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ドラゴンの群れ、空を行く

 眼が覚めると、剥き出しの天井の梁が見えた。腕を上げようとするとフカフカな手触りがする。分厚い布団の中で寝ていたのか。


「ここは、どこ? 俺はえーっと……」


 頭が朦朧としてガンガン痛むのをなんとかこらえて重たい身体をゆっくりと起こした。そこは7畳半の俺の住んでるアパートよりも広々としていて、隅に置かれた衣装ダンスがそのスペースを占領している。こんな部屋に見覚えはない。


「いまいちなにがあったか思い出せねえ。記憶はどこで途切れてる?」


 懸命に辿ろうとして、ハッと意識を引っ張り戻された。それは暗闇の中での鋭い落下感。体験した事がないくらいの恐怖映像に繋がっていたのだ。


「そうだ。俺、確か魔術研究会の奴らに捕まって異世界転移だとか言う実験を……」


 ん? あれ? ちょっと待てよ。


 時間が経ったからか知らんけれど、だんだん思い出してきたぞ。そうだ俺は確かごく普通のありふれた、ちょっと顔がイケメンなだけの高校生だった。で、そんな俺が魔術研究会とか言う頭のおかしい奴らの実験台になったのだった。


 うん、順調に思い出してきたぞ。俺は実験が成功する訳ないと思ってたけど、何故だか急に魔方陣が光り出して俺は穴に落っこちたんだ!


「穴って、どこかに穴なんてあったっけ? あ、そうか。あの時ちょっと部屋が揺れてたから、きっと地震があったんだ。その時出来た亀裂にでも落ちたのだろう」


 ならば、ここは避難所と言うことになる。避難所にしてはしっかりと建てられ過ぎな節があるけど気にしない。


 ほんのちょっぴり肌寒いこの部屋を出ようとして、変な感じがした。周りが静かすぎたのだ。俺があの実験を受けたのが夕方。まさかそれから朝まで眠りこけたと言うのか。あり得る。なんせ俺は亀裂に埋まっていたのだから。


 となれば俺の中の日時の感覚も当てにならないな。今どのくらいの時刻なのか知っておきたい。そう思って窓によりなんの違和感も感じずにそれを開けて、絶句した。


 足で敷き詰められた正面の公道。立ち並ぶ家々は全てレンガで出来ていて、簡易に作られた避難所にはとても見えない。何より、俺がいた東京では遠くにあった山が、とんでもなく近くにあったのだ。


「おいおいおいおい、なにがおきてるんだよ……。いったい、どこなんだここは?」


[現在地:ミトルトス帝国、ヨルナン領内、サリヌの森の家(宿屋)]


「…………え?」


 なんか出て来たんですけど。ここどこ? と言ったら、いきなり目の前に解説が書かれた板が現れたんですけど。頭の理解が追いついてなくて、全く訳がわからない。


 恐る恐る触ってみる。けれど手は板をすり抜けてしまった。触れない、だと!? ホログラムで出来ているのか。


「というか、ミトルトスってどこの国だよ。聞いた事ねえ。アフリカ……、ヨーロッパ?」


 え、俺いま外国にいるの? 何気にやばくない? なんで日本首都で地震にあった俺が、今外国にいるのか。苦笑してしまう。


「ラノベかよ」


 笑い飛ばそうとそう呟いたらなんだか本当にそんな気がして、むしろ自分を不安にした自分を激しく責め立てた。


 ふらつく頭を抑えていたが、その目の端で人影を捉えた。慌てて目を凝らしてみて、さらに驚く。


 その人は白い髪をふわりと流して、緩やかに街を闊歩していたのだ。よく見てみると金や銀などの色とりどりな髪の毛。長い耳。肌色じゃ無い肌。窓の外に明らかに人っぽく無い人もいる。


「あ、はは……。ここって、まさか本当に、成功したのかよあの実験。なあ、ここってさ、マジで異世界なのか?」


[異世界です]


 呆然とした俺にホログラムが容赦なく追い討ちをかけて来た。うん、泣きっ面に蜂!


♦︎♦︎♦︎


 しばらくしたら落ち着いたので手荷物やら色々調べてみた。まず部屋には時計がない。その代わりに一面に変な絵が飾られている。だから時間がわからない。調べようにもスマホもない。そもそも着てるものが制服じゃない。部屋の隅に放ってあったのは小太刀みたいな棒と汚い紙切れだけだ。この紙はなんだろうか。


「というか、なんで武器持ってんの? この装備で俺に何をしろって?」


[目的:魔王討伐、及び魔王軍の殲滅。詳細は指令書にて]


 また出て来た。今度はどうしろと考えたから、今すべき目的を教えてくれたってか? 有難くない親切だこと。どうやらさっきの紙きれが指令書らしい。


「ただでさえ日本じゃないので神経質になってるのにこの仕打ち……。ああ心細い。寂しいよ」


 そわそわしながら肩を抱き、ため息をひとつ小さく吐く。なにかこの心細さを払拭してくれるような出来事はないだろうか。……ないよなぁ、そんな都合の良いことがしょっちゅう起こるわけ無いもん。

 くだらない、と自分の葛藤を一蹴する。ベットに腰掛けてため息をついた。


「…………ぉぉ」

「…………ん? 今、なんか聞こえなかった?」


 不意に鯨が鳴くような声が聞こえた。もう一度神経を研ぎ澄ませて耳を傾ける。


「……ぶおおお」

「したよ、今。絶対にした! 聞こえたもん」


 声がしたのは窓の外なので急いで窓を覗きにいく。そこは一見するとなんの変哲も無いテレビでよく見るヨーロッパの街並み、だがその奥、遠くに見える山の上に俺は何やら飛ぶものを見つけた。


 なんだあれ。鳥、にしてはでかい。1、2、3……5匹も。あのフォルムはまさかプテラノドン。いや、もっとゴツゴツしてる。太くないゴツゴツしてるのだ。

 直感的にわかった。俺はこいつを知っていると。それは創造上の生き物。かつて人間の恐怖心によって造られた畏怖と尊敬の象徴、ドラゴンだ。


 ドラゴン。想像上の生物。曰く火を吹き、強靭な力をもって人類に害をなし、時には神の使いとして現れる。ファンタジー小説でしか見られない幻獣。一部の研究者は未だにその存在について熱心に調べているらしいが、俺は否定派だ。ドラゴンはいないからこそ憧れる。そう思っている。が、


「ブオオオオ!!」


 鯨のような声が空から降ってくる。やはりあの怪鳥はドラゴンなのか?


「おい、さっきの表示機能! あの鳥はなんだ?」


[クラモドラゴンレッサー:幻獣種の生物。生存競争が激しいクラモ霊山で発見された種。日光を抑えるため表皮を緑の鱗で覆われ、他のドラゴンと比べて尾が長いのが特徴。気性が穏やかで忠誠心が高いため人間が使役していることもある]


 まるで図鑑のような解説パネルが現れた。どうやら質問すると返してくれる仕組みらしい。この世界のことはわからないことだらけの俺だから、こんな電子辞書みたいな機能は今後も重宝するだろう。


 クラモドラゴンレッサーの群れが上空で大きな翼を仰いだ。悠々とそれでいて威圧感がひしひしと伝わる。どっしりとした存在感が元いた世界のどの生物にもない質の興奮をくれた。ヤバいとんでもない位カッコいい。俺、異世界を好きになれそうだ!


「……っていうか、なんかこっちに向かってね?」


 怪鳥の群れがとんでもないスピードでぐんぐん近づいて来る。速い。ロケットを彷彿とさせる速さだ。


 俺は慌てて窓を開けて身を乗り出した。よくよく見るとドラゴンの上には人が乗っていた。その姿、まさにゲームでよく見るドラゴンライダー。彼らの姿を見つけて理解した。どうやらこれはパレードのようだ。イベントとしてここの上を飛んでいるのだ。


 おーいと手を振ってみる。すると、5騎の内の1騎がゆるりと軽やかに下降してきた。ガタガタと窓が風圧に悲鳴をあげる。

 下降してきた1騎は民家の屋根スレスレまで迫るとさらに加速した。あまりの風に落ちそうになる。危ない。


 グイーッ。擬音語にするとそんな具合だった。迫力満点のそれはもう凄かった。凄かった。あっという間に背中しか見えなくなる。凄い。


「ふふっ、アハハハハ!」


 俺の目と鼻の先を飛んだ赤い竜の群れは、遠く西の空へと消えていった。俺の中の心細さを共にして。

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