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蘇生と約束と自衛騎士団



——[スキル獲得:『蘇生』レベル1]



♦︎♦︎♦︎


 快眠の後の目覚めのように、ゆっくり広がるようにまぶたの裏が明るくなった。背中にわずかな振動を感じる。乗り物に乗っているのか。


「……くん、セオくん。セオくん!」


 耳元で必死に俺を呼ぶ声が聞こえる。誰だろう。とにかく起きなければいけないよな。

 そう思って目を開けるとほっぺたにポタリと何かが落ちたところだった。これは……、


「涙?」


 ガバッと背後から抱きしめられる。エレナが倒れこむようにして抱きついて来たところをなんとか倒れないよう持ち堪えた。……髪の毛いい匂いがする。なんとなく目を横にそらすと鳩が豆鉄砲を食ったような顔した師匠と目があった。師匠が破顔する。


「お、お前。みんな! セオが!」


 師匠が張り裂けんばかりに叫ぶと、あらゆる所から視線が集まった、気がした。実際は四方がせいぜいだっただろう。なんだ?


「おにーさん、大丈夫か?」

「良かった……。良かった」

「…………」


 俺を見て文字通り三者三様の反応を見せる。よく見るとここは馬車の中だ。広さが段違いだから、おそらく荷台なのだろう。俺は寝かされていたようだ。


 ぎゅっと俺を抱く力が強くなった。背中に柔らかい感触がくる。少し苦しい。鼻をすする音もかすかに聞こえた。やはり泣いている。


 あれ、ちょっと待てよ。落ち着いて考えてみるとなんだこの状況、嬉しすぎる。


「……あ、あのエレナさん。突然のサービスその、とっても嬉しいのですけど、その、今昼間ですし。なにより人目というものがですね〜モゴモゴ」

「心配しました」


 微かに発されたのは涙声。お腹辺りに回された手は微かに震えている。


「心配しました。すごく心配しました。死んじゃうかもなんて思いました」

「あの、エレナさん?」

「心配しました。それで、……それ以上に、怖くなりました」


 エレナさんは泣いていて、それはしかしエレナさんだけでなくラビンも、サリヌさんもだった。肩を落とす。


「怖かったです。もうこんなの嫌です。二度とこんな思いしたくありません。あなた私のことが好きなんでしょ? もう二度と、心配させないで」


 好きな人に力強く抱きしめられる。一度味わってみたいシチュベストスリーに入る状況のはずなのに、全く嬉しくなかった。むしろ心が痛い。


「……ごめんなさい」


 俯きがちに答える。思い出してみると、そう言えば俺は足を釣って溺れて死にかけてしまったのだった。クソッ、俺は何してるんだよ。なんでこの人泣かせてるんだ。

 俺はそっとエレナの手を握ろうとして、躊躇って、辞めた。そのままの状態で強く言い聞かせるように言う。


「エレナ、約束するよ。もう俺は、心配させなんかしない。今度は俺が、どんな時でもお前を守ってみせる。だから、泣くな」


 これ以上、涙なんか見たくなかった。


「……グスッ、わかってくれたなら、それならいいです。……約束ですよ」


 顔を離れさせてニコッと笑ってみせた。目元は赤くまつ毛は濡れている。本当に、心配かけさせちゃったな……。


 やがてエレナは言いたいことを言い切ったのかやけにアッサリと俺から離れた。ああ、これはこれとしてもう少し背中にあたる胸の感触を楽しんでいたかったのになぁ……。


 俺とエレナがひと段落ついたのでサリヌさんが恐る恐るといった様子で訪ねてきた。


「大丈夫かい、セオ?」

「サリヌさん……。ご心配なく、なんかわかんないけど元気ですよ。ラビンもそんな顔すんなって」

「心配なんてしてないっ。人騒がせなんだから」


 あからさまに強がるラビン。ありがとうと微笑んだ。

 みんなそれぞれに心配してくれた。心配させてしまった。もう二度と心配なんてさせるもんか。


「俺が、しっかりしないと」


 誰にも聞こえない声で呟いた。しっかりと、はっきりと。


♦︎♦︎♦︎


 だから、その約束をしなければ良かったと思う日が来るなんて想像もしていなかった。


「匿ってください!!」


 あの日から数日経った昼下がりの喫茶店、フロアには俺だけ。サリヌさんは例の子供達のところへ行っていていない。

 店先には真っ青な顔をしたエレナが立っていて早く入れろと急かしてくる。全く状況は分かっていない。


「…………あの、ごめんキチンと説明して欲しいんだけど」

「その時間すら惜しいのです!! さあ、早く匿って!」


 また乱暴な頼み方だなぁ……。

 ボロ頭巾に霞んだセーターを着込んだエレナは、とてもじゃないがお嬢様然とは言えなかった。手に荷物などはなく、代わりに腰に鍵を下げている。

 ただでさえ格好がトンチンカンな彼女が、険しい表情で家に入れろと言っている。通常なら助けるべきなのだろうが、……なぜだろう、嫌な予感しかしない。


「お前、また何かやらかしたのか?」

「失礼な!! 『また』ってなんですか『また』って!! 私そんなにはやらかしてませんよ!!」

「やらかしてるのは認めるのね」


 エレナの挙動は終始そわそわして落ち着きがない。明らかに何かから逃げている。その何かの正体が、非常に怪しい。


『きっと、やべえ奴だよ。辞めときなこんな奴招き入れるのなんて』


 ハッ、貴様は俺の中の悪魔!!


『そもそもなんだって貧しそうなぼろっちい衣装着てんだよ。不自然すぎるだろ? 警戒するに越したこたぁねえよ』


 さすがは腐っても俺自身、自分が不利益になるようなことは言わない。


『辞めてー!! あの子が可哀想だよー!! 助けてあげようよー!!』


 対して俺の中の天使は根拠のない善説をペラペラと説きやがる。テメェの中身のない偽善行動には飽き飽きしてんだよ、ペェッ!!


『ハッ、本体は俺のが良いってよ天使! 悔しかったら、匿った時のメリットを教えてもらおうか』


 流石だぜ相棒! 勝てるとみるや否や正面から敵を堂々と潰そうとするその曲がった根性は俺とまんまそっくりだ!! …………ほんと、そっくり。


『へへーん、どうだ天使ー、答えられねーだろー』


 いやらしく言葉責めする悪魔を見て、天使は苦しそうに目を瞑った後、ゆっくりと俺たちを見据えて、


『——匿ったら、事故を装っておっぱい触り放題』

「『是非匿いましょう」』


 俺たちはみんな俺なんだから、仲良くしないとね!


「ささささ、是非俺の部屋に入ってどうぞ!」

「おおう、きゅ、急にテイストが代わりましたね」


 豹変振りに少し訝しむエレナお嬢様。私目は片膝をついて頭を垂らします。


「ささっ、どうぞ早く中へお入りになられて下さいませお嬢様」

「ちょっ、キモッ、…………どうも」


 恐る恐る中に足を踏み入れたエレナは、まるで汚物を見るような目で俺を見てたけどきっと気のせいだよね!

 ともかく、とりあえず俺の部屋を提供することにした。別棟に連れて行き自室へと招き入れる。


「失礼します……」


 俺は基本的に綺麗好きだ。だから部屋が散らかってるなんてことはない。普段から整頓をしていたので美少女が急に匿ってくれと言ってきても何も問題なく部屋にあげられるのだ。これぞ正に男子力——、


「——あの、卑猥な本を出しっぱなしで異性を部屋にあげるなんて良くできましたね」

「っっぶねぇ!!!!」


 三十秒ルール発動! ギリギリ社会的死は免れた。


「いや、アウトでしょ」

「いやいやそんなバカな……。どうぞ、この椅子使って下さい」


 俺に勧められるがままエレナは席に着いた。頭巾を脱いで髪ゴムを外しリラックス。……まあ、落ち着けてるのは良いことですからね。


「で、何があったか説明はしてくれるんだよな」


 部屋に来るついでに店をクローズにしてお茶を淹れていた。エレナはそれをひと啜りして大きく息を吐く。


「……黙秘権の行使は——」

「エレナの家の電話番号って確か000だったよな」

「——するわけなくてキチンと説明させて頂きます」


 素直なのは良いことだ。


 エレナは周囲を気にするように二、三度辺りを見回した後、とびきり声のトーンを落として囁くように、


「実はですね、私追われているんです」

「そりゃ見たらわかるよ」


 衝撃を受けていた。なんで?


「流石セオくん……。なんでもお見通しってわけですね」

「いや、この格好で匿ってくれでわからない奴はバカなんじゃないか?」


 俺だったらとっておきの精神科医を教えてあげるだろう。

 エレナはコホンと咳払いをした。


「実は昨日、とある組織の重大な秘密文書を目撃してしまいまして、そいつらに命を狙われてしまったのですけど待って下さいどうして全速力で走り出したんですか」


 襟首を引っ掴まれた。


「離せ! 俺はまだ死にたくない!」

「何わけのわからない事を言ってるんですか!」

「そんな怖い奴らをウチに引き連れてくる気かこの野郎!」

「誰も気づいてませんって!!」

「そういう問題じゃない!!」


 怖っ! 何この子怖っ!!


 その時コツンと窓に外から何かが投げつけられた。まさかもう追っ手が?


「お、おい見て来いよ……」

「大丈夫ですって。組織の奴らじゃないですコレ絶対に」

「その自信はどっから来んだよ」


 渋々こっそり覗くとそこに立っていたのはもうすっかり見慣れた少年の姿だった。


「あ、ラビンだ」

「でしょ!」


 思えば川水浴の時はコイツにも心配をかけたっけ。お礼がしたい。

 ボロくて開けにくい観音開きを開いて身を乗り出す。声が自然と大きくなった。


「ラビン! その節はどうもー。今日は、なんか用か?」

「! おにーさん、ちょっといい?」


 手を大きく自分側に振ってアピールして来た。降りて来いという事だろうか。室内のエレナに視線を戻して眼下を指し示す。エレナはどうぞどうぞと言ってくれたので、遠慮なく出て行くことにした。


「おにーさん、こっちこっち!」


 下りるとすぐにラビンが俺を見つけて手招きした。疑問に思いながらも駆け寄る。


「なんだよいきなり呼び出して」

「いやー、なんかある人がおにーさんと話がしたいって泣きついて来ちゃってさ」


 ある人? 心当たりないな。

 ラビンは俺がつくのを見て折良く物陰から人を呼び込んだ。よく見てみるとそう言えば丸っこいシルエットの人がそこにいる。


「……ラビン、あれ誰?」

「まー、いいからいいから。ほら、セオ君来たよ」


 言い聞かせるようにラビンが言ったところでようやくその人物が姿を現した。


「いやー、お久しぶりです」


 その人物は胡散臭い関西弁を持って後ろ頭を掻きながら気まずそうな笑いを浮かべている。俺はその笑みにとても見覚えがあった。


「あん時はすんませんでした」

「あー! あの時のエセクソ妖術師!!」

「薬術師です! や、認識が悪いのは承知やったけどな……」


 それはあの溺れる騒動を引き起こしたクソ張本人のサイランだった。


「あんたの悪ふざけで死にかけたぞこの野郎!」

「ぐぇっ」

「わわっ、待っておにーさん! 落ち着いて!」


 掴みかかって殴り倒そうとした俺をラビンが必死に止めた。ラビンに言われちゃ止めるしかあるまい。止む無く掴んだ襟首を離すとサイランは噎せながらも、


「いやいや、しゃーないって思ってますから。アレはワシが全面的に悪かった」

「わかってんじゃねーか。ほら、歯ぁ食いしばれや」

「だから落ち着いて!!」


 いかん、短絡的になっているようだ。ラビンのいる手前しっかしせねば。俺は深呼吸を繰り返して完全に落ち着きを取り戻す。


「で、どのツラ下げてここに来やがった?」

「だからおにーさん、胸ぐらを掴まないで! 前々落ち着けてないよ!」


 今日はもうダメだな。


「はは、別に擁護してもらわんでもええのにチビッコ君。……いやコレはワシの擁護ちゃうか」

「ブツブツ何言ってるんだ。早く用件言いやがれ」

「その前に、この手、離してもらえる?」


 申し訳なさそうに俺の右手を指差す。しょうがなく離してやったら、次の瞬間頭を下げられていた。それはもう、地面にめり込まんほど深く。


「…………なっ!」

「この度は悪ふざけが過ぎお兄さんの命を危うく落とさせてしまいかけた事誠に申し訳なく思っています。許してもらえるなんて思いません。末代まで祟ってもろて結構です。本当にすいませんでした」


 その土下座はまさに芸術だった。

 あまりの迫力に謝られてるはずの俺が息を飲んでしまった。


「……この人さ、本当はいい人なんだよ。たまにやり過ぎちゃうけど悪いことはできない人なんだ。僕からも許してやってほしい」


 不安だったのかラビンもサイランに口添えする。俺は大きなため息を一つついて、


「……しょうがない。ラビンにそう言われたから、俺は許すしかない。おいサイランさんよ、コレは一つ貸しだからな。今度一つ、お願い聞いてもらうからな」

「…………」


 ややツンデレ気味な言葉にサイランは目を輝かせて頷いた。

 そう言えばあの帰りの荷台ではサイランは見かけなかった。気まずくて、顔を出せなかった? だとしたらこの男は、少なくとも極悪非道な人間ではないではないか。俺にはそんな奴を許さないなんて出来なかった。


 俺が一つの貸しを少しだけ後悔した日、俺は一人の小太りに一つ貸しを作った。


♢♢♢


「——ホンマですって! ホンマに気持ちだけですから受け取ってやって下さいよ」

「いやだから受け取れないってそんな物」

「なんもいかがわしいもんやないですって。ただの精力剤ですって」

「だから何べんも言うけどどうして詫びの品がそれなんだよ他になんかあっただろ!?」


 一応和解ということになった俺とサイランがお手製の精力剤を押し付けあっていると、遠方から騒々しい音を立てて黒服の男たちがかけて来た。


「お嬢様ーー!?」

「どこですかーー!?」

「探し人を見つけてくれたものには報奨金があるぞ! みんな心当たりはないか?」


 喧しくしてるのは三人ほどでもう三人は聞き込みして回っている。


「なんだ騒がしいな」

「自衛騎士団の人たちだよ。そういえば、ここに来る道中も煩かったよね」

「自衛騎士団とな、……はぁ、また面倒なのが来たこったい」


 と、男の一人がこちらに目をつけて駆け寄ってきた。


「あの歓談中申し訳ありません」

「いえいえ歓談なんてしてないので、あ、おにーさんお疲れでしょうコレなんか飲みません?」

「え? 本官に差し入れですか? わぁ嬉しいな。あとで団員みんなでいただきますね!」

「どうぞ飲んぢゃって下さい」


 本官さんはとても嬉しそうに笑ってサイランお手製の精力剤を受け取ってくれた。喜んでくれて何よりだ。後ろから二人分の白けた目線が刺さった気がしたけど気のせいだろう。


[スキル獲得:『詐欺』レベル2]


 うるせぇ!


「ところで皆さんなんの御用で?」


 サイランが話を戻すと本官さんは腰に下げたポーチのような物から一枚の紙切れを引っ張りだした。


「あ、エレナさんだ」

「皆さんこの方が今どちらにおられるかご存知ですか?」


 本官さんが真面目な顔で尋ねた。どうやら彼らはエレナさんを探しているようだった。

 エレナがいるはずの二階の俺の部屋を見上げる。彼女の姿は見えない。


「あの、この方が何かなさったんですか?」

「あっ、いや今回はやらかしたわけではございません」

「たまにはやらかすのね」

「実は、お恥ずかしい話なのであんまり話すのが憚られるんですけどね、ここだけの話逃げたそうです」


 声をワントーン落とした本官さんが周囲を伺いながら教えてくれた。ざっくり纏めるとエレナはお見合いが嫌で逃げ出してしまったようだ。


「本当にお嬢様の勝手はいっつも困ってたんだけど今回ばっかりは見逃すわけにも行かなくてね」

「災難でしたね、それは」


 あのバカ女は逃げて来やがったのか。頭痛くなる。


「それで、お心当たりは?」


 本官さんの質問に三人とも言ったん黙って、


「すいません、残念ながら知らないです。お力になれず申し訳ない」

「ワシもわかんないですね。ってか、しばらくは姿見かけんとおもたらお見合いでしたか。そりゃ大変や」

「……知ってる」

「そうですかー。皆さん知らないと。いや、お時間取らせて誠に申し訳今なんて?」


 本官さんがズイと俺に顔を寄せた。俺は予想してたので動じない。


「だから、俺エレナがどこにいるのか知っています」

「……マジで?」

「マジです。……はぁ」

「本当の本当の本当に?」

「疑わしいな。嘘ついてどうするんですか」

「えっえっえ? どこ?」


 食い気味に訊く彼に静かに二階を指差して差し上げた。


「ここの、……二階です」

「者どもであぇ!! ここの二階じゃ!!」


 あんまりうるさくして欲しくなかったんだよ! だから言い出すのが嫌だったんだ。


 数分後、引き摺られていくエレナが断末魔のように「なんで〜〜。どうしてですか〜〜」と泣き喚いてたが、俺たち三人は聞こえないふりをした。

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