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買い物ミッション

 サリヌさんの宿に正式に置いてもらえるようになって次の日。つまり、異世界3日目の朝。


「はいよ1万円」


 サリヌさんにポンと銀貨を1枚渡された。円と聞こえたのは単に【翻訳スキル】のおかげだろう。いきなりそんな大金を渡すなんて、なんの企みが?


「バカな事言ってんじゃないよ。ほら、アンタこれからウチの離れに住まうんだから家具とか必要だろ? それで今日買い揃えて来な。バイトは明日からでいいからさ」

「…………」

「なんだいその目は。生憎だけどそれ以上はやらないしやれないよ。ウチもカツカツなんでね。ほら、行った行った」


 シッシと追い払われる。けど、俺は決して額に文句があった訳じゃない。むしろもらい過ぎたと思ったから見つめてたのだ。サリヌさんマジ神。


 サリヌの宿では喫茶勤務を任された。正確にはサリヌさんの補佐役を仰せつかった。俺一人に任せるのは心配だから、だそうで。今日から勤務だ、と張り切っていた矢先の指示に、なんとまあ思わず拍子抜けしてしまった。


 店舗兼母屋から少し歩いて離れに入る。平屋であるここは玄関からずーっと廊下が突き当たりの壁まで伸びていて、左右に3つずつ部屋を設けてある。俺は右側の手前から2番目。1番手前にはもう一人入るらしい。


 オンボロなノブを回して中を改めて一望した。初日を迎えた部屋とは打って変わり、とても見窄らしくさっぱりとした部屋。布団一式とちゃぶ台以外は何もない部屋である。


 物を買うと言うのなら、勿論まず自分の持ち物を整理すべきだろう。そこから買うべきものをリストアップする。定石中の定石。


 1つずつ取り出そう。まず、ずっと持ってたらしい小太刀。中の刃は欠けていて研がなければいけない。次に指令書。神と名乗る奴からの指示が書かれた紙。これは全然いらないので捨てる。丸めて隅へ。後は、今着てるのはサリヌさんから借りた服なので、初めに着ていた服。これだけ、と。


「ミニマリストか。色々買わないとなー」


 ちゃぶ台に備えられてるペンを持って、さっき丸めた指令書の裏に、あーでもないこーでもない唸りながら、必要なものをリストアップした。


・服二式

・靴

・鞄

・財布

・ノート

・筆記用具


 こんな感じか。案外少なくて済みそうだ。指令書を小さく折り畳みポケットへ。サンダルを履いて俺は市街へ繰り出した。


♦︎♦︎♦︎


 指令書に書いた順で回るならまず服屋さんに行きたい。自由に行けたら良いのだけど地理に詳しくないから店を探すだけで一苦労だ。大変な1日になりそう。これから始まるであろう苦労を思いため息を吐いた。


「お兄さん、憂鬱そうだね。悪い相が顔に出てるよ」


 頭上から声が降って来た。道の横に生えてる大木を見上げると、枝に子供が乗っている。


「君は誰?」

「それはこっちのセリフさ。お兄さん見かけない顔だから他所者だろ。この町に一体何の用、なのっ」


 勢いよく飛んで地面に着地する。子供の右手には林檎が握られているではないか。こういうの見ると子供は身軽だと感じてしまう。


 小麦色に焼けた肌に後ろで束ねられた髪の毛は黒。ちっさい顔には似合わないギラリと鋭い目つきを光らせてる。何となく男の子っぽい。ペッパー君と大差ない背丈の彼は、ノースリーブの服をゆらゆら揺らして、値踏みするように俺を観察してる。


「お兄さん、1万円」

「持ってないよ! 断じて!」

「まだ何も言ってないよ……」


 しまった口を滑らせた。この子の身のこなし、目つき、間違いなく追い剥ぎだ。1万円だけはなんとしても死守せねば。


「やるならこい。簡単にやられはしない!」

「やる気もないし。警戒しすぎだって、もう」


 少年は呆れてしまった。照れ隠しで笑ってポリポリ頭の裏をかく。お恥ずかしいところを。


「僕の名前はラビン。お兄さん新顔だから、僕が町を案内してあげるよ」

「丁重にお断りします」


 即座に拒否した。この手のパターンのは昨日ので十分。天ドンも要らないくらいにウンザリしてる。


「なんでさ。僕がいた方が絶対いいよ。穴場スポットにも精通してるし、人気店だって教えられる。流行にもビンカンだから」

「そんな頭フワッフワなティーエイジャーがホイホイ釣れそうなキャッチコピーの野郎は信頼しないって決めてるんだよ。何が流行だ、そんなもん企業の経営戦略にマンマと引っかかると言うのだよ」

「お兄さん、ドンだけ悲観的なんだよ。ほら、僕ならお兄さんの色んな要望に応えられると思うよ」


 色々な要望に、ねえ……。


「なら、考えてやってもいいかな」

「ホント!?」

「ただし、千円以内だ」


 金額の上限を先回りして提示した。どうせお金目当てなのだろう。あんまり高い金をふっかけられても厄介なので、こちらで牽制。千円で引き受けたがる奴なんて早々いないから、人よけの良い口実となる。


「うぬ、千円……。いいよ、それで手を打ちましょうよお兄さん!」

「お、聞き分けがいいな。そういうのは嫌いじゃないぞ。契約成立って事で、よろしくな」


 意外にもラビンはすんなり条件を受け入れた。何を企んでるこのガキは。スリのスポットにでも連れて行かれるのか? 気をつけなければ。あー、読心スキル欲しいなー。


[スキル獲得:『疑心暗鬼』レベル1]


 おっと、ちょっと悪意がありそうなスキルを手に入れたよ。何で使うのだろうか。


「それじゃあ早速行こうか! どこから案内すれば良い?」

「あ、とりあえず服屋からお願い」


 意気揚々と走り出したラビンの後をえっちらほっちら追いかけた。


♦︎♦︎♦︎


 この世界の、この町の経済は貨幣経済である。鉄貨銅貨銀貨金貨と物品を交換するシステムは日本と同じである。違う点はギルドと呼ばれる商業組合がある事だ。


 この町には色んなギルドがある。パン屋ギルド、八百屋ギルド、家具ギルドに音楽ギルド。多種多様なギルドが人々の生活を支えている。殆どの店はギルドの管轄にあり、売り上げの3割をギルドに納める決まりの為、大体同じ場所に似たような店が並ぶものだ。だからそう言った点では買い物客に優しいシステムだと思う。


 ラビンに連れてこられたのは、その服屋ギルドがあるクロース通り。ここには他に雑貨ギルドや教育ギルドもある。ギルドと聞くと、ゲーム好きの俺は冒険者ギルドを思い浮かべるのだが、生憎そんな物はないそう。いやはや残念無念。


「あーりゃとーごじーましゃーたっ」


 鼻の高いおじさんに見送られて店を出た。


「いやー、いい買い物が出来た。思わず3着も買っちゃったよ。ここは物価も安くて理想的な場所だな。っと、あれ? ラビンどこ行ったんだ。外で待っててくれてる筈なのに」


 紙袋を小脇に抱えて周囲を探した。しかしその姿は捉えられない。目を凝らしてみる。まだわからない。さらに目を凝らした。


[スキル上昇:『動体視力』レベル3→5 『遠視力』レベル2→5 『転写』レベル1→5

 スキルを複合:『観察眼』に昇華。レベル1。

 スキル『観察眼』獲得に伴い、『気配知覚』『索敵』『探偵』獲得]


 一気に色々得てしまった。ちょろ過ぎるだろスキルちゃんよ。


 キョロキョロウロウロしていたら路地裏から何やら不穏な話し声。抜き足差し足近寄り聞き耳を立てる。これはラビンと、先ほどの店の店主だ。


「どう、いい感じのカモだったでしょ」

「いんやあ、あれは財布のひもが存外硬くていけないよ。紹介料は抑えるね」

「なっ、そりゃねーよオヤジさん」


 ズボンの裾に縋り付くラビンだったが、店主さんには相手にもしてもらえてなかった。……。可哀想だから聞かなかったことにしよう。


「おうラビン。唐突に前触れなく消えちまったから神隠しにでもあったのかと思ったぜ。無事でなにより」

「不自然に優しいのやめてくれない? …………次はどこに案内すれば?」


 おっ、持ち直したみたい。不屈の精神を持っているらしい。俺にはないものだと。


 雑貨ギルドはここから少しだけ離れた場所にあるそう。次に狙うは財布と鞄。ラビンの為にも沢山買いたいところだけど、サリヌさんに借金してるわけなので、散財するわけにもいかない。服は3着買ったのだ、それで納得して欲しいな。


 そう言えば3着も買ったのにそれで財布の口が硬いとは、俺にいったい何着買わせるつもりだったんだあの店主。


♦︎♦︎♦︎


「いやー買った買った。ありがとうラビン。お陰でいい買い物が出来たよ!」

「そりゃどーもおにーさん。……思ったよりお金使わないんだね」

「ん? なんか言った?」

「いんや、何にも!」


 一通り買い物を済ませて帰路に着いた。筆記具とノートを買う為に教育ギルドがあるクルス街に来ていた。その大通りをクロース通りに向かって二人並んで歩く。最初1万あった所持金も、今財布の中には3千円しか残ってない。最低限のものしか買わなかったにも関わらず。うむーん。


[スキル獲得:『スークビギナー』レベル3

 称号会得:『散財士』]


 称号なんて新項目も手に入れた。これはやはり散財なのか? でも、ラビンに言わせれば財布の口が硬いらしいし……。俺基準なのかもしれない。


 明日から仕事が始まる。実はちょっぴりドキドキしている俺がいた。接客業という性質上人と関わるのは避けられない。ああ、どんな人人と巡り会えるのか。仕事は上手くこなせるのかな?


「あー、収穫あんまりなかったよー。新人が来たと聞いて浮き足立って見誤ったか? でもコイツ散財する様にしか見えないけど。って、わわ! 頭痛い痛い。おにーさん、いきなり何すんのさ!」


 言葉にできない心のドキドキを感じ、隣を行くラビンの頭をゴシゴシ擦った。


「なんとなく。ふふっ」


 悠々と帰り道を行ってた俺たちだったが、再びクロース通りに戻って来た時、町に妙なざわつきを感じた。なんだろうと顔を見合わせる。


 通りの中腹辺りで人だかりとぶつかった。何かを取り囲んでいるらしい。否、これは皆んなが何かを避けているのだ。


「面倒だなー。おにーさん、こういうのは関わらないが吉だから迂回していこ。って、ちょっと何突っ込んでんだよ!」


 ラビンが後ろでギャースカ言ってるけど気にしない。好奇心に導かれるがまま輪の中心を目指した。人の中を通り抜けて顔を出した。そこには男が一人座っていた。


「誰、あれ?」

「あれは『人間狩り』だね」


 しっかりついてきてくれたラビンが物騒なことを口にした。おそらくそこに座る屈強な男を指してのことだろう。苦笑い。


「なんだそのゲームとかに出てきそうなおぞましい異名は」

「おにーさん知らないんだ。あいつはギュウトン。皆は『人間狩り』って呼んでる。今はよくわからないんだけど、あいついっつも大斧を担ぎ街を徘徊してるからそう呼ばれるようになったんだ。だってなんか、斧で人切ってそうな顔だろ?」


 確かに思う。絹のマントを纏ってはいるけど、下に見える服はぼろぼろで戦帰りと揶揄されても致し方なし。ちらつく筋骨隆々な肉体も手伝ってまじ恐ろしい。「マンハントの経験はおありですか?」と問うと真面目に「勿論だ。人間を切る時の感触はたまらなくてね。癖になってしまってるよ。はっはっはー」とか返されそう。


「そのくせ放浪癖が凄くてさ。一箇所に定住したことがない。取り柄と言える鍛治の腕は、確かに一流だけど、価値は人に決めさせるからと代金を欲しないそうなんだ。まったく、どうやって生計立ててるのか不明瞭だよ」


 肩をすくめてゆるゆると首を振った。それが琴線にさわったようで、ラビンは男にギロリと睨まれる。ラビンが小さくブルリと震えた。


「さ、もういいだろ! 行こうおにーさん」

「ちょっと待った。あいつ鍛治が出来るのか?」

「え、うん超一流だよ。その分仕事を選り好みして、滅多に武具を作らないとか。…………ちょっとアナタ、まさかと思うけど」

「俺の小太刀研いでもらえねーか聞いてくる」


 スタタタと走り出そうとして、足を引っ掛けられラビンに転ばされた。鼻頭を思いっきり地面にぶつける。痛い。


「何すんだ!」

「それはこっちのセリフなんですけど! 何考えてんのさ、相手は『人間狩り』なんだよ!」


 しかしそれは確定情報じゃない。確定ならまだしも仮定条件で食わず嫌いしていちゃ俺の小太刀は報われないままだ。ここは何としてでも研いでもらわねば。


「それにしたって、刀匠ならもっと他にいるでしょ。何でギュウトンなんだよ!」

「目の前でボケっと座ってるからだ」


 ギュウトンはストリートのファイターに出てきそうな格好のまま胡座をかいて街行く人を睨みつけている。500パー暇だコイツは。なら、頼むしかあるまいて。


 しつこく裾に取り付くラビンを振りほどき、俺はまっすぐギュウトンへ歩み寄って行った。懐から小太刀を取り出してニコリと微笑んだ。


「初めまして、俺はセオって言います。単刀直入に依頼するんですけど、この小太刀を研いではくれませんか」


 ビッタアアとギリギリのポジションで刃が止められた。首筋にほんの僅かに切り傷が出来た。ギュウトンはどこから持って来たのか大斧を俺の首筋に当てて厳しい視線を向けた。


「今すぐ立ち去れ。さもなくば切る」


 それがあんまりに堂々とした殺害予告だったので、何も言わなかった否、何も言えなかった。

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