9 旅の途中
「いやー、しかしあのノリは参ったよな」
「決してふざけておられるのではないと思いますよ。魔物に村が壊されて、一所懸命復興しようと苦労なさっている途中なので、少しでも楽しいことを求めておられるのかと」
イルダの苦笑い交じりの話に、フレアが一所懸命フォローしている。今は、中央の聖都に向かって旅の途中。途中の町の旅館で大きな風呂に女性陣3人で浸かっているところ。アルヒコ村でのことを思い出して話していたわけ。この世界の旅は何ていうか楽。元々商人や冒険者など、移動する人が多いためか、村や町の間隔は街道沿いを歩いても半日ぐらいだし、どこにでも宿屋や旅館がある。
特に、何とかという山を越えてからは、町も大きくなり、より楽になった。
「山のこちら側は、ウィッチにやられていないみたいだからな…」
イルダが言う。それもウィッチの企みだったのか、山には魔物がたくさん発生して、山のこちら側と向こう側で、人の行き来が分断されている状態になっていたらしい。今は魔物も大分減って、復興のために商人の行き来が多く、荷物を降ろして空になった帰りの馬車に乗せてもらったりもしている。
一番うれしいのは、どこでもお風呂があること。考えてみれば、誰でも火や水の魔法が使えるのだから、大変なこともないのだろう。こういう点は地球よりもずっと快適かも。
「この石鹸もねぇ…」
私は湯から出て石鹸で体を洗いながら呟いた。石鹸は、作ったんじゃなくて、植物の実から取れるらしい。そういえば、地球でもそんなのがあった。異世界知識で石鹸を作って大評判…というようなことを考えていたのだけど無理そうだ。道具や技術も、適当な魔法があるので、あまり必要とされないみたい。
「そういうことなら、魔工を手がけてみると良いかもしれませんね」
「魔工?」
「魔石に呪文を刻んで、道具を作る技術のことです。例えば、このお風呂の温度の調整も魔工技術で作った、魔石を組み合わせた魔法機械が使われていると思いますよ?」
フレアの話に納得。いくら魔法で火が起こせても、一々それで薪に火を着けて風呂を沸かすのは面倒くさい。ちゃんと工業技術も発達しているわけね。それが魔法によるというだけで。
「以前降臨された女神様も、多くの魔工技術と魔工品を残されたようですよ。」
「新しい魔法の呪文とかじゃなくて?」
「ええ、魔法は呪文だけで使えるものではなく、魔力量が必要となってしまいますから、誰にでも使えるものではありません。魔工なら、小さな魔力を込めたたくさんの魔石の組み合わせで出来るので、魔力量が少なくても扱えるのです。」
「天界の知識を利用した魔工技術か。面白そうだな」
イルダが興味深そうに言う。そうそう、異世界知識や何故か身に付いた「俺TUEE」とかが乏しいというか、全くない感じなので、何か考えないと。
「魔王の復活とかがなくても、今のままでそこそこ魔物を退治していればそれだけで十分世の中のためになってると思うけどな」
「うーん」
道中の魔物退治は人のためになっていると思うけど、実際は、殆どみんなが魔物を倒していて、私はあまり活躍してない。ファイアーは一所懸命努力して(といってもあまり「努力」という感じはしない)、大分威力を抑えられるようになったけど…。
結局、この世界の生活魔法を使うことは出来なかった。魔法はイメージが大事ということで、火の魔法がイグニスではイメージが湧かないのだ。火の魔法って言ったら、やっぱりファイアーでしょ。
フレアによると、以前降臨した女神様も、普段はあまり魔法を使わず、いざというときに大魔法を使っていたらしいので、同じような理由があったのかもしれない。
それに、正直な話、如何にも魔物っぽい魔物ならともかく、見かけが動物や人間に近いものを相手にするのはあまり気持ちが良くない。全部がすぐにポンという音とともに魔石になってくれれば良いけど、ならないのもいるし。
大きな町に行ったら、魔工について調べてみよう。
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「ふう、次でオクトーかなぁ」
アルスが声を上げる。私も一息ついて前方の大きな町を見る。辺境から中央に向かっているせいか、だんだん町が大きくなっている感じだ。オクトー?
「街道に沿って、この町の次ぐらいだと思うのですが、辺境の中心の都市ですね」
フレアが答える。
「辺境の中心、といっても地理的には中央の都の方に近いのですが、この辺境を治めている領主が住んでいらっしゃる都市です」
「ああ、辺境伯だろ」
イルダも良く知っているらしい。伯ってことは貴族かぁ。
「オクトーに着いたら、ちょっとゆっくりしても良いかも知れない。大きな町だし、女神様の情報も仕入れられるんじゃないかな。その…ちょっと知り合いもいるし」
「そうですね」
「んじゃあ、この町ではちょっと休むだけにして、すぐ出発するかぁ」
フレアとイルダが続ける。何かちょっとアルスの歯切れが悪いような気がするけど…。
というわけで、すぐに出発しようとしたら、町の反対側の出口で止められた。何でも魔物が出たそうで、オクトーに行く道は通行止めとか。
「魔物なんか今までの道だって出てたじゃないかよー」
イルダは文句たらたらだ。まあ、実際魔物は例の活性化?のせいでたくさん出たし、それを倒して来たわけだし。それで魔石を手に入れて、お金も稼いで馬車にも乗れて。最近は馬車の用心棒みたいだったかも。
「よっぽど強力な魔物が出たのかも知れませんね」
「これは、女神っぽい人の出番かもしれないな」
おい。
「魔石の換金ついでにギルドで聞いてみようか」
アルスの言葉に、皆でぞろぞろとギルドに向かう。魔物退治はあまり気が乗らないんだけど…。
アルスが身分証明書のカードと魔石を窓口に出して、換金お願いしまーす、とか緊張感のない声で言っている。後ろで見ている私たちにもおなじみの光景だ。っていうか、あの受付嬢は、前の町の窓口の人と同じ人に見える。気のせいか。
「これだけの魔石の量はすごいですね…。やっぱり魔物が増えているんでしょうか」
「ああ、そんな気がする…。あ、そうだ、オクトーに行く道の途中で魔物が出たとか何とか」
「ええ、実は…。あ!あなた、いえあなた方は!」
アルスのカードを見た受付嬢が、顔を上げてアルスを見、続いてこちらを見て声を上げる。
「ギルドマスター!例の方々が来ましたぁ!」
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「通行止めの原因になっている魔物の調査と討伐をお願いしたい」
というのが、ギルドマスターの依頼だった。がっしりとした体格の、如何にも冒険者人生を歩んできた、という感じの初老の人だ。ウルフンさんという名前だそうで、狼に変身しても違和感がない感じだ。いや、名前がそれっぽいだけで人間だそうだけど。
「何故、俺たちに?」
「4人組の冒険者が、魔物を派手に倒しながらオクトーに向かって移動しているという情報は上がって来ている。一人は女神っぽい、いや女神を名乗る女の子だともな」
「調査というのは?魔物の正体は不明なのか?」
「襲われたのは商隊なんだが、暗い森の中でいきなり空から襲われたそうでな。空を飛ぶ魔物ということしか分かっておらんのだ。だから、討伐が無理なら、調査だけで引き返してもらっても構わん。その場合は時間を掛けて討伐隊を編成することになるだろうが…。生憎、辺境の復興のための商隊の護衛や、魔物狩りの仕事が多くて、現在あまり冒険者が町にいなくてな。出来たら早く解決したいというのもある」
「それで俺たちか…」
「よし、すぐに行こうぜ!」
アルスを遮ってイルダが立ち上がる。何故そんなやる気なの。
「どっちみち、オクトーには行かなきゃいけないんだろ?ということは、早いか遅いかだ。調査だけでもいいって話だし、いざとなったらユーカの魔法で一掃すれば良いじゃないか」
セリフが不穏すぎる。
「一掃?」
ウルフンさんが聞き返す。
「あー、こいつ以前、ゴブリン数十匹を火魔法で一掃したから」
「跡形も残さず消滅していましたね」
「その前は十六将のヴァンパイアも倒したしな」
みんなの言葉に、ウルフンさんがあんぐりと口を開ける。
「…にわかには信じられん話だが、女神っぽいと言われるぐらいなら不思議ではないのか。まあ、それでは依頼を受けてくれるということで良いかな。森に夜入るのは危険だから、明日朝一で向かうことにしよう。今晩はギルド持ちで宿屋を紹介するから、ゆっくりと休んでくれ」
「…『しよう』って、ギルドマスターも来る気かよ」
「噂の4人組の戦いを見たいのでな」
ウルフンさんは、にやっと笑った。