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赤くて黒くて白いもの

 とりあえず小さなメモを片手に街へ繰り出す。行動範囲はそんなに広くないので商店街っぽい雰囲気のスポットを探すところからまず始まるのだが。


「それにしてもこのヌトンホユカはなんなんだ? 食べ物の名前で聞いた事はないし、コムメみたいな向こうにはないものか……」


 ん? 待てよ。


「なら、鑑定スキル使えば一発じゃん。あーもう俺ったら慌てんぼさんなんだから、てへっ☆」


 おふざけはほどほどにしてと、『鑑定』っ!!


[ヌトンホユカ:西槨料理。そのスパイシーな刺激と誰でも作れる簡易さから世間で広く親しまれている家庭料理。入門編として、これを勧める料理本は多い]


「ほほう。西槨? っていうのは地名だろうな。西欧みたいな。へえ料理なのか。なるほどなるほどって肝心なことがわからなーい!」


 おかしいな。使い方はあっているはずなんだけどアバウトな情報しか出てこない。初回だったからなのかな。なら、もう一度。


 『鑑定』っ!!


[ヌトンホユカ:西槨料理。そのスパイシーな刺激と誰でも作れる簡易さから世間で広く親しまれている家庭料理。入門編として、これを勧める料理本は多い]


「あははっ、全然変わってないや。わっかんねえ」


 どうしたもんかな。俺にとっちゃ料理という事しか情報にできないぞ。不便なり。


「何かお困りごとですか?」


 あたふた頭を抱えていたら、背後から優しく声をかけられた。振り返るとそこにいたのは昨日オヤジ原で出会った少女だった。


「あ、昨日のお嬢さん」

「まあ、誰かと思ったら昨日の変た…………、コホン失礼、原っぱにいらっしゃった方ではないですか」

「いま変態って言いかけましたよね。おい、目をそらすな目を」


 変態認識されてたなんて。一生の不覚っ!!


「で、変態さんは何を?」

「貴方に送る愛の言葉を考えているんだけど、って勢いよく往復ビンタ!」


 愛の試練は想像の遥か上をいくものか……。


「で、本当は?」

「……実は俺、サリヌの森の宿って宿屋で働くことになって。今女将のサリヌさんに頼まれおつかいをしているところなんです」

「ほー、偉いですね。でも貴方見たところここら辺の地理に詳しくないですよね」


 バレてるよ、言ったことないはずなのに。なんでわかったのこの人……。


「ああ、買い物に行くなら反対の地区ですのにこちらは歩いて来てらっしゃったので。なんでしたらご案内——もとい、お手伝いしましょうか?」

「え、いいんですか? 凄く助かります。実はこれを買おうとしてまして」


 ポケットの中のメモを取り出して手渡した。彼女はそれを見つめると、はてと首を傾げる。


「どうかしたんですか?」

「それはこちらのセリフですよ。貴方は何を買われるんですか?」

「えっと、書いてある通りですけど……」

「書いてある通りとは書いてある通りという意味ですよね?」

「??」

「???」


 おかしい。どうも会話が噛み合わない。メモの字が読めないのか? でも書いたのは俺ではなく女将さんだし。


「ちょっとメモ見せてもらえます?」


 少女からメモを受け取って中を見た。なになに?


【赤くて黒くて白い■■■■■■】


 …………あ。


「もしかして、この黒いシミのところに書かれてあったのですか?」

「……」

「も、もしかして、さっきビンタした時についた尻餅ついて、それで汚れちゃったのですか?」

「……」

「も、も、もしかして、メモの内容覚えてないんですか?」


 俺が無言でいることが雄弁に事の重大さを物語っていた。ナイアガラの滝のようにダラダラ流れまくる汗を拭うこともせずに、俺も少女も微動だにできないでいた。


 そろりそろりと、空気のように後ずさる少女を引っ掴む。


「まさかメモ汚しておいて、1人逃げれるなんて思ってねぇよな?」

「さあ、張り切っていきましょう!」


 こうして、長い1日は始まった。


♢♢♢


「では、何かこの物について覚えている情報はありませんか?」


 情報と言われて1つ思い当たる節があった。そう言えば先ほど鑑定スキルで調べたばかりだったじゃないか。履歴を見れば一目瞭然ではないのか。思い立ったらすぐ行動だ。


『鑑定』っ!! 履歴を確認する!


[履歴機能はありません]


「無慈悲っ!! 役に立たないよ!」

「い、いきなり叫ばないでください。驚きます」


 なんとかして鑑定に書いてあったことを思い出さねば。記憶力さえバッチリだったら一言一句思い出せるのに。


「貴女は何か、赤くて黒くて白い物に心当たりはないんですか?」


 少女を向いて尋ねる。ここで心当たりがあれば話は早い。少女は数秒俯いて思考し、


「あることはあります」

「ですよね。そうそうある訳がって、あるの!?」

「ええ、1つだけ。売っている場所も存じ上げてます。けれど……」

「けれどもヘチマもないですよ。心当たりがあるなら行って見るっきゃないです!」


 鼻息荒く詰め寄る俺の勢いに負けたようで、渋々と行った感じでではあるが、少女はそこへと案内してくれた。

 そこは古ぼけた一軒家だった。少女曰く雑貨屋らしい。その店舗の中に入って1つの球体のようなものを少女は取り上げ差し出した。


「これが私の心当たりです……」

「ギョギェーー!!」


 叫ぶそれを俺は苦笑を浮かべて見やる、球体のようなそれは両側面にギョロリと光る目が4つ。体の各部からはビクンビクンと脈打つ触手が無秩序に生え、何よりベタベタしていた。簡単に言うとエイリアンだね。


「お目覚めキャットのギョロリちゃんです」

「色々言いたいことはあるんだけど、とりあえず今はこれだけ言っとくわ。それだけはねーよ!!」


 規格外すぎて何からツッコんだらいいのかわからない。少女は顔を少し赤く染めて球体のような生き物に向き合うと、


「ギョロリちゃん、お手」

「手があるのそれ!?」

「ギョギョローー!!」

「触手が伸びた! って、わわ、こっちにも来てるって」


 伸びて来た触手が腕、ふともも、首筋にピタリと張り付く。それは芯から冷えていて、文字通り身も凍ると思った。ベットリとした感触が正直気持ち悪い。


「うへえ、ベトベト気持ち悪い……」

「よく出来ましたー」

「ギェギェギョロー」


 なんか俺そっちのけで独自に盛り上がってるし。まあ別にいいけど。


「ところでさ、その生物——ギョロリちゃん? の体は紫だけど。俺たちは赤くて黒くて白い物を探してたんだよね?」


 この生命体は少なくともその条件に沿わないのではないか。そんな疑問を受けて、少女は無邪気な笑顔を俺に覗かせた。


「うふふ。それはこうするんです」


 少女は「えいっ」とギョロリちゃんに空いていた穴に丸めた紙を詰めた。いや呼吸器だろそれ。思わずギョッとしてしまう。


「ギェギェ、ギョッギェ…、ギェ……」


 ギョロリちゃんはまず顔を真っ赤にしながらバタンバタンと暴れ、次に黒くしながら触手をピクピク震わせた。そして、


「ギョ…………——」


 真っ白に燃え尽きた。


「ギョロリちゃーーーーん!」

「ね? 赤くて黒くて白買ったでしょ!」


 俺が決死の救命活動に勤しむ横で目をキラキラと輝かせながら少女は問う。まさかのこの残虐で残酷で残念な行為を無自覚でしてるのかよ。そんなダメヒロイン、俺は断固として認めないよ?


 とりあえず彼女には後でみっちり説教しておこうと心に決めた。


♦︎♦︎♦︎


 雑貨屋を出て再び道端で。俺は1つ重要な事を思い出し、1人手を打っていた。少女が「なになに? 何か思い出しました?」と跳ねる。


「そう言えばなんだけど、俺が頼まれてたものって食べ物だった気がするんだよ」


 うん、言葉にして確信度が増す。料理名だったな。

 料理という新条件に首を傾げるのは少女。


「料理で赤くて黒くて白い物ですね……。ん、思い出したかもしれません」

「本当か!」

「ええ今度は自信ありですよ!」


 そう言って連れてこられたのは町の北の外れにある小さなレストラン。日本家屋を彷彿とさせる店内に足を踏み入れ、言われるがままに席に着き少女は、


「スペランジェラリーを1つ」


 また聞きなれない単語だ。なんの料理かとんと見当がつかない。もの凄い下着のことだろうか。


 そうして出された料理はこれまた凄かった。真っ赤っかのスープはマグマみたいに煮詰められて、中の野菜だったものはドロドロに溶けてる。絶対健康に悪い。


「ここ特製メニュー、人には言えないような具材を使って人には言えないような調理をした地獄灼熱スープ〜魔女の怒りを込めて〜です」

「おぞましい雰囲気しか漂ってこないのだけれど。っていうか、名前に怒りとか込めちゃいけないだろ」


 美味しいですよー、と気味悪く勧める少女。怪しさ満点だよこの子。感覚が世間一般と比べておかしいんじゃないか?

 物は試しだ、一口だけでも。俺は木製のスプーンをスープの中にそっと入れて持ち上げる。仄かに線香の匂いがした。震える手を抑えて、恐る恐るスープを啜った——。


『おかあさん、いつもおそうじありがとう』

『あら、花束! お母さんとっても嬉しいよ……。ありがとう』


『セオくん、みんなで撮る最後の写真だから笑顔で行こうね』

『先生、僕たちそつ業しちゃっても、また皆んなに会えますか?』

『もちろんよ』


『○○さん、好きです。付き合ってくれませんか?』

『ごめん瀬尾くん。私君をそういうまで見たことなかったから……』


『——おい、あの影が薄い奴、セオだっけ? どこ行った?』

『俺も見てねえよ。そっちは?』

『ウチらもしんなーい。マジうぜえんだけどあいつ。今人手足りないのわかってんかな』

『まあまあ、足りない分はみんなで協力し合おうよ。中学最後の文化祭なんだしさ——』

『………………』


『瀬尾くん、異世界転移に興味はないかい?』

『この後、我らが魔術研究会の部室で実験が行われるんだけれど、君もぜひ見学に来なよ』

『タイリュウケンセイソウケンチュウカンケンネッケン』

『ね、ほら、怖がらなくて大丈夫だからさ』

『ささ、この薬でも飲んで。気がついたらすぐに……グフフ』

『サヘラントロプスチャデンシスアウストラロピテクスネアンデルタールホモサピエンス』


『『瀬尾』』



「あ゛ーーーーーー!!!!」


 意識を取り戻すと同時にそう叫んでいた。交感神経が働きまくっている。少女は俺を見てビクッと肩を震わせた。


「わっ、いきなり何ですか! びっくりしちゃったじゃないですか……」

「びっくりはこっちのセリフだ! 何だこのスープ! これ、本当に地獄じゃないか! 味も匂いもなにもかも、地獄じゃないか!」

「でしょう。看板に偽りはありませんでしたよね」

「大有りだ! これじゃ地獄を込めたスープじゃなくて、地獄そのものだよ!」

「込められてたのは怒りですけど……」

「だまらっしゃい! おかげさまで軽く走馬灯を見たんだよ俺は!」


 嫌なことを思い出してしまった。中学の黒歴史のことはなるべく忘れてたかったのに。ちくしょう!


「——で、これのどこが赤くて黒くて白い食べ物なんだ? いや、確かに赤いけどさ、黒くも白くもないじゃん」

「ふっふっふー。それはですね」


 ゴソゴソといつの間にか持っていた鞄をあさり始めた。そしてそこから勢いよく取り出されたのは——。


 ——ギョロリちゃんだった。


「ギェギェギェギェ!」

「やめて差し上げろ」

「ギーくん、ご飯の時間だよー」

「おい、まさか本当に食べさせる気じゃあるまいな。そいつ気絶してるぞ。おい、おい、やめろってあーあー」


 こうして俺たちは、気絶してぐったりのギョロリちゃんを連れて店を出たのだった。


♦︎♦︎♦︎


「そう言えば、頭文字がヌだった気がする」

「心当たりが!」


 こうしたやってきたのは西の小料理店。そろそろ当たりを引きあてたいのだけど、現実はそう上手く行かないらしい。


「お待たせしました。ヌクレオチドです」


 聞いたことあるんですけど。この料理名聞いたことあるんですけど。翻訳するもの持ってきてどうするんだ。翻訳機能もっと仕事しろよ!


「さ、召し上がれ」

「い、いただきます……」


 そっと口へスプーンを運び入れる。瞬間、スープの味が口いっぱいに広がって、俺はバンと机を叩いて立ち上がった。


「あの、どうかしたのですか?」

「……まい」

「え? なんて?」

「美味い、美味すぎる! まろやかな舌触りは、しかししつこさを知らず、口の中の細胞と仲良く蕩けあう。甘いテイストの中にもほんの少しの塩分がスプーンを持つ手を止めてくれない。何度も、何度でも食べたくなってしまう不思議な中毒性と満足感を併せ持つ。まさに食の最高峰!」


 美味すぎる。美味すぎて美味すぎるのだけど、だけど!


「赤くも黒くも白くもない間違いなくコレジャナイ!」

「あ、いっけね忘れてました」


 てへっと自分に可愛らしく拳骨。俺はそれを見て、本物の馬鹿はこの子ではないかと錯覚した。


♦︎♦︎♦︎


 あの後結局3回もお代わりして、日の暮れる頃店を出て膝を折った。


「結局1つも正解じゃなかった。一体何を買うんだっけか?」

「もういっそのこと、全部持っていくって言うのは」

「却下に決まっている。何を馬鹿らしい事を言うのだ。あーあ、なんか閃かないかなー」


 道端に座り込んで空を見上げた。と、その横をスルリと走り行く影。ギョロリちゃんだった。目で追っていくととある民家の前で立ち止まる。


「ギェギェー!」

「なんだギョロリちゃん。お腹でも空いたのか? まあ、そうだよな。ギョロリちゃんは、まだろくなもの食べてないもんな」


 激辛激マズスープを飲んでグッタリしていた映像が浮かんだ。回復してくれて本当に良かった。


「スンスン。そう言えばここからいい匂いがするよな。ハンバーグの匂いだ」

「本当ですね。とっても美味しそうです。…………あれ?」


 少女はどこか思うところがあるのか、小首を傾げて考えた。なんだろうとそっちに気が行った隙にギョロリちゃんは民家へと突撃する。


「ああ、ギョロリちゃん! 勝手に入ったらダメでしょうが! って、サリヌさん!?」


 中は台所になっていて、そこに立ってる人を見て驚いた。サリヌさんだったからだ。どうやら街をグルリと一周して元に戻って来てたらしい。


「あれ、セオじゃないか。何処ほっつき歩いてたんだい。心配したんだから……。で、頼んでたものは?」


 ジト目で睨まれ怯む。差し出された手にモゴモゴと言葉を濁らせていると、後ろに立ってた少女が「思い出した!」と叫んだ。


「ヌから始まって赤くて黒くて白い食べ物って、ヌトンホユカの事だったのね!」

「ヌトンホユカ……。ああ、確かそんなだった気がするぞ。でも今さらどうして」

「そこの方が作られてるのがそうだからですよ。ハンバーグによく似たヌトンホユカは家庭料理の定番なんです。あースッキリしました」


 満足げなところ悪いのだが、俺はいま怒られるのかもしれないんだぞ。お前のせいで。


 ゴマを擦りヘコヘコ頭を垂れつつサリヌさんに目を戻す。こうならば肚をくくるしかあるまい。俺は即座に地に頭をつけ勢いよく言った。


「どうもすいませんでした!」

「も、も、申し訳ありません! お嬢様にこのようなはしたないお姿を見せてしまうご無礼をお許しください!」

「……………………あれ?」


 なんでサリヌさんも謝ってんの? お嬢様って誰のこと指してるんだ?


「いえ、こちらこそ急にお邪魔してすみませんでした。本日はそちらの殿方に遊んでいただき、大変有意義な1日となりまして」

「こ、このような見窄らしい男とですか? あ、ありがたきお言葉」


 なんで少女はこんな偉そうに上から物言ってんの? あとサリヌさんのその言い方は僕少し傷つくな。


「あのー、ところでなんですけど、あちらのお嬢さんとはどなたで?」

「ば、ここの領主様の娘様、エレナ様だよ! あんた礼儀というものを知らないで……」

「ふふ、構いません。私自身が偉いわけではないので」


 目の前で行われてる状況が理解できない。なんだって、サリヌさんは頭を下げて、少女——エレナはニコニコと突っ立ってるのか。


「こここ、こんな所まで御足労いただき誠に光栄の至りでございます。本日は家の者がお世話になったようで」

「とんでもないです! 私の方こそ楽しませて貰いました。とても楽しい休日です!」

「こ、こ、光栄でございますー」


 あー、なんだろうこの図。色々ツッコミたい所満載なのだけれど。まあ、いつまでも呆然とする訳にもいくまい。とりあえずまず、一個だけ。


 俺はユラリと立ち上がるとまっすぐエレナと向かい合った。夢にまで見た理想の容姿を持つ女の子。可愛らしい仕草が終始目に付いた彼女。最後まで俺を驚かせてくれた彼女の目をジッと見つめて、


「お前はサリヌさんに謝れアホ」

「あいたっ」


 遠慮なく殴った。


「メモを汚したのはお前だろ? 何よりもまず謝れよ礼儀だろ? なんだお前の親は失礼した相手に謝らなくていいって言ったのか?」


 腰に手を当て説教タイム。なんかイラついたので俺の事は棚に上げて怒る。エレナは少し目を見開いて殴られた部分を小さな白い手で覆う。


「俺はな、子供だからと言ってそういうの容赦しないんだ。まず誠意を持って人と接しろ。出来ないとは言わせねえ。ほら、早くサリヌさんに」

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 当の本人は奇声をあげていた。ワナワナと震えている体からは魂が抜け落ちてる。震える手をギュッと握りしめて、ゆっくり脇に構えて、


「この大馬鹿がーーーー!」

「なんで顎にアッパー!!?」


 クリーンヒット! 俺ダウン! うつ伏せで地面を舐める。


「ごごご無礼を働いてしまい申し訳ございません。打ち首だけは勘弁してくださいいい」

「さ、サリヌさん、いきなり何するんですか? 一瞬意識がどっかに飛びましたよ!」

「アンタの汚らわしい意識なんてゴミ箱に入れてゴミ処理場で灰燼と帰してしまえ!」

「ヒドイ!」

「うふふふっ」


 笑い声が聞こえた。パッと首を巡らせる少女は失笑しているではないか。小さな体をプルプル震わせて、生まれたての子鹿のように笑う。俺もサリヌさんも目を奪われてしまった。


「すいません。そうですよね、私は謝らなくちゃ。サリヌさん、ごめんなさい」

「そんな、頭をお上げください。私なんかに、そんな」


 律儀に腰を折ったエレナは、次に俺を涙目で見つめて頭を下げる。


「あなたも、教えてくれてありがとうございました」

「え、あ、はい」

「あ、はい、じゃないよこの馬鹿たれ!」

「っぶっ。だからサリヌさん、頭を容赦なく叩かないで!」


 コントみたいになった俺たちに、再度控えめに笑うエレナ。ユリの如き可憐な少女は羨ましそうな目を向けてくる。


「サリヌさん、彼をあまり怒らないでください。彼とってもいい子ですから」

「はい、仰せのままに」


 顔を紅葉みたいに紅潮させるサリヌさん。惚れてもうてるやないかーい。タタンとリズミカルに、町の中央に踵を返すエレナは、もう一度だけ振り返って、


「セオくん、また遊びましょうね」


 バイバイと手を振る後姿を見つめた。見えなくなるまで、見えなくなっても見つめてた。エレナの最後の顔が本当に楽しげに思えたからである。

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