おサボり副部長、来たる
一階の自動販売機に飲み物を買いに出ていた葉浦翔は自らの手で開けた写真部の部室の扉を閉じた。
「……え?」
見間違いだろうと思った。来ているはずがないのだ。〝あの人〟は。
「おかえりなさい、葉浦くん」
その時部屋の内側から扉が開き、筆で書き尽くせぬほど尊敬されている我らが部長、月雅綾羽が姿を現した。
「あの、部長……幻覚が見えたんで、帰ります」
「幻覚!? ……あぁ、珍しくいるよ。塵野くん」
葉浦翔の言わんとする所を察し、部室の戸を外から閉じる月雅綾羽。
「え……?」
廊下にペットボトルを落とした鈍い音が響いた。
「嘘……ですよね? あの人がいるとか……冗談、ですよね? 部長……」
「うちが冗談言うと思って?」
「……いえ。冗談はほとんど言わないとお聞きしています」
「?……」
「どうした~? 葉浦」
「落ちてるぞ。飲み物」
後からやってきたのは桜波崇哉、更野良弥、未来本静斗だった。全員、ペットボトルを持っている。
「あの人が……副部長が、中にいらっしゃるらしいです……」
またペットボトルが落ちた音が三回響いた。ちなみに葉浦翔は未だに自分の飲み物を拾っていない。
「……は?」
「え……?」
「……」
後で来た三人が「嘘……ですよね?」と表情で月雅綾羽に訴える。
「……うちがみんなに嘘言うと思って? あとみんな、飲み物落ちたよ」
「思ってないです」
後輩全員の総意を代表して言う更野良弥。その時――
「月雅、いい加減扉閉め切るのやめろっての! 熱いだろ!」
噂の副部長、塵野寒太郎が部室の扉を盛大に開け放って現れた。
塵野寒太郎。部内に唯一いる月雅綾羽の同級生であり、特撮オタク。そして部内最強のサボり魔である。
「ほ、ほんとにいたっ……」
人によってはのけ反りながら、口を揃えて言う後輩メンバー。
「何なんだよその反応! 俺は珍獣か!?」
「ほぼ毎日部室開けてるのに来ないから、珍獣扱いされるのよ」
言うまでもないが、後輩は全員、月雅綾羽の味方である。
「あー!! 月雅、こうなったらゲームで勝負だ! 俺が勝ったら珍獣扱いを撤回しろ!」
「望むところよ」
10分後。勝者、月雅綾羽。
「覚えてろー!!」
塵野寒太郎は三流の捨て台詞を吐いて部屋を飛び出し、脱兎のごとく廊下を猛ダッシュで走っていった。
「さすが特撮オタク……ベターなセリフがお好きなこと」
トランプが散乱した机の前に置いてあるパイプ椅子に、ふんぞり返りながら髪を耳にかける月雅綾羽。
「さっきの状況で部長にゲーム挑むとか……」
「はっきり言うなら、バカ」
いつも通り間を置いてから話し始める未来本静斗
「何言ってるのよ葉浦くん未来本くん。この勝負強さはみんながいるから発動するんだから」
そういって彼女は2人の頭を撫でる。
「そういえば……さっきまで塵野くん、パソコン使って何やってたのかしら」
視線を向けた先には、スタンドアローン状態のパソコンが起動した状態で鎮座していた。月雅綾羽はパソコンの周りを見る。
「あの人のことですからロクなことしてませんよ、きっと」
そう言ったのは葉浦翔。月雅綾羽はパソコンに刺さっていたUSBメモリの存在に気付いた。
「パソコンに刺さってるそのUSBメモリの中身次第だけどね。もっとも、期待しすぎると肩透かしくらうと思うけど」
その時――
「月雅ー!!」
なんの前触れもなしに塵野寒太郎が部室に舞い戻ってきた。
「どうかした?」
「USBメモリ返せ!」
「盗ったつもりないけどね。引っこ抜いていい?」
そういってメモリに手をかける。
「ちゃんとやることやってから抜け! 中身消えたらどうすんだよ!」
彼女はため息をひとつついてから然るべき処置をし、メモリをパソコンから抜く。
「で、これ何やってたの?」
メモリを塵野寒太郎に放りながら聞く。
「お前らどうせやることなくて暇してるだろうと思って、ダウンロード制の某シューティングゲームのデータをそのパソコンに入れておいたんだよ! ワッハッハッ!」
「……」
笑い声が空しく響く。
「もう俺はやることやったから帰還する! さらばだ!」
そういって今度こそ……姿を消した。
「……去り際になんか言うなら、ヒーロー側か悪側のセリフかどっちかにしなさいよ」
「写真部っぽい活動何一つせずに消えましたね、あの人」
もはやあの人呼ばわりな更野良弥
「みんな、あんな風になっちゃダメよ」
「もちろんですよ、部長」
と、葉浦翔
「右に同じく」
相変わらずの間の後に発言する未来本静斗
「わかりましたー部長」
逆らうことなく了解の意を示す桜羽崇哉
こうしてまた地位が下がったことに気づかず去って行った、塵野寒太郎だった。
「さて、やることやるよ。みんな」
「はーい」