事の起こり
はじめまして、普段はピクシブの方で小説などを投稿しています。
異世界転生物ですが若干異色な作品になると思います、楽しんで頂ければ幸いです。
リュークの挿絵はキャラクターなんとか機用のデータを加工して作っています。
加工元のデータはとくだ屋さんのフリー素材を使用しています。
この作品には、【石化】などちょっと変わった内容が含まれています。
夜の帳が下り、明かりの少なく騒音の聞えない静かな夜がまた始まった。
窓ガラスなどという高価な品が使われている訳も無く、初夏を迎えた事もあってややぬるい風が木製の格子がはまっただけの窓から入り込んでくる。
窓ガラスが買えない訳じゃないが、規模の小さな商会を装っている以上、そんな贅沢品を使っているのが外から見える様な真似を、あまりしたくはない。
それに窓ガラスをはめた所で、風が入らなくなるだけで、蒸し暑い現状はどうにもならない。
そう思っていた時、気持ちのいい風が窓から流れてきた。
それでもまだ、すこし蒸し暑いが、此処ではこれ以上どうしようも無いから仕方がない。
目の前の机の上には数枚の紙と大量の羊皮紙、そしてグラス。
部屋の隅に置かれた小さな樽から注いできたウイスキーが、グラスの半分ほどを満たしている。
それをチビチビとあおりながら、持ち込まれてきた仕事の内容が書かれた羊皮紙に目を通す。
最近は和紙の書類も多いが、そこまで重要ではない案件の書類や、他の商会などから回ってきた書類は、いまだに羊皮紙が多い。
商会に持ち込まれた依頼が書かれた依頼書、商会から上がってきた商品代の決裁を求める書類、様々な場所から送られてきた情報が書かれた報告書……。
飽きる程繰り返し見てきたが、コレに関しては何の感慨も無い。
その中の一枚、羊皮紙に書かれた依頼内容を目にし、思わずため息をついた。
「厄介な事になってるな……」
依頼内容が書かれた羊皮紙を机の上に置き、部屋の入り口に立つ部下に一瞥をくれてやった。
別にこいつが悪い訳ではないが、あの顔を見るに何か知っていたのだろう。
「はい、申し訳ありません」
羊皮紙には昨日、部下から知らされた件についての詳細が書かれていた。
ある貴族の屋敷に囚われている少女の救出依頼。
依頼主はその少女の妹だ。
当然依頼主である少女にこちらが求める様な財産などがある訳も無く、依頼の難易度に比べるまでも無く報酬は微々たるもので、依頼料は僅かに銀貨五枚だ。
こんな額ではどの地区の盗賊ギルドや冒険者ギルドでも、この仕事を引き受ける事は無いだろう。
俺でもこんな依頼は流石に引き受けたりはしない。
通常ならば、依頼者の少女には悪いが、お互いの為にも諦めて貰うのが一番だ。
依頼の場所もロドウィック子爵家の地区で、俺がいる場所はレナード子爵家の管理する地区。
あの地区の依頼を此処に持ち込んだ経緯は分からないが、今回は少女が先にこちらに来てくれていた為、幸運にも向こうのギルドに動きを知られずに済んだ。
向こうの地区で頼まれていれば、更に厄介な状況になっていたかもしれない。
問題は資金的な事だけではなく、貴族の屋敷に連れ去られている姉の状態にもある。
彼女は特に監禁されている訳でも無い為、通常ならば屋敷に潜り込んで隙をついて連れ去ればいい。
別段屋敷に未練がある筈も無く、事情を話せば喜んで屋敷を抜け出してくれる事だろう。
しかし、今回はこの手を使って彼女を連れ去る事は出来ない。
なぜならば、彼女は一糸纏わぬ姿で大理石の彫刻に変えられ、貴族の寝室へと続く廊下に飾られているという事なのだから……。
俺は黒崎辰爾……、というのは前世の名で、今は名字も無く、ただリュークと呼ばれている。
いまだに馬鹿馬鹿しいと思っているが、どうやら俺は死後、天国や地獄に行かず、いや行っていたのかもしれないが、このおかしな世界に生まれ落ちたらしい。
ガキの頃から何となく違和感を感じながら生き、完全に記憶が蘇ったのは十五の頃だった。
記憶が無い時も俺は悪ガキとして方々で問題を起こし、記憶が戻った後は更に元の知識を使って様々な悪事に手を染めてきた。
まあ、密輸や抜け荷程度はどこの商会でもやっているし、今は滅多に引き受けないそうだが、盗賊ギルドの連中に至っては殺しまで請け負っているんだから、俺のしている事なんかかわいいものだ。
俺はといえば今はアーク商会という小さな商会を隠れ蓑とし、どのギルドにも属さないグレーな存在として知られている。
世間一般的に冒険者ギルドは厄介事を引き受ける何でも屋だが、物を売り買いするような商売はしていない。
商会の方は様々な商売に手を出しているが、厄介事は冒険者ギルドや盗賊ギルドに依頼し、自ら厄介事に首を突っ込む事は無い。
様々な商売をしながら厄介事を引き受ける、俺の様な存在は他には居なかった。
冒険者ギルドにしても、盗賊ギルドにしても、仕事を依頼するには最低限の纏まった金が必要になる。
しかし、俺の所はある程度旨味があれば基本的にかなり安値でも依頼を引き受ける為、時折こういった厄介な仕事が舞い込んでくるようになった。
「で、この仕事受けてきた奴は誰だ?」
聞いた俺は幾分不機嫌な顔をしていると思うが、近くにいた部下は怯まずに、「……新入りのクリスです」と返した。
「クリスか……」
うちの商会を慈善事業の組合とでも勘違いしているのか、クリスという女は新入りのくせに、何度も盗賊ギルドや冒険者ギルドが受けない様な、金にならない仕事を拾ってくる。
まあ、あいつの場合は色々な事情がある為、俺としても無下には出来ないのだが、そこを分かっているのかいないのか、他の人間ではありえない様な事を仕出かしてくれる。
今回のような仕事であれば本来、盗賊ギルドに依頼すれば何の問題も無い。
ただし、依頼料は少女が百年働いても稼げないような額を請求されるが……。
「依頼は受けたが手詰まりになって泣きついて来たのか? こんな依頼、まともに解決できる訳ないだろう」
何処の誰だかは分からないが、相手が貴族だ。
もし完全に敵対したならば、貴族が盗賊ギルドに依頼して俺の首を狙ってくるだろう。
そうするだけの資金を相手は持っているんだ。
まあ、俺もこの世界で記憶を取り戻した後、何人かの貴族や教会、それにこの街の大商会に過去に記憶から幾つかの技術を売り渡し、あるいは資金を提供して利権で稼ぐ共生関係を築いてきた。
そちらには事前に幾何かの金を回してあるので、暗殺が依頼された場合は実行に移される前に必ず仲介者が現れる。
そこでお互いに話し合い、妥当な条件で手打ちをする。
今までも何度かあった事だ。
「そうですね、貴族側には幾らか問題はありますが、情報ではキッチリそれを通すだけの金を支払っているそうです」
「まさか、うちの商品じゃないだろうな?」
「いえ、商品の出所は別の商会です。うちの真似をした可能性はありますが……」
信じられない事だが、この世界には人を石や宝石に変える化け物や魔法というモノが存在する。
元に戻すには結構な金が必要になる為、そのまま野晒しにされたり、今回の事件の様に第三者に引き取られて美術品と偽って売られる事もある。
また、稀にだがあえて人が石に変えられた彫刻を好む者もいる。
そういった者の為に石像に変えられた家族や仲間に話を持ちかけ、身請けする者がいない石像だけを引き取り、彫刻としてその手の趣味を持つ人間に密売している。
「うちは家族が売る事を拒否したらその家族に石像を引き渡しているからな。家族がこんな依頼を持ち込んでくるようなへまはしねぇか」
石像に変えられているとはいえ、生きた少女を調度品として飾る趣味はあまり褒められたものではない。
しかし、貴族側がその彫刻の素性に対して知らぬ存ぜぬを通せば、単に美術品を愛でるそこらの成金どもと同じく取り締まられる事は無い。
そちら方面から貴族にアプローチし、穏便に助け出す事は不可能ではないが、貴族に恨みを買うだけでこちらに実入りが無い。
タダ働きは負けだ、利益が出ない商売などあってはならない。
最低でもリスクに見合うだけの実入りが無ければ、策を実行に移すべきじゃない。
しかも、今回は救出した後で少女の姉を元に戻さなければならない。
大理石の像に変えられた少女の姉を元に戻すのがいかに困難であるか、元々この世界の住人ではない俺でも十分に理解しているつもりだ。
石化を治すには教会に運び込んで頼み、それなりの代価を寄付してようやく元に戻す事が出来る。
銀貨五枚程度では、この教会に支払う額にも、全然たりゃしねえ。
「本来なら受ける依頼じゃないが、新入りとはいえうちの組織の人間が引き受けた依頼だ。受けた依頼を蹴るのは俺の流儀に反する」
「では……、引き受けますか?」
「もう受けてるんだろう? 問題はどうケリをつけるかだ……」
依頼主の少女が望むような形で救出するためには、時間と金が掛かる。
それともう一つ、依頼を引き受けた以上はそれをネタにして、ある程度の実入りを求めなければならない。
「とりあえず何処の貴族に捕らえられているか。話はそこからだな」
「了解しました」
俺と親しい貴族なら、話は簡単なんだがそんな事は無いだろう。
おそらく相手はロドウィック子爵家に連なる誰かだ。
読んで頂きましてありがとうございます。
投稿間隔は空く事がありますが、この章はキッチリ最後まで仕上げたいとおもっています。
感想、ブクマなど頂けるとうれしいです。