いつもの始まり
とある高校のとある部屋。校内で一番の狭さを誇るその部屋に、ひとり彼女はいた。
「さて、今日は用事済ませたら何しようかなぁ」
艶のある黒髪を肩のあたりで切りそろえ、着ている制服はどこも改造されておらずスカート丈も規定値。先生にとっては見た目注意する所がない、ありがたい生徒の1人であろう。
その時、部屋の扉がゆっくりと開いた。
「おはようございまいてっ!」
部屋に入ってきて早々、ドアの枠に頭をぶつける、メガネをかけた少々ガタイのいい男子生徒。
「ちょっ、葉浦くん大丈夫!?」
慌てて駆け寄る彼女。といっても、4畳にも満たないその部屋で走る必要性はあまりないのだが。
「大丈夫、ですよ。月雅先輩っ……」
「何言ってんの。普段うちのこと“部長〟呼びしてるのに、“月雅先輩”って呼んでる時点でおかしいでしょ。それに今は夕方だよ」
「そうでしたっけ」
「まぁ、とりあえず座って?」
そういって彼女は入ってきた男子生徒、葉浦翔にパイプ椅子を勧める。
「失礼します」
そういって椅子に座る彼。
「で、何があったの? 葉浦くん」
そういって彼女もパイプ椅子に座る。
「いやー徹夜でゲームしてて……」
「徹夜はしないようにっていったでしょ」
「……はい。気を付けます、部長」
この学校の1年に所属している彼、葉浦翔は、ここの部の部長である3年、月雅綾羽に口答えできない。
別に、彼女が怖いというわけではない。そうではなく、心の底から本気で尊敬しているのである。自分の人生の目標を彼女に設定しているほどに。自分よりたった2つ年上の、そして自分と比べて背が約20センチ低い、自らが所属している部の部長を。
そして彼女もそんな彼を信頼し、彼を部の1年代表に任命している。
「今日はちゃんと寝るんだよ?」
「ご心配には及びませんよ、部長。言われたからにはちゃんと寝ますから」
「ならよし」
そういうと彼女は、好きなアニメのキャラクターのキーホルダーが付いている自らのカバンを手元に引き寄せ、あるものを取り出した。
「じゃあ、これ食べながらみんなが来るの待とうか」
手に取ったのはイチゴミルク味のアメ。
彼にとっては五大栄養素にプラスアルファされるほどの、好物。
「まっ、まさか俺が疲れてるの見透かされてっ……?!」
「さぁ? 何のことやら」
ニヤッと笑う、写真部47代目部長。
「……部長って、エスパーですか?」
「まっさか。けど、君らの行動は6~7割方予測がつくよ」
だってわかりやすいもん。といってクスクス笑う彼女。
「……部長には敵いそうもありませんね。俺に限った話じゃないですけど」
「偶然だって偶然。はい」
そういって彼女はアメを手渡す。
「いただきます。このご恩は必ず返しますので……」
「ホント借り作るの嫌いなんだね、君って……」
「はい。この前おごっていただいたジュースの借りも、先週俺の家に遊びに来てくださった時、お土産として頂いたわらびもちの借りも、いずれちゃんと返しますので」
「わらびもちの件は貸し借りって問題じゃないと思うんだけどなぁ……」
彼女としてはただお土産を持っていっただけなのだが……。
「俺からすれば問題ですよ。先輩におごって頂くなんて貸し以外の何物でもないです」
「あれはただのお土産じゃない。それに夏の暑い日にわらびもちがないっていうのは寂しいでしょ?」
その時、扉がノックもされずに開いた。
「こんにちはー」
「ちゃお、未来本くん。そういえば珍しいね、葉浦くんと一緒に来ないなんて」
少しトーンの低い声で入ってきたのは彼の冷静沈着な友達兼ここの1年部員、未来本静斗だった。
「いや、プリントを先生に出しに行ってて……」
「お疲れ様。座って? アメあるけど食べる?」
そんな彼を先ほどの葉浦くん同様、咎めることなくイスを勧めアメを食べるか聞く彼女。
〝部室はみんなの場所だからノックの有無は個人の自由〟というのが、ここの暗黙の了解なのである。
「あ、申し訳ないっす……」
そういってアメを受け取る彼。
「……葉浦やったなお前。これ、お前の好物じゃん」
「〝俺イコールイチゴ味〟っていう式ができあがってる!?」
「うん」
冷静にそう返事する未来本静斗。
「アハハ……」
苦笑いをする月雅綾羽。
まぁ、彼女も彼がイチゴ味のものが好きだとわかっていて持ってきているのだが。
またも扉が開く。
「あ、ちゃお。桜波くんいらっしゃい」
「どうも」
そこにやってきたのはほわっとした雰囲気を纏った3人目の1年部員、桜波崇哉だった。
「桜波くん聞いてよ! 未来本が“俺イコールイチゴ味”っていう式を勝手に立ち上げてるんだって!!」
桜波くんに飛びつく葉浦くん。ところが……。
「え? そうじゃないの?」
返ってきたのはとどめの一撃であった。
「桜波くんまでぇ……」
しょぼんとなる葉浦くん。
「桜波くん、葉浦くんにあっさりとどめの一撃入れないであげてー!!」
「え?」
見た目ホワンとしている桜波くんだが、葉浦くんだけに対しては無意識スキル、〝とどめの一撃〟が発生するのである。
「もう俺帰ろっかな……」
「まだ用事済んでないって葉浦くーん!」
「おーはようございまーす……」
その時入ってきたのはいかにもお疲れモードな一人の男子生徒。念のため言っておくが葉浦くんではない。別の人物である。
「……更野くん、葉浦くんの時と同じツッコミ入れるけど……今は夕方だよ?」
「……あんれまぁ」
「お疲れ様です、更野先輩……」
1年メンバーが揃って言う。
そう、今入ってきた彼こそ、現、写真部唯一の2年メンバーである天然ボケ属性ホルダー、更野良弥である。
「よし、これでみんな揃ったから先生呼んでくるね」
この彼女の発言に違和感を覚えた人は正解である。そう、副部長がこの場にいないのだが……。
「あの、部長。一応聞いておきますけど……副部長は……?」
〝一応〟の部分を強調してそう聞いたのは更野くん。
「塵野くんはサボりよ!!」
そういって彼女は颯爽と立ち上がった。
「やっぱり……」
こうしてまた彼女と同学年の男子生徒である副部長、塵野寒太郎……通称おサボり副部長の地位もろもろは、後輩の誰からも尊敬され慕われる彼女と比べ、日が立つにつれ天と地ほどの差ができていくのであった。
こうしていつも通り、校内で一番の狭さを誇るこの部屋で部長・月雅綾羽のもと部活動は始まるのだ。
「パソコンとプリンターの立ち上げ、よろしくね。みんな」
「了解でーす」
「あと、ごめん。後ろ通して……」
「はーい」
こうして今日の活動内容を聞くべく顧問である守崎先生を探しに出るというのが、ここ写真部の日課なのであった。