GPS-GPF編 第9章 イタリア大会~GPF 第11幕
寮に戻り自分の部屋に入り、最初にホームズを探す。
粗相していないか、壁にガリガリと悪戯をしていないか。
どちらも完璧なホームズ。
おまえ、猫らしくないなあ。
俺と目が合うなり、ニャーッと大きな声で1回だけ鳴いた。多分この声は「ご飯寄越せ」コールだ。
いそいそと猫餌袋から食器にホームズ用のご飯を移し水の隣に置く。
ホームズは、よっしゃ!とばかりに食器に顔を埋めた。ホントは朝と夜だけでいいらしいんだけど、鳴かれると俺は弱い。食べ過ぎてデブにならないように、食器には少しだけご飯を入れた。
あとは、水を綺麗なものに取り替えて猫トイレの掃除をする。どうやら便にも問題はなし。
と。
数馬から離話が入った。
体育館に行ったらいない。今何処で何をしてるのかなー?と、ある意味背中に戦慄が走るような声のトーンに負けないよう、俺はホームズを抱きかかえながら体育館での出来事を詳らかにした。
「宮城海音の仲間?」
「何人かいるんだよ。宮城海音自身、新人戦に出るつもりなんじゃない?あー、でも今は刑務所にいるのかな」
「魔法力は大したことないと記憶してるけど。それに、今は自宅にいるよ」
「数馬は宮城海音のこと、知ってんの?」
「広瀬に同化されたとき、何度か広瀬として宮城の家に行ったことがあるんだ。その頃はもう釈放されていてね。結局自殺教唆の罪は適用されなかった。もちろん尊属殺人罪もね。宮城の父親があらゆるところにプッシュしてバカ息子を助けた、って噂だ」
「広瀬になっててもわかるの?そういうこと」
「広瀬は僕の同化を中途半端に行っていたから、ある程度は分った」
「そうなんだ、聖人さんに何もないと良いけど」
数馬はほんの少し間を置いてから、声が一段低くなった。
「海斗、狙われてるのは君だということを自覚してくれ」
広瀬の中に閉じ込められていた数馬が宮城家に出入りして得た情報からすれば、宮城父はとにかく二男の海音ばかり手をかけているという。自殺教唆や尊属殺人罪の適用を見送らせたことからも、そのバカ親ぶりがわかる。
勘当した兄聖人には興味を持っておらず、いや、未だに聖人がスキルを高め自分を追い越すのではという危機感からか、事あるごとに兄聖人の悪口を吹聴しているという。
ただ、これは広瀬から解放された後大前数馬として得た情報だが、現在の日本軍魔法部隊司令部では、兄聖人に関する罪は冤罪と証明されており、本人さえ望めば、来年度から魔法部隊への復帰も夢ではないという話も聞こえている。本人への通達も今年度中に行われるだろうということだ。
なんとも喜ばしいことだ。
そうだよ・・・喜ぶべきことなんだ・・・。
一緒に学生生活を送れないのは、やや寂しい気もするけど、本来あるべきところに、いるべきところに聖人さんは戻るべきなんだ。
逍遥は片腕が無くなるくらいの衝撃を受けるかもしれない。
でも、最初からあの2人でバディを組んでたわけではないし、薔薇6まで逍遥は1人で考え実行してきた。その日々に戻るだけだ。
そう考えると俺も同じ。
将来数馬が何かしらの事情で俺の元から去ったとしても、俺は衝撃だけで生きるべきではない。1人で何でもできるように、今から心構えを持たなければ。
数馬から練習の指示はひとつだけ。
「海斗、1人で練習してて邪魔が入ったり、体育館で練習にならない時は寮に戻って構わない。バランスボールで腕立て伏せまでできるようにしといて。腹筋は、まだ難しいかな、君には」
「腕立て伏せだってやりかたわかんないよ」
「自分の思うようにやっていい。それより、バランスボールに気を取られて姿勢の練習するの忘れないように。僕はちょっと練習に付き合えないから1人で調整してて」
離話はブツッと音がして急に切れた。
何事か。別に怒っているような声色でもなかったし。
ま、いいかあ~。
ちょっとだけ、ほんのちょちょっとだけ、ホームズと遊ぶか。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
ホームズは猫らしくない。
魔法が使える猫だからかもしれないけど。
俺は今まで猫と生活したことも無ければ、魔法を使える動物と一緒に寝食を共にしたこともない。
だから、猫らしくない行動なのか、これが普通なのかすら分かってない。
でもホームズは俺に懐いてくれるし、白黒で足が白いホームズはまるで靴下をはいてる猫のようでとても可愛い。
顔は、どうやらハチワレという模様とサトルに聞いた。
魔法が使えるなんて、どっちかっていうと黒猫を思い浮かべるのだが実際にはそうでもないらしい。
ホームズの使える魔法ってなんだろう。
国分くんに聞くのを忘れてしまった。
今度国分くんに会うとしても、世界選手権新人戦の予選会くらいじゃないか?
そこまで待てない。
どうしても知りたい。
離話で横浜から長崎・・・やれっこないよね。
逍遥と聖人さんは、たぶんこないだ会って気付いたと思う。でも、教えてはくれないだろう。
なんでかって?ホームズが逍遥を嫌いだから。
聖人さんは逍遥のためにならないことには手も口も出さない。
サトルならわかるかな。
まだ紅薔薇から戻ってないか。
離話して帰りに俺の部屋に寄ってくれるよう頼むか。
俺は一度生徒会室を透視してサトルが何をしてるか確認した。
荷物の片付けをしてる。
よし、今なら離話できそうだ。
「サトル、サトル、俺、海斗」
サトルは直ぐに気が付いたようで、廊下に出てくれた。
「何?海斗」
「寮に戻ったら俺の部屋に寄ってくれるかな」
「いいよ、あと30分ほどで帰れるから」
「すまん、よろしく」
サトルが顔を出すまで、俺はホームズを抱っこしてにらめっこしていた。
猫って目を逸らした方の負けだって聞いたけど、俺とホームズはどっちも目を逸らさない。
そのかわり、両目ウインクがホームズの特技なのがわかった。
最初にホームズが両目ウインクしたから俺が両目でウインク返しすると、ホームズも真似して両目ウインクする。
4,5回それを繰り返したら、俺もホームズも飽きてホームズは部屋の隅にある餌場にいってしまった。
俺はそれを機に、バランスボールに座って前後左右に身体を動かす。骨盤を前後、左右にスライドさせる、って取説には書いてあるんだけど、意味が分からない。
そのうちにまたホームズが膝に乗ってきたので自己流で骨盤を動かしてみる。
成功してるかどうは・・・わからん。
疲れた俺は、バランスボールにうつ伏せに寝そべった。
これが簡単なようでいて結構、いろんな筋肉を使う。四肢のバランスが良くないと、ゴロン・・・と落ちる。ホームズは俺の背中に乗って、ドヤ!といわんばかりに「ニャオーン」と鳴いた。
時を同じくして、部屋のドアを叩く音がした。
たぶん相手はサトル。
バランスボールから降りる際にバランスを崩しすごい音で転んだ俺。
相手はサトルだと分っていても、恥ずかしい思いに変わりはない。
四つん這いになったまま表情を普通にして、立ち上がってからドアを引く。
「や、ごめん、忙しいとこ」
「いや、今日はそうでもなかったから」
俺はサトルを椅子に座らせると、自分はベッドの淵に腰かけた。
「あのさ、ホームズの使える魔法って見当つく?」
俺、直球勝負。
サトルはホームズと心を通わせるかのように、コツンとホームズの額に自分の額をくっつけた。
「たぶん、この子は瞬間移動魔法と読心術が出来ると見た」
驚いたのは、紛れもない俺だ。
「え、こいつでもできんの、俺できないのに」
「君はこっちに来たばかりだから。来て1年もしないのにその魔法覚える人なんていないよ」
「そうか?早く教えて欲しいんだけど」
その瞬間、ニャーンと鳴いたホームズを見ると、口の端があがってて、まるで笑ってるかのように見えた!
「サトル!ホームズが・・・」
「笑ったね、今」
「なんでそこで驚かないんだよ」
「魔力を持った動物はみんな笑うよ」
「たとえばそれが蛇だったとしても笑うのか」
「君にとっては不気味かもしれないけど、こっちの世界に居る魔力を持った動物はみんなそうさ。魔力も持たないのに笑えるのは人間だけ」
蛇のスマイル・・・考えただけでもぞっとする。
「とにかく海斗、ホームズの事、内緒にするんだよ。必要最小限に留めて」
「数馬には話したけど、いいだろ」
「たぶん」
「頼りないな、まだ何か疑ってんの」
「いや、疑いは晴れたよ。この寮を嫌う理由がまだ判らないけど」
「俺、そんなこと話したっけ」
「読心術の為せる技だっていつもいってるでしょ」
ああ、そうだ。
サトルの前ですら本心は隠しとおせない。
俺の周りにはハイスペック魔法師が多すぎる。
まだ夕食を食べていないことに気が付いた俺は、サトルとともに食堂へ降りることにした。ホームズが逃げ出さないように、首輪に長いロープを結んでベッド脇のパイプに何重にも巻いておく。
ごめんな、ホームズ。
好き勝手に歩ける長崎からこんな狭っ苦しい部屋に閉じ込めて。
サトルはロープに手をかけ俺を手伝いながら、違う、と一言呟いた。
もう、長崎では有名になりすぎてしまったホームズ。外を歩いてれば必ずやホームズを悪い連中が狙ってくる。それを阻止するために国分くんは長い時間をかけてホームズを連れてきてくれたのだと。
国分くんたち長崎の人々の厚意を無駄にしないためにも、ホームズは紅薔薇でのんびり生きるべきなのだと。
だが、如何せん、紅薔薇にも、この横浜にも色々なやつらがいる。はっきり言って、人口は横浜の方が多い。そいつらからホームズを守るにはこの方法しかないし、ホームズも分かっていることなんだと。
飼いネコの行動範囲を自然に任せることへの賛否はあるだろう、俺は猫を飼ったことがないから室内飼いに違和感があるだけかもしれない。
サトルの言うとおり、室内飼いが猫にとって事故や事件に巻き込まれないための1ステップなのかも。
俺はホームズの顔をもみくちゃにして、サトルと二人、部屋を離れた。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
「ところで、GPFの練習はどう?」
サトルは体育館の様子を見ていないので表情も明るい。それに対し、俺の顔色は胸くそ悪さから来る青白い顔と言った方が正しいだろう。
「さんざんだよ。ソフトが有効に使えない」
「どうしたの」
「宮城海音の友人?あいつらが邪魔するんだ」
サトルも友人の顔は覚えていたようで、眉間に皺を寄せて小声で俺に問う。
「体育館じゃなく、別のとこで練習したら?」
練習場所の確保もままならない俺としては、一番堪える質問だった。
「外じゃできないし、教室内じゃ無理だし・・・」
「市立アリーナとか。県立体育館もある。国立競技場はさすがに貸してくれないかもだけど」
「学校で嫌な思いするよりはそっちにシフトした方がGPFのためになりそうだな、ありがとう、サトル」
「僕の方でアリーナのスケジュールつかんで押さえておくよ。ホントは数馬の仕事だと思うんだけど・・・」
「数馬、日本に帰ってきてからほとんど一緒に練習してないんだ。バランスボールで体幹鍛えるのが先、ってのはわかるんだけどさ」
「彼も色々闇が深そうだ」
「そんなこと言わないでさ、仲良くしてくれよ」
「その辺はわかってるし大丈夫。バッティングするといけないから、数馬がアリーナ押さえてるかどうかだけ確認しといて」
「え、サトルから話してくれるんじゃないの」
「それは僕の仕事じゃないよ。チーム組んでる海斗の仕事だ。僕は万が一のこと考えてるだけだから」
「サトルも厳しくなったなあ」
「そう?」
なぜか知らないけど、サトルの目を見て「あっかんべー」と舌を出したくなって。負けじとサトルもやり返してくる。2人でお腹が痛くなるまで笑った。
こんなにお腹が捩れるほど笑ったのは久しぶりかもしれない。
やはりサトルは気が置けない俺の友だ。
夕食を食べ終えた後、サトルと別れて部屋に戻るとホームズがベッドの毛布の上に丸くなって寝ていた。
ああ、寒いよな。俺だって寒いもん、猫はもっと寒がりなんだろ?
先月から今月にかけて、お土産も買わなかったし出費がほとんどなかったから、少し手元に残るお金があった。ホームズのベッドでも買ってあげようかな。サトルにまた相談しよう。あ、ホームズのご飯とトイレ、サトルに買ってもらってお金出してない。
トイレとご飯代までだしたらベッド買えるかな・・・。
「僕からのプレゼントだよ、気にしないで」
サトルからの離話だった。
透視をしてたとも思えないから、サトルの読心術は目の前にいなくてもOKなくらい上質な魔法なんだろう。
サトル、ありがとう。
そして誰か、俺に読心術教えてくれ。
せめて、ホームズと会話できるくらいに。
ホームズを寝かせたまま、俺はまたバランスボールにうつ伏せに寝そべってバランスをとって遊んでいた。
数馬がどこにいるかわかんないけど、離話でも飛ばしてみるか。
久しぶりに行う透視とともに、俺は数馬に向けて離話を試みた。
透視は上手くいかなかった。何か霧のようなもので覆われていて数馬の姿が見えない。数馬が霧の中にいるのか、霧が数馬の陰を邪魔しているのか。
その代り、離話は成功した。
「数馬、俺、海斗」
「あれま、君今どこにいるの」
「寮」
「へー。随分遠くまで離話できるようになったんだね」
「今何処にいんのさ」
「秘密」
「ケチ」
「そのうちわかるさ。で、何か話があって離話くれたんでしょ」
「あ、そうだった。やっぱり体育館で練習できなくてさ、市のアリーナとか県立体育館で『デュークアーチェリー』の練習しようと思うんだけど、スケジュール押さえてた?」
「いや、僕は押さえてない。必要なら誰かに頼むなり自分でチェックするなりしてスケジュール押さえてくれ。僕はGPFの出発日に学校行くから。今回はマッサージとかしないけど、バランスボールでごろごろしてれば肩甲骨も解れるはずだ」
「マッサージもなし?サポーターとしてはちょいと怠慢じゃないの?」
「悪い悪い。今でないとできないことなんだ。許してくれよ」
唖然としたけど、魔法技術科の寮でカンヅメになって何かしてるのかもしれない。
それに、サポーターに頼りきりの選手は皆GPSで敗退している。言葉を返せば、GPFに出場する選手はサポーターの働きが無くとも自分で調整できる選手だということ。
俺もそうあらねばならないのだろう。
それでも、試合日には亜里沙や明が着そうだけど。
翌朝、ホームズが顔に猫パンチを繰り出してくるのに閉口してベッドから起き上がり、猫トイレと猫ご飯を準備した後ストレッチで身体を伸ばしシャワーを浴びていたのだが、ホームズが制服の上を歩いている痕跡を目撃し、思わず大きな声をあげてしまった。
「ホームズ、制服にあがんないで!」
猫は大きな音を嫌うという。
ホームズもまた猫である。
ぷいっと顔を背けたような仕草をすると、ホームズはダダダっと走ってベッドの陰に隠れてしまった。
今日も首輪に付けたロープをベッドの脚にぐるぐる巻きにして、俺は部屋の戸を閉めた。でも、心配がある。遊んでいる時にホームズの首にロープが巻きつきはしないか。
今日は一度教室で点呼を受けた後で生徒会室に顔を出し、サトルに他のアリーナのスケジュール状況を聞いてもらったらそのままアリーナに移動しようと思っていたのだが、予定を変更して一度寮に戻ろうと予定を変更した。
点呼が終わった教室内でサトルに近づき俺たちは一旦廊下に出た。
「アリーナの状況見て押さえておくから、君は最初に寮に戻るといいよ」
「こういうとき読心術は助かるな。ごめん、スケジュール確認、よろしく」
そのまま教室には入らず、俺はソフト片手に校舎から出た。
どこからか鈴の音が響く。
この辺りにも猫がいるんだろうか。
なぜかは知らないけれど、俺は音のする方向に耳を傾け足を向けた。普段人のいない中庭の方。ああ。ここで数馬を救い出したんだった。
そんなことを考えながら歩いていると、段々大きくなる鈴の音。
俺の立ってる中庭のベンチ前に近づいてくるのがわかる。
でも、猫の姿はどこにも見えなかった。
「海斗、海斗」
誰かが離話してきたんだが、聞いたことのない声だった。
「こちら海斗。誰?」
そのとき生垣の陰からニュッと首を出したのは、なんと白黒ハチワレ靴下猫のホームズだった。
「ホームズ?なんで?ロープどうした。外せるわけないのに」
またもやニヤリと笑うホームズ。
俺はその笑顔に対しすぐさま笑顔で応えることができず、心底慌てていた。
反対に、ホームズは余裕たっぷり。
「僕の得意魔法は、隠匿魔法と瞬間移動魔法。サトルのいうとおり、読心術も得意かな」
「ホームズ、おまえ人間の言葉話せんの?つか、なんでここにいんのさ」
「ロープなんて僕には合ってないようなものだよ。瞬間移動できるんだから」
「そ、そうか。で、瞬間移動してここで何やってる」
ホームズの目が突然オッドアイに変わる。
元々オッドアイじゃないじゃん、ホームズー。どうなってんだよー。
「今、君は僕の心を読んでいるんだよ。これが読心術というやつさ。他の人に僕の言葉は届かない」
「これって離話じゃないの」
「君が勝手に僕に話しかけてくるだけじゃないか」
「そうなの?」
「僕の目がオッドアイになるときは魔法を行使してるとき。他の人には絶対に話さないで」
「わ、わかった」
「というわけで、海斗、一度寮に戻ろう。瞬間移動で」
「俺できないよ、到着地決めた瞬間移動」
「するんだよ、寮の部屋に戻る、と口に出せ。お前全日本の前に瞬間移動してなかったか?逍遥と」
「そんなことあったっけ」
「つべこべ言わず、やれ」
ホームズは突然姿を消した。結構無作法な物言いの猫だな、ホームズは。
俺も、言われたままに小さな声で『寮の部屋に戻る』と呟いた。途端に、俺の周りに竜巻のような強い風が吹く。
俺は思わず肩に両手を巻き付け目を瞑った。