魔法W杯 全日本編 第1章
俺は八朔海斗。
東北は宮城県の仙台市に住む高校1年生。
4月に仙台市内にある泉沢学院高校に入学したばかりのほやほや高校生だ。
高校生になった俺の、近頃のマイフェイバリットは魔法物のライトノベルを読むこと。
夜遅くまで、いや、明け方まで読んでいると言っても過言ではない。
両親に見つからないように、部屋の電気は消し、小さなライトだけを頼りにして読む。
ゆえに、目はしょぼしょぼ。
朝起きるのが猛烈に辛い。
サラリーマンの父さんと教員の母さんは仕事だ何だ、忙しいといって毎日朝7時には家を出る。
だけど母さんが俺用に弁当を作ってくれるから、昼ごはんには困らない。
両親の帰宅時刻は、帰ってくるのが早い母さんでさえ夜の7時を回っている。父さんは早くても午後11時だ。
母さんは休日でも学校に行く日があるし、父さんは休日ゴルフというわけで、一人っ子の俺は小さな頃からある意味孤独だった。
普段から少し神経質な部分があると自認している俺だが、今、ちょっとした悩みがある。
悩みというか、愚痴というか・・・。
実を言えば、俺は、この頃高校に行きたくない。ってか、行ってない。
5月もゴールデンウィークを過ぎて5月病が蔓延する時期でもあるが、俺は4月の入学早々、ある意味ポカをやらかしたらしい。
何のことはない、入学直後の英語テスト、学年で7番という快挙(?)を達成したらしいのだ。
泉沢学院高校は中・高等部からなるお坊ちゃま高校で、1学年150人のちょいのマンモス校。中学から進学してくる50名ほどの生徒は金持ちが多い。
だが、やつら、プライドだけはピノキオの鼻のようにずんずんと伸びていて、自分たちが高校入学組に負けるはずがないと豪語する始末だ。高校入学組を仲間と呼ぶ素地すら持ち合わせていない。
ホント、呆れることこの上ない。
高校入学組は、元々公立高校の滑り止めとして受験している生徒ばかり。
ということは・・・、泉沢学院よりも偏差値の高い高校を受験し失敗した、という事実がつきつけられている。
極めてナーバスな気持ちになっているということだ。
そこで考えを180度変えることのできるお気楽者は大丈夫、慣れていく。
それが、俺のように神経質な部分があるとなかなか友達の輪に入って行けないし、結果、授業、ひいては高校生活そのものがつまらないものになってしまう負のベクトルに巻き込まれる可能性すらある。
それなのに、やってしまった。
1学年の学年集会で名前を呼ばれ、表彰されるというセレモニーが俺を待ち受けていた。
俺は完全に負のベクトルに巻き込まれてしまったのだ。
中学進学組の悔しそうな視線、無視、嫌味。
遠巻きに俺を見つめ噂し合う光景。
俺はすっかりこの学校が嫌になってしまった。
少しぐらい嫌なことがあっても通うだろう?普通は。好きで入った高校じゃなかったとしても。
それでもね、俺にとって、ここは希望を胸に入学した高校ではなかったんだよ。
俺は高校入試とやらですっ転んでしまい、なんと第3希望の高校に入学したんだよ。
第1希望だったのは仙台嘉桜高校。
やりたい部活があったんだけど、両親に反対された。
入りたかったのはパソコン部。ひたすらパソコンでゲームしたり、パソコンに触れてるだけでも幸せだったのに。
俺のくそ両親は、いわゆる「偏差値」とやらで俺の受験校を決めてしまった。
受験することになったのは、仙台泉沢高校。
おいおい、受験するの、俺なんすけど。
もう、年明けから勉強する気も失せて、成績は下降の一途を辿った。そりゃそうだよ。親に進路全部決められて、「はいはい」って。
俺は幼稚園児じゃない。
仕方なく仙台泉沢高校を受験したんだけど、その頃の俺は、泉沢高校を合格するくらいの脳ミソでは無くなっていた。
もちろん、落ちた。
そして、滑り止めに受験していた高校に入ることになったんだが、ここでも俺の希望は叶わなかった。
俺は泉沢学院の兄弟校、泉沢学院桜ヶ丘高校に入りたかったんだ。
友人がやはり入試でコケて桜ヶ丘に入ったから。
でも、両親は「泉沢学院しか認めない」と俺の気持ちなど考えずに入学する高校を決めた。
泉沢学院じゃ、朝の朝礼と題して校長が喋りまくる。それも毎朝。
くだらない。
生徒はそのとおりで、中学進学組は性格悪いし、高校入学組は燥ぎながらも、皆で傷を舐めあってさえいるように見えた。
でもさ、今は父さんや母さんには、「行ったふり」をして誤魔化してるものの、いつばれるかなんてわからない。
ま、いつまで通用するかわからないけど、高校には行きたくないし朝は眠いし。
俺は今日も、まだベッドの中に居た。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
あれ、スマホが鳴ってる。
まさか母さんじゃあるまいな。
そっと画面を見る俺。
ほっと一息だ。
電話を寄越したのは、幼馴染の山桜亜里沙だった。
こいつとは幼稚園から中学校3年生までずっと一緒のクラスで、何かに付けては俺の面倒を見たがる亜里沙。
推定Fカップの巨乳高校生だ。本人は認めないけど。
こいつとも、高校生になってやっとご縁が無くなった。切れたというわけ。
なのに、今でも面倒を見たがってこうして電話を寄越すわけだ。
出るまで鳴らしやがるからうるさい。
どれ。出るとするか。
「なんだよ、亜里沙。俺、眠いんだけど」
「何よ、海斗。また学校さぼる気?」
「眠いんだモン」
「そういう問題じゃない」
「どういう問題だよ」
「あんた、高校入ってから何日休んだ?ううん、何日出た?」
今はゴールデンウィークが終わったばかりのはずだから・・・。
「2週間は行ったぜ」
「2週間しか、でしょ」
「行きたくないものは仕方ねえんだよ」
「もう。仕方ないのはこっちだよ。中学まではなんとか出てきてたのに」
ん?
なんとか出てきてた??
「俺、休んでたっけ、中学の時」
「朝に海斗のお母さんから電話もらって、“行きたくないって駄々こねてるから一緒に登校してくれる?”って」
「そんなことあったっけ」
「“お腹痛いって言ってるから、様子見て先生に報告してくれるかしら”って」
「記憶にない」
亜里沙は吠えている。一体、お前は誰に向かって吠えているんだ。
「高校になったらどうすんのか心配だったのよ。あんたんとこの親、“共学校には入れない”、って豪語してたしさ」
「それは記憶に新しいな」
「せめて桜ヶ丘に来てくれたら、あたしか明が迎えに行ってあげられるのに」
明とは、やはり幼馴染の長谷部明。
亜里沙も明も高校入試でずっこけて泉沢学院桜ヶ丘高校に入学していた。俺の周りでは、学院より桜ヶ丘に入ったやつらが多かったんだ。
俺も、桜ヶ丘行きたかった・・・。
なんて、亜里沙に愚痴っても仕方がない。
「今日だけは休む。明日から行くから」
そういうと、俺は一方的に電話を切った。
休むとなると、やることがない。高校に入学したらデスクトップパソコンを買ってもらう約束だったのに、未だその約束は果たされないまま。
俺は少ない小遣いの中からやりくりしてライトノベルを買っていた。
昨日買ってきた本、まだ読んでなかったな。
今日はこれで一日を過ごすとするか。
『異世界にて、我、最強を目指す』
ぱらぱらとページをめくる。
どうやら、学園魔法物らしい。
そんなら他のライトノベルと変わりないか、と思いながら1ページ目を開いた。
「ようこそ、紅薔薇高校へ!」
そのサブタイトルを見ただけで、なんかまた眠くなってきた。
二度寝という美味しそうな人参、いや違った、めくるめく誘惑が。
おしなべていうところの「リアクション」というやつだ。
俺は、ベッドに寝っころがったまま、ページをめくっていく。
学園魔法物で、生徒たちが魔法を使いながら一致団結する物語。
一致団結。
この言葉を聞くと吐き気がする。
俺はこの「エセ友情」とやらが大嫌いだ。
高校生の友情なんて、大人になったら結局消えてしまう。
俺の親が良い例だ。
大学の同窓会や中学の同窓会には顔出す時もあるみたいだけど、高校の同窓会と言って飲んできたことは、俺がいる限り一度もない。
高校生活で、一体何を学ぶと言うのだ?
大学に入る内申をもらうだけなんじゃないのか?
そうこう思っているうちに、俺は本を片手に寝落ちしていた・・・。