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人斬りの弟子

 サリヌさん繋がりで師弟関係になれた俺とギュウトンは、当のサリヌさんをこっそり尾行していた。なんで俺はこんなせこい犯罪者まがいなことをやっているのだろうか。


「おい弟子、お前ちゃんと見てるのか?」

「ああ、すいません師匠ぼーっとしてました。なにぶんこの状況を俯瞰視すると訳がわからないもので」

「? わからないことはないだろう。サリヌさんがいる。どこに行くのか不明だから、その行き先を突き止める。な、簡単だろ?」


 師匠の今の説明のどこら辺が簡単だったのか、もう少しだけ教えてほしいな。俺には全くわからないし理解できないから。


「あっ、動いたぞ。ほら、シャキッとしてくれ」

「あいあい」


 適当に返事をして立ち上がり、サリヌさんの後ろ数十メートルを追いかけた。


 サリヌさんは今のところ目立った動きを見せていない。雑貨屋に入っては出て、ちがう雑貨屋へ向かうことを何回も繰り返しているだけだ。単調な作業だから、街中ではおそらく目立ってしまうであろうギュウトンを一目から隠すことも出来ている。


「街のみんなに見つかったら、この人だいぶ厄介だからな」

「ん? なんか言った?」

「いえ何にも」


 物陰に潜む俺たちの横をガラガラと馬車が行き過ぎる。そういえばさっきから仕切りに馬車が走っているけれど、なにか催し物でも開催されるのだろうか。ギュウトンに訊いてみた。


「この時期、馬車が通るって言ったら多分お見合いかな」

「お見合いって誰のさ」

「決まってるだろ。我らが領主様の娘たちだよ。今年はアリア嬢が20歳の歳だから、例年より馬車の数は多いけどな」

「ふーん」


 お見合いねー。領主様の娘ともなると結婚相手の自由もないらしい。俺には考えられないことだが、この世界では常識というか当たり前のことなんだろう。

 って、ちょっと待てよ。領主様の娘たちだと? それはつまり……。


「エレナも今日お見合いしてるのか?」

「えっ、ああ、おそらくな。まあエレナ嬢はまだ幼いから決定はしないと思うが、風の噂によると北方のヘンル伯の息子がエレナ嬢の事を気に入ってるらしいから、もしかしたら今日にでも婚約が取り付けられるかもな。……ってどこ行こうとしてるんだよ」


 走り出そうとしたその頭を、バスケットボール掴みされて止められた。


「ええいなぜ止める師匠!」

「むしろなぜ走りだす弟子よ。お見合いは今日からしばらく続くんだ。別に早急に決まるようなことではない。しかもエレナ嬢の事はあくまで噂なんだから、鵜呑みにする事ないんだぜ」

「だとしても、俺は走り出さねばならぬ!」


 聞き分けなく突撃しようとする俺に、ギュウトンは深くため息を吐いた。


「多分お前が行ったところで門番に門前払いにされるか、向こうの騎士に斬り殺されるのがオチだが……、ま、それでも良いってんなら止めねーよ」

「うっ……。死にたくはないな……」

「だろ? 今は大人しくサリヌさんを尾行してようぜ弟子よ」


 冷や汗と涙を一緒に垂れ流しながら、不承不承ながら俺たちは尾行を続けた。お屋敷がある方向を一瞥する。なんだかそこからよく分からない瘴気のようなものが出てる気がして、俺は地面の小石を勢いよく蹴り飛ばした。


♦︎♦︎♦︎


 しばらく歩くとサリヌさんはギュウトンを隠しにくい大通りへと出て行った。まだ買い物巡りは続いている。


「そんじゃ、行きますか」


 ギュウトンがなんも考えずに人前に出て行きそうになってたので、俺は拳骨を頭に入れて躊躇なく路地裏に連れ戻した。


「なに考えてるんですかアンタ。このまま人前に出て行って平気なわけないでしょうが!」

「お、おう。そう言われればそうだな。でもどうするよ。尾行は断念しねーぞ」

「ぐぬ、意外と意思が強い。……ちょっと待ってて下さい」


 俺はギュウトンを路地裏に残して足早に近くの雑貨屋へと一直線に向かう。諸々のアイテムを購入後、すぐさまギュウトンのところへ戻ってそれを取り出した。


「ロン毛のカツラに鼻眼鏡。それに厚手のコート。こんなもん何に使うんだよ」

「変装に決まってるじゃないですか。今時の雑貨屋さんは何でもかんでも揃ってて嬉しいですね」


 厚手のコートまで揃ってるのは品揃えが良いとかの問題ではない気もするが。ちなみにアイテムは全てギュウトン用なので、当然領収書を切ってもらった。あとでキッチリ請求しよう。


 コソコソ人混みに紛れて街を行く。ここはクロース通りとは違って活気があり、露店もチラホラと見受けられた。ケモミミがついたおっさんが熱心に客引きをし、ケモミミがついたおっさんが路上でティッシュを配り、ケモミミがついたおっさんが大道芸で道行く人たちを沸かせ、ケモミミがついたおっさんが……。


「この世界でケモミミと言ったら、おっさんしかいねーのか」

「そんなこたーないけれど。多分弟子が思い描いてるようなのは、スナックとかキャバクラじゃないとみられないな。基本獣人の女の人って耳を隠すマナーがあるらしいから」


 そんな殺生なことあって良いのかと、俺が静かにうなだれてると、正面から人が歩み寄ってくる気配を感じた。


「やあ、おにーさん。奇遇だね。何してるの?」

「あ、ラビンじゃないか。久し振り」


 俺はかつてこの街を案内してくれた少年に軽く手を上げて挨拶した。ラビンはなんだよそれと手の仕草を真似しながら笑う。


「こんなところで昼間っからサボってていいのかよ」

「いやー最近仕事が無くってさ。ほら今お見合いの時期だから他所からやってくる庶民がいないわけ。俺たちみたいな稼業は今はお休みってこと」

「なるほど」


 案内業務にも色々苦労があるようだ。お見合いの時期に人が来ないのは、きっとお見合いしてる地域がごたついてそれどころではなくなり自分が観光とかできないからだろう。


「となると、俺は非常にレアなケースだったというわけか」

「ご名答。さすがおにーさんだね。……ところで、後ろに連れてる大男は誰だ? おにーさんのお友達?」


 さっきから黙りこくってるギュウトンがビクッと震えた。話題が急にそっちへ行ったので油断していたのだ。ラビンはふざけた鼻眼鏡のギュウトンをまじまじと見つめる。


「アンタどっかで見たことあるような気がするんだよね。どこだっけ……?」

「人違いなんじゃねーの」

「そんなことないよ。悪いけどこっちは記憶力だけは定評があるもんでね」


 記憶力がいいだなんて、俺と全く反対でとても羨ましい。と、マジマジと眺めるラビンの目とギュウトンの鋭い威嚇する目がバッチリ合った。瞬間、ラビンは思い出す。


「あーっ! ちょっ、お、おにーさん!?」

「うおっ、いきなりこんなところへ引っ張ってきてなんだよ」

「こっちの台詞だよ! あれって『人斬り』じゃないの。なんでおにーさんがあんなのと一緒にいるのさ!」

「いやそりゃあ、師弟だから」

「何がどうなればそんなカオスな展開になるの?」


 軽くパニックを起こすラビン。害はない、筈だ。


「とにかく、早く逃げた方が」

「大丈夫大丈夫、あの人ああ見えて意外と良い人、だと思うからさ」


 チラリと横目でギュウトンを見ると、猫と睨み合いファイティンポーズをとったいた。……。


「多分実害は出ない」

「あんな街中で臨戦体制整ってる人を見て、大丈夫だなんて言える自信、僕だったらないね」

「……ははは」


 俺は乾いた笑いを貼り付けながら、頼むから変なことしないでほしいと切に願った。


♦︎♦︎♦︎


 ラビンと別れてしばらく後、サリヌさんは未発展地域に足を踏み入れた。事前にサリヌさんから聞いてたことだが、未発展地域は治安が悪く滅多なことがない限り近づいてはいけないらしい。そんなところに、なぜ?


「おいおい、サリヌさんなんでこんなところに来てるんだよ弟子い」

「俺に訊かれてもわかんねっすよ。こっちこそ知りたいくらいだ」


 ドキドキ不安げにサリヌさんの背中を見つめる。考えたくはないのだけれど、最悪なケースが脳裏をよぎる。振り解こうとしていた考え、しかしそれを先回りして口にしてしまう奴が。


「このままサリヌさんが悪い奴らと悪い事してたらどうしよう」

「それを考えないようにしてたんだこのバカ師匠は」

「俺がやっぱり止めに入った方が良いかな? 軍隊程度なら軽く捻り潰せると思うのだけれど」

「さらりと衝撃発言やめてもらって良い?」


 どんな戦闘力してんだこの人。俺が背後にいる師匠を訝しがっていたら、それは起こった。


「こんなところにお出かけですかおばさん」

「! 貴方達、何の用かしら」

「気取ってやがる気持ち悪い」


 ゲラゲラと品もなく笑い転げた。サリヌさんがチンピラ3人組に絡まれたのだ。ジメジメと湿った地面にお似合いな陰気な感じのチンピラども。それはガリガリとメガネと小太りという、元いた世界の魔術研究会の奴らそっくりの奴らだ。こいつらはこんなところでも俺の妨害をするのか。


「おいおばさん。俺たちな何もアンタをとって食おうってわけじゃない。生憎ながら年増はあんまり好みじゃなくてね」

「俺らの要求はひとつだけさ。有金全部置いてってよ。金目になるもの全部だいいね」


 下卑た表情でサリヌさんに詰め寄る男たち。しかしサリヌさんは、それでも一歩も後退しなかった。凛とした態度でキッパリと告げる。


「貴方たちには屈さない。例えボコボコにされようが、貴方たちには屈さない」

「このババア、言わせておけば!」

「うっぜえ、もうボコっちま、お、う、ぜぇぇ……」


 威勢良く飛び出したチンピラは、しかしすぐに借りてきたチワワのように縮み上がる。それはサリヌさんのすぐ後ろ。バキボキと拳を鳴らして鬼の形相をチンピラに向けたギュウトンが立っていたのだった。チンピラからすればサリヌさんの化身に見えたに違いない。


「ひいいっ! い、命だけは助けてぇ!」

「かーちゃん! お、ぼえてろぉ!」

「うへえ、うへえ、うへえ、うへえ」


 思い思いな言葉を放ちながら、3人は蜘蛛の子を散らして去って行った。サリヌさんはキョトンと首をかしげる。ギュウトンは既に俺のところへと戻っていた。


「さすがです師匠」

「ふん、俺は何もしてないよ」


 サリヌさんはしばらく呆然と周囲を見回して、不安げに呟いた。


「私ってそんなに怖いかしら」


 これはもう、ドンマイというしかあるまいて。


 ボロい家を縫ったうねる道を進む。すると、サリヌさんは一軒の家の前で立ち止まった。外観を見上げてノックする。やがて扉が開かれてその中に吸い込まれるように消えて行った。


 扉が閉じてさらに数秒後、俺とギュウトンもその家の前に立つ。


「特に変わった家ではないな。未発展のところはだいたいこんな感じのボロ屋だし」

「さっきの一件から見てもサリヌさんは怪しいことしてるわけじゃないと思うのだけど」


 よく見てみると横手に細い通路が伸びていた。そこには窓が備え付けられている。俺は手でサインを送りギュウトンと共に窓枠の下に潜り込んだ。


「チラッと見るだけですからね師匠」

「わかってるよ。それと、思い出したかのように敬語使うのめんどくさいからタメで構わないよ」


 ワンツースリーで部屋を覗いた。そこにいたのは、楽しそうなサリヌさんとはしゃぐ子供たちだった。


「サリヌ! パイまだ?」

「はいはい、今できたからね。熱いから気をつけるんだよ」

「サリヌ、服がほつれてる」

「どこ? 縫ってあげるから見せてみなさい」


 七、八人程の子供を一人であやしているのか。ベビーシッターか、身寄りのない子供達の面倒を見ているのかは知らないが、そこにいたのは間違いなく俺の中にいるサリヌさんとピッタリ同じサリヌさんだった。


「帰りましょうか」

「そうだな……」


♦︎♦︎♦︎


 尾行ごっこは結局日が暮れる夕方までやっていたことになる。人がいない道を選んで歩く。俺は僅かにギュウトンの後ろを歩いた。


「師匠は優しいんですね」

「え、そうか? 当たり前の事しかしていないだろうに」


 それを当たり前と言えることが優しいのを物語っているというものだ。


「俺、益々師匠を好きになっちゃったかもしれません」

「男から告白されても何にも嬉しくない」

「ははっ、そりゃそうだ」


 あの日、あの時にあった印象は、今ではすっかり音をたてて瓦解していた。ギュウトン・カリングは心優しい青年である。あの日の仮定条件は反転したのちに確定情報へと進化した。


「それじゃあ、この辺りで俺はそろそろ失礼します。お菓子作りは次の休日にでもお願いしますね」

「おう、またな」


 ギュウトンと別れた後も、一人心地よい感覚の中に浸る。


[スキル獲得:『尾行』レベル4

 称号獲得:『人斬りの弟子』]


 一見物騒な称号が手に入ってしまった。けれど、俺はその称号がなんだかとっても誇らしいものに感じたのだった。

【ステータス】

セオ ♂16歳

異世界からの転移者

【スキル一覧】

・『翻訳』『ゲーム表示』レベルなし

・『鑑定』『小太刀』『疑心暗鬼』『観察眼』『気配知覚』『索敵』『恐怖』『探偵』レベル1

・『スークビギナー』『推理』レベル3

・『尾行』レベル4

【称号一覧】

・『散財士』

・『不死の玉子』

・『人斬りの弟子』

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