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良い人……?

 前回のあらすじ。斧で首チョンパされかけてます。


♦︎♦︎♦︎


 人間が人間を嫌うことは多々ある。いじめられっ子がいじめっ子を憎み、凡人が天才を妬み、弱者が強者を嫉み、愚者が賢者を嘲る。世界広しと言えどこの定理が介在しないコミュニティなどない。が、しかしである。ここにいるギュウトン・カリングのように、世界そのものを嫌う人間は存在し得ないのであった。


「もう一度言う、今すぐ俺の前から立ち去れ、二度と現れるな。聞かない場合は切るぞ」


 両手を胸元に挙げて、降参の意を示すものの筋肉男の方は譲る気がないようだった。絶体絶命である。仕事が明日あるのに!


 背後ではラビンが、だから言ったじゃんと哀惜の視線を向けて、静かに合掌し瞑目する。いや、まだ死んでねーから。だから言ったと言われたって、まさか仮定情報が寸分の狂いなく、むしろ余計に凶暴になって確定情報になるだなんて思わないだろ。アニメなら次回予告である程度予測し得るのに!


「いや、待てよそんな訳ないだろ。見た目凶暴な奴が事実凶暴だなんて展開滅多にねーじゃん。こりゃあれだよ、実際はこの刃もプラスチックかなにか……」


 ズバん! なんて音と共に男の横に転がっていた瓢箪が真っ二つに割れた。


「本物だ」

「…………ですよねー」


 死にたくはないから小太刀を研いでもらうのは諦めて一歩、二歩とゆっくり後退。背中を見せないように、そろーり、そろーりといく。


「10秒前、9、8、7」

「カウントダウンはないでしょう!」


 突然すぎますぜ兄貴! クルリと背中を向けて全力ダッシュ。転びながらも命からがらラビンの元へ帰還した。


「おー、おにーさん無事で何よりさ。まさか『人間狩り』に目をつけられて生きて帰ってくるなんて。面白いからお得意様に認定してあげる」

「あ、そう。生きた心地がしないよ。はあー、今少なくとも五回は死んでたな」


[スキル獲得:『恐怖』レベル1

 称号獲得:『不死の玉子』]


 不名誉な称号ありがとうございます。王子じゃなくて玉子だと言うのが肝だ。


 振り返るとギュウトンは疲れたのか再び首をうなだれて小さく蹲った。屈強な男の体育座りだが、この時のギュウトンの姿はやけに小さく、弱々しく思えてならなかった。


 その後、ラビンとはサリヌの宿の前で別れて(その時に千円しっかり渡した。最後まで値上げを試みた彼は勇者である)サリヌと夕食を食べたら早々に部屋に引き上げた。


 布団の中で今日の出来事を反芻する。寝かせてくれない闇夜の中で、俺は1つの決心をしたのであった。


♦︎♦︎♦︎


 あれから4日経った。この4日間は日中ずっと働きづめだったのだが、異世界喫茶アルバイトの手応えは恐ろしいほどなかった。簡単に振り返ってみる。


 1日目、担当したのは厨房業務。サリヌさん曰く、ここに大層な料理はないから簡単だと言われたのだが。


「ちょっ、今日何枚目? 何枚割れば気がすむの。って、言ってるそばから!」


 謎のプレッシャーにより手が震え、お皿を割りすぎてクビに。


 2日目、担当は接客。注文をとって料理を運ぶだけだから、不器用でもできるはずとのこと。結果、


「あの、すいません」

「はい、なんでしょうか」

「えっと……、ひっ! え、エスプレッソ2つください」

「エスプレッソですね。かしこまりました」


「どーぞ、エスプレッソです」

「わっ、あ、ありがとうございます……」

「?」


 対応したお客様が、漏れなく怖がってたのでクビ。なんでだろう、顔が良すぎるから劣等感に襲われてしまったのか。イケメンなのも悩みのタネだな。


「いや、目つきが悪いだけでしょ」


 幻聴が聞こえたけど気にしない。


 3日目、担当はレジ打ち。ここにはレジスターなんて洒落たアイテムはない。その代わり魔石なる石のエネルギーを利用したマジスターという機械がある。操作はレジスターと同じで簡単だと思ったが。


「代金の方2万円となります」

「ええっ、2万ですか? 高すぎやしません?」

「はあ、でもレジでは確かに……」

「わかりました。2万ですね。払いますよ」

「物分かり良くて助かります。2万お預かり痛っ!」

「すいません、なにぶんまだ新人なものでして。改めましてお代金の方2百円となります」


 そういえば俺は機械音痴だった。こんな失敗を数回繰り返してクビ。結果、俺の仕事は買い出しと掃除のみとなった。そう言えば元の世界のアルバイトでも同じだったな。


 話を現在に戻す。久々の休日という事で俺は街へ繰り出していた。特に目的もないままプラプラ歩き続けてる。あの夜密かに決意した思いは、実行の機会を得ないまま今日になった。なにも積極的にすべき事案ではない。あの無愛想斧野郎に会うだなんて計画は。


「こんにちは、お久しぶりですね!」


 不意に朗らかな挨拶をされた。ここ数日で街の人とそこそこ仲良くなった自信はある。とは言え、ここまで親しげに話しかけてくる奴を俺は一人しかまだ知らない。振り返ると、案の定彼女がそこにいた。


「おや、これはエレナ嬢じゃないですか。お久しぶりです」

「やだな、やめて下さいよその呼び方。もっとフランクで構いません」


 ほんのり赤く染まった頬に手を当てて、少女エレナは体をくねらせた。


「本日はどうなされたんですか? またおつかい?」

「今日は休みなんだよ。家に篭ってるのもなんだし気分転換に散歩でもと思ってね。エレナは?」

「私もだいたい同じです。街の風景を見るのが好きなんですよ」


 ほほう、同じだと。これはデートに誘う口実が出来たのか? 誘わないことがあろうか。いや、誘うべきだ。


「こほん。ところでエレナさん。本日この後ご予定はおあり「お断りします」まだ何もきいていないのだけれど」


 即座に断言され、しょんぼり肩を落とす。女の子に無条件で否定って男としてこれ以上の事はない。俺はエレナに背を向けて、女には見せられない涙を流した。


「…………全然隠れてないのですけど。はあ、仕方ありませんね。一日中とはいきませんが少しだけ遊びましょうか」

「え、マジで? やった、ヤッホイ! 俺は嬉しさのあまり、その場で飛び跳ねてしまった。こんなに喜んでるだなんて知られたら恥ずかしすぎる。聞かれないように、モノローグで密かに心内を語る」

「いや、声に出てますから」


 まったく、と首を振って呆れながらも俺のペースに合わせてくれるエレナ。その慈愛に満ちている表情に改めて惚れ直した。惚れの上塗りだ。


「2人になった事ですし、どこかへ行きませんか。私が知ってる場所なら案内できますけど、どこか行きたい場所はおありで?」


 指と指を口元で合わせる。乙女チックな仕草がまた可愛らしい。女子ならばこれをもって“あざとい”と言うのだろうが、俺はそれでも構わない。あざとかろうが可愛いは正義だと思ってる。


 行きたい場所が幸い俺にはあった。それは無愛想人斬り斧野郎のいる場所だ。しかし、彼女がそこを知っているとは思えず、知っていてもあの無愛想人斬り斧野郎に彼女を近づけたくないなーと考え、それを頭の隅に一度追いやる。けれど場所さえ知って入れば後々楽だなと思い直し、極めて迂遠な言い方でやんわりと尋ねてみた。


「ああ、ギュウトンさんですよね。とっても良い方ですよねあの人。あの人の家ですか? 知ってますよ勿論」


 驚いた。エレナが家を意外にも知っていた事にではない。彼女の中での無愛想人斬り斧野郎の評価がそこそこ高かった事にだ。


「あの人ってさ、有名な人斬りなんだよね。それを指して良い人って、俺にはちょっと理解できないのだけど説明してもらえる?」

「いや、説明もなにもあの人を良い方と言わない方が難しいですよ」


 俺は真剣だったのだが、軽く笑って一蹴された。その目を見つめるけど、それはとても澄んでいて嘘をついているようには思えない。


「それに、君——セオ君は、ギュウトンさんが人を斬っているのをその目で見たことがあるのですか? 風の噂なんて不確定情報を鵜呑みにするのは早計で、愚考の極みというものですよ」


 ついでに注意もされた。不確定情報を鵜呑みにするのはダメだという事には大いに賛成で、それにおいては反省せざるを得ないとも思うけど、俺は実際あの男に殺されかけている。男=人斬りの公式は正常なものと判断したいのだが。


「その顔は信じてませんね。なら論より証拠、百聞は一見にしかずです。早速尋ねてみましょう。実際に会えばわかってもらえるはずですから」


 自信満々にそう言い切って、半ば強引に腕を引かれた。俺は一抹の不安が隠せなかったが、元より行くのは決めていた事と腹をくくる。いざとなったらエレナを守って死のうと決意して向かう先を見つめた。


「あの、引っ張るのキツイからなるべく自分でも走ってください」

「あ、さーせん」


 軽く頭を下げて、俺は苦笑するエレナの隣に並んだ。


♦︎♦︎♦︎


 木に拳を打つ軽快なノック音が鳴る。が、中からは反応する気配がない。3歩引いて外観を改める。1階のみの木造建築は、下手すると小屋とも形容できる程に小さく、とてもあの大男が住んでいるとは思えなかった。


「ここって、本当にあのギュウトンとか言うのが住んでるのか?」

「もちろんです。私は何度もお伺いしましたし。今日もいらっしゃるはずなんですが……」


 語尾に引っ付いた「いるはず」発言に違和感を顕にした。エレナはしかし慌てない。


「あの人外出してる時は、決まって【keep out】のプレートを玄関ノブに引っ掛けて行くんですよ」

「なるほど、存外律儀なんだな。それだけで良い人判定はできないけれど」

「案外セオ君も頑固なんですね」

「ノンノン、頑固なんて柄じゃねえよ俺は。ただ経験則に照らし合わせてるだけさ」


 半眼で見つめられる。いくら可愛くてもここの判断を覆す気はない。フイ、とそっぽを向いた。


「もう一度ノックしてみますね。それでダメなら今日は帰りましょう」


 それ今日何回目なんだろう。これ、仮にいたとしても明らかに警戒されているのがわからないのか。否、そんなはずはない。俺よりエレナのがよっぽど頑固だろ。


 その後のしつこいトライでようやく反応がうかがえた。ドタドタと忙しない足音が徐々に近づいてきて、ゆっくりと扉が開かれる。そこにいたのは——


「誰だ朝っぱらから! ドカドカドカドカうるせえぞこの野郎!」


 青筋立てて怒るギュウトンだった。それを受け流してラフに手をあげるエレナ。その姿を眼前に認め、怒りで真紅に染まった顔がなんとも言えない表情に変わる。


「こんにちはギュウトンさん。お久しぶりですね」


 うわあ、とっても親しげな挨拶。これ相当な仲良しがしてるやつやん。羨ましい否恨めしい。女子とこんな話し方ができる奴なんて俺の敵だ!


「…………誰お前」


 エレナはギュウトンに顔を覚えてもらえてなかった。エレナの事を忘れるなんて不実な野郎め。間違いなく俺の敵だ。


「嫌ですねもう。私ですよ、私」

「いや、だからお前誰だよ。一度会ったこと、あったっけ?」

「あります。大いにありますよ。まったく失礼しちゃいます。女の子にその対応はないじゃないですか」


 プリプリと怒られて「すまん、そうだな」なんて一見絶対言わないこと口走ってる。さすがエレナ、可愛い過ぎて俺天に昇っちゃう。


「……で?」

「……で、と申しますと?」

「いや、お前の名前なんだっけかなーって思って」

「まっ、失礼しちゃいます。まだ思い出していただけないんですか!?」


 間の抜けたギュウトンに今度はエレナが怒り出す。さっきから俺空気みたいだけど気にしないでおこう。


「エレナです。私の名前はエレナ。一発で覚えていただけません?」


 エレナはない胸を精一杯突き出して高らかに言いつける。毅然としたその態度は、しかしとても貴族令嬢には見えない。頑張っても令嬢ごっこのお嬢ちゃんである。それもまた可愛いからオッケーだけど。


「男の人と言うのはこう、忘れっぽくて困ります。そんなんじゃ今後上手く生きていけませんよ」

「はあ、すみません」


 あの無愛想でいきなり斧をちらつかせるギュウトンが平謝りしてる。もしかしなくてもレアな光景だった。


「そんな事よりエレナ嬢、本当に何の用なのかな?」

「あ、そうそうそうでした。この方があなたの事を無愛想変態ロリコン人斬りクレイジー間抜け男だと言うものですから」


 そこまでは言ってません。どこでそんなお行儀の悪い言葉を覚えたんでしょう。はしたない!


 ギュウトンがジロリと俺を見つめ、否睨んできた。眼光には苛つきが抑えられていない。怖かったから視線を逸らしたのだが、ますます視線が強まった気がする。


「とりあえず上がらせて貰いますね」

「あ、ちょっと待て! か、片付いてないんだ。だから3分だけ待ってくれ」


 言い終わるのが早いか、すぐさま家の中に飛び込むギュウトン。どったんばったんガシャンゴション。3分きっかりかけて、ゆっくりと扉が開かれた。


「どうぞ」


 通されたのはリビング兼キッチン兼プライベートルーム兼客間だった。要するにここは1kの家だった。およそ12畳の生活スペースは、苦労の甲斐もあってかさっぱりと片付いていて、とても男が一人暮らししているようには見えない。窓の縁をツツと指でなぞった。埃は、ない。


「大したもんはねーけど、とりあえずこれでも食って帰れ。俺は忙しいんだ」


 年季が入ってるちゃぶ台に丁寧に置かれたそれは粗茶とババロア。ティーカップは汚れもなく、受け皿まで用意されてるし、ババロア用のナプキンまで揃っている。……女子か。


 ババロアは見てくれも悪くない。繊細で丁寧な仕事がなされている。けれどこういうのは味が大切だ。俺は恐る恐るフォークを入れ、そのまま口に運んだ。


「!」


 上手い、なんてこった上手いぞこれ。蕩けるような甘さとベリーの僅かな酸味が絶妙にマッチング。男でも甘だるくならないようにその配分はベストに調節。プロのパティシエが作ったと言われても、全く疑わないレベルの仕上がりだ。これは料理ではない。まさに芸術、その域に達している。


「んー、美味しいです。やっぱりギュウトンさんの作るお菓子は格別に美味しいですね」


 語るエレナもうっとりと天井を見上げた。お菓子作りか…………。


「さ、食ったな。もう帰れ、俺はやるべき事が山積みなんだよ。食器はそのまま置いておけ。片付けはやるから」


 子供に言いつけるみたいなギュウトン。しかしそんなの御構い無しにエレナはガチャガチャと室内を荒らしまくる。新手の山賊か。


「おい、いい加減に」

「まだです。だって、まだ私の友達に根付いたあなたの誤解がとれてないんですから」

「友達って……」


 俺のことだ。


「誤解が解けるまで、今日はとことん遊んで貰います」

「エレナ嬢、お前なー」


 ギュウトンは俺に気づいていないようだ。エレナも斧事件があった事をまだ知らない。2人の顔を交互に見て、小さく息を吐く。


 そもそも、突然知り合いと知り合いの知り合いが押しかけてきて、自分の時間を割いて家にあげた挙句お菓子まで出してもてなすなんて、俺に出来るだろうか。普通の人に、出来るだろうか。さらに自分のことを明らかに思いやってる少女の意を汲み、自分の時間を浪費するなんて、悪い人間に出来るのか。


 出来ないのだ、絶対に。


「ぐぇ。な、何するんですかセオくん」

「もういいよ、十分わかった。迷惑にならんようさっさと帰るぞ」


 俺はおもむろに立ち上がるとエレナの首根っこを掴んでギュウトンになおった。


「今日はババロアご馳走様でした。自己紹介がまだでしたよね。俺はセオと言います。これから、よろしくお願いしますね」

「おう、セオくんな。覚えとくから帰った帰った」

「はい、では失礼します」


 膨れたエレナと家を出て思い出す。そういえば俺は決意してたじゃないかと。『あの気難し屋なギュウトン』と仲良くなるって。


 流し目でエレナの横顔を捉えた。この子のお陰で存外簡単に事が運んだではないか。


「ふふ、簡単だったな。本当に」


 次は1人で来てみよう。もっと仲良くなりたい。友達と呼べるくらいには。彼があの時にとった対応の意味も教えてほしいな。手始めにお菓子作りでも習おうか。


「セオくん、大丈夫ですか? 上の空でしたけど」

「ん、大丈夫。次はもっと気楽に行けそうだったからさ」


 家路に着こうとして、背中に一声。


「2人とも! あの、今日はあんまりよく出来なかったけれど、次はそこそこの応対はしてやるから、また来いよ」


 その一声に俺もエレナも顔を見合わせて笑った。


「是非とも!」

「また遊びましょう!」


 ギュウトンの顔はよく見えなかったけれど、笑っていたように思えた。

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