8 初めての魔法
女神の塔を出た私たちは、本格的な旅の準備をするために、アルヒコ村に戻った。女神の剣を持っていたのと、アルス達の話によって、村長の親父さんには完全に女神扱いされてしまい、ちょっと辟易した。
女神の剣は、今は私の首にぶら下がっている。いや、剣がそのままぶら下がっているわけではなく、小さな剣を模ったネックレスになっているのだ。フレア曰く、女神の剣は女神の思い通りの形を取ることが出来るのだそうで、色々試した挙句、こんな形になった。剣そのままの形でなく、もっと可愛いネックレスにしたかったのだけど、私のイメージの貧相さが出た格好だ。まあ、鞘もないし、抜き身のままで持っているよりは良いだろう。
「…それで、魔法には3種類あります」
今、私は村のはずれでフレアに魔法を教えてもらっている最中だ。なんと、この世界では、ほぼ全ての人が微少ながら魔力を持っていて、簡単な魔法を使えるのだそうだ。一般的には「生活魔法」と呼ばれるもので、薪に火を着けたり、飲み水を出したり出来る。
「魔法使い」と呼ばれる人が使う「(一般)魔法」は、生活魔法と同じもので、単に体内の魔力量の違いだそうだ。他に精霊の力を借りる精霊魔法と、神の力を借りる神聖魔法があるが、これらは一部の人しか使えない。エルフとか神官とか。
普通は呪文の詠唱が必要だけど、魔力量が多いと呪文無し(無詠唱)の魔法名だけや、さらには、魔法名も唱えずに無言でも魔法が使える。ただ、威力はやや落ちるそうだ。
「…実際、一般魔法の呪文はイメージをちゃんと確認するためだけのものだ、という話もあります。そうだとすると、イメージがはっきりしていれば、必要ないということになりますね。後は魔力量次第かと」
そういえば、フレアは「シールド」を詠唱もせず、魔法名も唱えずに使っていた。ヴルドが感心していたようなので、フレアの魔力量も相当なものなのだろう。
「ユウカさんの魔力量なら、どんな魔法でも無詠唱で使えるかもしれません。でも最初は呪文を唱えた方が良いかと。大事なのは、呪文や魔法名に魔素である音を込めることです。無詠唱でも、音を込めるイメージが大事です」
と言われてもイメージが湧かない。大体、指先の何もない空中に火や水が現れるというイメージに現実感がないのだ。
「…我に火を与えよ、イグニス」
駄目かぁ。そもそも、スロウとかシールドとかは分かりやすい英語だったのに、何でこれはそうじゃないのかしら。
「我が指先に水よ集え、アクア」
…しーん。
「いくら魔力量があっても、使えないんじゃなあ。…いや、女神の剣が使えるだけですごいと思うぜ、うん」
ずっと見ていたアルスが笑って言うので、ジト目で睨むと、無理やりなフォローがあった。
「まあ、練習しかありませんね、魔力を感じて、その魔力を魔素としてゆっくりと指先から出すように…」
指先に音を込めるとか、よく分からない。
「…た、大変だ!あんた達、い、いや女神様達、助けてくれ!」
フレアのセリフはいきなり出てきた村の男の人に遮られた。かなり慌てているようだ。
「村の外に魔物の群れが現れた。それもすごい数だ!」
「なんですって!?」
「あんたらの仲間の女戦士が一人で出て行ったが、何しろ数が多い!」
あー、イルダなら喜んで行ったんだろうなぁ。何か戦闘狂っぽい感じがしたし。
「おい、俺らも行くぞ」
「えー」
気乗りしないまま、アルスに引っ張られて村の入り口まで行くと、確かに入り口のすぐ外にたくさんの魔物がいる。二、三十匹のゴブリンの群れのようだ。しかし、私が驚いたのは柵の内側に見物人が大勢いることだ。魔物より多いかも。イルダが一人入り口の外で、魔物と向かい合っているという状態だ。
「…何これ」
私は思わず呟く。
「あー、村を囲んでいる柵には古い魔法が掛かっていて、下級の魔物は入って来れないんだよ。ゴブリン程度なら柵の内側にいれば安心ってわけだ」
アルスが言う。いや、それにしても見物はないんじゃないの。見物人の前で魔物と戦闘とか聞いてないけど。恥ずかしい。
「いや、悪気はないんだと思うぞ。心配で集まってきただけだろう。いくらゴブリンが弱い魔物だといっても、普通の人に戦えってのは無理だろ」
私も『普通の人』のつもり。…だと思う。
「お、やっと来たか。さっさとやっつけようと思ったんだけど、あんたらが来るまで始めるなって皆が言うからよ」
イルダが少しイラついた様に言う。だから何それ。
「…あー、いや、一人で戦うのを心配してくれてるんじゃないか…」
「お、女神様がいらしたぞ」
「待ってました!」
アルスのフォローをぶち壊すような見物人からの声。だーかーらー、何なのそのノリは。
「あー、ちょっとユーカに魔法を教えててな、遅くなった」
「そりゃあ良い。相手がゴブリンでも数が多いと面倒くさくて。さ、女神サマ、魔法で一掃しちゃって下さいな。半分ぐらい残してくれて良いんで」
アルスに答えてイルダが無茶振り。
「駄目だ、こいつ生活魔法も使えなかった」
「はあ?やっぱり『ぽい』人じゃ無理かよ」
「い、いえ、ユウカさんなら、きっとすぐ出来るようになると思いますよ」
フレアの擁護が逆に痛い。あと、『ぽい』は禁止だってば。
「本当に使えないのかよ。ほら、何かイメージで適当に、とりゃー、と」
とりゃー、ねぇ。大体、『イグニス』とかそういう分かりにくい呪文じゃなくて、ほら、火の魔法なら、ゲームとかに良くある、
「…ファイアー(fάɪə)」
とかね。うん。
…次の瞬間、冗談半分で掲げていた左手から、火炎放射器のように火が出て、ゴブリンの群れの左半分が燃えた、というより消滅した。
「…ふぇぇ」
「お、おい、今のは何だ?禁呪か?」
「なんか『ファイアー』とか聞こえたけど」
「こんな威力の魔法見たことがないぞ?」
見物人が騒ぐ。
「すごいな!やっぱり『ぽい』だけのことはあるな!」
「や、やっぱり女神様…」
「あ、ああ、でも…こりゃ使用禁止だな」
イルダは驚きながら感心し、フレアはまた目をウルウルさせているが、アルスは落ち着いて駄目出し。私はまだボーッとしていた。
「とにかく、よほど強い魔物じゃない限り使用禁止だ。見ろよ、素材も魔石もパーだ」
「確かに…これは困りますね」
「威力の調整ぐらい出来ないと、役立たずだな」
ひ、ひどい言われよう。
「もう一発、もう一発」
「ぶちかませー」
見物人は盛り上がっているけど。…いや、だからそのノリはぁ。
「おい、とにかく残りを片付けるぞ。ユーカは休んでろよ」
アルスの言葉でイルダとフレアも動き出す。十匹以上いた残りのゴブリンも、あっという間に片付いた。見物人の歓声は、無視しておこう。
そして、例によってゴブリンの死体はシュルシュルと縮んで、魔石が現れる。魔石が現れるときに音が殆どしないのは、魔石が小さいからか。ヴルドのときはポンという音が聞こえたけど。それと、半分ぐらいの死体は縮むことなくそのままだ。
「魔石持ちは半分か。それでも割合が多いな」
「普通は10体に1体ぐらいだもんな」
「それ以前に、真昼間に外にたくさん現れる時点で普通ではありません」
アルスとイルダの言葉に思い出す。魔石持ちの魔物は少なくて、そうじゃない魔物は討伐確認部位を買い取ってもらったり、素材にしたりするのだった。それにフレアの言うとおり、ゴブリンは普通洞窟とかにいるもので、昼間街道にわらわら出てくるような魔物ではなかったと思う。やはり、魔物の活性化なのだろうか。
「ま、ゴブリンなら金も素材も知れてるし、放置しておけば良いか」
「え、そのままにしておくの?」
「スライムや狼が片付けてくれるのですよ」
私の疑問にフレアが答える。
「それよりユウカさんすごいです!あんな強力な魔法を使えるなんて。しかも魔素が短い魔法名に3つも入っていました!また色々試してみましょう!」
「他人を巻き込まないようにやれよー」
はいはい。