最後の協力者
この話で黒霊王編が終わります。
楽しんで頂ければ幸いです。
黒霊王を討伐して三日が経った。
俺はトリーニに戻りはしたが、アーク商会には戻らず、黒霊王が仕出かした事の後始末というか、最後の協力者の処理の為に様々な手を打っていた。
まず最初に手を付けたのは、シスターセシリアの協力者としての容疑についてだ。
逃げ延びた人の中にセシリアの姿を見たという者もいたが、黒霊王が良く似た別人をモチーフにした石の魔物だった、という事で何とか強引に決着をつけた。
この世界ではテレビなども存在しない為、手配書で人相書きでも出回らなければ顔が知れ渡るという危険はほぼ無い。
セシリアは教会で働きながら、孤児院の責任者として孤児たちの成長を見守るという、多忙な日々を送る事となった。
ゼロスは事件に巻き込まれて行方不明、他の冒険者も同じく行方不明として処理されている。
何せ、黒霊王の協力者などと知られれば、妻子はおろか親戚縁者など一族の者も纏めて処刑されない案件だ。
あの黒霊王に騙されて生命力を奪われて石の魔物のコアの一部に変えられた者や、俺が処理した者は極力行方不明者として処理した。
ようやく方々への根回しが終わり、一部を除いて穏便に済ませそうな状況になった為、アルバート子爵家当主、アルバート・ゴールトンと、レナード子爵家当主、レナード・リチャーズを幾つかある隠れ家の内のひとつに招き、今後の対策を話し合っていた。
「あの黒霊王による被害の補償や、救済案はこの通りで、アーク商会からも見舞金という形で寄付を送りたい……」
決戦場となったペルナ村の村人への報酬と、俺が焼いた麦の補償額は既に引いてある。
今回の黒霊王の退治にはかなりの損害が出ているが、うちの商会の資産状況から考えれば、所詮は微々たる額だ。
俺は二十年以上、アルバート子爵家とレナード子爵家が此処まで財貨を築き上げた利権の5パーセントを吸い上げ続けて来たんだ。
宝石などの形で保有している分もあるが、利権や何やらで荒稼ぎしてきた財貨は金貨に換算すれば軽く百万枚を超える。
「お前の事だ、その辺りの手は既に打ってるんだろう?」
「リューよ、こんな茶番の為にわざわざこんな場所に呼び付けはしないだろうが?」
話が早くて助かるが、こんな場所でないと話せねえ内容だからな。
「それは確認だからな。本題は最後の協力者、あの男の件についてだ」
あの男という言葉に、ゴールトンとリチャーズは表情を変えた。
この件に関して、下手を打てば後でどんな災害がトリーニに齎されるか分からない。
「最後の協力者にして、黒霊王を操って被害を拡大させた張本人。ロドウィック子爵家当主、ロドウィック・モンフォールか……」
俺が盗賊ギルドから聞いた限りでは、かなり初期の段階からモンフォールは、黒霊王に協力していた。
活動資金を回し、隠れ家を手配し、ビリー商会の情報を渡して実力を測り、フェデーリと黒霊王を接触させて、格安で石の魔物を購入させ、トリーニに運び込ませた。
フェデーリが石化した女性に興味を示したのも、幼い頃から屋敷で見た女性の石像などでそっち系の性癖を無意識に植えつけられていたせいだろう。
もっとも、モンフォールが収集しているのは、年端もいかぬ少年少女の石像で、その年代の人間の石像を扱っていない俺の情報網から漏れていたという事だ。
シスターセシリアに少年の石像を作るように命じていた為、シスターセシリアの性的趣味という側面も強いが、少年の大量石化の半分はこいつの責任だ。
そういった石像の収集目的と、資金的に水をあけられている普段の憂さを晴らす為、モンフォールが直接指示して、アルバート子爵家領内の村を黒霊王やその協力者に襲わせていた。
出来ればレナード子爵家の領内も襲いたかったみたいだが、そうなる前に俺が黒霊王を処理しちまったという話だ。
モンフォールにとってはさぞかし俺が憎かろうが、こちらとしても奴をこのまま生かしておこうなどとは思わない。
それに、黒霊王に手を貸していたのは、こいつだけじゃないしな。
「奴だけでは無く、長男ヨーゼフと次男ウィンザーもだったか?」
この二人は実働部隊として黒霊王に直接指示をしていたようだが、命令自体が鬱陶しくなったのか、黒霊王に生命力を奪われ、街道で屍になっているのが盗賊ギルドの手の者によって発見されている。
これにより後継ぎがフェデーリだけになっているのだが、モンフォール本人はいまだにその事を知らない。
「死人に口なしというが、この際、その二人とモンフォールに全責任を取らせ、三男のフェデーリにロドウィック子爵家を継がせるというのはどうだろう?」
「モンフォールはどうする?」
「病死、という形が一番だ。実際は違うが」
勿論、モンフォールがそう都合よく病気で急死する事など無い、だが、既に盗賊ギルドが病死させる為の最終段階まで話を進めている。
通常であれば、分家筋が事前にこの情報を仕入れ、手を打ってくる所だが、今回は事情が事情の為、俺が「このままだと王都に知られ、一族郎党残らず処刑されるぜ」と優しく言い聞かせた所、分家筋が揃いも揃って快くモンフォールの首を差し出してくれた。
「後は王都への対応か……」
「流石にロドウィック子爵家を取り潰して、別の人間を送り込んでは来ないだろう……」
もう少し前であれば、その可能性もあった。
しかし、今は若干状況が変わり、王都も迂闊に手を出せない状況になっている。
「リューがトリーニに居る限り、もう王都が手出ししてくる事は無いな」
「何せオリジナルの失われた魔法を大量に保有しているからな。俺たちが生きている内は安泰だろう」
俺が魔法剣士の力を取り戻し、半神半人の微妙な存在になった事は既に話してある。
見た目が既に二十歳ほどまで若返っている為、その事を説明するのに苦労したが、「クリスと結婚するなら丁度良いじゃねえか」、「それならリリスが結婚出来る歳になっても問題無いな」、と好き勝手に言ってくれたものだ。
この世界で失われた魔法と呼ばれる魔法は全て使用可能となり、更に言えば知られていなかった力も手に入れている。
今の状態の俺がいるトリーニに戦争など仕掛ければ、城壁が見える前に一人残らず三途の川を渡る事になる。
「今後の事もあるが、とりあえずそのプランでいくか」
「フェデーリのフォローとロドウィック子爵家へのサポート、頼んだぜ」
「利権を幾つかを渡すが、今回の件の迷惑料。俺の好きにさせて貰うぞ」
こうして非公式な会合は幕を閉じ、その後俺は方々を回り、石化した村人に石化解除の魔法を使い、元に戻し始めた。
石化解除は順調に終わり、リアンやその家族も元の姿に戻り、当座の生活費や食糧等を与えられ、ミエイ村へと帰って行った。
ゴールトンやリチャーズとの会合が終わり、アーク商会に戻った後で執務室にクリスを呼び、黒霊王の一件と、俺の事を話した。
「お望み通り、黒霊王は討伐したし、リアン達石に変えられていた人は全員元に戻した。初めは教会の奇跡を使うつもりだったが、まあ結果的にその必要はなくなっちまったな」
「その事は本当にありがとう。リアンを二度も救って貰ってとっても感謝してるわ。でも、黙って出て行く事はないじゃないかしら?」
黙ってトリーニを抜け出した事は悪かったと思っているが、あの時はこんな結果になるとは考えても居なかったからな。
冒険者に力を借り、黒霊王に関してもどうにかなると踏んでいた訳だが、あんな姿になって暴れるとは思わなかったし、俺が魔法剣士に戻るとは思っても居なかった。
「いろいろ事情があったからな。ゴールトンやリチャーズを敵に回す事は避けたかったし、アーク商会を危険な目に遭わせる訳にゃいかんだろう」
掟を決めた俺がそれを破っちゃ意味が無いからな。
あの黒霊王の討伐が比較的短期間で終わったから、比較的に書類仕事も溜めずに済んだ。
「お前にゃいろいろすまないと思ってる。俺が魔法剣士になっちまった事も含めてな」
「そ…その姿は悪くないと思うわ。その、前の姿も素敵だったけど……」
この姿だと流石に恋人同士に見えるだろうが、前の姿じゃ親子に見られてもおかしくは無かったからな。
もう少しこいつが怒るかと思っていたが、この姿を見た瞬間、顔を真っ赤にしてしおらしくなったのはそういう事なんだろう。
「姿だけならな。今の俺は半神半人の微妙な存在だ。正直、結婚しても子に恵まれるかどうかが分からねえ。それでもいいか?」
「子供は欲しいけど、私はアルバート子爵家を継ぐ訳じゃないから……」
問題は他にもあるんだが、俺は寿命で死ぬ事は無くなった。
転生前は同じ姿で二百年近く生きていたし、かといって敵と戦って破れて死ぬとも考えられない。
今の俺をどうこう出来るのは界渡りのメンツ位だが、三千年前にこの世界にあの人が来た事を考えれば、もう一度この世界にあの人たちが来るとは思えない。
「ま、問題が起きたらその時考えりゃいい。俺がこんなことになった以上、出来るだけ早いうちに結婚した方がよさそうだが」
「け…結婚。す…すぐにするの?」
状況が落ち着くまで待てというよりはいいだろうに。
「嫌か?」
「い…嫌な訳ないじゃない、でもどうして?」
「失われた魔法、しかもオリジナルを大量に保有し、使用に制限が無い存在がいたとして、それを脅威と感じる奴らが戦う以外の手段としては、婚姻で来るに決まってるからな」
俺がアーク商会の頭でなければ金という方法もあるが、俺を奴らが持っている程度の金で落とすなど無理な話だからな。
唯一可能なゴールトンやリチャーズはこちらの味方だ、そうなると、まだ独身だという事を利用して、見目麗しい娘を送り込んでくるしかないだろう。
「女の人が押しかけて来るって事?」
「おそらくな。それも一人や二人じゃないだろう」
最強の外交カードとして使いたい王都の関係者、戦争を回避したい隣接する国の関係者、俺と仲の悪かった大商会、俺を囲い込もうとするヴィオーラ教の連中、それに、噂を聞いて俺を勇者って信じた個人に至ってはどのくらい来るか想像もつかない、シスターシンシアあたりなどは、次に教会に出向いた時に押し倒してくる可能性すらある。
「すぐといっても、ゴールトンやリチャーズの都合もあるし、いろいろ準備もある。早くてもひと月後になるだろうがな」
「ひと月なんてあっという間ね。私もいろいろ準備しなきゃ……」
他にも色々あるが、先日正式に婚約したんだとりあえずこれは渡しておいた方が良いだろう。
「コレは婚約の指輪だ。ひと月後には結婚指輪を贈るが、先にこれを送っておこうと思ってな」
「婚約指輪?」
そういえばこの世界にはそんな制度や風習は無かったな。
とはいえ、この指輪にはいろいろな加護をかけてあるから、クリスの為にも受け取って欲しいんだが。
「前にいた世界で婚約指輪という習慣があってな……、といっても給料の三ヶ月分なんて注込んだら、その細くて綺麗な指が折れちまいそうな石が付くから、こんなデザインの物だが……」
「素敵……、赤い宝石の指輪なのね」
前の世界でユミが使っていた指輪を回収、初期化して、俺が力を追加した物だからな。
これを身に付けさせておけば、多少の事があっても乗り越えられるだろう。
「これは右手の薬指に付けてくれ。結婚指輪の方を左手の薬指に付けて貰う予定だからな」
「分かったわ。素敵、こんなに大きな宝石が付いているのにまるで重さを感じさせないなんて……」
まあ、他の人間が見たらつけているのすら気が付かないからな。
魔法障壁の発生と、緊急時の変身機能はフルオートにしておいたからコレで何があっても問題無い。
指輪をはめたクリスを見つめ、「クリス」と名前を呼んでみた。
「なに? リュークさん」
頬を赤く染め、クリスが俺の事を見つめ返してきたので、そのまま抱きしめ、「愛してるぜ……」と言って、唇を奪った。
この世界でも挨拶としてキスをする事はあるが、今回は愛情たっぷりの恋人としての口付けをクリスト交わした。
たっぷり一分以上キスをし、唇を離したが、物足りなさそうな顔をしていたのでもう一度唇を重ねた。
この日、クリスがこの執務室から出る事は無かったが、翌朝、もう一つの階段から浴場に降り、身体を洗って用意してあった服に着替えて上機嫌で朝食の支度をしていた。
久しぶりに食堂で朝食をとったが、ギルバートとミュートのあのにやけた顔は忘れる事はねえだろう。
一週間後、ロドウィック子爵家当主、ロドウィック・モンフォールの急死の方が届き、フェデーリから呼ばれた事もあり、ロドウィック子爵家の屋敷でフェデーリと今回の一件の最後の話し合いを行った。
「という訳で、すべてはロドウィック子爵家当主、ロドウィック・モンフォールの蒔いた種で、石に変えられた村人の救済や、黒霊王の討伐に掛かった経費はロドウィック子爵家に支払っていただくのが筋でしょう」
「……そう言われましても、私は急にロドウィック子爵家を継がされ、右も左も分からない状況でして……」
既にロドウィック子爵家にあった石像に変えられた少年少女達は元に戻し、親元などに返してある。
ひとり石化から元に戻すのに、金貨十枚。
犠牲者の数は合計で一万人近かった為、まともに請求すればそれだけで金貨十万枚という額になる。
これに諸経費などを入れれば、金貨三十万枚ほどは請求しなければならないが、これからロドウィック子爵領をなんとかしたいフェデーリには酷な額といえる。
「金貨で支払っていただきたい所ですが、今回は別の形で支払うのが最善でしょう」
「別の形ですか?」
「税の額です。今麦の税率は実に九割。コレを毎年一割から五分程度下げ、最終的には5割程度まで引き下げて頂きたい。アーク商会には今回の補償額として税収の中から一パーセントを頂きます」
「ご…五割りなどと。そんな事が」
「すぐにという事では無く、段階的にという形で。今は麦の栽培に使う肥料などにそこまで手は加えていませんが、アルバート子爵家に大量にある畜糞などを加工して堆肥などを改良すれば、今よりずっと収穫量も増えますし、そうすれば最終的には収穫量との比率で納められる麦の量は変わらなくなるでしょう」
ロドウィック子爵領の穀倉地帯は元は肥沃な土地であったが、モンフォールの考え無しの領地経営により年々土地が痩せ、作付け面積に対しての収穫量も減り続けている。
だからこそ、現状は九割などというふざけた税率になっている訳で、普通に収穫できていれば、ここまで税率を上げる必要はない。
既にアルバート子爵家に大量にある畜糞は堆肥として加工を始めており、その大量の堆肥はアルバート子爵家の領内だけでは使いきれず、ロドウィック子爵領にほど近い場所にも大量に在庫として確保されている。
アルバート子爵家の領内から堆肥を引き取るだけでなく、ロドウィック子爵領の村でも家畜の飼育を始め、堆肥を生産すれば今後は特産品が麦だけという事は無くなるだろう。
それに堆肥が改良されて、仮に生産量が倍になれば税率を半分にしても入ってくる麦の量は変わらない、そうすれば食糧不足といった事態は撒逃れる。
とはいえ、麦の生産量が増えれば流通する麦の価格も変動するだろうから、ロドウィック子爵家の立場から言えば今迄通りの税収という事にはならない。
しかし、村人の手元には税を逃れた大量の麦が残り、それは村の食糧としてだけでは消費しきれまい。
それを加工して売るなりすれば、村人たちの生活は豊かになる。
アルバート子爵家の領内や、レナード子爵家の領内がそうであったように、人は皆、生活にゆとりが出れば美味しい物を食べたり、いい服を買ったりして生活水準を上げ始める。
そうすれば最終的に莫大な金がロドウィック子爵家の領内で回る様になり、その他の場所から金として税が治められれば結果的に税収は上がる。
今から何年かかるかは分からないが、最終的に三家にはほぼ同じ位の生活水準になればと思っている。
「ホントに先々の事を見越して動いてられたのですね……」
もう客として対応する事は無いな。
「それが仕事だからな。おそらくこんな真似はこれが最後だろうが……」
俺の方も流石にこれ以上裏事を続ける訳にはいかない。
新しい商品の開発や利権がらみの仕事は続けるが、今とは比較にもならない規模になるだろう。
「何かあればまた相談させて頂きますよ。もう少し領地経営を学んでおけばよかったです」
「ルフ家にも優秀な人間はいるだろう? それに領内にはまだまだ優秀な人材が眠っているかもしれん。今からでもそいつらを探し、召し抱えるんだな」
モンフォールは領内の人間を、麦を生産する為の道具としか見ていなかった。
フェデーリならば、そんな事を考えず、領内の人間から優秀な者を見い出し、自らの力に変える事が出来るだろう。
ブライは俺が特殊な加工を施した黒霊王の頭部を持ち、故郷のジンブ国へと旅立った。
石化した人を元に戻せる宝玉を結構な数持たせておいたので、ジンブ国で石に変えられた人も、元に戻す事が出来るだろう。
「ジンブ国に来る事があれば、必ず連絡をくれ」
ブライはそう言い残して船に乗り込んだが、流石にもう会う事は無いだろう。
モンフォールの情報に踊らされ、碌に黒霊王やその協力者と戦う事が出来なかったが、ブライのおかげでエルフやイミル村の人たちが今後黒蛇王の脅威にさらされずに済んだのは幸運だったのかもしれない。
聞いた話では、余程に黒霊王やその協力者より厄介で、もし洞窟から抜け出して村や森を襲っていたら、バジリスク以上の被害が出ていた所だ。
これで完全に黒霊王が巻き起こした一件は片が付いた。
あとは、復活するという魔王の存在だが、流石に復活する魔王が気の毒で仕方がないな。
復活した瞬間、おそらく俺かもう一人の勇者とやらが即座にその存在に気が付き、僅かな時間で短い現世での時間を終える事だろう……。
読んで頂きましてありがとうございます。




