GPS-GPF編 第9章 イタリア大会~GPF 第13幕
市立アリーナに通うようになってから、早いものでもう8日が過ぎた。
俺のために時間を空けてくれた人たちが見守る中、俺は30分で平均75枚という万全の調整ができていた。
ありがとう。みんな。
明日は学校で壮行会があるからアリーナには来れない。
俺は最後の演武をギャラリーに見せると、大きく手を振って大声で挨拶した。
「こちらでの練習も今日で終わりです。時間を譲ってくれた皆さんに心から感謝します!」
するとギャラリーの人々は、拍手喝采と市立アリーナスタッフが手作りした何枚ものタオルを振ってくれた。
『Kaito Hozumi』『八朔 海斗』『ガンバレ』
「応援に行くからな!」
「この調子で頑張れよ!」
俺はうるうるきて、涙があふれ出てきた。上を向かないとこの涙で床を汚してしまいそうで、ジャージの袖で涙を拭いながらみんなの声援に手を振って応えた。
「ありがとうございます!お世話になりました!」
お蔭様で泣き腫らしたかのように真っ赤な目をしてアリーナを出た俺は、歩くにも人目があるので直ぐに瞬間移動魔法を使い紅薔薇の魔法科寮に戻った。
ストレッチを少しだけして、すぐにシャワーを浴び汗を取り、ジャージに着替えてからホームズを探した。
「ホームズ、ホームズ」
寒いからまたベッドの中に潜ってんのかな。
「ホームズ」
何度呼んでも姿が無い。
ベッドのロープを見ると、なんとぐるぐる巻きにしていたロープが外されていた。
逃げた?
それとも、拉致?
俺はサトルや逍遥、聖人さんに離話して連絡を取りながら3人が寮に帰って俺の部屋にくるのを待った。
聖人さんがまず最初に俺の部屋に着いた。
「どうした」
「ホームズが、ホームズがいないんだ」
続けて、サトルと逍遥が俺の部屋をノックする。
「どうしたの海斗、泣きそうな顔して」
俺はホームズが部屋の中にいない事実を受け入れられなくて、本当に泣かんばかりの顔をしていたと思う。
「ホームズがいなくなった」
すると、3人が3人とも、右手で拳を握り左胸、ちょうど心臓がある辺りに合わせていた。
「何してるの?」
サトルが一瞬目を開け、『過去透視』と一言だけ。
3人とも過去透視ができるのかという思いもあったが、今はとにかくホームズの行方を知りたかった。
考えられるのは、悪いけど数馬の拉致しかない。
あと、ホームズがこの部屋にいるのを知っている者はいない。ましてや、魔法力を持った猫だなんて、誰も知る由がないんだ。
「数馬が昨日ホームズに会いに来た。過去透視が出来るのか、って聞かれたけどできないって追い返したんだ」
聖人さんが最初に目を開けた。
次に逍遥が、最後にサトルが。
「大丈夫だ、海斗。大前が今日ここに来た様子はない」
「ホームズが瞬間移動してどこかにいったな」
「行った先まではわからないけど、悪意は感じないよ。そのうち戻ってくると思う」
「でも猫が外歩きしたら事故に遭ったり猫嫌いに人に苛められたりするよ。早く見つけないと」
俺は3人を部屋に残し、寮から出て周りを探し始めた。こういう時、大声で名前を呼ぶのはタブーなんだそうだ。猫がびっくりして怒られてると思うから。
と、俺の頭の中に、国分くんの顔が映った。
ホームズが肩乗りして遊んでる。
そうか、国分くん、冬休みで帰省中なんだ。
ホームズは自分をただの猫として扱ってくれる人間を最も好んでいる。国分くんはある程度知っているとしても、国分くんのご両親は猫としか思っていない。お父さんは余程猫好きなんだろう。お母さんはいつでも家にいる方のようだし、色んな意味で可愛がってくれる。猫アレルギーって嘘ついてたらしいけど・・・。
もしかしたら、俺の部屋より国分家の方がホームズのためになるかもしれない。
するとホームズから離話が届いた。
「俺、国分がこっちにいるときはたまに世話になるけど、あとは魔法科の寮に帰るぜ」
「そっちの方が居やすくないか?魔法なんて使わなくて済むし」
「んー。俺さ、GPFとかにも行くんだよね。魔法の関係で」
「そうなのか」
「だから寮にいるのが一番楽なんだ。お前の部屋、居やすいし」
「ならよかった」
「少し時間くれ、国分の家でもとうとう保護猫を迎えるらしい。猫なんざショップで買うもんじゃねえし」
「でもほら、血統書とかある猫もいるだろ」
「そんなもん、正規のブリーダーを登録してそっから買えばいいんだ。時代の流れは保護猫よ」
「君は猫なのに経済的な話とかまでするんだな」
「博識と言いやがれ」
「はいはい、博識猫さん。ところで、俺らがGPFに出掛ける前に帰ってくるのか?」
「帰る」
「待ってるよ、何か欲しいものない?」
「電気ヒーター」
「それは俺の小遣いで買うのは難しいな」
「誰かの不用品が手に入る。じゃな」
突然離話は切れた。
でも、ホームズが悪い奴に連れてかれなくて良かった。
安堵の息を吐きながら寮の部屋に戻ると、みんな事情を承知していた。俺の心を読むのは簡単だろうから。
そんなのどっちでもいいや。
ホームズが無事に戻るなら。
「あ」
サトルが思い出したように素っ頓狂な声を上げた。
「ヒーター」
俺はホームズが話してたヒーターの話を忘れ、サトルは何を言ってるのか意味が分からなかった。
「今、ヒーターのことなんて話してない」
サトルはぷくっと頬を膨らませ俺の目を見る。
「ホームズが欲しがったヒーターだよ」
「あ」
俺もようやく思い出した。
「俺の小遣いじゃ無理だよ」
「僕の部屋、これからはオイルヒーター使うことになったんだ。だから今まで使ってた電気ヒーター、海斗にあげる」
「いいの?」
「不用品として処分を考えてたけど、まだまだ使えるんだよね。こっちに来た当初、春先に買ったヒーターだから」
それはありがたい。
元々、リアル世界では俺の家は石油ヒーターを使っていたんだが、こちらの世界では灯油消費に厳しくて、寮でも電気系の暖房器具を使うようにとお達しがあり、俺は毎晩寒い思いをしていたんだ。
助かった―。
ホームズが毛布に隠れて出てこない日もあったんだよなー。
やっと暖房器具が手に入った。
それにしても、ホームズはこれから起こることを予言したようにも思えた。
もしかしたら、未来を見通せる力があるのか?もしもホームズの力に未来予知まで加わったら争奪戦になることは必至だ。
「たぶん、そういうことじゃねーの」
聖人さんが少しぶっきら棒に言ってのける。何だかこの頃機嫌悪い。
逍遥が俺の思いに気付いたようで、笑いながら種明かしをしてくれた。
「聖人はね、学校や寮が禁煙なのが気に入らないの」
仕方ないでしょ、俺に余波を回さないでくれ。
「仕方ないで済めば魔法師はいらない。警察もいらない」
こりゃまたえらく不機嫌で・・・。
サトルが場をとりなそうと懸命に声をかける。
「出かけてきたら?外なら制服姿じゃない限りタバコ吸えるでしょう」
「今からこいつのマッサージと簡易練習やるから時間無い」
逍遥を指さしなおも不機嫌な聖人さんに、俺は二の句が継げないでいた。
逍遥が場の雰囲気を変えようとふざけた言動を試みるも失敗に終わり、部屋の中は段々険悪な空気が充満しそうになっている。
「聖人、もう行こう。せっかくホームズが見つかって海斗は喜んでんだから」
俺からみるに、やっと正気に戻った聖人さん。
「ああ。今行く。海斗、数馬には今日の事絶対にいうなよ。なんであいつがそんなにホームズの力を必要としてんのか知らないけど、数馬に対して威嚇してんだろ?」
「うん。逍遥どころじゃなかった。昔拉致されそうになった、ってホームズが言ってた」
「よほど力が欲しいんだな」
「過去透視できるか?って聞いてたし」
「過去透視くらいなら俺にだって出きらあ」
悪態をついている聖人さんは逍遥に引きずられるように俺の部屋を出て、俺はサトルと二人きりになった。
「あの人の闇は深そうな気がする」
そう言ってサトルは押し黙り、部屋の中にまた重苦しい空気が流れる。あの人、とは数馬を指しているのか、それとも聖人さんのことなのか。
俺は何と言葉を繰りだせばいいのかわからずにもがいていた。ますます深まる謎。
その空気を掻き消すかのようにサトルは立ち上がった。
「僕、電気ヒーター取ってくる」
サトルが部屋から出て、俺は久しぶりに1人きりになった。
ホームズが来る前は1人でも結構呑気に暮らしていたが、こうして誰もおらずこの空気を俺だけが吸っていると思うと、なんだか無性に泣きたくなった。
いつサトルが来るかわからないから涙をジャージの袖で拭い、ヒーターが来るのを待つ。
ヒーターの埃でも拭き掃除をしていたのだろう、10分ほどしてサトルが部屋にヒーターを持ってきてくれた。
ヒーターは新品同様で、神様仏様サトル様、と俺は何度も頭を下げた。
さっき言った闇が深いとは誰を指しているのか聞こうとしたがサトルはその言葉から逃げているように感じられ、ヒーターを置くとそそくさと自分の部屋に帰ってしまった。
闇が深い、か。
事実、数馬は何かを隠している。
第一に、数馬は沢渡元会長から誘われ紅薔薇に来たと言っていたが、当の沢渡元会長は数馬の顔すらも知らなかった。
2人の言うことは見事に平行線だったのを俺は覚えている。沢渡元会長は当時のことをうやむやにしたが。
ホームズへの執着といい、俺のサポートを投げ出して何かに熱中していることといい、日本に戻ってからの数馬はどこか変だ。
一方で聖人さんも未だ家族から見放された1人の青年であって、タバコがどうのなんて軽口を叩いてはいるものの、家族との和解、魔法部隊への復帰、色んなことが心の中でクロスしているに違いない。
本来、紅薔薇にこのままいるべき存在ではないのだ、聖人さんは。
あの時は紅薔薇に復帰させることが一番と考えられたが、果たしてそうだったのか。
俺はヒーターの電源を入れ、赤く染まる熱源の前で手を翳しながら色々と考えていたが、明日学校で行われる壮行会や明後日のGPF出発前に向け、心を空っぽにしなくてはいけないと思い返す。
GPFは、俺が思うほど甘くない。
翌朝、ホームズのいない朝を何日ぶりに迎えただろう。お蔭で・・・よく眠れた。
というか、遅刻寸前。
もう8時をゆうに回っている。
鏡の前で髪に水を付けて伸ばそうとするが焼け石に水状態で髪はハネたまま。
おいおい、この髪で壇上に上がるのかよ。みんなに笑われてしまう。
でも、時間がない。
どっちを取るか悩んだ末に、やはり髪ハネを捨て学校へ向かうことを選択した。
髪の毛を気にしながら全力ダッシュで学校に向かい、校門を入ったそのときに先生が出てきてガラガラ・・・と門を閉める。
あー、危機一髪。
そうだよ、俺の髪の毛は危機だ・・・。
走って学校に入ったので肩で息をしながら魔法科に入った俺。
早速宮城海音の友人らしき人物たちが何か俺のことを言ってるのはわかったんだが、こちとら息が苦しくてはっきりとは聞こえなかった。
別に褒められたわけじゃないんだからそれで良かったんだと思う。
逍遥とサトルが近づいてきたのはわかったが、2人に対しても何も喋れない程、俺はぜーはー。
たまにはジョギングもしないと。こうしてみると、身体ってすぐに鈍るんだな。楽な方に流れがちな俺にとって、これは死活問題にも通じるものがある。
逍遥は半ば怒ったように俺を見て、一言。
「その髪も直せない程寝てたの?壮行会あるのは知ってたでしょうに」
「近頃はホームズに起こされてて。今日はホームズいなかったから爆睡しちまった」
サトルが心配そうに俺ではなく、俺の髪の毛を見ている。
「点呼が終わったら一旦トイレに行こう。自己修復魔法かければ髪のハネも直るから」
「サトル、ありがとう。それに比べて、逍遥は相変わらず厳しいよな」
「僕は嘘ついてないでしょ。サトルが優しすぎるだけ」
つくづく自分の爆睡にも腹が立ったが、逍遥の物言いにも何となく角が見受けられて、安易に頷くことができないでいた。
あれ、そういえば聖人さんは?
この頃はいつも逍遥と行動を共にしてたと思ってたけど。
俺は遅刻寸前話から急に話題を変え、逍遥に尋ねようと目を見た。
いつもの読心術が始まった。
「聖人?二日酔い」
普段そういう行動をとらない人なので、俺は少なからず驚いた。
「えっ。大丈夫なの」
逍遥は呑気に口笛を吹いている。
「壮行会までは来るって」
「何時からだっけ、壮行会」
「午後?それとも午前の10時だっけ」
サトルは本気で呆れ返っている。
「それ、本当なら懲罰モンだよ。聖人さんなら透視も効かないように隠匿魔法使ってるだろうから確認もできないけど」
なおも逍遥の呑気っぷりは変わらない。
「サポーターは今回紹介されないからいいってさ。GPSで紹介されたからって」
「GPSの時は俺のサポーターだったでしょうが。今回は君に変わってんだから新しく紹介し直すだろ」
「あ、そうか」
「そうかじゃなくて。聖人さんに直ぐ来るよう連絡しなよ」
「具合悪そうだったからなあ」
「自己修復魔法や他者修復魔法とか、効かないの?」
「うーん。どうかな。今まで二日酔いの人間に試したことがない」
俺は少し大きな声を出そうと逍遥の耳元に近づいたが、気配を察知したのか、するりと逃げられた。
「わかったわかった。離話してこっちに直ぐに来るよう伝えるから」
そういうと、逍遥は直ぐに廊下に出た。
俺とサトルも廊下に出て、逍遥をやり過ごしてトイレに入り、サトルは俺の髪ハネを他者修復魔法で直してくれた。
そうか、朝起きた時に自己修復魔法ですべて綺麗に整えればいいんだ。なんで今まで気付かなかったんだろう。
「そうだね、これからは自己修復魔法かければいい。そうすれば逍遥に嫌味言われなくて済むよ。ところでさ」
サトルが俺の耳元でこっそり告げる。
「何?」
「この頃、聖人さんと逍遥、上手くいってないんじゃないかな」
「そうなのか?」
「うん、聖人さんがタバコだ酒だって荒れてるのは何かしら原因があるんじゃない?」
「そう言われて見れば、そうかも」
その中身をサトルと話そうとしていたら、運悪く先生が来て点呼が始まってしまった。
サトルと俺は先生の目をかいくぐりサッと教室に入ったからだが、逍遥は廊下に出たきり入ってこない。
おーい、いつまで何してんだ、逍遥。
サトルは岩泉だから直ぐに点呼が終わり、俺は八朔だから後の方。逍遥は四月一日だから最後だ。
俺も名前を呼ばれハイと返事をした。
聖人さんの番になると、サトルが「頭痛により遅刻します」と早口で代弁した。サトル、君は気が利くよ、やっぱり。
もう、逍遥の番まで来たら俺が代弁してやるよ。「腹痛のため遅刻します」とでも言えばいいだろう。1年魔法科の担任は、なぜか生徒の顔を見ないで点呼を取る。
渡辺という生徒がいるんだが、もうそこまで点呼は進んでいた。
逍遥、仕方ない、あとは俺に任せろ。
そう思って代弁の準備をした時だった。
そっと後ろ側の入り口に逍遥が姿を現したかと思うと、靴音を立てずに自分の席に戻って椅子に座った。
「四月一日」
「はい」
絶妙な具合で点呼に間に合った逍遥。
先生は最後の逍遥の名前を呼んだあと、出席簿を携えて教壇から降り、そのまま廊下へと姿を消した。
俺はすぐさま逍遥の席へ移動する。
「逍遥、よく間に合ったなあ」
「点呼の進み具合は聞こえてた」
「離話してたのに?」
「いや、聖人との話は終わってたから」
「すぐ来るって?」
「今日は休むってさ」
なんとまあ。壮行会で壇上に上がる日だってのに。
さっきサトルが言った、2人の不和を俺も感じ取ってしまった。
「不和というほどのものでもないよ。近頃何でか聖人が感情的になることが増えたんだ。僕は一切今までと変わってないんだけどねえ」
俺は違う違うというように、大きく手を振った。
「いや、君の変わってないは当てにならない。何かしたんだろ。あの聖人さんが感情的になるなんて余程のことだ」
俺は逍遥と話すのを止め、トイレに行くふりをして廊下に出ると、聖人さんに離話を飛ばした。
最初は隠匿魔法で姿が見えなかった聖人さんだが、俺がしつこく離話を飛ばし遠隔透視していることを悟ったのだろう。ようやく隠匿魔法を解除し返事が返ってきた。
「どうしたの、今日は壮行会があるのに」
「俺、逍遥のサポート降りるわ」
何となく感じてはいたことだが、俺の心の中で、驚きと悲しみが入り混じった。聖人さんの言葉が空虚に空回りする。
そんな、そんな簡単に言うな!!
「なんで。俺のサポート降りてまで逍遥についたのは聖人さんなのに」
心に仕舞い続けていた聖人さんへの思慕を改めて気付かされたような気がして、思わず本音が出てしまった俺。
聖人さんはしばらく何も話そうとはしなかったが、俺に対する責任を痛感したんだろう。ポツリ、ポツリと言葉を選びながら話し始めた。
「そうだな、あのとき選んだのは、確かに俺だ」
俺は言葉遣いも悪くなってきて、聖人さんを責め立てるような口ぶりになっていた。心の中ではそんなこと思ってないのに。
「逍遥の何が嫌でサポート云々まで話が飛躍すんだよ」
聖人さん、読心術使えんだろ?俺の心も読んでくれよ、推し量ってくれよ。本当のことを言えば、俺は今でも、数馬を放り出してでも聖人さんとチーム組みたいと思ってんだよ。
聖人さんが次の言葉を発するまで、俺は期待していた。一体、何を期待していたって言うんだろう。
「この頃、新人戦への戦略も含めてなんだが逍遥と衝突することが多くてな」
「そんなのいつものことじゃないか」
「そうか?ついつい、酒に逃げてたんだよ。いつまで続くんだこれは、って」
「来シーズンはサポーターから選手になるだろうが。もう組みたくとも誰をもサポートできなくなるんだよ?」
「そうだな」
「あと2試合しかない。GPFと新人戦しかないんだよ、ホントに今のままでいいの?サポート降りて、後悔しないの?」
向こう側で、大きなため息が聞こえた。
それは俺に向けられたものでは無くて、逍遥に向けられた悔恨の情であり、俺は涙を堪えるのが精一杯だった。少しだけでも、俺に対する情が欲しかったから。
聖人さんは決して逍遥を見捨てたわけではなく、勝利してほしいからこそ色々な葛藤が心に生じるのだと思う。
俺は涙を拭き、最後の言葉を聖人さんに投げかけた。
「聖人さん、自分の思いを素直に逍遥に告げたら?2人がチームとなり共同作業で進めて行きたい、って」
「逍遥にその意味が分かるかよ」
「俺はあと2試合しかサポートできない、ってはっきり言えばいいよ。逍遥は未来永劫聖人さんと組めると思って我儘言ってるだけだから」
「そんなもんかね、読心術を使っても、あいつの心の中が読めないんだ」
「逍遥は天邪鬼だから。もう残された時間が少ないと思えば、聖人さんの意見に耳を貸すと思うよ」
しばしの間が空く。
その空気感は俺と聖人さんの距離を縮めるどころか、もっと、もっと遠くまで離れていくように感じられた。
その後、最初に口を開いたのは聖人さんだった。
「おう、わかった。もう一度あいつとゆっくりと話す時間を作る」
「そう、よかった」
さっぱり良くない、と俺の心の悪魔が囁く。この機会に、宮城聖人を自分のサポーターにしてしまえ、と。
俺の中の天使は何も意見せず黙ったままで、もう少しで俺は、悪魔の指示通り動いてしまうところだった。
でも、堪えて我慢して、ようやく悪魔に打ち勝つことができた。
「壮行会は午後からだから、昼飯食って酒抜いて来たらいいよ」
「ああ、お前を裏切ってしまったこと、申し訳ないと思ってる。ごめんな。でも、見違えるほど上達したじゃないか」
「そうでもないよ、今は数馬とほとんど会ってないし。魔法とか教えてもらってない」
「いや、読心術だよ。俺は今離話で話してたわけじゃない。俺の思いをお前が読み取っただけだ」
「そう言えばホームズにも言われたような気がするけど」
「瞬間移動魔法も教わったんだろ。これでまた使用できる魔法が増えたな」
「どっちもホームズが教えてくれた。逍遥には悪いけど、いずれ覚えなきゃいけない魔法だったし、この際誰から教わったかなんて関係ないしね」
「そうだな。その意気だ。そういえば、近頃数馬とは会ってないんだろ?サポート受けなくて気にならないのか」
「『デュークアーチェリー』の上位者は皆サポーター無しなんだよ。俺もそういう風になりたいから、今は気にしてない」
「お前さんは、やっぱり強いな」
泣きそうになってる俺を知ってるはずなのに、敢えて『強い』という言葉を使ってくる聖人さん。
俺はその期待に応えなければならないと思うし、応えたい。
泣きそうになるのを堪え顔をくしゃくしゃにするだけでもう、何も言えなかった。
俺は聖人さんとの離話を終わらせ、廊下にいる生徒の間を潜り抜けながら魔法科の教室に入った。
科内ではGPFの話よりも新人戦の話が耳に入ってくる。皆の話を総合すると、新人戦の予選会があるというのは本当らしい。
その予選会に出る為には生徒会からの推薦が必要とのことで、皆、どうやってアピールするかに頭を悩ませているようだった。
そりゃそうか、GPFには誰も出られないんだから興味も半減というところだよな。
GPSで7位から5位に変更されGPFに向け首の皮一枚でつながった俺に対し敵意を向けてくる者もいたし、反対に頑張れよと肩を叩いてくれる者もいた。
とにかく俺は、GPFである程度の成績を残し、その上で新人戦の予選会に臨みたい。覚えた魔法をひとつひとつ、自分のものにしていかねば。