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恋花火を  作者: 永間 現代
3/4

『恋花火を』3

 あまねく星々が黒のキャンバスに光を灯している。横に広がる堤防は、まるで狭い一本道みたいに一直線に伸びている。


 その直線上には、人だかりが出来ていて、大事な人を見失いそうになった。


 騒めく人々も次の瞬間には、静寂に包まれる。黒のキャンバスに浮かんでいた数々の光は、巨大な大輪の花に掻き消される。


 青や黄、赤、白。色とりどりの花が黒の背景を鮮やかに色付け始めて、馬鹿でかい花束みたいだ。


 人々は、ただ感嘆の吐息を漏らすだけで空に見惚れてる。


 俺も間違いなくその中の一人でーー、


「すごく……綺麗だ」


 そう呟くことしかできなかった。


 ーーいつの間にか繋がれていた右手が異常に熱を帯びてて。

 

 ーー虹彩にその景色を切り取りたくて。


 ーー記憶に今感じている全てを刻み込みたくて。


 そう思いながらも、俺は立ち尽くすことしか出来なくて。


「うん、とっても綺麗」


 それでも、隣で呟かれた言葉だけは聞き取れることが出来た。








 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ーーその日、俺は天使を見た。


「お待たせ」


 カランコロンと心地よい足音を響かせながら、その人は近づいてきた。


 黒を基調とした、日本を代表する民族衣装。紫色の帯がアクセントとなり、妖艶さを増している。


 まさか、浴衣でくるとは思いもよらなかったから驚いた。


「ちょっと、なんか言ってくれないと不安になるじゃんか!」


「いや、その綺麗ですね……」


「でっしょー! 花火大会なんて高校以来だから、背伸びしちゃった」


 青木さんは、裾口を摘んでくるりと一回転して浴衣を見せびらかした。


 俺は直視してたい気持ちとは裏腹に、視線だけをチラチラ向けることしか出来なかった。


「似合ってると思います……」


「え、なんてぇ? もう一回、もう一回言って!」


 ……はぁ、この人は。


「あーほら! 行きますよ!!」


 周りには花火会場へ向かう人が同じ方向へぞろぞろと歩いている。


 俺も、同じように足を運んだ。青木さんはもう知らん!


 ーーまぁ、後ろからカランコロンと下駄の音が耳をくすぐっているから、大丈夫だと思うけど。


「ねぇ、待ってよぉ! 政志くーん、からかって悪かったってば!」


 本当は怒りが収まらないのだが、急がせて、下駄の鼻緒が切れたら危ないし、この辺にしとこう。浴衣って歩きにくいって言うし。


 振り返ると、予想より遠くなっていた青木さんとの距離に罪悪感を覚えた。


「はー、やっと止まってくれた」


「えと、大人気ないことしてすみません」


「いいってことよ! 大人なのは私なんだから、それくらい何ともないよ」


 随分と上機嫌みたいだ。安心した。


 会場へと近づくにつれて、人の数は加速度的に多くなっている。まだ、歩けるスペースがある分だけマシか。


 割と浴衣を着ている人は多い。でも、俺の中ではその全てが有象無象に過ぎない。だって俺の天使はそこにいるから。


 カランコロンカランコロンと響く下駄の音だってその人の音だけははっきりと分かる。なんて言うか、脳が音を嗅ぎ分けてる。


 しばらく歩いて、花火会場へと着いた。


 その頃には、加速度的に多くなった人間がついに上限に達したのだろう。息苦しい程に人が集まっていた。


 元々、他人自体が好きじゃない。青木さんと出会わなければ、わざわざ人の多い場所で見る炎色反応の打ち上げなんて見に来ようともしなかったろう。


 家からチラッと見て、今年も綺麗だな、くらいにか思わなかっただろう。


 変わってる。きっと俺は変われてる。時間は不平等だ。停滞していた俺自身が、突然動き始めることができるのだから。今までの時間の流れが止まっていたようにも見えるくらい、進化している自分を認識しているから。


 おしくらまんじゅう、なんて比喩では足りない。それこそ満員電車の中みたいな人口密度の高さ。


 それは、もうすぐ花火が打ち上げられる事を意味していた。


「もうすぐ、ですね」


「だね。楽しみ」


 お互いに目線は空を向いていて、表情は見えないけれど。


「今日は、青木さんと来れてよかった」


「うん、私も来れてよかった」


 きっと、少ない言葉とは裏腹に心では通じてあってて。


 それは願望に近いのかもしれない。でも、これだけは分かる。ここで多くの言葉を交わすのは野暮だって。


 いつの間にか沈黙が続いていて、それを弾き飛ばすように花火の爆音が夜空に響いた。


 体の奥深くを揺らすような音に、何故か懐かしさを覚える。


 瞳の奥深くに訴えるような光に、表現しきれない美しさを感じる。


「すごく……綺麗だ」


 著名な文芸家なら、難しい言葉を並べてこの花束を表現するのだろうか。


 語彙力のない俺には、ただただそれ以上の言葉が浮かばない。


 あれ程、ぎゅうぎゅうに人が集まっていたのに、それを感じさせない。みんな喉の奥に言葉をつっかえて、発する事が出来ないんだ。


 黒い空間に、俺と青木さん。たった二人しか居ないみたいだ。黒い空間を埋め尽くすのは美しい花火。星空に贈られた花束。


 気がつけば、どちらから繋がれたとも分からないけど、手が繋がれていた。


 その事実に気が付いた時、俺は少し動揺した。動揺して、体全体の熱が急激に上がった。


 チラッと、青木さんの横顔を見ると、引き込まれそうになった。だって、花火に負けず劣らずの輝きを放つ天使がいるのだから。


 俺が幸せを噛み締めていると、青木さんがこちらに気づいた様で、


「綺麗だね」


 ーー微笑んで、そう呟いた。


 一際大きな花火が咲いたと同時に発された言葉は、地面もを揺らす爆音よりも俺にははっきりと聞こえた。


 青の大輪が咲いたら、次は赤と黄色のコラボレーション。海辺から上がる大輪たちとは別に下の方では小さな光が勢いよく飛び散っている。


「お、ハート型の花火だ」


「割とお金かかってるね」


「そんな風情を壊すようなこと言わないでくださいよ」


 俺は苦笑いしながらも答える。


 時間もたってきて、慣れてきたのか話しながら花火を楽しんでいる。


 最初ほどのインパクトがなくとも、流れる会話が楽しいと思える。


 そして、一際大きな花火が打ち上がり、歓声が沸いた。花火はキラキラ輝きながら、ゆっくりと闇に溶け込んでいった。


「今のが最後みたいですね」


「うん。なんか少し寂しいや」

 

 そんな事を言いながらも笑いかける彼女は、きっと満足しているのだろう。


「ねぇ、ちょっとあっちの人がいないところで一服しない?」


「いいですけど、また貰いタバコですか」


「いいじゃん、持たれ持ちつつだよ」


「持たれたことがないんですけど!」


 初めて会った時は、未成年がタバコ吸うなとか言ってのに、向こうから誘っちゃってるよ。


「ほら、下駄だと歩きにくいでしょ」


 俺は手を差し伸べてみた。


「マセガキめぇ……。仕方ないからここは立ててあげるとするよ」


 人混みを掻き分け、俺は前へと進んで青木さんへの道を作る。繋がれた手がうっかり離れてしまわないように、後ろにも気を付けながら。


 花火が終わったこの時間は、帰る人たちでいっぱいだ。


 俺達はその流れに反して、横切る形でようやく人混みから脱した。


「そう言えば、新しい小説が書き上がりそうなんですよ!」


 タバコに火を点けながら、俺は言う。


「へぇ、それは楽しみだね! 次はどんなジャンルなの? ファンタジー?」


 青木さんもまた、タバコに火を点けた。


「違いますよ。恋愛です。恋愛小説。」


「へぇ、あんたが恋愛ねぇ。なんだか笑えて来るね! ちょっと読ませてよ!」


「俺が恋愛小説書いてるって聞いて、爆笑する人には見せたくないですね。て言うか、まだ出来てないですし……。書き終えたら、見せますよ」


「楽しみにしてていい?」


「そりゃもちろん」


 小さく笑う彼女の頬が少しだけ紅く見えたのは、花火の熱気のせいか。それとも俺の願望なのか。


 浴衣で笑う彼女はやっぱり、天使だったんだ

 。


 でもーー。


「青木君じゃないか」


 ーーその笑みが暗転した。




 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *



「青木君じゃないか。君も花火大会に来ていたのか」


 現れたのは清潔感のある長身のイケメンだった。


 いかにも仕事ができそうな人で嫌な予感が頭をよぎる。


「古瀬さん、お久しぶりぶりです」


 そう言う青木さんは、古瀬と呼ばれる男と一切目を合わせようとしない。なんていうか、怯えている感じだった。


「その子は弟かな? 姉に似て、物分りが良く、仕事のできそうな子だ」


 にっこりと笑う古瀬は、しかし醜悪な感情を込めて。


「なぁ、青木君?」


 彼女の名前を呼んだ。




 ーーそして。




 ーー逃げ出すように。





 ーー彼女は走り出した。








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