鬼畜の所業
この話はブライの視点で書いてあります。
また、他の話に比べて残酷な描写が多くなっていますが、ご容赦いただけたらと思います。
残酷な描写が嫌いな方はこの話を飛ばしてください。
俺は生まれ故郷であるジンブ国のスオウ領で狩魔者、をしていた。
狩魔者とは、この国で言う冒険者と同じだが、これは山などに出没する牙熊と呼ばれる魔物か、雷猪と呼ばれる魔物を一人で退治出来る事を証明すれば、役所で正式に認められる資格だ。
牙熊は鋭い大きな牙を持つ体長二メートル程の大きな熊の姿をした魔物で、山奥にある洞窟に生息し、時折そこから抜け出して里山周辺の村を襲う。
雷猪は雷毛という毛皮で覆われた猪型の魔物で、突進と牙、それに電撃という攻撃能力を持ち、遭遇した人間を襲う習性を持っている為、山菜や薪などを拾う人間が被害に遭う事が多い。
俺は十歳の時に村に現れた牙熊をひとりで倒し、狩魔者として認められて働き始めた。
狩魔者の任務は村や町周辺に出没する魔物の討伐、活動場所が山であれば人里に出没する魔物を退治し、海であれば港を守る仕事が増え、それにその場所を通る役人などの護衛も任される。
名を上げれば城主に召し抱えられる事もあり、俺もそれを励みにして魔物を退治し、十六の頃にはスオウ領で知らぬ者が居ない狩魔者として名を馳せていた。
八年前のあの日、スオウ領にあるタスギ村が黒霊王が引き連れた石の魔物に襲われて壊滅した。
百人程いた村人のうち六十人程が原形を留めぬ程まで切り刻まれ、無残な姿で息絶えていた。
畑や田んぼは燃やされ、村の財産だった牛も馬も全て殺され、全ての家には火が放たれて、赤子を抱いたまま焼け死んだ母親もいた。
残りの三十人、その殆どが若い娘や幼子だったが、着物を剥ぎ取られて、一糸纏わぬ姿で怪しい術を掛けられて身体を石に変えられていた。
報せを受けて俺や他の狩魔者がタスギ村に駆け付けた時、黒霊王や石の魔物は既に村から姿を消した後だった。
集まった狩魔者は消火活動を行いつつ、まだ息がある者を探したが、辛うじて見つかった生存者は、完全に石に変えられなかった数人の娘だけだった。
娘たちは全員、透明な珠の様な物に閉じ込められ、四肢の先からゆっくりと石へと変えられていた。
剣で斬り付けても様々な術を放っても珠にヒビひとつ入る事は無く、俺達は娘たちがゆっくりと石に変えられる姿を見守る事しか出来なかった。
「狩魔者様、おとうと……おっかあは、無事だったか?」
珠に閉じ込められ、身体をヘソの辺りまで石に変えられた娘が俺に話しかけてきた。
自分が助からない事はもう悟っていたんだろう、娘は石に変わりゆく自らの身体より、姿が見えない両親の事を心配していた。
「息があった者は一か所に集め、他の狩魔者が治癒の術を施している。近くに遺体が無いからおそらく其処だろう」
嘘だった。
この娘から見えない場所、家の裏手で両親と思われる遺体が横たわっていた。
その両親の目の前にも同じ様な珠に閉じ込められ、胸元まで石に変えられた娘が居たので、おそらくそれはこの娘の姉妹なのだろう。
「ねえちゃも無事だったか……」
「おそらくな」
不思議な事ではあったが、珠に閉じ込められた娘たちは、胸元まで石に変えられているにも拘らず全員生きており、言葉を発する事が出来た。
「あの男、生きながら石と化す恐怖を、存分に味わうがいいと言ってただ……」
「惨い事を……」
おそらくこの珠が娘を生かしているのだろう。
少女を石へと変える灰色の浸みはゆっくりとではあるが、確実に足元から首へ向かって広がり続けていた。
「あの男……、石の魔物を引き連れ……、村の男達を魔物の爪で次々に殺していっただ」
「おら達みたいな娘は…、蛇みたいな…髪を持つ石像に…襲われ、気が付いたらこの珠に閉じ込められ……」
娘の身体はもう首筋まで石に変わり、口を動かすのも難しい状態になっていた。
「苦しいならもういい、喋るな」
「あの男…黒霊王って、名の……、あ…ぁ……」
そこまで口にした所で娘の身体は完全に石へと変わり、それと同時にどれだけ斬り付けても壊れなかった珠が、まるで風に吹かれた煙の様に消え去った。
他にも数人、完全に石に変わっていなかった娘がいたらしく、石に変わる最後の瞬間まで黒霊王の姿と残忍な手口を教えてくれた。
左目が紅玉の様な宝石である事、右手が肩口から指先まで炭の様な漆黒な色をしていた事、村にいた狩人が矢で脇腹を射抜いた時、赤黒い蛇の様な鱗が見えた事。
そして反吐が出るような手口だが、珠に閉じ込めた娘の前で、両親や親しい者を切り刻み、嘆き悲しむ姿を笑いながら眺めていたという事だった。
他にも姉妹を珠に閉じ込め、先に片方だけを石に変え、もう一人の反応を愉しんでいたという事だった。
俺達は野獣や魔物に食い荒らされぬように遺体を全て埋葬し、石に変えられた娘達をなんとか崩れ落ちていなかった村長宅の土蔵へ運び込んだ。
タスギ村で起こった惨事を領主様に報告し、俺たちは村々への巡回数を増やし、日々警戒を強めていた。
しかし、どれだけ警戒していても、黒霊王と名乗る男による被害は増え続け、奴の手による惨劇はタスギ村だけに留まらなかった。
その日を境に僅か二年でスオウの領内の二町七村が奴に襲われて、三千人近い人が命を奪われ、四百人以上の娘たちが身体を石に変えられた。
流石に二千人を超える町人を皆殺しにされる事は無かったが、住む家や店を燃やされ、家族を無残に殺されて生きる術を失った人の多くは、殺されたも同然の状況だった。
愛娘を物言わぬ石の像に変えられた男は、冷たい石へと変わったその足元に泣き崩れ、焼け落ちた家の前で座り込んだ幼子は、もう返事が戻って来る事の無い母親を呼び続け、珠に閉じ込められて石に変わりゆく娘を助ける為、男は大きな金槌を何度も力の限り振りおろし、金槌の柄を滲んだ血で真っ赤に染めていた。
偶然その時に村や町にいた狩魔者は全員、力の限り黒霊王や石の魔物と戦い、一人残らず命を落とした。
その為、家族を失った者たちも、後から駆け付けた狩魔者を責める事は少なかった。
黒霊王と名乗る男を捕縛する為、スオウの領中から狩魔者が集められ、領主様も狩魔者とは別に兵を集めて討伐隊も組織された。
更に黒霊王には金貨五百枚もの懸賞金が懸けられた。
街道という街道に関所が設けられて封鎖され、此処までやれば奴が捕縛されるのも時間の問題だと、集められた狩魔者達も楽観していた。
しかし、奴は夜陰に乗じて領内を移動し、次々に村を襲った。
しかも奴は集められた狩魔者の故郷の村ばかりを襲い、やがてその魔の手は俺の生まれ故郷であるアキの村まで伸びた。
十人の狩魔者で編成された俺達がアキの村に辿り着いた時、既に村は炎に包まれていた。
今までとは違い、十人の狩魔者が駆け付けたにも拘らず奴は村に留まり、逃げ惑う村人に石の魔物を差し向けて、その指先から延びた鋭い爪で次々に斬り殺していった。
「俺達はあの石の魔物を殺る。ブライは黒霊王を逃すな」
「分かった」
俺が黒霊王を任され、残りの九人が村人を襲う石の魔物に向かった。
村で人を襲っていた石の魔物は三種類存在していた。
背中から生えた翼で空を飛び、上空から襲いかかって指先から延びた鋭い爪で人を斬り殺すタイプ。
蛇の様な髪を持ち、娘を選んで襲い、不思議な珠の中に封じ込めて、ゆっくりと石に変えるタイプ。
そして、顔そのものが真珠の様な物で作られ、そこから光を放って浴びた人間を一瞬で石に変えるタイプだった。
光を放って人を石に変えるタイプは、この時初めて姿を現した。
その為、上空から襲いかかる石の魔物に気を取られた何人かの狩魔者が背中に光を浴び、何が起こったか分からぬうちに大理石の像へと変えられた。
奴はその石像に村人や狩魔者を襲わせながら自身は炎の弾を生み出し、笑いながら家や畑などを焼いていた。
炎に包まれた家から飛び出した人は爪で切り刻まれ、若い娘は弾に閉じ込められてゆっくりと石の像へと変えられていった。
「ふははははっ、娘よ、身体が石に変わっていく気分はどうだ?」
「い…いやぁっ!! 手や足の感覚が……無くなって……」
奴は珠の中に閉じ込められて、四肢の指先からゆっくりと石に変わる娘を言葉で嬲り、その反応を愉しんでいた。
「ああ…ミツが……」
「お願いします、娘を助けてください!!」
ミツの両親が奴に縋り付き、涙を流しながら懇願したが、奴は二人を払い除け、傍にいた石の魔物の爪で無残にも切り刻み始めた。
「おっとう!! おっかあ!!」
「いい悲鳴で囀るではないか、褒美としてこいつらの頭は刻まないでやろう」
ミツの目の前で両親は細切れにされ、血の池の上に傷ひとつ付いていない頭だけが残されていた……。
「ゆるさ…ね……」
ミツは殺意の籠った瞳で奴を睨み、そのままの顔で完全に身体を石へ変えられた。
「絶望で光を失った顔や、悲しみで泣き崩れた顔もいいが、たまにはこんな顔もいいものだ」
奴は石に変えられて珠から解放されたみつの頬を真っ黒い右手で撫で、蛇の様な先の割れた舌先で目元に残っていた涙を舐めとり、そのまま唇の中に舌を滑り込ませた。
「石から元に戻れるとは考えられぬが、この国の婚姻の証である口付けも貰っておいてやろう」
他の国とは違い、ジンブ国には婚姻の際に、相手に初めて唇を捧げるという風習がある。
奴はミツの目の前で両親を奪い、その身を石に変えて未来を奪い、そして唇を盗んでその心までも穢した。
この光景を目にした狩魔者達は怒り狂い、剣を揮って周りにいる石の魔物と戦った。
今まで村や町を襲った石の魔物の数は精々二十体だったが、アキの村を襲った石の魔物の数はどう見繕ってもその倍は存在した。
狩魔者達は善戦したがあまりにも魔物の数が多く、ひとり、またひとりと次々に爪で斬り殺され、あるいは死角から放たれた光に包まれて、石に変えられていった。
俺も襲いかかる石の魔物を倒すのが精一杯で、ミツを石に変えた後、他の家を襲っていた奴に近づく事が出来ず、奴が繰り広げる惨劇を止める事が出来なかった。
ミツの家の隣に住んでいたマツとソノ姉妹は、石の魔物が放った光を浴びて石に変えられた両親を燃え盛る家の中に投げ入れられ、悲しみで膝から崩れ落ちた姿で石へと変えられた。
逃げ込んだ家に火を放たれて焼き殺される者、幼子の命を助けて貰う為に地面に額を擦り付け、そのままの恰好で切り刻まれる者、他の村人が襲われている隙に村から逃げ出そうとし、背中に光を浴びて卑怯な姿で石に変わる者と、どんな手段を用いても奴が村人を見逃す事は無かった。
俺が奴の前に辿り着いた時、石の魔物は僅かに四体だけになり、他の石の魔物は全て破壊されて地面に横たわっていた。
その代償は大きく、九人いた他の狩魔者達も全滅し、残された狩魔者は俺だけとなっていた。
「貴重な駒を随分と減らしてくれたな」
奴は穢れた瞳にどす黒い憎悪の炎を燃やし、それでも口元には嫌悪感を増す笑みを浮かべていた。
「駒だけじゃなく、貴様も此処で終わらせてやる」
残された石の魔物は爪で切り掛かるタイプが三体、そして目の前で妹を珠に閉じ込めた蛇の様な髪を持つ石像が一体だけだった。
死角から石に変える光を放つ石の魔物が居ないのは、元々他の二体に比べて数が少なかった事もあるが、俺や他の狩魔者達が厄介なあのタイプを優先的に倒してきたからだ。
「以前捕まえた狩魔者に色々聞いたが、確かこれは貴様の妹だったな?」
妹は一糸纏わぬ姿で珠に閉じ込められて、既に腰まで石に変えられていた。
奴は俺の目の前で珠をペチペチと叩き、中で石に変わっていく妹の反応を愉しんでいた。
「なるほど、脅して狩魔者達の故郷を聞き出したのか」
「察しが良いな、散々邪魔をしてくれた礼に、こうして親族や知人をこんな姿に変えてやったのだ」
辛うじていつも着ていた服で判別できたが、父と母は家の前で原型が分からぬほどに切り刻まれていた。
家族との思い出が詰まっていた家は炎に包まれて崩れ落ち、奴は俺が大切にしていた物を全て破壊し尽くしていた。
「俺の手駒は減らされたがまた作り直せばいい。貴様らが失った家族はもう戻ってこないがな!!」
「ならばせめて貴様の首を墓前に供えてやる」
一気に距離を詰め、奴にあと一歩と言う所で魔物に邪魔をされた
一体は上空から襲い掛かり、もう二体は左右から爪で切り掛かってきた。
「このままお前の大事な妹が石に変わるまで付き合ってやっても良かったが、この状況で他の狩魔者が増えると面倒なのでな、俺は此処から去らせて貰おう」
「逃がすと…思うか!!」
連携する三体の魔物が時間を稼ぎ、俺が全ての魔物を倒した時、奴は唯一残されていた蛇の髪を持つ石の魔物と共に姿を消していた。
せめて最後に一言、声を聞こうと家の前を振り返ると、既に妹は完全に物言えぬ石の像に変わり果てていた。
俺は領主様に事の次第を報告し、家族の仇を討つ為にジンブ国を探し回った。
アキの村で殆どの石の魔物を失った奴は何処かへ姿をくらまし、三カ月ほど後から再び村や町を襲い始めた。
スオウ領内だけでなく、他の領内でも凄惨な殺戮を繰り返し、やがてジンブ国に居られなくなった奴は、三月ほど前にナダノ領の港で船を奪い、この国へ潜入した。
奴を追って交易船に乗り込んだ俺がこの街に辿り着いたのがひと月前、奴はそれよりひと月は先にこの国に潜り込んでいる筈なんだ。
読んで頂きましてありがとうございます。
黒霊王の悪行の数々と、ブライが何故奴を追っているか、ご理解いただけたと思います。
石に変えられた人って元に戻ってるよね、と思われるかもしれませんが、その辺りはまた説明したいと思います。




