なぜ戦わない
このまま帰ろう。
あいつらに絡まれるのは面倒だ。
そう思った瞬間だった。
「痛っ…」
コツンと頭に小さな石のようなものが頭に当たった。
いったいなんな……これって前にも…
俺は少しの期待を胸に、大きな木をしたから見上げた。
しかし、そこには俺の期待する生き物はいなかった。
「あっ、やべ本当に当たっちまった」
後ろからそんな声が聞こえてきた。
ああ、なるほど。あいつらの仕業か。
「いやぁ~悪い悪い~当てるつもりはなかったんだけどよぉ」
緒方はそう言いながら取り巻きをつれて俺に近づいてきた。
まずい…このままだとめんどくさくなる。
俺はそう思い、急いでこの場から立ち去ろうとした。
しかし、もうそれは遅かった。
俺は緒方に肩を掴まれ、足を止められた。
「おいおい、せっかく友人が話しかけてやってんのに無視はねぇだろ?」
緒方は不敵な笑みを浮かべそう言った。
友人?どこがだ…頭に虫でもわいているのか?
なんて言葉を俺は心の中でつぶやき、緒方を罵った。
当然言葉にはできない。
そんな事を言えばこいつらは俺を殴るだろう。
俺も生き物だ、痛いのは嫌だ。
何も言わなきゃ暴力はふってこない。その点は俺にとって唯一の救いだ。
「わ、悪いね。習い事があるんだ、先に帰るね」
俺はそう嘘をついて肩を掴んでいるその手をどけようとした。
しかし、緒方はその手を離そうとはしなかった。
「1日休んだってもいいだろ?俺達と遊ぼうぜ?な?」
しつこいな。この感じ、なにか俺をいじめる為の新しい遊び道具でも見つけたみたいだな。
「この前さ、ネットで知ったんだけど墨汁ってのは飲んでも体に害は無いらしくてよ?」
緒方はニヤついた口で喋り続けた。
「でよ、俺試してみたいんだよなぁ~でも自分でやるのは嫌なんだよなぁ。だれか心の優しい人、手伝ってくれねぇかなぁ」
墨汁……体に害が無いならこれをさっさと飲んで帰ろうか……
「わかったよ…」
そう言った瞬間、緒方の笑みが大きくなった。
「いやぁ、筆夜ならそう言ってくれると思ったよ!ありがとう!」
緒方はそう言って取り巻きの一人のサブバックから墨汁を取り出してきた。
「ほら、試してみてくれよ」
緒方はそう言って大きい方のキャップをとって墨汁を渡してきた。
俺はそれを恐る恐る受け取った。そして中を覗いた。
その瞬間、俺の背中に寒気が走った。
なかの墨汁は色が変化してカビていた。
前に書道の授業で聞いたことがある。
墨汁は空気に触れると酸化する…つまり、外に出して使ったものは酸化してしまっているのだ。
もちろん、それを戻したのであれば中身もダメになる。
でも、この色はそれだけじゃない……
恐らく、他の種類の墨汁も混ざってる……
そこまで思考が追いつくともう一度背中に寒気が走った。
「ほらぁ、早くしてくれよぉ〜」
ニヤついた顔の緒方がそう言った。
くそ、よく考えてから行動するべきだった。
どうする…こんなもの飲めるわけがない。
……この場で捨てて逃げる…足の速さには自信がある……
でも、悔しいが緒方よりは遅い…
それに、今逃げても結局学校で会ってしまうのだ……意味がない。
飲む……のか…
「てめぇ…約束破んじゃねーぞ?」
いつまでも飲まない俺にイライラしてきた緒方がそう脅してきた。
わかったとは言ったが約束なんかはしていない。
そもそも、こいつにそんな事を言われたくない。
「仕方ねぇ…おい」
「なっ…!」
緒方が周りの取り巻き二人にそう言った。
いったい何をするつもりなのか…そんな事を考える暇もなく取り巻き達は動いた。
一人は俺が持っている墨汁を取り、もう一人が俺の両手を掴んで後ろに回し固定してきた。
俺は突然の事に頭が回らず、抵抗することもできずに捕まってしまった。
体をそらすような状態になっているため、上手く後ろ蹴りもできない。
なんの抵抗もできないで捕まっている俺の目の前に、緒方が墨汁をもって立っているのが見えた。
「優しい俺様が飲ましてやるよ」
緒方はそう言って俺に近づいてきた。
俺の思考はグチャグチャになった。
とにかく逃げたい!ヤバイ!どうにかしないと!
逃げないと!
「や、やめろ…!くんなっ!」
俺は恐怖に引きつった声でそう言った。
俺は必死に暴れようとしたが、俺を固定している奴は体がデカく、恐らく柔道部の奴でとにかく力が強かった。
そんな奴に文化部の俺が勝てるわけがなく、結局騒いでいるのは頭の中だけで体は全く動かせなかった。
「さぁて、良い子だからお口を開けましょうねぇ」
俺はもちろん口を固く結び、開かないようにした。
それを見た緒方はニヤついた顔になり、俺の鼻をつまんだ。
息が苦しい……でも耐えなきゃ…
そんな状態がしばらく続いたが、結局俺は息を吸うために口を少しだけあけた。
緒方はその一瞬を見逃さなかった。
俺の口に無理やり墨汁のボトルをねじ込んだ。
口の中にドロッとした液体が入ってくるのがわかる…
「ゴホッ…!…カハっ…ゲホッ!」
俺はそんな物を素直に飲み込めるわけもなく、その場で吐いてしまった。
「うわってめっ!ふざけんな!汚ねぇ!」
飲めなかった墨は俺の体に溢れた。
口の中が胃液の酸っぱい感じと、なんとも言えない墨の腐った臭いで気持ち悪い。
俺の手を掴んでいた奴も急いで俺から離れていった。
俺は手が解放されその場に手をついて四つん這いになった。
「……テメェ…これはお仕置きが必要だな」
緒方のそんな声が聞こえてきた。
ああ……なんで俺ばかりこんな目にあうのだろうか…
いつからこんな目にあうようになったのだろうか…
そんな疑問がいくつか浮かんできては消えていった。
もう、今更そんなこと考えたって遅いか……
トタトタと緒方達が近づいてくる足音が聞こえてくる。
蹴られるな…これは……
そう思った瞬間だった。
ボトボト…と何かが落ちる音がしたと思ったら突然、緒方達の足音がやんだ。
俺は少しずつ目線を上げていった。
最初に見えたのは……赤黒い鮮血であった。
「うわっ?!」
俺はそれに驚き、腰を抜かして後ろに尻餅をついた。
すると、大きな動物のような温もりが背中に触れたのがわかった。
しかし、俺はその後ろにいる者を確認せずに前にある光景を眺め続けた。
さっきまで生き生きと俺をいじめていた緒方達は全員、首と胴体とで分かれて死んでいた。
俺はその光景に嬉しいとか、やったーとかの感情よりも先に恐怖を覚えた。
それはさっきまで味わっていたものよりも数倍……いや数十倍のものだった。
しかし、俺の体は震えたり動けなくなったりはしなかった。
上手く言えないが恐怖の質が違う様に感じたのだ。
自分でもよくわからない。
ただ、怖いと言う事だけしかわからなかった。
「なぜ戦わないのだ……人間」
後ろから聞き覚えのある声がそう言った。
俺は首を回して後ろを見た。
そこにはやはり緑の龍がいた。
「わからん……屈辱ではないのか?」
「そんな事を言われても、俺には力がない」
俺が龍の問いにそう返すと、龍はだまってしまった。
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