GPS-GPF編 第9章 イタリア大会~GPF 第15幕
ホテルのチェックインも無事に終わり、俺は数馬と一緒に部屋のカードキーを受け取り荷物を置きに部屋に向かった。数馬は俺の部屋の隣に宿泊することになっていて、数馬としてはどう思っているのかわかんないけど、マッサージをお願いした。
そりゃ、飛行機で身体がいつもより固まったも同じなんだから出場選手としてはサポーターにお願いする権利があると思う。
嫌がる数馬を拝み倒し、俺は自分の部屋でマッサージを受ける約束を取り付けた。
結局折れた数馬は、荷物を置いて珈琲を1杯飲んだ後、俺に部屋に来てくれ、肩甲骨を中心とした全身マッサージを施術してくれた。
かなりご無沙汰していたこの感覚。やはり身体を解すにはバランスボールだけでは足りないと感じた次第だ。
数馬は普段口数が多くもなけりゃ少なくもないんだが、今日はやけに口数が多い。思うに、俺に対して何か疾しいことがあるんだと思う。
自信と疾しさが相反して数馬の心を占めている。
数馬、頼む。
GPFに向けて気持ちを入れ替えてくれ。
GPF。
競技ごとに、戦い抜いた中から6位までの人間が出場し、世界一を決める大会だ。
魔法W杯が国ごとの世界一を決める大会なら、GPFは個人の世界一を決める大会になる。
GPSで選出された6名が競うGPFの試合が、もうそこまで近づいていた。5日後に総合練習と公開練習を行った後、各競技が連日行われるという。
各競技の試合日は以下のとおり。
1日目。『スモールバドル』アリーナ。南園さん。
2日目。『デュークアーチェリー』アリーナ。俺、海斗。
3日目。『バルトガンショット』グラウンド。光里会長。
4日目。『エリミネイトオーラ』グラウンド。逍遥。
5日目。『プレースリジット』競技場構内。沢渡元会長。
俺は競技2日目。公開練習から日も空かないし、良いくらいのペースで調整していけると思う。自分の競技が終わればあとは応援に回れるので、『スモールバドル』くらいのモノだ、真剣に応援に回れないのは。南園さん、ごめん。
『スモールバドル』、『デュークアーチェリー』、『バルトガンショット』は新人戦の競技種目になるという噂もあって、特に俺は『バルトガンショット』に興味が湧いている。
『エリミネイトオーラ』と『プレースリジット』は世界選手権上級生用に行われる種目だから、参考程度に見学するだけになるだろう。
でも、それもこれも自分の『デュークアーチェリー』が良い成績を収められればのことで、成績が悪けりゃ即横浜に戻される可能性もあるという。
え?見学もなしに横浜に戻るの?あまりにせっかちというか、5日間くらい余裕くれたっていいじゃないか。
そういう噂も乱れ飛び、俺は皆より地力に劣るので専ら練習に励むほかない。
GPF初めての練習日。毎日、午前と午後に分れて『スモールバドル』と『デュークアーチェリー』の練習が行われる。『デュークアーチェリー』の練習は午後の部だった。
メンタルの強さが勝負を決するとも数馬から言われた。
俺自身決してメンタルは強くないのだが、周囲は口を揃えてメンタルが強いという高評価?をしている。
もうそれに対し反論する気もないけど、やはりビッグタイトルを1日で決するとあって、平時に30分平均75枚だった俺の命中率は、練習日に入ると30分50枚ほどと極端に落ちていた。
やはり、途轍もない緊張感が命中率に与えている影響は思っていた以上に大きいと考えられる。
数馬は五月蝿くは言わなかったが、横浜市立アリーナのギャラリーからお守りをもらったはずだ、とお守り探しに時間を費やしている。俺としては受け取った記憶がないんだが、数馬に言っても聞きゃしねえ。
おい、それより俺の姿勢を見てくれよ、と言うに言えず、俺は投射時のバランスを欠きはじめていた。
もう、こうなったら市立アリーナで皆から褒められたあの場面を3D記憶で呼び戻すしかない。これは大会規定で反則とはならないはずだ。
円陣の中に入り、出てきた的に対しゆっくりと姿勢を整える。
第1の矢を人さし指デバイスから的へと放つ。上から振り降ろす感じで。
ドンッ!
重々しい音を立てて、矢は的のど真ん中を射た。
よし、このイメージを前面に出して練習を続けよう。
思った通り、3D記憶からイメージを引き出して以降は、平均60枚、70枚と命中率が上がってきた。
ホセやその他海外から参加している選手たちを見ていても、平均70枚といったところで命中率は推移しているようだった。
GPSでの平均はもっと低かったから、皆が演武に慣れてきて命中率が上がっているものと考えられる。
横浜にいるときは平均75枚だったから、もうひと踏ん張りで平均80枚まで命中率を上げるべく、時間のある限り俺は的に向かって試射を続けた。
練習の虫となったがゆえに、俺は他の競技の練習風景はほとんど目にすることが無かった。見学したいのは山々だったが、自分の練習、イメージを忘れるわけにはいかない。
練習が始まって4日目。明日は総合練習と公開練習があるという日。
俺はとうとう、30分平均平均75枚の壁を破り80枚まで近づいた。
よし。これも3Dイメージに記憶させ明日の公開練習に向けて演武を続けよう。
このころになると数馬は何一つ俺の練習に文句をつけたり手直ししたりすることもなく、俺は自分の意思だけで練習を続けていた。
明日の公開練習日に向けて。
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総合練習と公開練習の日がやってきた。
その日も午後からの演武。
GPS総合1位のホセから公開練習が始まり、いきなり30分平均80枚という数字が出たので、アリーナ内は興奮と喧噪に包まれた。
総合2位、総合3位、と次々に演武が進む。
俺はアレクセイとクロードが失格になったので総合5位。
数馬が傍らに立っていて、俺の番が来るとポン、と肩を叩いて送り出してくれた。
公開練習ということでプレスがほとんどではあったが、市立アリーナでお目にかかった垂れ幕が1枚、ギャラリー席に見えた。
もしかしたらあそこにプレスの人もいたのかな。横浜からここまで来てくれたのかな。
アリーナのみんなの時間に割り込んだ俺が、恥ずかしい演武を行うことなどできない。
気持ちは決まった。
変な動悸もない。
3D記憶を呼び覚まし、姿勢を整え、一旦目を瞑る。
目をゆっくり開けると、俺は円の中に入った。
右手を振り翳し、ぴんと伸ばした人さし指の向こうに的が出てきた。
ドン!!
的の真ん中に矢が飛ぶ。
次々と的に当たっていく矢。
今日は3Dのイメージ記憶から姿勢を直しているため、ほとんど時間を取ることなく的に当てていける。
30分平均75枚。
ちょうどアリーナで練習していた頃と同じくらいの出来だった。
よし。
今日はこのくらいの出来でいい。
明後日の本選では、今以上の成績をだせるはずだ。今日は7割くらいの力で様子を見ていたから。数馬の言葉を借りれば、「これもまた、駆け引き」というわけだ。
俺は数馬の元に走り寄り、ハイタッチ。
最終演武の、ブラジルはルーカス選手も俺とほとんど同じ75枚という枚数で公開練習を終えた。
さすがにGPF。公開練習から皆凄い成績でプレッシャーをかけてくる。
俺たちは札幌アリーナを早々に出て、アリーナ前にいたタクシーをつかまえてホテルに戻った。
タクシーの中ではほとんど会話が無かったんだが、ホテル前で運転手さんにお礼をいって降りると、数馬がにこっと笑った。俺の部屋でマッサージしてくれるという。
やっとサポートに戻ってくれたか、数馬よ。
2週間余りとはいえ、全然俺のサポートから手を引いた状態になっていたんだ、これからはしっかりサポーターとしての仕事を果たしてもらわねば。
肩甲骨中心に1時間ほどマッサージしてもらった俺は、5分もするとウトウトとしてついにはぐっすり眠ってしまった。数馬は時間になると俺の両頬っぺたをぎゅーっと引っ張り俺を起こす。
「いでっ。いでーよ、数馬」
「海斗。あとは簡単なストレッチと、さらっとシャワー浴びといで。僕は部屋に戻ってるから。シャワー浴び終えたら僕の部屋にくると良い。一緒に夕食に行こう」
「了解―。食堂へは制服着ればいい?」
「ああ、制服で。どこの馬の骨かわかんない人物が夕食バイキング食べに来たのかと思われるのも癪だからね」
同じ日本人だからこそ、そういう心配もあるというわけか。
以前には、3流雑誌の記者が知らんふりして食堂に紛れ込んでいる、といったアクシデントもあったらしく、その後、GPFについては制服着用が義務付けられたのだという。
GPFというのはそれだけメインに考えられている競技なんだなあ。GPSはGPFのための予選会のようなものなんだろうな。
夕食を挟んでGPFでの戦略を数馬と話し合った。
特に秘策はない。
これまでどおりの姿勢に気を付けるということだけ数馬から指摘された。
3Dイメージ記憶のことは数馬に話していない。話すべきなのかもしれないが、ホームズの拉致未遂事件を聞いたあたりから、いや、もっと前だ。数馬と沢渡元会長の出会いあたりから、数馬が何かを隠しているのでは、と気持ちがもやもやしていた俺。
不用意に自分の得意技を数馬に話すのは何か危険の予感がした。
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公開練習後、俺はストレッチを主にしたトレーニングに励んでいたが、競技1日目に行われる南園さんの『スモールバドル』の見学に数馬と一緒に出掛けた。広々としたアリーナを6つの会場に分け、シングルス選だけが行われる『スモールバドル』。
見た目ラケットの小さいバドミントンみたいな競技だが、そこには魔法がふんだんに使用されていて、例えばバドミントンでいうスマッシュを打ち込む際は高度な魔法でスピードをコントロールし打ち分けるんだが、相手もさるもの、ネット際に魔法をかけて威力を半減させ、上級者になるとコースさえも変えてしまうという。
そしたらいつ終わるんだという話になりそうだが、魔法力の高い者が勝利することは目に見えているので結構早く試合に決着がつくことも多いそうだ。
南園さんの魔法力が卓越したものであることは紅薔薇以外にも知れ渡る所であり、日本で行われる各大会には、「クールビューティ」と南園さんを応援するファンがつめかけるらしい。
知らなかった・・・。全日本で一緒にマジックガンショットを戦っていたというのに。確かに南園さんは他の女子高生のようにケタケタと笑うわけではない。普段から冷静で、そして美人だ。「クールビューティ」と呼ばれるのも合点がいくというものだ。
今から思えば、あの頃は応援の声も聞こえないくらい緊張してたんだろうな、俺。
試合直前など今でも緊張しないといったら嘘になるけど、全日本の頃に比べればちょっとは成長したかもと、自分で自分を褒めてみる。
今の俺に必要なのものは、自信だと思うから。自分を信じること、それが一番大事なのだと思う。
そんなことを考えながら南園さんの試合を観ていると、ほぼ一方的に南園さんは相手を下していく。
南園さんはGPS2位でシードされていたため、1試合しただけであっという間に決勝に駒を進めることができた。
俺と数馬も応援席の下に降りて激励する。
南園さんは俺たちの声を聞き、少し恥ずかしそうに頬を赤らめながら笑って、背を向けた時に片手の拳を上に突き上げて決勝の舞台へと進んでいった。
決勝の相手は、イギリスのアイリーン。
探偵ホームズ(猫じゃない、小説の方)が唯一負けた相手、アイリーン・アドラーが有名だな。俺は探偵ホームズの小説も好きで、文庫本を全巻持っている。
と。
ちょっと話が逸れてしまったが、アイリーンはGPSを総合1位で通過した強敵だ。
試合の笛が鳴り、最初のサーブは南園さん。ネットスレスレの魔法サーブは相手を惑わせるのに十分な威力を持っていた。
だが、相手もさる者。上手く受けとめると途端に逆襲のスマッシュが南園さんの身体正面を狙ってきた。
南園さんは冷静に対処し、ネット際に魔法ネットを張り巡らし威力を弱めると、反対に無回転のスマッシュを打ち返し試合はラリーの様相が濃くなった。
長い試合時間になると踏んでいた俺だったが、相手のアイリーンは途中から魔法力がガタンと落ち始め、南園さんのスマッシュに対応できず点差が開き始めた。
もう、この試合は勝負が決したかもしれない。
南園さんの勝ちが決まるのも時間の問題だろう。
さて、あとどれくらい相手が持つかと思っていたら、あっけなく相手がサーブをミスって、南園さんが初出場初優勝という快挙を成し遂げた。
「クールビューティ」の初優勝とあって会場内は大盛り上がりだった。会場の四方に手を振って挨拶していた南園さん。
俺も数馬も拍手で南園さんを迎えた。
「初優勝おめでとう」
「ありがとう」
サポーターの譲司と南園さんはハグをして初優勝の余韻を楽しんでいるように見えた。
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さて、明日は俺の『デュークアーチェリー』の試合だ。
今日に引き続き良い成績が収められるよう、自然体で臨みたいと思う。
身体を柔らかくして姿勢を保つことを第一に考え、数馬はその夜も俺の肩甲骨界隈をマッサージしてくれた。あとは只管ストレッチで身体を伸ばす。数馬も手伝ってくれて、久々にストレッチがまともな範囲に広がっていく。
やはり一人だとどうしても楽しちゃうんだよねえ。自分でやるとついつい身体を甘やかしてしまう。
あとは、数馬がまた横浜に瞬間移動して俺の寮からバランスボールを持ってきてくれた。
数馬にしてみれば俺の部屋に入りホームズを捕まえて拉致したかったのかもしれないが、そうは問屋が卸さない。
ホームズはとっくの昔に瞬間移動していたはずで、今頃は生徒会のサトルや絢人が面倒を見ているはずだ。さすがに生徒会で面倒を見ている猫を捕まえることはできないだろう。
数馬の目的がホームズの何なのかは知る由もないが、いや、過去透視なのか?
でも、聖人さんや逍遥、サトルだって過去透視はできるようだし特段ホームズに拘ることではない気がする。
ホームズには何か他の得意魔法があるのかもしれない。
まだホームズは俺に全てを話してるわけじゃないんだと思う。
信頼関係、か。
俺とホームズの間に今より深い絆が生まれれば、それが何なのか話してくれると信じたい。
いかんいかん、明日に備えて今日は早く寝なくては。
何も考えず、深い眠りに就こう。