GPS-GPF編 第9章 イタリア大会~GPF 第7幕
「そろそろ行こうか、数馬」
腹6分目ほどしか食べていない俺だったが、もう食べる気にはなれなかった。
アンフェタミンの入った薬箱が心配で。
誰かが盗んで持っていってしまうのではないか。
廃棄するときに誰かの目につくのではないか。
数馬は目くばせして離話で話しかけてくるんだが、それに対してもまともに答えられない。
すると、トントン、と両肩を叩かれ、数馬は後ろから俺に再度離話で問う。
「海斗!君ははるばるイタリアまで何をしに来た?」
「・・・試合・・・」
「そう、試合だ。君ならできる。目標は50枚、順位は4位から6位」
「できるかな、こんな状態で」
「大丈夫、練習は嘘をつかない。君ならできるさ」
「ほんとに?」
「ああ、これまでの練習の成果を出せばいい、君ならできる」
トレイを返却し、食堂を出ようとしていたところに逍遥と聖人さん、サトルと譲司が4人で歩いてきた。
初めに俺の異変に気付いたのは逍遥だった。
「海斗、どうしたの?どうみてもこれから試合に臨む顔付きじゃないけど」
俺があたふたしたのを見逃す逍遥ではない。
「また何かあったの?」
何も答えられず、俺はそのまま押し黙った。
数馬の部屋でアンフェタミンを見たなんて言えるわけがない。数馬もそこは重々承知のようで、言い訳がましくない程度に逍遥に向けて返事をする。
「今日の結果でGPFへの道が拓けるかどうかだから。目標も高めに設定してあるから少し焦ってるには違いないかな」
逍遥はそれでも食い下がってきた。
「海斗の口から聞かないと。ホントなの?海斗」
折角数馬が言い訳してくれたのに、俺が台無しにすることはできない。
「最後の試合だと思ったら緊張してきて。目標通りに動けるか心配してたんだ」
通常、ここで逍遥は読心術で俺の嘘を見抜き反論してくるのだが、今回ばかりは何も言ってこない。
不思議だなと思いつつ、俺は数馬の言葉を頭の中で繰り返す。
それが真実だと自分自身が思えば問題ない。
顔はたぶん引き攣っていただろうが、緊張しているということですり抜けられるはずだ。
俺は逍遥たち4人に向かって言い放った。
「大丈夫だ、試合までにはメンタル戻してMAXの状態で臨むから」
それまで唇を真一文字に結び腕組みしていた聖人さんが、ようやく腕組みを解いた。
「その意気で試合に臨め。試合中は目の前の的に集中しろ、わかったな」
「ありがとう、聖人さん。逍遥も1位目指して頑張って」
サトルや譲司の激励の言葉を心に受け取り、俺と数馬は4人から離れた。
いつもならもっと俺を心配するのに、どうして逍遥は読心術を使ってこなかったんだろう。
離話で話すと距離が近くて4人に聞えそうだったので、俺は地声のトーンを低くして数馬に尋ねた。
「ねえ、数馬。なんで逍遥たちは読心術を使わなかったのかな」
「簡単さ、僕が偽の感情を君の意識の上に被せたから」
「そんなこと、できんの?」
「当事者の本当の感情に対し、違った意識を刷り込ませてそれを纏うような感じで作用する」
「だから皆気付かなかったのか」
「いや、たぶん聖人さんだけは気付いてたかな。恐ろしいばかりの魔法力を持っているよ、彼は」
「逍遥に話したりしないかな」
「大丈夫だろう。逍遥は1位を取らなくちゃいけないという至上命題がある。それに水を差す様な事実を伝えるとは思えない」
そうか、そうだよね。
亜里沙たちの手前、逍遥は負けるわけにいかない。
そしてGPFでの勝利も、絶対に嘱望されているはずだ。
聖人さんは皆わかっていたとしても、何も話はしないだろう。GPSが終わって日本に帰る頃には何かしら動きがあるかもしれないが。
ホテルのフロントでタクシーの手配を頼んだ際、30分待ちということだった。少しだけ時間があったので俺と数馬は俺の部屋でマッサージとストレッチを行う。2人とも、何も話はしない。
無論、アンフェタミンのことについても。
30分後フロントからの連絡で下に降りて、車寄せに停まっていたタクシーを使い、試合場まで急ぐ俺と数馬。
今日は光里先輩たちと一緒ではなかったので、少し心に余裕ができた。
もちろんアンフェタミンのことは心配しないと言ったら嘘になるけど、今、俺に何かできることはないんだ。ただのひとつも。
俺はGPS最後の試合で、目標に届くよう、ただひたすら演武を行うだけ。
公開練習は何となくだが調子がよく、計49枚を的に当て、俺の中では少しだけ自信がついた。
出場者全員の枚数を見てみないと判断はできないが、ある程度の順位に滑り込むことができるように思う。
試合の順番を決めるくじを引きに行く数馬。
俺は廊下に行くと言って、数馬の背中を見送り身体の筋肉が不自然に縮まないようストレッチで主だった筋肉を伸ばし、廊下にぺたんと座り込んで開脚しながら足親指を掴む。
「そのまま押す?それとも順番見る?」
後ろから聞こえるのは数馬の声だ。
「押すだけ押して。そのあと順番見てもいい?」
「いいよ」
数馬は力を込めて俺の背中を押す。ついでに肩甲骨も押そうかといわれたが、あのマッサージは長く施術して欲しいので、順番を確かめることにした。
今大会は紙ではなく、小さな箱をそれぞれがもらってきて、その中にあるプラスチックボールに順番が書いてあるという仕組みだった。
箱を開けて、ボールに触る数馬。
「お?」
一言だけ言葉を発する。
どうしたんだ、思っても見ない番号だったか。
「見る?」
そんな風に声がかかるとは思わなかったので違和感があったんだ。
たぶん、俺にとって気楽な番号ではないはずだ。
「見せて、数馬」
半ば奪い取るようにボールをもらい、一度胸のとこで「良い番号でありますように」と念じる。そんな、念じたからといってボールの番号が変わるわけではないのだが。
いつまでも念じてるのも変だなと、俺はボールを目の高さまで上げて、書いてある数字を見やった。
33番。
・・・。おいっ。オオトリじゃねえかっ。
こりゃ、緊張する、絶対緊張する。
数馬、わざとこの番号引いたわけじゃあるまいな。
「そうだよね、透視できる人なら番号わかってしまうかも」
おまえーーーー、絶対、知ってて選んだな。
でも、一度選んでしまったからには交換することもできない。
皆の的当て枚数がざっと並んだところで俺は演武しなくちゃいけない。
オオトリだけは1人で演武と決まっているんだ。その他の場合は並行して進められるんだが。
これも運命と割り切って、立ち向かうしかあるまい。
緊張さえしなきゃいいんだよ。
みんな。
他人が当てた枚数が分るということは、一見楽だと思ってないか?それ以上当てれば勝てるでしょう、って。
じゃん、ちょっと違う。
逍遥の『マジックガンショット』のように自由自在に速さを調節できるなら全然問題にはならないが、俺はそこまでの魔法は使えない。
1枚1枚丁寧に当てていくしか道はないのだが、最終演武となると欲が出たりするから必ずと言っていいほど、ミスる。
最終戦で自分の全てをさらけ出せる人なんてそうそういやしないんだよ。
でもまあ、数馬のせいにしても仕方ないし、この番号に合わせ調整をするしかない。
今の俺に出来るのはそれだけだ。
「OK、数馬」
待ってましたとばかりに数馬は事務局に順番登録に向かった。
俺としては、20~25番目あたりが一番力を出せるんだけどなあ・・・と、また愚痴が口をついて独り言に変わる。
いかん、自分が置かれた環境の中でどれだけのパフォーマンスを見せられるかで本当の力が証明されるんだ。
とにかく、当初の目標通り50枚で4~6位を目指そう。
数馬が帰ってくる前に廊下に出て、ストレッチを行う場所を探す。
もう、それは数馬に伝えてあるし、探してくれだろう。
アリーナ内での出場選手は人数が決まっている。出場選手だけで35人。アリーナの廊下はストレッチなど軽めの調整を行う人が多く、実際にソフトを使う人たちは外に出ていた。
俺は、その人たちが皆演武を行うまでストレッチとマッサージで乗り切るしかない。
ちょうど片隅に少し広い場所があったのでキープし、俺は軽くストレッチを始めた。
サポーターまで混ぜたら50人をゆうに超える人間たちが内外で練習したり、話し合いを進めている。
そのうち、周囲がバタバタしてきた。
試合が始まったんだろう。
数馬は廊下に俺を残し、試合の様子を見に廊下からアリーナ試合場に向かう。
俺は俺で、身体を伸ばしながら数馬が肩甲骨のマッサージしてくれないかな、とか考えて自分でも触れる肩甲骨に指を入れようと右腕を背中の方に回す。
しかし、マッサージが出来る体勢とは言い難い。
自分でやれるだろ、って?
今まで何度も書いて来たじゃないか。
俺は昔から身体が固いんだ。
俺が肩甲骨を掴もうと必死になっていると、数馬が速足で試合場から出てきて、俺の仕草を見ながら遠くで笑っている。
数馬。笑う前に手伝ってくれ。
俺は腕が絡まり動けなくなった。い、痛い・・・。腕の張りが、もう限界に来ている。
危なく「うわーん」と泣くところだ。
そこにようやく数馬が笑いながら近寄ってきて、少し俺の腕を伸ばして肩甲骨に触らせると、腕を解いた。
そして肩甲骨のマッサージを行うため、俺はタオルとベンチコートを床に敷いてうつ伏せになった。
知った顔が次々と廊下を離れて試合場に入っていく。俺の脇を通っていく者もいた。
面倒なので双方笑みを受かべるくらいで話はしない。向こうだって試合前の一番緊張している時だし。
30分ほど経っただろうか。
もう一回数馬が試合場内を覗くために床から立ち上がった。
「もう少しだと思うけど」
どちらかといえばストレッチに飽きていた俺は、試合そのものにも、少しばかり飽きが来ていた。
イカン。
一番まずいパターンだ。
こういう飽きやすさが試合に響き順位を落とすことに繋がるんだ。
数馬がアリーナ出入口から猛スピードで走って出てくるのが見えた。
そろそろ出番か。
「海斗、荷物こっちに渡して。今25番」
「わかった。トップ、誰?」
「いわずもがな、アレクセイさ」
試合の度に禁止魔法をかけているのか毎日かけているのか分らないが、身体がボロボロになったら将来魔法が使えなくなるだろうに。
そこまで納得の上で禁止魔法使うのかね。
「向こうの国では大会優勝者に敬意を表して国内中心部に家と車をくれるんだ。スポーツ然り、魔法大会然り」
あ、あはは。
読心術もここまでくると潔いと言うか、なんというか。
俺も早く読心術使いてぇ。
「この大会終わったら教えてあげるから。少し我慢。さ、試合場へ急ごう」
数馬は俺の胸中を意に介さず、荷物を右手に持ち左手で俺の胴衣を引っ張りながらそこらじゅうの人をかき分けて試合場に入っていく。
もう、30番までの演武が終了し、観客席でもだいぶ空席が目立つ。
まあでもある意味観客がいないということは俺の耳に入る外国語が減るということであり、案外オオトリも悪くないかもしれない。
氷の上を舞うフィギュアとかスピードスケートならオオトリは傷ついた氷の上を滑るからなるべく引き当てたくない番号なのだろうが、魔法はそういったマイナス面もない。
色々なスポーツ大会同様、メンタルが試される場でもあるのだろう。
ぼんやりとそんなことを考えて、誰かが演武している的の向こうを見ていたら、後頭部を2発、思い切り叩く人間がいた。
もちろん、数馬だ。
「今日の君はなんだか落ち着きがないねえ」
いででと声に出しながら後頭部を右手でさする。
「そお?バタバタしてるつもりはないけど」
「そういう意味じゃなく。心ここにあらず。落ち着きがない証拠」
なるほど。うん、心はどっかを舞っている感じがしないでもない。
でも、今日が最後の演武だし、やっぱり気合を入れて試合に臨みたいのは確かだ。
「俺、次?」
「そうだね、31番がもう終わる。準備して」
数馬の言葉に従うように何回かジャンプして手足をぶらぶらさせた後、首を大きくゆっくりと左右に動かす。ポキッ。首の骨部分から鈍い音がする。本当はやっちゃいけないと数馬に注意されてるんだけど、これやるとなんだか気持ちいいんだよねー。
最後に右手指一本一本をポキポキ鳴らすと、俺は31番の選手と入れ替わりに円の中へと向かう。
不思議と心臓がドキドキと音を発していない。今までの試合で一番、静かにいられる気がする。
まだこれが最後だという実感がないのだろうか。
それとも、強靭なメンタルを身に着けたのか。
右手人さし指を一旦高く振り上げて少しだけ戻し、足を広げて姿勢を整えた。
「On your mark.」
「Get it – Set」
音声とともに、的が真正面に現れる。
観客の声はほとんど聞こえない。
俺があがっているわけではなく、最後の演者だから観客がいないに違いない。
ドン・ドン・ドン!!
立て続けに的に刺さる矢。
矢が中心に当たるや否や、次の的が出てきて、また俺は間髪入れずに的を射る。
左肩が下がるようなこともなく、総じて右手も疲れを感じないまま、的だけを見て的に当てることだけを本能的に考えていた。
お蔭様で、何枚的に当てたか数えんの忘れたよ。
数馬が数えててくれるだろ、きっと。
俺にとっては、あっという間だった。
演武時間の終了を告げる笛が鳴り響く中、俺は右手を降ろし円の中から退いて初めに電光掲示板を確認する。
51枚。
よしっ、目標クリア!
あとは順位だが、誰が何枚射抜いていたのか、今日の他者の成績を俺は全く見ていなかった。
俺で演武は最後、GPSは終了だから、このあと電光掲示板に今日の順位と射的枚数、GPSの総合順位が表示されるはずだ。
GSPの総合順位が知りたい・・・逸る心を押さえながら、電光掲示板に目を凝らす。
いつも以上に表示に時間がかかっているように感じた。
数馬のところまで退いてもまだ電光掲示板は表示されない。
「何か遅くない?」
「んー、時間かかってるねえ。何かあったかな」
数馬は淡々と語ってはいるが、やはり目は電光掲示板を注視している。
ピカ。
電光掲示板が動いた。
まず、今日の順位。
俺は5位。
あの枚数を射抜いたとしても、俺の前に4人もの人間がいたか。
誰が上位にいるかを確認しようとすると電光掲示板は消えてしまい、「えっ」っと驚きの声を上げてしまった。
時間が押してるのかもしれない。
次はGPSの総合順位のはず。
どうなるか・・・正直、6位までに入ればGPFに出場の機会を得るわけだから、それでいい。
1分くらい経っただろうか。
再び電光掲示板が稼働し一斉に名前が光った。
目を凝らすと、カイトホズミの名があった。
急いで順位を見る。
・・・7位・・・。
1位はロシアのアレクセイ、2位はスペインのホセ、3位はカナダのアルベール、4位はイギリスのアンドリュー、5位はドイツのアーデルベルト、6位はフランスのクロード。
俺は結局7位。GPFへの参加資格をあと一歩のところで逃してしまった。
あーーーーーーーっ、惜しかった。
隣で見ていた数馬。
俺に労いの言葉をかけるでなく、じっと電光掲示板を見つめている。
どうした、数馬。
すると、電光掲示板がチカチカと点滅し始めた。赤で光っていたはずが、色が蒼に変わって点滅している。
なんだなんだ。
故障か?
その時だった。
「よしっ」
数馬が一言つぶやき、ガッツポーズを見せた。
どうしたんだ?数馬。
点滅は俺の感覚では3分以上続いていたのではないかと思う。
数馬は俺の肩を叩いて、今迄俺に見せたことのないような口元や目つきでにやけていた。
「どうしたのさ、数馬」
「電光掲示板を見てればわかるさ」
「故障じゃないの。俺、7位だって。惜しかったよなあ。あと一歩でGPFだったのに」
「海斗。もう少し我慢して見てなって」
我慢って、もう順位発表終わったよ。何を今更未練がましく掲示板見てろってのさ。
すると、急に電光掲示板が暗くなり、30秒ほどしてまた赤く光った。
数馬が俺の後頭部をバンバン叩く。
いで、いでで。
いでーよ、数馬。
「ほら海斗、見てごらんよ」
いや、後頭部揺れててちゃんと見えないんですけど。
数馬がやっと手を離したので、俺はまじまじと電光掲示板に目を遣り、なんか不思議な感覚に捉われた。
さっきと変わってね?
カイトホズミの名前を見つけて、横に目を流し順位を見る。
・・・6位?・・・
なんで?どうして?
「ギリギリ間に合ったか」
数馬がまた、ボソッと独り言をいってる。
いったい、何がどうしたんだ?
「ほら、1位見てみなよ」
言われるままに電光掲示板を凝視する俺。
ん?さっきと何かが違う。
あ、1位がホセになってる。
アレクセイは?どこにいった?
「事務局の検査がギリギリで終わったらしい」
数馬の言葉を借りれば、試合前の検査をすること敵わず、試合後に抜き打ちと言う形で魔法検査をした事務局。
検査では、アレクセイは過去全大会、禁止魔法を自分にかけ体力気力をオーバーパワーにしていたことが判明したという。
アレクセイ自身は何者かに禁止魔法をかけられたと主張したが、結局その主張は認められなかったのだとか。
結局アレクセイは魔法検査にひっかかり、今までの総合1位の順位は剥奪され、今日以降3年間の対外試合禁止を申し渡されることになった。