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サリヌさんを追え!

 突然の1人がたりはとんでもなく恥ずかしいと思うのだけれど、俺の話を聞いてくれ。


 俺はギュウトン・カリング。とあるちっぽけな人間の国の、とある田舎町で鍛冶屋をやっている者だ。


 俺はこの世界が嫌いである。人類種や魔神種、異業種などといった種族の違いや、自然の摂理とかスキルなどのシステムだとか、そういった生きる者にまとわりつく世界のシステム全部が嫌いなのだ。


 俺の愛する人は世界のシステムに殺され、俺は愛する人がいる者を世界のシステムに乗っ取り殺したことがある。思い出したくもない苦い過去だ。


 あの日から俺は、ただひたすらに彼女を殺したあの魔人を、あの魔人を生んだ世界のシステムを恨んでいる。矮小で愚かだとそう思えてならない。俺は結局、まだあの過去から卒業できていないのだ。


 俺は平和と安寧を心の奥底から欲している。目的の時が来るその時まで、あの魔人の情報を掴むその日まで、世間様に必要以上に話題されることなんて願わない。だからこそ街中で必要以上に凶暴さをアピールしているというモノで。そんな街中でも邪険に扱われる俺に、積極的に自ら近づきたいと思う奴なんていない。と、そう思っていたのだが。


 先日子供が2人家にやってきた。奴らは勝手に俺の家に上がりこむと「私の友達に根付いたあなたの誤解が解けるまでは帰らない」なんて片方の子供が言い出し、それを静止したもう片方の子供も「またお願いします」なんて言ってきた。その日は思わず勢いで「また来い」なんて言ってしまったけれど、あの時の俺はどうかしてたな。


 そして今日。大袈裟にされたノック音に玄関を開けると、そこには先日女の子の方を静止した男の子が来ていたのだった。開口一番その言葉を聞いて、俺は一つ思った。


「どうも、お久です。セオです。師匠、俺を弟子にしてください」


 なぜこうなった。


♦︎♦︎♦︎


 ギュウトンに弟子入りしようと決めたのは、夜中、サリヌの宿のキッチンを借りて一人こっそりケーキを作っていた時だ。お客さんは今日誰も泊ってないので、サリヌさんにだけ迷惑をかけなければいい。


 実は俺はケーキの作り方を以前テレビで見ていた。転移前は作ろうとも思わなかったのだけれど、ギュウトンのババロアを食べてしまっては自分も何かお菓子を作りたいと思うのが常。早速やってみた。


「あれ? 甘すぎたかな。う、今度はしょっぱい。なんで今度はタバスコの味が!」


 まあ、うろ覚えでしっかりいいものが作れるはずもなく。そこでふと思いついたのだ。


「ギュウトンに弟子入りしよう」


「……とまあ、こんな経緯です」

「いろいろ言いたいことはあるけど、とりあえず何よりも帰ってくれ。俺は弟子をとらん主義なのだ」


 すげなく断られた。そんな殺生な。


「そこを何とかお願いできませんかね。あなたの腕はそこらのパティシエよりも圧倒的に上なのですよ。そんな人に教われば俺もきっと凄腕職人になれるはずなのです」

「……一応動機を聞いておこうか」

「モテたいからです」

「帰れ」

「女の子にキャーキャー言われたいんです」

「動機が思いっきり不純じゃねーか。絶対お断りだ」

「『え、セオくんの作るお菓子美味しい! セオくん超かっこいい大好き』とか言われたい」

「くっそ、不純を隠そうともしない。なんてくそみたいに汚れたハートなんだ」


 ギュウトンは呆れてものも言えないようだ。心底気持ち悪いものを見る目でこちらを見てくる。とっても心外で俺困っちゃう。


「とにかく帰ってくれ。今日も今日とて俺は忙しいんだ」

「そんな。お手伝いします。手足のように働きますから~」

「ええい、鬱陶しい。抱きついてくるな。虫唾が走って蕁麻疹が出てくる」


 はたから見れば気持ちの悪いカップルの喧嘩のような俺達。そこへたまたまサリヌさんが通りかかった。


「「あ、サリヌさんだ」」


 シンクロした、ギュウトンと。あれ、ギュウトンもサリヌさんのことを知ってるのか?


「以前助けてもらったことがあるからな。あの人には借りがあるってだけだよ」


 とっさに言い訳してるように思えた。ほほう、なるほど。


「じつは俺、今あのひとの家に住み込みで働いてるんだよ」

「なっ!」


 ギュウトンが明らかに動揺する。これは間違いなさそうだ。にんまり笑って耳元に顔を寄せギュウトンに囁きかける。


「一緒にご飯を食べて」

「ふぇっ!?」

「一緒のお風呂に入って(場所的な意味で)」

「ひゃっ!?」

「一緒にねグェ」


 首根っこをつかまれて宙ぶらりんになった。この間のエレナはこんな気分だったのだろう。ギュウトンの顔は耳の先まで真っ赤に染まっている。お前はガタイの良いピュアっピュア純情乙女か。


「お前というやつは、お前というやつは!」

「弟子にしてくれるならサリヌさんのこと色々してあげますよ」


 その言葉を聞いた途端にギュウトンの動きが止まった。そして何か迷ったように目を泳がせると、ゴクリとのど仏を上下させていう。


「そ、そんな手に引っ掛かる馬鹿なんて」

「サリヌさんの休憩写真集(一冊¥3000円)」

「……」

「……」

「お前は、今日からおれの弟子一号に任命する」

「ありがとうございます師匠!」


 ギュウトンは俺の手にあるそれをしっかりと受け取った。


♢♢♢


「それはそうと、サリヌさんあんなおめかししてどこへ出かけるんでしょうね」

「さあな、興味ないな。ま、推理してみるならそうだな……。肩から下げてる鞄は特に大した量が入りそうじゃない。小物入れだ。遠出ではないだろう。かといってあの余所行きの服装は買い物などのラフな日課ではないことは明白。ママ友、なんて繋がりはないだろうし、町内会なら当分行われない。よって、なんらかの女子力が要される場所へ向かうんだろうな。全然興味ないけど」


 関心がないと口にするギュウトンだったが、その推理が本気すぎて気持ち悪い。こいつやっぱりヤバい奴なのではないか。


[スキル獲得:『推理』レベル3]


 おっ、そこそこ高レベルのスキルを手に入れたぞ。『推理』とあるからから今のギュウトンの変態的推理力の賜なんだろう。合掌しありがたがる俺に、ツンとした態度でギュウトンは続ける。


「勿論当然興味はない。興味はないが、特に気になりもしないが……。よし、決めた!」

「何を?」


 呆けた顔で訪ねる俺に、愉快で素晴らしいことを見つけたようなギュウトンが笑いかけた。一体その腹の中では何を企んでいるのか、気持ちの悪い表情からは一切が伺えない。


「弟子一号よ、早速修行を言い渡す。大変酷なミッションなのだが、お前にはサリヌさんがどこへ行くのか探って貰うぞ!」

「はあ、そのくらいならお安い御用ですけど」


 初恋に心躍らせる中学生と同じ顔のギュウトンが、俺の実に呆気ない了承に目の玉を飛び出して驚いた。


「尾行ならある程度の自信はありますし。目的地を特定してあわよくば師匠も参加できるよう上手い具合に手配するだけでしょ」

「そんな、上手い具合に手配だなんて。…………照れちゃうじゃないか」

「何考えてんだアンタ」


 得体の知れない筋肉め。とは言ってもサリヌさんもプライベートタイムを満喫中なのだから、ほどほどにして適当にあしらう事にしよう。


「それじゃ、早速行ってきますね」


 前方をいく見慣れてしまった後ろ姿を追いかけようとすると、背後でギュウトンが鋭く叫んだ。


「待てセオオオ! お、俺も行くぅ!」

「………………………………。」


 今頃改めて聞くのもアレなのだけれど、本当に正気かこの人。


「変なことし出したり、サリヌさんにご迷惑をおかけしたりはしませんよね?」

「しないしない! ぜぇったいしない!」


 強く否定されると、寧ろやってしまうように思えてくるのは人間の性。これではまだ信頼してやることができない。


 半眼でジロリと見ていると、疑っているのがバレてギュウトンはさらに声を荒げ始める。


「俺も師匠として弟子の如何を観察しないとな。なあに、今日だけ特別さ」

「その今日だけ特別が一番心配で一番心配だよ」


 自信満々で腰に手を置き胸を反らせるギュウトンを見て、俺も止む無くギュウトンを受け入れる事にした。


「くれぐれも尾行中は俺の指示に従って下さいよ」


 首の筋肉を切れるまでつかって、激しく上下に首を交互させているのか。強い肯定を懸命に表すギュウトンをみて、付いてくるだけなら無害だろうと考えていた。


「そんじゃ行きましょうか」

「それは師匠のセリフ!」


 サリヌさん追跡大作戦、始動!

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