてくれたのはちびっこむすび。チビむすびには、おかかや鮭、梅干し、昆布、赤飯と5つあり、どれもおいしそうだった。
バイキングでこれを食わない手は無い。
ホテルに入り食堂へ飛ぶように入った俺は、チビむすびを探した。しばらく見つからず内心焦ったんだが、食堂のウェイターらしき人が作りたての料理をそこかしこに並べている。その行動をじっと見てると、次に手に取ったのはチビむすび。
やった、これで5種類のチビむすびを食べれる!
南園さんに恥をかかせたことを反省しつつ、美味そうなチビむすびに俺は食らいつき、二口で食べ終えた。
やっぱ米は美味い。
5種類全部食べたが、腹8分目より少し少ないくらいで、俺としては一番状態が良い。食い過ぎは胃がもたれて午後の試合に影響が出る。
最後に熱いほうじ茶を飲み食事を終えた俺は、また数馬や南園さん、譲司と4人でホテル前に停まっていたタクシーに乗車し札幌アリーナへと舞い戻った。
アリーナの中に入ったのが昼の11時半。
南園さんたちはギャラリー席に移動しさっきのチビむすびを食べているのが目に入った。ごめんね、南園さん。
数馬はチビむすびと味噌焼きのデカむすびを1個食べたようで、腹が膨れたと文句を言っている。誰に対して文句をいってるのかわからないんで、俺は敢えて無視させてもらった。
試合開始まで、あと1時間半。俺の出番は、昼の1時半からだ。
俺は腹が落ち着いたところでまたストレッチと数馬に少しマッサージを受けて身体を温める。
姿勢を正す練習を重ねながらデバイスチェックと称して持ってきたソフトを使い矢を射るタイミングを数馬と話し合いながら進めていた。
刻一刻と、試合開始時間が迫る。
これまでのGPSとは違った雰囲気の会場内は、みなが緊張感に包まれていて、それでいて技術的に上回っているトップ6が肩を並べ練習したり休みの時間を取ったりしていて、誰も声を上げない静けさが、俺には少々不気味に映った。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
ついに午後1時を時計の針が差した。
GPFの試合開始の笛が鳴る。
最初の演武者は、総合6位のブラジル・ルーカス。
彼も俺と同じように失格者が出たためにGPFに出場が叶った幸運の持ち主だ。
だが、元々の魔法力は決して低くは無い。
30分間で70枚というハイペースで試合は始まった。
次は総合5位。俺、日本・八朔の番だ。
周囲から巻き起こる声。日本人選手に対する声援は大きく、期待のほどが感じられる。
横浜市立アリーナで俺の練習を見てくれてた人たちも応援に来てくれて、大きな声で俺の名を呼んでいるのがわかる。
俺は選手の名が呼ばれると、ゆっくり円の中に入り笛が鳴るのを待った。3Dのイメージ記憶で姿勢を正し、的が出てくるのを待つ。
「On your mark.」
「Get it – Set」
的が出てきた。
俺の放った矢は、中心部にドスンと突き当たった。的が入れ替わり新しくなる。また矢を放つ。
このまま30分も手を上げていたら姿勢が悪くなるのも当然といえば当然なんだが、3Dイメージ記憶が海馬を支配している俺は、5分ごとに姿勢を正し的の中心部を狙う。
この策戦は功を奏し、何と今までの最高記録、30分で88枚という、自分でいうのもなんだが素晴らしい記録を作って演武を終えた。
あとは、残り4人がどのくらいの記録を出すかだ。
総合第4位のドイツ・アーデルベルト。
思い切った演武を心掛けたようだが俺の88枚の記録が気になったらしく、ほんの少し的を外す場面が見受けられ、72枚に終わった。
次の演武者は総合3位につけたイギリス・アンドリュー。
基本に忠実な良い演武だったが、やはり重圧がかかったのか、あと一歩のところで的を外す時が多く、合計75枚という結果だった。
次は、メダリストになれるかどうかの瀬戸際、総合2位のカナダ・アルベール。
無心になって的だけを見ていた技術は相当高いもので、俺を超え90枚という成績を残した。
最後に登場したのが、GPSでもアレクセイを追いかけた総合1位のスペイン・ホセ。
ホセの演武はGPSの時から素晴らしく、俺は到底敵わないと感じていた。
うーん、このままいくと3位か。
メダリストにはなれない。
こちらの世界は銀メダルまでしかないのだ。
俺が思った通り、ホセは圧巻の演技で、プレッシャーにも負けず95枚という歴代1位の成績で演武を締めくくった。
全ての演武が終わると、サポーター席から飛び出してきた数馬が俺の頭をぐりぐりと撫でる。
「海斗!初めてのGPFで3位は大したものだよ!」
「でも、メダルもらえない」
「メダル以上に価値があることさ」
数馬の慰めの言葉にも、何となく申し訳がないような気がして俺は下を向いていた。
その時だった。
横浜から来てくれた応援団が俺に大きな拍手を送ってくれた。
「よくやったぞ!」
「また横浜で一緒に練習しような!」
応援団の言葉に胸がジーンと熱くなり、俺は思わず泣きそうになった。
「次は新人戦に出るんだろ!泣いてる暇ないぞ!」
そういって応援団の人達はまた拍手してくれた。
俺は努めて冷静を装い、涙を胴衣で拭いて応援団の人達に一礼した。
ワーッと上がる歓声。
この競技で日本人が3位になることは今迄になかったらしく、そこかしこから拍手や声援が飛んできた。
漸く自分ができる限りのことをしたのだという実感が俺の心の中に湧いた。
俺は胸を張り、ギャラリー席に向かってもう一度礼をし、試合場を後にした。
数馬がまた俺の頭をもみくちゃに撫でた。
「海斗、これで新人戦にぐっと近づいたね」
「数馬、気が早いって。エントリーは3人でしょ。選ばれるかどうかわかんないよ。元々俺より魔法力高い人たちが1年には多いから」
「逍遥やサトルは捨てがたい人材だけど、今回のこの成績は間違いなく新人戦に影響を及ぼすと思うよ」
新人戦か。
夢って言うか、その話を初めて聞いた頃は自分とは無縁の世界だと思っていて話をよく聞いてなかった部分もあるし、未だに自分が足を踏み入れて良い場所なのかもわからない。俺、まだまだ魔法知らないし魔法力も決して高いわけじゃないから。
でも数馬はこうして喜んでくれてるし、ああいう声援ももらえたし、これで良かったのかな。今までの練習がやっと見える形になった。
これで堂々と紅薔薇に帰れる。
メダリストイベントには関係なかったので、俺は試合が終わるとまっすぐにホテルへと向かった。
もう、疲れた。これでもかというくらい寝たい。
でもその願い叶わず。
なぜかといえば、亜里沙と明がホテルに来てて、数馬は俺を置いてどこかに姿を晦ましたからだ。
相手をしないで寝たら、亜里沙はメデューサのごとく髪を振り乱して俺の耳元で騒ぐに違いない。
まったく、いて欲しい時に傍にいないで、なんで今頃、それもホテルにくるんだよ。
口達者な亜里沙曰く、軍務が忙しかったとのことだが、いつも言い訳は軍務じゃねーか。もっと他に言い訳はないのか。
その前に。
おめでとう、とかお疲れ、とか労いの言葉を一言くらい言え。
どうやら亜里沙たちは俺の試合をギャラリーの中に紛れて観ていたようで、3Dイメージ魔法についてはバレていた。俺、あんな真似でもしない限り上位に食い込めないモン。
試合当日こそ亜里沙のマシンガントークを聞かされ辟易していたが、翌日から3日間、2人は軍務のため札幌に滞在するとのことで、俺は行動を共にすることにした。
数馬はまた姿を消し、なんとホテルもチェックアウトしていたのだ。
こりゃまた、どこにいったのやら。
透視しても良かったが別に放浪の旅に出たわけではなさそうなので、放っておくことにした。これは明からのアドバイスでもあった。
こいつらとつるんで行動するなんて、何か月ぶりだろう。こっちに来てから数えるくらいしかなかった気がする。
今日はGPF3日目。
午後から札幌アリーナ脇のグラウンドで『バルトガンショット』が行われる予定だ。この種目には光里会長が出場する。
俺は数馬の「新人戦」の一言が頭に残り、この試合を朝の練習から見ようと思っていた。
亜里沙たちの軍務とは、逍遥の競技の結果報告と新人戦に出場する選手の身辺保護をするための下見だという。
それなら一昨日から来てないと。
『スモールバドル』、『デュークアーチェリー』、そして今日行われる『バルトガンショット』が新人戦の競技種目として取り沙汰されてるんだろ?
飯を食いに行くため俺の前を歩いていた亜里沙が前を見たまま俺に向かってサラサラと手を振って、大丈夫、2日前から来てたから・・・と言った傍から明が亜里沙の口を手で塞ごうとした。
何・・・?一昨日?
それはいったい、どういうことだ・・・?
俺の目は急に亜里沙並に三角になり、まず明に目を向けたが、こいつは口が堅い。昔からそうだから、今更粘っても本当のことは言わないだろう。
となれば、残るは亜里沙だ。
「亜里沙、お前たち、第1日目から札幌入りしてて、そんでもって俺の前に姿すら見せなかったって言うのか」
「だってほら、あんたが緊張するといけないし」
「3人で、ってあの約束はどこ行った」
「そんな約束したっけ」
「したよ」
俺の様子は地を這う大蛇のように段々と怖くなっていったらしい。明は逃げる気満々で俺と亜里沙から距離を取るし、亜里沙はへらへらと笑っている。
そこに、ちょうどサトルが通りかかった。
生徒会では早めに朝食を摂りその日の試合に備えているのか。
真面目な顔に戻った亜里沙が、サトルを呼び止めた。
「ホームズは?」
「こちらで面倒を見ています」
「そう。頼んだわよ」
サトルは俺にアイコンタクトをとっただけで俺たちから足早に離れ、EVホールのある廊下の向こうに消えた。
ところでさ・・・。
「亜里沙、なんでお前がホームズを知ってんだよ」
「長崎の猫でしょ、こちらに託された」
「託された?」
「海斗、あんたが長崎の国分くんから託されたんでしょうが」
「そりゃまあそうだけど。なんで紅薔薇にも来ないお前がそのこと知ってんだ?」
「情報網に引っ掛かるわよ、あの猫が移動を申し出るなんて」
「有名なのか、ホームズって」
「まあね、昔は横浜にいたみたいよ。で、長崎に行ってまたこちらに戻ってきた・・・」
「そうなのか?」
「ええ。あの子は特殊能力あるからね、良からぬこと考えてる人間に渡すわけにはいかないの」
「特殊能力?」
「聞いてないの?なら、あの子から聞きなさい。あたしの口からいうことではないから」
ホームズの特殊能力?
過去透視じゃないだろうし、瞬間移動魔法でもないだろう。一体、ホームズは何ができるっていうんだ?
このGPFが終われば一旦寮に戻る。
その時はまた俺の部屋で飼うことになるから、聞いてみようか。
本当のことを言うかどうかは謎だけど。
それにしても、「良からぬこと考えてる人間」か。
逍遥や数馬のように思いっきり警戒されて威嚇されるんだろうな。その点でそいつがホームズにとってよからぬ人間なのかもしれない。俺の勘違いでなければ、そうなんだな、たぶん。
そこに亜里沙のデカい声が飛ぶ。
「あんた午前中どうすんの、あたしと明は生徒会に合流するけど」
「練習から観てるつもり。午後は俺、ギャラリー席で応援するわ。試合終わったら生徒会に顔出す」
「わかった、ちゃんと着込みなさいよ」
着込めと言われても、俺はダウンを持ってない。ベンチコートがあるだけだ。
ダウン買ったら寮費が払えない。そしたら俺とホームズは寮を追い出され、すぐさま路頭に迷ってしまう。
それだけは避けねば。
中に下着を1枚重ねて着込んで、ジャージとベンチコートでいくつもりなんだが、やっぱ制服でないとだめかな。
亜里沙さまは俺の心がお分かりになる様で・・・。
「ギャラリー席に行くなら私服の方がいいんじゃない?中に着込む云々はそれでいいと思うけど。あとは行く前に生徒会部屋に寄ってカイロもらって行きなさい」
お、そうか。
カイロという手があった。生徒会部屋に行けばもらえるのか。
俺たち3人は軽い朝食を済ませ、ホテル内のスイートルームを使った生徒会部屋の前にいた。
亜里沙と明はこのままここにいるようだ。
俺は、私服に着替えて練習を見に行く。
譲司に頼んでカイロを3枚せしめて、俺は廊下に出た。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
聖人さんに寄れば、俺の場合、動体視力は悪くないがタイミングの取り方が悪いため、『バルトガンショット』で成績が伸びないという。
それでもって、新人戦での競技種目。男子は『バルトガンショット』と『デュークアーチェリー』が有力視されている。
何としても『バルトガンショット』の成績を伸ばさねば、エントリーに名前を連ねることすら叶わない。
もしかしたらここでも3Dイメージ記憶術が役に立つかもしれないと、GPF選手の射撃を見に来たのだ。
そこで最初に思ったのは、イメージする記憶を作ることが難しいという超難問だった。
例えば光里会長。
ほとんど前を向いた状態で左右から飛び出てくるクレーを2台のデバイスで撃ち落としていた。
俺もあのような状況でクレーを撃ち落とせればいいんだが、なんせそこまでの魔法力は無い。
クレーを目で追う選手もいたが、やはりタイミングがずれて成績が伸びていない。
俺はクレーを目で追っていたんだと思う。『マジックガンショット』の時みたいに。
でも、驚異の3分台を出した逍遥は『マジックガンショット』のイレギュラー魔法陣を目で追わなかったはず。
そこなんだよなー。俺との違いは。
何としたもんかなー。
光里会長のようなお手本を目の当たりにして、自分の癖というか悪いところと比較し成績伸ばす方法を見つけに来たのだが、それはちょっとばかり甘かったようだ。
ここはむしろすっきりと諦めて、応援に回るという手もある。
数馬には申し訳ないけど、こりゃやっぱり無理すぎる。
光里会長は2年だから新人戦には出れないとしても、日本各地に俺を上回る実力の持ち主はわんさといるだろう。長崎・白薔薇の国分くんのように。
このまま俺がエントリーされたら、新人戦で笑い者になる可能性大。
ちょっと悔しい思いはある。
ああ、予選会でエントリー候補を決めるという噂もあったっけ。
せめて予選会があった方が、自分の実力で戦って負けるところを周囲に見せられるので俺としては予選会OK。
最初から負けを認めるなって?
うん。普通ならそうだよね。
でもさ、国分くんは遥かに俺を凌ぐ力を持っていて。GPFは、たまたま逍遥の出てる『エリミネイトオーラ』に出場したから2位に甘んじただけ。
『デュークアーチェリー』に出場してたら俺を抜いてメダリストになってたと思うから。
はは・・・。俺、久々に自信失くしたわ。
その日の午後は自信を失くし疲れてしまい、ホテルの部屋で休憩することになった。光里会長の応援ができないのは心苦しいけれど、致し方ない。
試合後ホテルに戻った亜里沙に聞くと、準優勝だったらしい。
光里会長を負かした相手は誰だ?
たぶん日本人ではないだろう。
詳しく聞いてみたら、亜里沙はわかんなくてサトルに聞き直した。
『バルトガンショット』の優勝者は、ドイツのエンゲルベルトという1年だった。
『デュークアーチェリー』のホセといい、同じ1年の強敵がまた現れた。
その日は少し不眠気味になってしまい、大会事務局に帯同してきたドクターに一夜限りの睡眠導入剤を処方された。もう俺の試合は終わっていたし、次の予選会は早くても1月末から2月の初めだろうから薬効は切れるし試合にも問題なく出場できる範囲での処方だ。
予選会があるかどうかも分かんないけど。
GPFの試合開始4日目。
今日は、逍遥が出場する『エリミネイトオーラ』がグラウンドで開催される。
頭上にあるフェイクのオーラを消していく競技だ。
ここまで逍遥はGPSの最初の試合で優勝を逃しただけで、後の試合は圧倒的な強さをもって優勝している。つーか、亜里沙が優勝を強いている。
国分くんはこの競技に入ってしまったためいつも準優勝に甘んじてしまい、優勝の切符が手に入らなかった。
その点、国分くんの運が悪いのか、俺の運がいいのかは判断しかねる。
集大成、GPFの舞台でも逍遥は圧倒的な力の違いを他の選手に見せつけた。国分くんは2位。日本人のワンツーフィニッシュで、ギャラリー席の歓声は大きなものだった。
あ、聖人さん、サポーター席にいない。まだ喧嘩続行中なのか?馬鹿じゃないの、2人とも。
亜里沙は勝負が決するとすぐに逍遥の元を訪れ、たぶん、一応、褒めたんだと思う。逍遥も少し笑みを見せたので、怒られてはいないのだろう。聖人さん抜きで戦ったのも亜里沙的にはポイント高かったんだと。
まったく、2人も2人なら、亜里沙も亜里沙だ。
聖人さんがフリーになったと知るや、亜里沙なら俺のサポートにすると言い出しかねない。
数馬にサポートしてもらう理由をどう説明しようか。
新人戦に向けた秘策があるとでも言っておくかな。嘘も方便というやつで。逍遥にはまだ聖人さんが必要なのだから。
こうして、残すは最終日、5日目の『プレースリジット』だけになった。『プレースリジット』ほどハードな競技は無い。
選手たちは互いに倒しあい、ファシスネーターと呼ばれるスーツを着た人造人間のレプリカが合計100体も出てきてそれも倒さなければならない。ショットガンで生身の人間やファシスネーターを全部気絶させれば終了だが、30分の競技の中でそれらを全部やってのけるなど強靭な体力と繊細な策戦を練らなければならない。
でも、紅薔薇きっての剛腕、沢渡元会長はそれらを全部やってのけるのだ。この人の魔法力は途轍もなく高いと思う。聖人さんや数馬、逍遥とはまた違った意味で。
今回のGPFでも、沢渡元会長は周囲の期待を裏切ることなく、30分内に全員を倒すというこれまた歴史的な勝利をおさめた。
メダリストイベントに参加した俺以外の紅薔薇軍団はメディアの恰好のエサとなり、囲みで現在の心境などを聞かれていたようだ。お約束で、メダルをひらひらと見せながら。
こうして俺のGPSからGPFにかけての戦いが幕を閉じた。
最初は出る気もなかったのに、いざ出てみたら面白かった。拙い言い方だけど、それが一番しっくりくる。
色んなことを経験したし、魂を失くし死にそうにもなった。これは大会とは関係ないけどさ。
あとは横浜に戻り、世界選手権や世界選手権新人戦がどのような日程で行われ、どういったエントリーになるのかを静観していくだけだ。
それまで俺は魔法力を向上させなければ。
もしエントリーされても、周囲からブーイングの嵐が巻き起こらないように。
でも、本当のところは少し休みたい。世界各地を転々として、さすがに疲れた。リアル世界での俺はそういう立ち位置にいなかったから。
少し休んで、また魔法力を磨こう。
今後の俺の目標は、世界選手権の新人戦出場だ。