偶然か必然か
細かい値段等も出てきますが、気にせずそんなのもあるのか程度で流していただければと思います。
いつも読んで頂きありがとうございます。
楽しんで頂けたら幸いです。
ロドウィック子爵家で開かれた宴の翌日、頼まれた森の調査をする冒険者を探す為、冒険者ギルドを運営している酒場兼宿屋の【幻想の森】へと向かった。
うちの商会がある地区から歩くと流石に時間が掛かる為、商会が所有している馬車を使ったんだが、馬車に乗り込む俺を見たクリスの奴は「健康の為に、たまには歩いたら?」などと言いやがった。
此処から幻想の森のある地区まで、いったいどれだけ時間がかかると思ってるんだ?
ひと区画隣の店に飯を食いに行く訳じゃないんだ、貴重な時間を無駄にする事も無い。
そんな事を考えている内に幻想の森の前に着いた。
できれば腕利きの奴らがいてくれたらいいんだが……。
「いらっしゃい、リューさん。依頼かい?」
いつも通りボンゼが受付に立っていた。
こいつもこの冒険者ギルドの責任者なんだから、奥の控室に下がって誰か適当な職員に受付をさせりゃいいのに、なぜか必ず受付に立っている。
「ああ、ちょっと遠征になるんだが、任せられそうな冒険者はいないか?」
「遠征って珍しいね……。ロドウィック子爵領かい?」
「流石だな、まあ他だと普通は現地で雇うからな」
今回の様にハンカの街の少し西の村まで冒険者を送り込めば、正規の依頼料の中に馬車代や滞在先の宿代など、ある程度予測される経費が上乗せさせられる。
また、冒険者がその依頼の後、別の街へ移動すると言い出せば、後金も渡す必要が出てくる。
この場合、手渡す後金は本来払う額の半額と決められている。
前金が金貨一枚の場合、本来の後金は金貨一枚なのだが、前払いの場合は半額の銀貨五十枚を後金として支払う事になる。
信頼できない冒険者の場合、半額の後金まで含めた依頼料を持ち逃げする事も多く、それ位なら現地まで赴いて、其処で冒険者を雇う方が早いと考える依頼主が殆どだ。
ただし、ロドウィック子爵領の場合、現地に信用出来る冒険者がいない事の方が多く、結局トリーニで腕利きの冒険者を探した方が得策だったりもする。
「一足遅かったね、三日前からネルソン達は花街に遊びに行ってるよ」
「と、いう事は暫く帰って来ねえな」
花街とは、まあ異性を買って気持ち良くなる場所だが、大体の相場は一晩で銀貨五枚程になる。
これに食事だのなんだのを追加しても、銀貨1~2枚多目に払うだけで済む。
次の依頼で死ぬかもしれないという危険に、常に身を置く冒険者の多くは手に入れた金を出し惜しみせず、美味い物を食ったり、手が出せなかった高い剣や槍などを入手したり、花街で一夜の恋に身を任せて心を癒したりする。
金貨を八枚も手にしている奴らなら、ひと月以上花街に入り浸っても余裕でおつりがくるだろう。
「呼び出せば来るとは思うけど」
苦笑いしながらそういうボンゼも、俺がネルソン達を呼び出そうとするなど思っちゃいない。
「お楽しみの所を邪魔する程野暮じゃねえさ。他に誰かいないか?」
「う~ん、上には何人かいるけど……。リューさんの依頼となるとね……」
二階が宿屋になっている為、そこに泊まり込んでいる冒険者は何人もいる。
しかし、ネルソンクラスの冒険者は数える程しかおらず、信用できる冒険者になると、更に数が限られてくる。
「何時も面倒事ばかり頼んですまないな」
俺がらみの依頼となれば、依頼主が貴族もしくは大商会の誰かだという事位ボンゼも気が付いているし、更に言えば、貴族や大商人の依頼でなかった場合、厄介な内容である事も承知している。
「明日になればレイド達が帰って来る予定なんだけど……」
「場所は海底神殿だろ? どうせ予定通り戻って来やしねえさ」
依頼人が来る事を見越し、冒険者は大体の日程を伝えてダンジョンや遺跡に向かう事が多い。
あくまで予定であり、向かう先によっては期間を大幅に超える時があるし、戦闘や罠にかかって仲間を失い、短期間で戻って来る事もある。
どちらにせよ、探索や他の依頼から帰って来たばかりの冒険者は消耗している事が多く、腕利きの冒険者であっても、あてにはならない。
他に誰かいないか考え、此処が難しければアルバート子爵家の領内にある冒険者ギルド【秘宝の夢】に出向いてもいいと思っていた。
秘宝の夢にもハロルドという腕利きの冒険者がいる。
他にも何人か心当たりがあるし、全員が偶然、氷晶の魔窟辺りの探索に出かけていなければ、仕事の依頼が出来るだろう。
一度訪ねた上で悪いが、秘宝の夢に向かおうと思った時、ボンゼが「そういえばあの男、今日も居るよ」と声を掛けてきた。
あの男とは以前ネルソンに依頼を頼みに来た時、酒場のカウンターで酒を飲んでいた男だが、気配からいって相当な腕利きなのは間違いないだろう。
アルバート子爵家の領内にある冒険者ギルドの秘宝の夢に向かうとしても時間はまだ十分にある。
あの男と話して信用できそうなら、今回の依頼を頼んでもいいだろう。
「少し邪魔するぜ」
「誰か戻ってきたら紹介するよ」
ボンゼの声を背中で聞きながら、酒場に続くドアを開けた。
幻想の森は規模の小さな冒険者ギルドだが、カウンターにあの男が座っている他に客は無く、酒場の中は閑散としていた。
ドアを開けた瞬間、あの男が刹那の間、俺の気配を探ったのが分かる、もし俺に殺意があれば腰に下げている剣を抜いたのだろう。
「隣、良いか?」
「ああ」
一応断りを入れて隣の席に腰を下ろした。
まあ、まだ午前中という事もあり本格的に飲んでいた訳では無い様で、男の前にはエールの注がれたコップと、串に刺して焼いた羊肉が乗っているだけだった。
城塞都市トリーニで一番安い肉がこの羊肉だ。
アルバート子爵家の領内で以前は羊皮紙、今は毛織物の生産の為に大量のヒツジが飼われており、其処から大量に供給される羊肉は臭みが強く、人気が無い為に格安で販売されている。
その癖がある臭いを好む者もおり、専用の鉄板を用意して羊肉を焼いて食べる者もいるが極少数だ。
子ヒツジの肉も食べる場合があるがこれは比較的高価で、トリーニでは部位によって多少違うが、肉の値段は牛、子羊、鶏、魚、豚、羊の順となっている。
ただし、魚と言っても海で獲れる魚はレナード子爵家しか海を領地に持っていない為、他の二家では比較的高値になる。
とりわけ、貝類などは海で獲れた物の人気が高く、貴族が開いた宴などの前菜にもよく使われる。
一般的に良く食べられている手ごろな価格の豚肉と比べて、羊肉の値は十分の一以下であり、この格安で人気の無い羊肉は、主にロドウィック子爵家の管理地区で消費され、他の地区では長期に滞在する旅人や、地方から出稼ぎにきた人間位しか頼まない代物だ。
「マスター、ワインとツマミを頼む」
「あいよ」
此処の料理人の腕はいいんだが、こんな時間にそんなに客が来る筈も無く、暇を持て余していたんだろう。
酒場のマスターは厨房の奥で欠伸を噛み潰していた男に何やら指示し、ワインの入ったコップを二つカウンターの上に置いた。
「良ければ飲んでくれ」
「すまないな」
此処で羊肉の料理を注文するくらいだ、おそらく懐具合は良くは無いのだろう。
身のこなしから見ても腕利きの冒険者で間違いない、ひと月近くこの街にいるんだろうから、冒険者に知り合い位いるだろう。
だったらそいつと組んで海底神殿辺りの探索に行けば、焼いた羊肉を頼まないですむ筈なんだが。
「お待たせ、鶏肉の串焼きだ」
串に刺されて焼かれた鶏肉が五本乗せられた皿が俺と男の前に置かれた。
以前ネルソンも頼んでいたこの酒場でも人気の料理なのだが、これが大体銅貨で二十枚、先ほど男が口にしていた羊肉は倍位の量が盛られて銅貨二枚だ。
「……いいのか?」
「ああ、とりあえず乾杯といこうか。と、その前に名前をまだ名乗って無かったな。俺はリューク。小さな商会の頭をしている」
「俺の名はブライ。ジンブ国出身の冒険者だ」
ジンブ国は確か北東にある国の名前だ。
話を聞く限りだが、生前住んでいた日本に近い様で似ていない所も多く、味噌は存在したが、醤油と同じ物は存在しなかった。
帆船を使えば一週間で着く事もあるが、当然船賃は高く、一番安い船底に近い場所でも銀貨二枚もする上に、吹く風が悪いと半月以上かかる時もあると聞いた。
おそらくこいつは、持っていた金をトリーニまでの旅費で失ったのだろう。
「偶然が結んだ遠き国との縁に…、乾杯」
「乾杯」
乾杯を済ませると、男は良い食いっぷりでたちまち皿の上を空にした、目配せをすると察したマスターが追加の串焼きを男の皿の上に乗せていく。
今度は遠慮する事無く皿の鶏肉に手を付け、一皿目と変わらぬ健啖ぶりを発揮していた。
ようやく串焼きに伸ばしていた手を止め、男は口の中の鶏肉をワインで流し込んで、「人を……、探しているんだ」と打ち明けてくれた。
余程に腹を減らしていたのか、皿の上には大量の串が山積みになっていた、おそらく相当切り詰めて旅を続けて来たんだろう。
「行方不明になった知り合いって顔じゃなさそうだな。仇か?」
「ああ、残忍で人を苦しめる事を愉しむ、悪鬼の様な男だ」
「それで此処を根城にして仇を探してたのか」
冒険者ギルドに登録すると、登録した場所に限るが宿代がかなり安くなる。
もっと安く上げようと思えば、街の路地裏や公園で野宿をしてもいいが、運が悪いと衛兵のお世話になりかねない。
冒険者ギルドで寝泊まりし、昼間は探索に行かずに街で仇を探し続けていたのだろう。
「此処の責任者には悪いと思っているんだが、他に方法が無くてな……」
大手の冒険者ギルドでこれをすると二週間程で叩き出されるが、ボンゼはよほど態度に問題がある冒険者以外には寛容だし、頭もよく回る。
俺が何度かこいつの事を聞いたから、いずれ金になると踏んで部屋を貸し続けているんだろう。
「盗賊ギルドに有り金の殆どを支払って調べて貰ったが、二月ほど前にこの街の近くに姿を現した事は確認している。奴の事だからそろそろ何か動きを見せる筈だ」
盗賊ギルドが調べて姿を見たというなら、そいつは間違いなくこの街にいたのだろう。
長年かけて、ようやくここまで育て上げた俺の庭で、その残忍な殺人劇とやらを繰り広げられても迷惑だな。
「仇と言っていたが、いったいどんな奴なんだ、特徴は無いのか?」
「左目に赤い宝石を埋め込んでいて、それを隠す為かいつも顔を覆うローブに身を包み、同じ様なローブ姿の仲間を数人引き連れている」
村人や町の住人であれば目立つ格好だろうが、冒険者の多くはそんな恰好をしている。
だからそいつが紛れ込むなら冒険者ギルド、しかもそれほど大きくない方が都合が良いということだが、そうなるとトリーニでは此処か、もしくはロドウィック子爵家にある冒険者ギルドの【金色の大地】位なものだな。
「冒険者も多いこの街では、それだけだと探しようが無い。他は?」
「ローブを脱いでいれば、真っ黒く変色した右手か、蛇の鱗の様なモノで覆われた脇腹で判別がつくんだが」
俺の提案で八年前に幾つかの公衆浴場が出来た。
それまでは余裕など無かった為に、風呂屋が利用できなかっただろうが、あの時期位になると街の住人もそこそこ生活に余裕が出始め、家で湯浴みをするだけではなく、少しの金を払ってたっぷりと張られた湯に浸かって疲れを癒せる様になった。
当然というか、それに付随してアルバート子爵家には頭髪用洗剤の製造法と利権を渡し、レナード子爵家には固形石鹸の製造法と利権を売り渡して、十分に稼がせて貰っている。
「……それだけ一目でわかる特徴があれば、人前でローブを脱ぐ事は無いだろうな」
その男が風呂屋を利用すれば一目瞭然なんだが、その男がよほどのバカでない限り、まず利用する事は無いだろう。
「名前とかは分からないのか?」
「黒霊王とかいう大層な名を名乗る事もあるが、偽名を名乗る事も多い」
黒霊王という響き、そして偽名と続いたところで俺の頭の中である商会の名が浮かび上がった。
この街に姿を現したのが二か月前ならば、時間的にも十分に可能性がある。
「……その男、過去に商会を隠れ蓑にして、怪しい石像とか売ったりしていないか?」
「以前、奴が美しい少女の姿をした石像を街の広場に無償で提供し、その石像が突然動き出して公園にいた人を殺した事がある」
この街で目撃され、治安の悪いロドウィック子爵家の管理地区で情報を収集してこの街を離れ、ハンナの街に潜伏し、あの少女像を作り上げてフェデーリに売り渡す。
フェデーリがあの石像を入手した時期を考えるに、おそらくそいつの仕業とみて間違いないだろう。
狙って石像を売りつけたのか、それとも偶然売り渡す話になったのかは分からない、しかし、こいつにあの石像の破片を見せ、同じ物か確認させれば話が早いな。
「少し付き合って貰えるか? もしかしたらそいつの手掛かりになるかもしれない」
「勿論だ、断る理由が無い」
食事の支払いとして銀貨を十枚懐から取り出し、カウンターの上に並べた。
「まいどあり、いつもすまないね」
こうして毎回多目に支払っておけば次に来た時に、必ず一番いい材料で最高の料理を出してくれる。
上機嫌でテーブルを片付けるマスターに「また美味い物を頼むぜ」とだけ言い残し、俺はブライと共に冒険者ギルドを後にした。
ジンブ国は江戸時代の日本をイメージした国ですが、髷などは結っておらず、着物だけでなく洋服も存在する為、冒険者等は殆ど外見で見分けが付きません。
いつも読んで頂きありがとうございます。
楽しんで頂けたら幸いです。




