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恋花火を  作者: 永間 現代
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『恋花火を』2

 初めて青木さんと顔を合わせてから、ちょうど一週間経った。


 今日は待ちに待った土曜日だ。なのに何故、俺はここに。ーーそう、学校にいるのだろう。


「そんな悲しそうにするなよ。仕方ないだろ? 火曜日休みだったからプラマイゼロじゃん」


「うっせえよぉ、ほら前向け」


 顔を俯け、俺は答える。今は授業中であり、前にいるこいつは後ろを振り返って、話しかけてくる。どうせ授業など聞きやしないが、あまりに堂々と話しかけられると、先生に怒られてしまう。


 あまつさえ、こいつの髪色は百獣の王でさえドン引く黄金色なのだ。


 授業は聞かず、服装は乱れ、校則だろうが何のその。所謂ヤンキーなのだろうか。


 客観的に見た俺はきっとそんなイメージ。


 だから友達もこいつしかいない。


「あーあ。火曜日は台風様様って思ったんだけどなぁ!」


「人生そんなに甘くないって事だな」


 四日目前、つまり火曜日に少し早めの台風が直撃した。危険だという事で休講。俺はその日を家の中でのんびりと過ごした。


 そんな予定外の休日を上機嫌に過ごした結果、予想外の事件が起こった。


 休講になった火曜日の代わりに今日が。そう土曜日が登校日となったのだ! まじふざけんな。


 時間の指定はしてないが、今日は青木さんがあの場所に来るはずなのだ。一刻も早く堤防へと行かなければ。


「折角、完成させたのになぁ」


「お、何を完成させたんだ?」


「うっせえよ。前向け」


「えー。気になるのになぁ」


 焦れば焦るほど、時間の流れが遅く感じた。机に突っ伏して、ただ走り出したい感情を押さえつけるのに必死だった。


 ーーそして、やっと終業のチャイムが校内に鳴り響いた。


「なぁ、政志。今日ボウリング行かね?」


「ああ、わり。今日は無理だわ。明日な、明日」


「明日は遊ぶとして、んじゃ来週はどうだ? 花火大会だぞ!」


「それもまた今度なぁ!」


「付き合い悪りぃなぁ。あ、お前待て、何でそんなに急いでんのさ!」


 終業のチャイムが鳴った。しかしすぐに下校出来るわけではない。掃除を挟んでやっと下校だが、入学してから一度だって掃除なぞした事ない。


 ダッシュだ。ダッシュで帰ろう。


 そのまま、後ろから飛んでくる声を無視して、下駄箱を通り抜け、自転車へと飛び乗った。


 五分と全力疾走すると足が悲鳴を上げ始めた。


 だが知った事ではない。早く、早く青木さんに会いたい。


 会って何をする訳でもないが、とにかく会いたい。


 会いたい。会いたい。会いたい。


 それだけの想いが、痛みを無視させ急がせた。


 息を切らしながら、堤防へと視線を上げる。人影は無かった。


「もう、帰っちゃったかなぁ」


 俺は頭を掻いて、早退してでももっと早く来るべきだったと後悔する。


 大きなため息とともに、堤防へと登る。青い空と海は、オレンジを帯び始めていた。地平線の向こうに太陽は隠れるように、沈んでいく。


 上には、柔らかく包み込むようなオレンジが。下には、揺らめき煌めくオレンジが。昼間と同じ景色、だが違う綺麗さを目に焼き付ける。


 何度も同じような景色は見てきた。でも、今日この日の夕焼けに染まる有明海は、今日初めて目にした。


 心が奪われ、時間の流れが止まる。息をするのすら忘れる。そんな景色を楽しめる自分に何となく優越感を感じた。


 夕焼けの前に、立ち尽くしていると、ふと、堤防の奥に幾ばくか広がる岩場に腰を下ろす女性が見えた。


 その女性は、体操座りをしている。打ち付ける波が時々、彼女を濡らしそうになってハラハラした。


 それでも、そこに居続ける女性がなんとも美しくて、背景と合わせて高価な一枚の絵のようだ。


 女性の短い茶髪がゆらゆらと風に吹かれていた。


「青木さん、こっちは危ないですよ」


「あ、遅いぞ! 私を待たせるなんて何年早いと思ってる!」


  先週と変わらない上から目線に苦笑いした。


 時間ってなんでこんなに不平等なのだろうか。


 あと数年、早く産まれて来れば青木さんと同じ喜びとか苦しさとか理解出来たはずなのに。


「ごめんなさい。今日は、学校があって遅れちゃいました。これでも急いで来たんですよ?」


「あれ、今日土曜日だよね? あ、そうか! 火曜の台風のせいでしょ」


 時間は不平等だ。もっと長くの時間を過ごせば、対等な目線に立って、胸を締め付けるこの想いを思い切って伝えられるのに。


「正解です。だからって土曜日に学校行くなんて思いもしませんでしたよ」


「制服の政志君もなかなか凛々しくて良いね! イメージがガラッと変わるよ。なんかヤンキーみたいだね」


 時間は不平等だ。不平等で、理不尽だ。


「むっ、ヤンキーって。気にしてるんだから、あんまり触れないでください」


「その割にはタバコとか吸っちゃってるけどね」


「学校では吸ってませんって」

 

「そっか、ならよし」


 堤防に戻りながら、二人並んで話している。そして、定位置に戻って腰を下ろした。


「そう言えば、今日は私服なんですね」


「やっと気付いたの? 遅いよ!」


 彼女を見つけた時から気付いてはいたのだが、言い出すタイミングが見つからなかっただけなのだが、怒られてしまった。


 元々、青木さんがあんなところにいたのが悪い。


 と、反論はあったのだが、怒る口調とは裏腹にくるりと一回転して、私服をアピールしてくる青木さんが可愛すぎて、躊躇われた。


「あー、その。えっと、似合って……ますね」


 真っ赤になっただろう頬を見られたくなくて、顔を背けたまま、本心を告げた。


 まじで可愛すぎだろ。早急に無形文化遺産に登録しなければ。


「そんなに照れたら、こっちまで恥ずかしくなるじゃんか! このぉ!」


「何言ってんですか、照れてませんよ! それよりほら! 小説。読んでください」


 小説を読んでもらうのは良いものの、期限が一週間しかなかったから、あまり良いものは書けてないと思う。


 いつもは、気が向いたときに書いてたし、その時の書く量もまちまち。だから一ヶ月に一つ完結させられたら良い方だった。


 それを一週間に縮めたのだ。文章の量も質も下がっているに違いない。自分の小説を読んでも、良いのか悪いのか中々分かりづらいのだ。


「む、話題変えたな! まぁ良いや、どれどれ見せて見せて」


 俺はケータイを手渡した。そして、先週のように海を眺めて、時間を過ごした。俺がタバコを取り出すと、青木さんは右手を差し出してきたから、一本おすそ分けした。


 十五分程たったころだろうか、読み終えてケータイを「ハイ」と、掌の上に置かれた。


「んー、この前の方が良かったなぁ。今回のは味がない気がする。誤字脱字も目立ってたし、最後の方無理矢理話をまとめてた感じがする」


 やっぱりかぁ。でも、これで良い。これで、また来週会うための口実が出来た。


「う、ごめんなさい。やっぱまだまだですね俺。前は、ただの趣味程度だったのに、今は良い小説書こうって思ってます。だから! だから、また来週も見てくれませんか?」


 多少ばかり嘘も混じっている。でも、仕方がない。今は書くのは遅くても、そのうち慣れてスピードだって変わるはず。何よりも青木さんと会うのが一番大切なのだから。


「来週……もね。分かった! 良いよ。ありがとね」


「あ、でも確か来週はここで花火大会が……」


 そう、学校出る前にあいつが言ってた。来週は花火大会があるって。クラスメイトもちらほらその話題が出てたはず。


「花火大会かぁ。私あんまり好きじゃないなぁ。あ、違うんだよ? 花火は嫌いじゃないんだけど、ここであるって言うのが嫌なんだよ」


「それは同感です! 何もここで花火大会しなくても良いのに。俺の場所なのに、他人に汚される気がして。毎年、その日だけはここに来ないんですよね」


「そうそう! ゴミくらい拾って帰れって感じ。それはそうと、俺の場所じゃないからね、私の場所だもん」


「なっ! 仕方ないですね、間とって俺らの場所にしましょう」


「そうね、私達の! 場所ね」


 何も私を強調しなくても。俺らのでも私達のでも変わらないじゃないですか……。


 いや違う、そうじゃないそうじゃない。今年は行くのだ。青木さんとならと行きたい!!


「でも、今年は。今年は、行きませんか」


 俺を覗いてくる視線に負けじと、見つめ返す。


 青木さんは嫌そうな顔をしていた。


「去年までは家で見てたけど、今年は行きたいんです。一緒に……行きませんか」


 心臓が馬鹿みたいにはしゃいでいる。波の音が聞こえなくなって、代わりに鼓動が身体の奥で響いてうるさい。落ち着け。落ち着け!


「ほら! 小説のネタになるかもしれませんし……。きっと、家で見る花火より綺麗に見えると思いますし」


 意を決して、さらに目力を強めた。


 俺の意地に負けたのか、青木さんは軽く溜息をついてーー、


「仕方ないなぁ。そこまでごり押しされたら行かなきゃなんないじゃん」


 承諾してくれた。


 斯くして、俺は青木さんとの花火デートを取り付けることに成功したーー。


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