GPS-GPF編 第9章 イタリア大会~GPF 第10幕
俺たちはリュカの冤罪を晴らしたわけだが、待つこと一週間、一緒にイタリアにいることはできず、競技終了翌日には日本に戻っていた。
まず数馬が取り組んだのが、俺の体幹矯正だった。
部屋のど真ん中に、今もバランスボールが置いてある。数馬が再び瞬間移動でイタリアから運んできたに違いない。
朝晩はそれを使って、ぐらつかないよう体幹を鍛えろということらしい。
でも俺は、すぐバランスを失ってコケてしまう。
俺の運動神経が最悪なのか、姿勢が悪いからなのか、このバランスボールが不良品なのかはわからない。
試しにサトルに乗ってもらおうと思ったが、サトルは学校からの帰り時間が遅い。生徒会にこき使われてる。
仕方ないので、逍遥に乗ってもらい品質チェックということにした。
数馬自身はこちらの寮にくることはまずない。これは、広瀬時代から変わっていない。
まず、数馬が乗って見本を見せればいいと思うんだが、数馬にその気はない。
逍遥の部屋に行くと、聖人さんと二人頭を突き合わせて吠えている。
「なんで吠えてんの」
最初逍遥は俺の姿を認識しなかったようで、ガチで聖人さんに対抗していた。
その様子を見ること3分。俺に気付いたのは聖人さんだった。
「どうした、海斗」
「俺んとこにバランスボールあんだけど、うまく使えないから見本見せて」
「了解、逍遥を説き伏せたら行く」
こりゃ、しばらく無理だな。
サトルの帰りを待つか。
案の定、聖人さんや逍遥は俺の部屋に顔を出すことなく時間が過ぎていく。
サトルに離話しようと思ったが、生徒会でまだ働いているかもしれない。
乗っては転び、乗っては転びながら俺はサトルの帰りを待った。
段々夜も更けていく。
生徒会の透視くらいなら怒られないだろう、俺は早速目を閉じて、紅薔薇高校生徒会の様子を窺った。
みんなもういなかった。
おう、サトルは最後に鍵かけたようで、職員室にいるのが見える。
もう少ししたらサトルが戻ってくる。夕飯食べ終えた頃にでも見てもらおう。
離話だ、離話。
「サトル、海斗だけど」
もう廊下に出ていたサトルが応答してきた。
「海斗?どうしたの」
「夕飯後でいいからさ、俺の部屋にあるバランスボール乗って見て」
「バランスボール?買ったの?」
「数馬からのプレゼント」
離話しながら、サトルはお腹を捩らせて笑ってる。
「笑うところか?」
「いや、ゴメン。海斗の体幹矯正始めるつもりなんだね」
「GPFに間に合うとは思えないんだけど」
「どうかな。次の世界選手権新人戦を睨んでるのかも」
「俺は出ないだろ、どう考えても」
「わかんないよ。もうすぐ寮につくから、待ってて」
サトルとの離話を終えると、そこに聖人さんからの離話が入った。逍遥ならまだしも、聖人さんに甘える訳にはいかない。
「どうした」
「ん、解決済み」
「そうか。逍遥向かわせるか?」
「逍遥、機嫌悪そうだから止めとく」
「まあな」
詳しく聞いても俺が何かできるわけじゃないし。
数馬から聞いたアレがまだ調整できてないんだろう。
練習が、量か質か。
それは俺にだって当てはまる問題だが、今んとこは数馬を信頼し任せてるから。
逍遥は最早そういうレベルじゃないんだよね、だからサポーターに関して物申したくなるんだ。
「なんかあったら呼べよ、海斗」
「ありがとう、聖人さん」
離話を切ったところで、サトルが来た。この時間からして、夕飯前に俺の部屋を訪ねてくれたに違いない。
「サトル、最初に飯食ってきたら?」
「うん、今から食堂行く。どれ?バランスボール」
濃いグレーのバランスボールはどうだといわんばかりに俺のベッド脇に鎮座している。背中をベッドに付けてないと、俺はすぐ転ぶ。
「戻ったら乗ってみる」
サトルはそう言い残して俺の部屋を出た。
数馬に離話したいのだが、俺の魔法力はまだそこまで強化されていないらしい。結構遠くまで通じるようになったと思ったのに・・・。これがやんごとなき事情でもあれば火事場の馬鹿力よろしく離話も通じるかもしれないが。
みんな、すげー魔法力だよなあ、と小さく溜息を洩らす俺。
こっちきて7カ月とはいえ、使える魔法少なくないか?
なんつーか、こう、生活に役立つ魔法を覚えたいよね。
瞬間移動魔法とか読心術とか、隠匿魔法だって何かの役に立ちそうだ。
破壊魔法や消去魔法は、まだ俺には習得できないだろうから置いとくとして。
ま、今はそこを考えるんじゃなくてGPFでどう戦うかを考えなければ。
姿勢はモノになってきてるし、50m先の的もよく見えるからそこは問題ない。
あとは数馬やサトルの思うとおり、体幹矯正くらいのものかな。
でもまあ、このバランスボールでホントに矯正できるのか?
俺が呆然と部屋の隅に立ちバランスボールを見続けていると、サトルが食堂から戻ってきた。
「どれ」
そういって、バランスボールを部屋の中央に動かしてすっと背を伸ばして深く腰掛けるような動きを見せた。
傾きそうになると体重移動して転ぶのを防いでいる。
ああ、こうするのか。
へへへ。
実は数馬に渡された時からバランスボールの使い方を俺は理解できていなくて、座ることだけの鞠みたいなもんかなと思ってた。
綺麗に動くサトルの見本を見せてもらったあと、今度は俺が乗ってみる。
最初は体重移動が上手くいかずバランスを崩し横にゴロンと転げていたが、2回、3回とチャレンジしてるうちにどうにかこうにか転げないようになってきた。
あとは姿勢を整えながら乗れればOK。
サトルの見本はとても美しかったから。
「海斗、この他にもバランスボールの使用方法あるから。明日数馬に聞くか僕が帰ったら教えてあげる」
翌朝、6時に目が覚めた俺は特にすることもなくバランスボールに挑んでいた。前日よりは転ばないようになったが、俺の場合猫背なもんで姿勢がよろしくない。
サトルのように、綺麗な姿勢で乗ってこそ体幹矯正にもなるというものだ。
朝8時。
いつもより早く支度を整えた俺は、速足で紅薔薇に向かった。
魔法技術科にいる数馬に会うために。
体幹矯正もそうだけど、GPFの練習だってしなくちゃいけない。
魔法技術科の教室に着いて、ちらっと教室の中を見る。
俺の胸元を見た生徒たちの反応がイタイ。ある者はこっちを見ながらこそこそと隣の生徒に囁きだし、ある者は俺を睨みつける。
俺が魔法科だからだと思うんだけど、それって、自分で自分を貶めてないか?ひねくれてないか?紅薔薇の生徒に上意下達は無いはずなのに。
俺が魔法科にいるからそう思うだけなんだろうか。
学校内にはまだまだ差別が残っているんだろうか。
それにしても、数馬、遅っ。
まだ着いてないの?
あんなに時間にうるさいのに?
8時20分になっても姿が見えないので、仕方なく魔法科に戻ろうと振り向いた時だった。
「海斗、ここで何してんの」
「あ、数馬だ」
数馬が俺を見降ろしている。
「今魔法科行ったら海斗が着てないから戻ってきたんだ」
「俺は最初からこっちきた」
お互いにあはは、と笑ったあと、数馬が真面目な顔に戻る。
「行き違い。帰りは僕が魔法科に行くから待ってて」
「OK」
魔法科の授業は、GPSの結果に対する報告会とGPFの壮行会イベントがあったきり、勉強はせずに一日が過ぎていった。GPS出場者とGPF出場者への校内インタビューもあり、俺はヒヤヒヤしながら自分の番を待つことに。
なんせ勝負飯を答えるような珍解答者だから、俺の口から何が出るかわからない。
でも、そんな意地の悪い質問は無く、初めての出場でGPFへの出場をもぎとった時の気持ちやこれからの抱負を聞かれたので、ほっと胸を撫で下ろし言葉を選びながら答えることができた。
自分は選ばれないと思っていたのでこの結果に少し驚いているが、選ばれたからには全力で演武したい。
抱負、こんな感じでいいよねー。
こっちに来たばかりの頃に比べれば、成長したよ、俺。
ホントそう思う。
司会者に寄れば、学校全体でのGPS報告会とGPF壮行会は日を改めて行うとのことで、その日他科の生徒たちと顔を合わせることは無かった。
平穏な一日が過ぎていった。
GPF出場が決まったとあって俺の評価は1年の魔法科内でも高まったらしく、今まで俺を無視してきたやつでさえ手のひらを返す様な笑顔で俺を迎え入れてくれる。
そういうやつは根っから信じないことにしてるんだが、そこは大人の対応で。
にっこり微笑んで握手してる。
宮城海音の友人とかいう一派は未だに俺を認めないと陰口を叩いているようだが、まあ、数ある中にゃそういう人もいるだろうから、別に仲良くしたいとも思わないし、無視してもらって構わない。
リアル世界に居た時のように、嫌われたくない、みんなによく思われたい、そういう考えから脱してしまったんだよ、俺は。
別に1人でも構わないけど、喧嘩しながら2人で生きるよりも、1人で生きるのは何倍も何倍も辛い思いをする、ってことをこっちの世界にきて理解しただけだ。
授業時間が終了し、廊下には人の流れができた。部活動を行う者、寮や自宅に帰る者。運動用具を持って真面目な顔つきで体育館やグラウンドに急ぐ連中。制服のまま、お喋りしながら笑顔満載で校門の方へ向かう女子。
久しぶりの人の流れに、俺は少し酔いそうになる。
俺は廊下から教室に戻り、GPF用に『デュークアーチェリー』の練習をしようと思ってジャージに着替え数馬を待っていた。確かに「待ってて」って言ったよな?数馬。
5分ほど教室の中で待っていると、数馬は制服のまま教室のドアを叩き室内へ入ってくると、俺のところに来ておでこを寄せる。
「あれ、海斗。『デュークアーチェリー』の練習する気だった?」
「違うの?」
「今日はバランスボールの使い方教えるだけにしよう。『デュークアーチェリー』は明日以降」
「了解。でも、バランスボール学校にないだろ、寮に一緒に行く?」
「魔法科の寮は怖いからねえ。ま、1日くらいならいいか」
なんで魔法科の、それも寮が怖いのかは知らない。
数馬が放浪するきっかけが魔法科に関係することだったのかもしれない。
その前に、この一言が本気かどうかもわからない。
俺と数馬は揃って校門辺りを通り過ぎ、寮への道を歩いていた。
もう、銀杏の葉は皆落ちた。実は、まだ樹にくっ付いてるモノもある。このまま越冬するとは思えないのだが、どうなんだろ。
銀杏のことなんて、リアル世界では考えたことも無かった。
今は、樹木にも命があるんだなと思って見てしまう。
寮に着いてからというもの、数馬はキョロキョロしながらマイスリッパとやらをカバンから出して音を立てないようにそっと履き、何かに怯えているかのごとく、またもや周囲をキョロキョロと見回しながら、音を立てないようにソロソロと廊下を歩く。
俺は数馬の耳元でそっと囁いてみる。
「よほど人に会うのが嫌なんだな」
数馬も前を向いたまま小声で返事している。
「願わくば、今の3年には会いたくない」
そうして誰に会うこともなく、俺の部屋の前に着き、ほっと息吐く数馬の背中を押しこむかのように俺はドアのノブを回した。
「海斗の部屋に入るの、初めてかも」
「前に1回来なかったか?バランスボール持って」
「あれはイタリアのホテルじゃなかった?」
「そうだっけか。つか、数馬。瞬間移動できるなら最初からこの部屋目掛けて瞬間移動すればよかったのに」
「この寮でそれやったら、すぐばれる」
「ふーん。瞬間移動ってやっちゃいけないの?」
「表向きはね。どれ、バランスボールでの運動メニュー教えるから」
え、バランスボールって座れば終わりじゃないの。
「座る他にもいろいろあるけど、海斗は慣れてないようだから今回は基本の動きと腹筋と腕立て伏せだけ教えるよ」
数馬、こんな時に読心術使わなくてください。
「こんな時だから使うんじゃない」
わけのわからない言い訳してる。
「とにかく、運動始めるよ。ほら、まずはボールに座って。姿勢に気を付けて」
バランスボールに座るに当たっては、猫背はいけない。背を伸ばして綺麗な姿勢で座る。これが最低限守るべき事項だ。
まずはOK。
その姿勢で転げないように5分間座る。5分を3セット行うという。
俺にとって5分は、永遠に続くのではないかと思えるくらい長くて思わず手足をばたつかせたくなる。
もちろん、数馬が目の前にいる今はバカな真似はしない。じっと堪えて座ったまま。時折バランスが崩れそうになり、骨盤を前後左右に動かしてコケないように只管終了の声掛けを待っている。
「いいよ、5分過ぎた。僕がいない時でも最低限、こうして座るのだけはやっておくこと」
「うへーい」
俺は背中の辺りで汗が滴りおちるのを感じる。背筋が痛む。
決して楽な運動ではない。
俺にとっては。
「じゃ、今日はこれで」
「数馬、明日以降も来るんだろ」
「いや、ここは僕にとって良い空気が流れてないんだ。だから遠慮する」
は?サポーターだろが。
「サポーターである前に1人の人間だ」
数馬曰く、彼の脳ミソはここにいたら吹っ飛びそうな衝撃に晒されるんだそうだ。
何を言ってるのか俺には全く考えが掴めないし理解も出来ないのだが、数馬本人が嫌なのだからどうしようもない。
「その代り、これ」
俺のノートにサササとメモして、ノートからそのページ部分を破り俺に渡すと、すぐさま数馬は部屋のドアを開け廊下に消えた。
玄関まで見送ろうとすぐに俺も部屋を出たが、数馬の姿はどこにも見当たらない。
あいつ。
瞬間移動魔法使ったな。
寮では使えないとか言っといて、使ってんの。大丈夫なのか?
数馬が寮を嫌っていたのは未だに広瀬が身体を支配しているからなのか?と思ったんだが。
まさか・・・違うよな。
俺の取り越し苦労であってほしい。
俺は廊下の真ん中に突っ立って何をするでもなくぼんやりと数馬の身体を乗っ取った広瀬の、元広瀬先輩のことを考えていた。
耳元に、何か音が聴こえてくる。なんだろう、人の声?それとも音楽?
「海斗、こりゃまた目立つところでぼーっとしてんね」
寮に帰ってきた逍遥が近づいてきて、嫌味とも何とも言い難い言葉をさらっと吐いて俺の肩を叩く。
「君か。ねえ、何か変な音聴こえない?人の声とか、音楽?とか」
「さて、どうしたもんかな」
「まだ微かに聴こえてる。わかんない?」
「聴覚は猫並だなあ。嗅覚は犬並だし。君はおよそ人間っぽくないね」
相変わらず、相当失礼なヤツだ。
まあ、俺は昔から動体視力とかはいい方だし、音当てクイズなどやろうものなら絶対音感とまではいかなくても全問正解を叩き出せるくらいの自信はあるけど。
ああ、違う。
今はそういうプチ自慢がしたいのではなく、俺の疑問に答えてくれる人が欲しいんだ。
「逍遥、馬鹿にしたいだけなら自分の部屋に戻ってくれ」
「悪い悪い、からかうつもりはないんだ。君が聞こえてるのは鈴の音じゃないか」
「鈴?」
「そう、よく猫の首についてる、アレさ」
「ここから聴こえるということは・・・捨て猫かな」
「さあ、どうだろう」
俺は特に猫嫌いというわけではない。
むしろ犬よりは猫に興味を惹かれていた。
中学校のとき、地域猫は何たるかという題材で授業があったんだ。
地域で生きている大人猫や子猫に避妊オペを施し、(まあ、オペは子猫の場合譲渡されてから、という場合もあるんだろうが)譲渡できる猫は譲渡、他は命を全うするまで地域で世話をする、というものだ。
人間と共生する猫=地域猫だと聞いて、俺は陰ながら応援していこうと思ったし、自分も地域猫に関わる活動をしたいと本気で考えたものだ。
しかし、リアル世界の両親は、俺が動物を飼うのを良しとしなかった。絶対世話しなくなるだのなんだのと理由をつけて。
一度だけ、俺は道端でダンボールに入れられ鳴いてる子猫を拾い飼おうとしたら、両親に捨てられた。
俺の親は、鬼だ。
ああ。
久しぶりにリアル世界の記憶を呼び覚ました気がする。
でも、どれも嫌な思い出ばかり。やはりあの両親との思い出は、俺の記憶に幸せをもたらさない。今までも、そしてこれからも。
俺が眉間に皺を寄せていたのを、逍遥が見逃す訳もない。
「君はよほどご両親との思い出が気に入らないみたいだな」
また読心術使って話してるのはすぐにわかったけど、言い返す気力すらないほど俺の心は嫌な気分に包まれていて、頭の中では相当凹んでいた。
「でも海斗、今聞こえてる音は僕らにとって嫌な暗示ではないと思うよ」
逍遥が言い終わるか言い終わらないうちに、寮の廊下からスリッパの音が聞こえてきた。
誰だ?
寮の人間ならスリッパは履かない。
それは外部の人間であることを意味している。
スリッパの音と時折鳴る鈴の音は段々と大きくなり、各部屋の前で一旦止りながら近づいてくる。そして両方の音がシンクロして、俺の部屋の前で止った。
誰だ?数馬か?
いや、数馬は俺の部屋を解っているはずだ。なんたって、俺の部屋だけ未だにドアが他の部屋と違うんだから。
俺が身構えていると、遠慮がちに部屋をノックする音が2回。
先程までの嫌な思い出を引きずったまま、眉間に皺を寄せドアのノブに手をかける俺に対し、逍遥からダメ出しが入る。
「海斗、その顔じゃ相手が怖がる。笑わないまでも、せめて表情は普通にしてよ」
表情に気が付いていなかった俺は、くるりと逍遥の方を振り返り、ぎこちない笑顔でニヤッと笑った。相当不気味な顔だったに違いない。
「OK。ドア開けても大丈夫」
言われるがままにもう一度ドアノブに触ると、また部屋をノックする音が聞こえる。
「はーい」
勢いよくドアを引いた俺。
なんと、そこに立っていたのは国分くんだった。
それも、白黒の猫を胸に抱いて。
「久しぶりだね、国分くん。逍遥もいるよ」
「ご無沙汰、八朔くん。四月一日くんも一緒?」
逍遥はいつの間にか俺の脇に立っていて、国分くんに握手を求めた。
「GPS以来だね、国分くん。今日はどうしたの」
逍遥は役者だと思う。読心術使えば何で国分くんがここに来たかなんてすぐにわかるだろうに。
でもまあ、今はそこを突っ込むシチュエーションじゃないのも知ってるんだろう、逍遥は。
国分くんは、胸の中で大人しくしていた白黒猫の額を2度3度と撫でて、言いにくそうにしている。
「その猫に関係したこと?」
俺の言葉に勇気をもらったとかそんなところだろう、やっと国分くんは口を開いた。
「この猫なんだけど・・・」
「どうしたの」
「魔力のある猫なんだ」
「えっ」
猫に魔力?俺はそんな話、聞いたこと無いぞ。
横にいる逍遥を見ると、ヒューッと口笛を吹き鳴らし、猫の耳に触ろうとした。シャーッと威嚇する猫。怒ってんのかビビってんのかはわからない。俺は猫を飼ったことがないから。
国分くんは逍遥の行動を半ば無視しながら、俺に向かって続けた。
「八朔くん、この猫を君に譲りたいんだけど、ダメかな」
焦った。
猫の譲渡が嫌だったのではなく、急に返事をできなくて焦ったのだ。
「いや、その・・・」
「ダメかな」
「寮で飼っていいかもわかんないし」
「今すぐでなくてもいいんだ。君はいずれ元の世界に帰るだろう?その時一緒に連れて行ってもらえれば」
正直、その言葉には返答できなかった。俺はもう、リアル世界に戻る気はない。
俺は横で腕組みして猫に威圧的な態度を取ってる逍遥の脇腹を肘で思い切り突いた。
「逍遥、ここって動物飼育できるの?できないの?」
「この寮?飼育云々は聞いたこと無いな。魔力のある動物は寮の外でたまに見かけるけど」
魔力のある動物・・・そんなもんがこの世界にはいるのか?
俺にはそっちのほうが驚きで、途端に目が輝いた。
でも・・・。
「となると、生徒会に聞かないとダメか」
国分くんが心配そうな顔をする。
「この寮では飼育禁止なのかな。そしたら長崎に連れて帰るよ。僕の実家では母が猫を飼ったことがないから自信がないって。何か猫アレルギーだって嘘ついてるし」
聞くと、俺が根を上げたあの長距離バスで長崎から猫を連れて横浜に来たのだという。
俺は猫の額を一度だけ撫でた。俺には刃向かってくる様子もない。
猫も人を見るのか、と逍遥に嫌味を言ってみたが、逍遥意に介していないようで猫の耳を触ってはシャーシャー言われている。
「待って、国分くん。今、生徒会経由で学校に聞いてみる」
そういって国分くんを引き留め、俺は生徒会にいるはずのサトルに離話した。サトルか譲司は生徒会にいるはずだ。学校側に確認してもらう時間くらいとれるだろう。
離話がサトルにつながった。
「やあ、海斗。どうしたの」
「サトル。突然ですが・・・俺たちの住んでる寮で動物、猫なんだけどさ、飼育できるかどうか確認して欲しいんだ」
「OK。少しだけ時間をくれる?」
そう言ってサトルは驚く様子も見せず、一旦離話を切った。
国分くんが目を丸くしている。
「八朔くん、離話魔法の領域が広がったんだね。ここから紅薔薇生徒会に離話したんだろ?」
「たまたまだよ、知らない魔法の方が多い」
「僕が思ってるよりもだいぶ進化してる。やっぱり、君ならこの猫を託すことができるよ」
「ひとつだけ聞いていい?その猫は、なぜ長崎で飼ってあげられないの?」
「猫の魔力を己がモノとするために魔法猫たちへの虐待が横行してるんだ。白薔薇学内では猫たちのシェルターを作ってるんだけど、この猫は頭が良すぎてシェルターに入ろうとしないんだよ。やっと僕が捕まえて麻酔で眠らせてからバスに乗ったものの、こっちに着いたら麻酔が切れちゃった」
「暴れん坊なの?」
「いや、基本的には大人しいし人には慣れてる。でも自分に対して善からぬことを考えてる人間はわかるみたいで、基本、怒る」
俺は口角を少しだけ上げながら逍遥の目を見た。
「だから逍遥には唸るのか」
逍遥はむっとした顔になり、猫の耳を触るのを止めた。
自分が猫に好かれないという現実を目の当たりにして、どう接していいかわからなくなったんだろう。
「僕は邪魔なようだから帰る。じゃ、国分くん、また会える日を楽しみにしてる」
ぶっきら棒な声で猫には目もくれず、国分くんと俺を交互に見る。
国分くんは恐縮したような表情を浮かべて逍遥に謝った。
「気にしないで。この子はこう見えても人見知りなんだ」
実際には然程気にしてない逍遥。何かやることがあるんだろう。バイバイと俺たちに手を振って、自分の部屋へと戻っていった。
「怒らせたかな」
国分くんは心配そうに俺の方を見る。
逍遥は怒っていないし、この猫がどういう猫なのかも、触っただけで判別できたらしい。
「大丈夫、逍遥は怒ってないよ。何かやることができたみたい」
俺がまた猫の頭を撫でた。白黒猫はゴロゴロと喉を鳴らしていた。
「でも俺は触ってもシャーッて言われないよ?」
「飼い主が君になるって解ってるからじゃないかな」
もし、寮で飼うことができないとしても、餌付けして毎日様子を見ることくらいできるかもしれない。地域猫として。
でも、魔力ある猫の噂が広まったら、また虐待紛いに何かされるかもしれない。
それでは余りに可哀想だ。
だからか。国分くんにとって、俺は紅薔薇第3Gの生徒であって3月末にはリアル世界に戻る人間と思ってこの白黒猫を託すんだろうな。
でも実際には違う。俺はリアル世界には戻らない。
万が一戻るとして、魔力ある猫をリアル世界に放つなどできるんだろうか。
リアル世界に行けばただの猫というが、その確証も取れてはいないだろうに。
しかし、だ。国分くんがここまで真面目に話してくれるということは、今まで別の世界に行った猫が魔力を失っているという事実があり、その流れをして第3Gからの報告もあるんだろう。
或いは人の形に変化して第3Gを守ってくれるのかもしれない。
それじゃ化け猫になってしまうか。
俺が目を閉じると、ちょうどサトルから離話が届いた。
「海斗、確認したよ。動物は一部屋に1匹ならOK。ただし、犬、猫、ウサギ、鳥などを想定しており、爬虫類や魚類は提携動物病院の関係上想定していないため、飼育許可は出せない。だって」
「ありがとう」
「どういたしまして。ところで急にどうしたんだい。動物飼うの?」
「猫を譲り受けることにしたんだ」
「じゃ、必要なモノは僕が買っていくよ。海斗は猫飼っていたこと無いだろう?」
「実はそうなんだ」
国分くんの顔を見ながらサトルと離話する。
サトルは透視しながらの離話だったようで、すぐに状況を飲みこんでくれた。
猫のトイレとご飯が最低限必要なわけだが、俺の奨学金で賄えるか、それが少し心配になった。
そこは国分くんも重々承知していたらしい。
長崎でこの白黒猫に餌をあげていた人や白薔薇高校の生徒から寄附をもらって、持参金付きなんだと笑った。
なるべく室内だけで飼って欲しいと一言付け加えて白黒猫を俺の胸に渡した国分くんは、暗くなりかけた西の空の向こうにポーン、ポーンと魔法を使って走っていく。
長崎行きのバスに間に合うだろうか。それとも今日は久しぶりの帰郷で実家に泊まるのか。
俺はグレー色の雲を見つめながら白黒猫を抱き、国分くんの去っていった方向に目をやりながら猫のぬくもりに触れていた。
それから1時間。俺は部屋の中で白黒猫に猫じゃらしならぬ猫リボンを与え、時間も忘れひたすら遊んでいた。
ドンドンと部屋をノックする音が聴こえても猫は動じない。胆の据わった猫だ。
ドンドンの主はサトルだった。気を利かせて、猫トイレと猫ご飯を買って来てくれたのだ。猫がフラストレーションを溜めないように、結構大き目なトイレ。もちろん、トイレの砂もぬかりなく。
こんな大きい荷物、大変だったろうに。サトル、やっぱり君は気が利くなあ。
俺の目を見て恥ずかしそうな顔をしたサトル。これも読心術の為せる技か。
この猫が今何歳くらいか、国分くんは長崎に行ったばかりだから知らなかったが、白薔薇の3年の先輩が入学したころ子猫だったらしいので、今は4歳くらいか。
長崎では、ホームズと呼ばれていたんだそうな。
俺は名前考えるの下手くそだし猫も突然別の名前で呼ばれても困るだろうということで、サトルと相談して名前はホームズを継承した。
と、ノックもしないで部屋に入ってくる逍遥と聖人さん。
「結局こっちで飼うことにしたのか」
逍遥は先程ホームズにシャーシャー文句を言われたので俺がホームズを飼うことにあまり良い感情をもっていないらしい。聖人さんはといえば、俺よりホームズの行動を熟知しているかのごとく、部屋の中でホームズと一緒に暴れまわっている。
「そんなに暴れたら隣に迷惑かかるよ」
聖人さんはホームズが自分に慣れっこいので上機嫌だった。
「海斗の隣の部屋は俺が住んでるから大丈夫」
「もう片方あるでしょうが」
「ああ、沢渡のとこな。寝る時にしか帰ってこないさ。つか、荷物部屋らしいぞ」
「猫って夜行性って聞くけど。ホントに大丈夫かな」
「ホームズは人間と同じなんだよ。見た目が猫なだけで。お前が寝りゃ一緒に寝るさ」
「そうだといいんだけど」
サトルは猫に触ったことがないらしく少し挙動不審だったが、ホームズはサトルの肩にヒョイ、と乗ってニャーアン、と一声鳴いた。
まるでサトルを認めてやる、と言ってるように聞こえた。
サトルの肩に向けて逍遥が手を伸ばすと、途端に毛を逆立てて尻尾は何倍にも太くなり、シャーッと威嚇する。余程逍遥がお気に召さないらしい。
逍遥はどれだけ凹むかと思いきや、猫のおやつを持ってきたと言いながら、両手に持った袋からおやつを取り出した。最終決戦は食べ物策戦だと言って目の色を変えている。
へー、今って猫用のおやつまで売ってるんだ。
昔ならねこまんまよろしくおやつなんて気の利いたモノはなかったはずなのに。
逍遥が袋を開けてジェル状のおやつなる物を出すと、ホームズはクンクンと臭いに釣られ逍遥の傍に寄って行く。
しばらく、その距離は縮まることなく小康状態が続いたが、とうとうホームズが折れた。
逍遥の手からおやつを食べて、ニヤリと笑ったのだった。
猫って笑うのか?
俺にとっては初めてみた猫の表情が衝撃的で、顎が外れそうなくらい大きな口を開けたと思う。
聖人さんは1人で笑っていたが、本気で笑っているようには見えなかった。俺の部屋の中がどうなっているかに興味があったようで、バランスボールを見つけた時、10秒ほどボールに視線が釘付けになったのを俺は見逃さなかった。
逍遥は猫へのリベンジで俺の部屋に来たのだろうが、聖人さんは何のために来たのやら。
GPF、あるいは世界選手権新人戦への出場を視野に入れている逍遥と聖人さんが俺なんかの練習を見たって仕様があるまい。
力の差は歴然としているのだから。
「じゃ、俺たちは行くわ。逍遥、お前もだ」
逍遥はもう少しホームズに気に入られたがっていたようだが、聖人さんがぐいぐい腰のベルトを引っ張るので逍遥はずっこけた姿勢になりながら俺の部屋を出る羽目になった。
腰のベルト?
俺たちは普段寮に戻るとジャージを着ている。今は冬だからその上にブルゾンやダウンなどを着る人も多い。
腰にベルトをしている人を見たことがない。
さては、あのベルトは何らかの練習、あるいは技の習得に使用しているモノに違いないと俺の第六感が働いている。
もう、俺と逍遥の間で新人戦を戦うかのような聖人さんの態度は少し気になったが、新人戦のエントリーが出来るかどうかだってわからない俺。
願わくば、新人戦にもエントリーしてみたいけどね。
色んな技を習得できたら、俺の力がどこまで通用するのか自分の限界を見てみたい。
「お前も見たいだろ?」
ホームズに声をかけると、ニャオーンと一声返ってきた。
サトルは咄嗟のことで意味が分からなかったようで、不思議そうな目で俺をまじまじと見つめる。
逍遥の腰に着いたベルトの意味、俺やサトルがどこまで逍遥にくらいついて行けるのか楽しみだとサトルに伝えると、サトルはホームズを抱っこして、2人でくらいついて行こうと言って、微かに笑った。
サトルも自室に戻り、俺の部屋にはバランスボールと猫トイレが並べて置かれるようになった。部屋が狭くて置くところがないんだ。
数馬もこれだけは許してくれるだろう。
今晩はもう遅いから、明日学校に行ったら、いや、明日の朝、数馬に離話しよう。
こうなった経緯を話せばきっとわかってくれるさ。
なんつっても、猫捨ては犯罪です。
ホームズの飼育を認めてもらうためにも、俺はバランスボールで体幹を鍛えなくちゃいけない。
その晩、手始めの座る練習をしていたら、ホームズが膝の上に乗っかってきた。もちろんバランスは崩れる。でもここで倒れたらホームズを踏んでしまいかねない。俺は前後左右に大きく姿勢を傾けたり足を延ばしたりしながらホームズと練習を重ねていた。
また、バランスボールを使った腹筋と腕立て伏せが練習項目に入っているのだが、俺はただでさえ腹筋や腕立て伏せは苦手だ。
明日数馬に離話したとき、その辺も話してみよう。何か打開策を見つけられるかもしれない。
ホームズがいい加減眠そうにしているので、俺はホームズを抱っこしながら俺のベッドの端に運んだ。
頼むから粗相はしてくれるなよ。トイレはベッドの脇に置いた。トイレに行きたいときは俺を起こせ。
ホームズが爆睡した後、俺はもう少しだけバランスボールに座って上体を左右に捻る動きをしたあと、寝入る前のストレッチを始めた。ホームズはそのまま寝ている。
今日予定していた全運動を熟し、俺はサラッとシャワーを浴びてベッドに潜り込んだ。ホームズは起きる気配もなく、ベッドから落ちる様子もない。
俺はホームズの傍らに身体を引き寄せた。
ホームズそのものが湯たんぽのように温かい。
その晩、俺は気持ちよく眠りに就いた。
朝。目覚ましは6時半。
5時ごろからホームズは五月蝿かった。どうやらご飯が欲しいらしい。
目をこすりながら猫ご飯を探し、猫用のエサ入れに注ぎいれる。ああ、水も清潔なモノにしなくちゃ。
そしてまた布団に入ろうとする俺を、ニャーニャー鳴いて止めたのはホームズだった。
うん、このまま寝たら間違いなく遅刻するだろう。
俺はストレッチで身体を伸ばし、じんわりと身体が熱くなったところでバランスボールに挑戦した。昨日寝る前に行った、座りながら左右に身体を捻るというものだ。
ホームズは俺の方を見ていたが、邪魔しようとはしない。
賢い奴だ。
その代り、バランスボールに座った状態で骨盤を前後、左右にスライドさせる動きの時は俺の肩に乗ったり俺の膝上に乗ったりして、邪魔するというよりは水平に動いているか確認しているようだ。
バランスボールの腹筋運動と腕立て伏せは、今度数馬がこの寮に来た時教わるとするか。
あまり魔法科の連中が住む寮は好きではないようだけど。
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「猫を譲り受けた?」
翌朝の離話、数馬の第一声はそこに拘っているように聞えた。俺の勘違いならいいんだが、強ち勘違いでもなさそうだ。
ただ、怒るというよりは詳細が知りたいといった声色。
「長崎で見かけた猫で魔力がある猫らしいんだ。向こうにいると事故やら何やらで危ないから、知り合いがこっちまで届けてくれたんだよ」
「長崎の白黒猫か、確かホームズとか呼ばれてた」
「ホームズの事知ってんの?数馬、長崎行ったことあんの?」
「僕の父がね、長崎にいたことがあって」
「寮住まいって聞いたけど、数馬のご両親は長崎にいんのか?」
「父は交通事故で亡くなったよ。母は病気で。天涯孤独な身の上さ」
「ごめん、プライベートに立ち入るのは失礼だった」
「いや、いつかわかることだから」
数馬は落ち着き払っているが、両親のことを聞かれるのはあまり好きではないだろう。両親が生きてる俺でさえ、親のことを聞かれると嫌な気分になる。
数馬は誰が猫を連れてきたかは聞かなかった。数馬に取ってそれはさして問題でもなかったか。
ホームズが横浜の、それも紅薔薇の寮にいる、ということの方が数馬の頭の中の大部分を占めているように思われた。
その日の夕方は、俺一人でソフトを使用して『デュークアーチェリー』の練習と相成った。数馬は急用ができたとかで、体育館には姿を現さなかった。
体育館に見回りにきていたサトルと譲司にソフトの使い方を教えてもらった。円陣を出しそこに立つと的が出てくる、単純といえば単純な仕組み。
20分練習し当てた枚数をソフトに入力する。
そして10分休んでまたトライ、午前中だけで3回トライした。
GPFに出場できるのは俺だけのはずなんだが、体育館の中では同様の練習をしている人たちが何組かいて、俺に場所を譲れ譲れとうるさい。
あんたたち、なんで練習してんのさ、『デュークアーチェリー』だよ?
すると世界選手権に出るとか、新人戦に出るとかほざいてる。まだ種目公開されてないじゃない。
要は、俺の邪魔したいだけなんだな。
どっかで見たことあるな。宮城海音の手下か?いや失礼、仲間か?
あまりの抗議に俺は場所を明け渡し、彼らの演武を壁際で眺めることにした。
30分が経過し、また30分、俺に場所を明け渡すことなく、練習に励んでいる。
いやー、申し訳ないけど、たかだか30分30枚程度で万歳してるようじゃ世界では通用しない。宮城海音自身、何らかの形でこの競技への出場を切望しているとしたら尚更の事。
新人戦に出場する選手は予選会で決めるという噂もあるし、俺もうかうかしていられない。紅薔薇だからと贔屓される生活は終わりを告げる。
あの世界から集まった精鋭たちの中で緊張しながらもハイスペックな演武を行うためには、技術とメンタルを十分に磨かなければならない。
こいつらごときのお遊戯会に付き合っている暇はない。
俺の場合、新人戦の前にGPFもある。
これみよがしに俺が抗議しても、こいつらは場所を明け渡す気は更々ないようで、アホらしくなった俺はソフトを回収し寮に帰ることにした。
ソフトを回収すればこいつらも練習できなくなるんだけど、そんなの知ったこっちゃない。
俺は悠々と体育館を出て、今にも雪の降りそうな曇天を見上げながら足早に寮へと向かった。