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異世界コミュニケーション

 明け方の空にドラゴンのパレードを目撃した俺は、しばらくの間なんとかして元の世界に戻れないか奮闘した。二度寝してみたり小太刀の鞘で頭を殴ってみたり念仏を唱えたり。そのどれも無駄だとわかった頃には窓の下の通りもそこそこ人が出ていて、町が動き出していた。


 異世界転移を仮に受け入れたとしても、いきなり魔王討伐を目的にするのもアレなので、取り敢えず当分の間はこの世界で安定した生活を送れるようになろう、と心に決めて俺は部屋を出た。


 軋む急な角度の階段を下り1階に顔を出すと、そこでは女の人がせっせと働いていた。このサリヌの家の従業員らしい。


「おはようございます」


 忙しそうな背中に声をかけた。女の人はピタッとその動きを止めて、ゆっくりと俺の方を振り返る。ビビりで小心者の性か、思わず全身が凍りついてしまった。


「あ、起きたのね。ちょうどよかった」


 ビビる俺に予想以上にチャーミングに笑いかける店員さん。その軽やかな仕草は、外見に寄らずにとても可愛らしい。惜しむべきは、化粧で隠しきれていないほうれい線か。


 ペコペコとお辞儀しながら近づく。店員さんは曲げていた腰をピンと伸ばして体をこちらに向けた。その体躯は思いの外大きく、俺よりも少しだけ大きかった。俺、身長170あるんだけど。


 店員さんは腰に手を当てるとニカっと笑う。


「朝ごはんあるけど、食べるかい?」

「あっ、えーと、ありがたくいただきます」


 ついつい優しい提案に甘えてしまった。自分がどういう立場でここにいるのか分かってないのに。図々しい奴だと思われたかもしれない。いや、もしかしたらここがこの世界での俺の家なのかも。この人が母親で、それなら今の態度も特にどうという事もない。


 パタパタとロビーの奥へ歩く店員さんを見送って、俺は1番手近な席に腰を下ろし料理を待った。3分もしないうちに運ばれてくる。カップ麺より早い。


「はい、量はないけど食べてくれ」

「…………おお」


 出されたのは鮭?のような焼き魚と、フンワリと仕上げられたスクランブルエッグ?と、白い果実?のスムージーだった。美味しそうだが、得体が知れない。


「…………これ何?」


 ボソッと声に出す。幸い万能辞書能力はすぐに起動してくれた。


[焼き鮭、レタスとベーコンを添えたスクランブルエッグ、コムメのスムージー]


 はあ。分からん。いや、前半の方はおおよそ予想通りだったのだが、コムメのスムージーとやらが分からん。解析を聞く限りだとだと主食がないようだ。主食は一日のエネルギーの源。なくては困る。


「あの、主食はないんですか?」


 俺のへなへなした声に顔をしかめる店員さん。「何を言ってるんだコイツは」なんて顔で一瞬考えて、意味がやっと通じたのか頷きながら、


「コムメはスムージーにしたんだ。食欲なさそうな顔してたから」


 どんな顔だ。

 なるほど、ここの主食はコムメというモノらしい。米と小麦の複合版かだろう、きっと。

 何はともあれ食べてみる。食器はスプーンとフォークの二拓で、ナイフは使わない。フォークを鮭に添える。グッと押すも、切れない。鮭にしては固い身だ。数回目のトライで何とか切れた身を口にゆっくりと丁寧に運んだ。


「む、これは……」


 絶妙に美味くない。異世界飯一発目は外れだった。不味いわけではないのだが、鮭の味じゃない。鮭にしては妙に生臭く、身もパサパサしていて、何より味が薄い。ダンボールを食べてるみたいだ。

 続いてスクランブルエッグ。パクリ、もぐもぐ、うん微妙。焼き加減はいいのだがやはり味が悪い。卵じゃなくてレバーみたいだ。これではスクランブルエッグじゃなくてスクランブルレバーである。


 先二つをなんとか平らげてスムージーを手に取った。正直に言うとこれが一番期待していない。そもそも正体が不明なのもそうだが、米・小麦のスムージーなど聞いたことがないからが最大の理由。食わず嫌いというのもあれなので実食だ。

 木製のコップを手に取り傾ける。ドロリとした液体が口から喉へ流れていき……。


「あ、おいしい」


 声が出てしまった。それほどに美味しい。冷たすぎず、ぬるすぎない。程よく冷えたスムージーは寝起きの頭をスッキリ覚ましてくれる。コムメも始めはそれこそ小麦の風味が強いが次第に米の甘さも広がり結果的にお腹が満たされるのだ。これは癖になりそう。


 スムージーをあっという間に飲みほして、俺はホウと一息つく。タイミングよく店員さんがきてテーブルを覘いた。


「あら、全部食べられたんだね。回復してるようでよかったよ」


 あの味を指してそう言ったのかと思ったが、なら回復とはどういう意味だろう。そんなに弱っているような顔だったのか。


「いや、アンタ覚えてないのか。昨日アンタが店先で倒れてたから私がわざわざ客室一つ貸してやったんだよ」

「えっ!? あの、すみません、ありがとうございます」


 慌てて頭を下げた俺に店員さんは別に構わないよと手を左右に振った。優しい人だ。親子の線は消えたが、本当のお母さんみたいに大らかな人。思わず惚れちゃいそう。


「一泊分の代金払います。幾らですか?」

「大人一泊5000円だけど……、持ってるの?」


 訝しげな店員さんの視線。俺は自分の懐を反射的に探る。しかし俺が何も持っていないのは先ほどの朝の検査で判明してる事。すぐに手を挙げて「持ってません」と告白した。


「……だと思った。良いよ、私が勝手に泊めたんだ。宿代寄越せなんて言わないよ。今日1日はゆっくりしてもらって良いけどさ、流石にもう一泊は無理だからね。そこはアンタでなんとかしなよ」


 店員さん……、なんて優しいんだ。深々と頭を下げると「よしてくれ」と照れていた。まあ可愛い。

 照れながらも仕事に戻った店員さんの背中を見送り、俺は腕を組んで考える。


 さて、今日はどう行動しようか。さしあたって未だこの世界での目的を明確に知らないからそれの把握が最優先だろう。別世界からの突然転移。なんらかの目的がない方が不自然だ。というか、魔王を倒せ的な事も言われてるし。

 午後には宿も探さなきゃだよな。仕事も見つけなきゃいけないし。と、なるとゆっくりは出来ない。


 今の所最大の道しるべは指令書である。部屋から持って来ていた指令書をテーブルの上に広げた。指令書という程なのだから、この世界でのイロハが書かれているに違いない。1行目からゆっくりと一字一句見逃さないよう目を通す。


【この指令書を異世界に来ちゃった貴方に捧ぐ。

 こんにち異世界! お元気かな? 今回は不幸にも異世界に来ちゃった貴方に、この世界での最低限の知識と目的を教えるためにこれを書きました。楽しんで読んでね \(//∇//)\】


 腹立つ書き出しだな。書いたやつはどんな顔でこれ書いてんだよ。ぶん殴るぞ。

 指令書は少し汚れていて、その手触りはガサガサと荒い。飲み物こぼして、そのまま乾かした後の紙のようだ。俺は黙って文字を追う。


【まず1番大事なことを書きます。それは君がここに来た理由です。

 君がここに来たキッカケは間違いなく例の実験なんだけど、その理由は別にあってね。

 魔王、種族も姿も何もかもが不明の王。魔物達の頂点に立ち、人類の滅亡を切望している奴だ。こいつが今この世界で暴れまわっている。おかげで生態系のバランスが崩れつつあるんだ! 察しのいい君はもう分かったと思う。そう、君には魔王を倒して欲しいんだ】


 うわ、面倒臭い。魔王討伐のために転移とはライトノベルではもっとも納得しやすい(?)理由だが、現実だとこんな感情になるとは。

 大体、なんで別世界の人間をわざわざそんな生存競争高いところに連れて行くのさ。魔王討伐のため? そんなものの為に命かけられるかってんだ。しかも、前の世界でヌクヌクと自堕落な生活を送ってた奴なんて、ここで使えるか分からない人間の筆頭だし。

 そもそも本当に魔王を堕としたいなら、それこそ神だとかが直接手を下せばいいことなのにさ。チート? 度胸もあるかわからん奴につけても無意味無意味。

 異世界に飛ばされてチート貰って、それで臆せずに人類を滅ぼさんとする異形に立ち向かえるのなんて漫画やラノベの中だけだ。現実の日本人がそんな場面にあってみろ、小便ちびって失神して死ぬのがオチだ。


【君いま「面倒臭い」とか思ったでしょ】


 心でも読んでるのかこの指令書は。ここまで来るともう気味が悪い。破り捨ててしまおうか。


【君がこれを破り捨てようが勝手だけれど、これを破り捨てたら困るのは君なんだからね。よく考えておくれ (ㆀ˘・з・˘)】


 本当に心を読まれているのではないか。そう思った俺であった。…………どうでもいいけど顔文字のセンスがウザい。

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