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17 魔物の群れ

 「くっ、何だこの数は」

 「そもそも群れを作る魔物じゃないはずだろ!」

 「蛇嫌、へびいや!」


 グイベルは、たくさん飛んでいるだけでなく、襲い掛かって体に貼り付こうとしてくる。アルス、イルダと私は、必死に剣で叩き落しているが、きりがない。フレアは少し後ろで、カールを庇いながら、両手に纏わせたシールドで飛んでくるグイベルを避けているようだ。


 「あれを!」


 フレアの声に前を見ると、グイベルが地面にたくさん群がっている。いや、群がっているのは地面ではなく倒れている人と馬。辺境伯と、乗っていた馬だ。グイベルの他に、羽のない大きな蛇もいる。


 「ポイズンスネークか!」

 「おじさん!」

 「へびいや!」


 その短いが人の胴体の半分ほどの太さもある姿に、蛇嫌いの私の背中に虫唾と寒気が走った。


 「おじさんを早く助けないと!」

 「毒が廻ってしまいます!」

 「でもこのままじゃ、…えいうっとうしい!」

 「へびいや!」


 声を上げながら、グイベルを叩き落す。もう、一人で数十匹は切り落としたと思うが、まったく数が減らない。魔法で一掃?皆の体に群がっているグイベルを?ファイアーで燃やす?ウインドで吹き飛ばす?ウインドカッターで切り刻む?それとも他の魔法で?

 …駄目だ、皆を巻き込まないでグイベルだけをやっつける方法が思いつかない。


 「うわっ、噛まれた!」

 「アルス!」

 「アルスさん!」

 「へびいや!」


 噛まれて一瞬ひるんだ隙を狙って、アルスの体に無数のグイベルが貼り付いた。たまらず膝を付く。イルダの足にもグイベルが歯を立てている。私は左手に噛み付こうとしたグイベルを、小さなウインドで弾き飛ばした。しかし、背中に貼り付いた何匹かはどうしようもない。


 「このままじゃ…」


 イルダが呻く。グイベルは毒を持っていないが、このままでは無数に噛まれて、体力を失ってしまう。その後にポイズンスネークに噛まれて毒が廻ったらおしまいだ。他の魔物が寄ってくることも考えられる。

 どうにか魔法で、魔力を使って…、魔力?


 「へびいや!じゃなくて、カール!」


 私は叫んだ。


 「吹いて!ホルンを思い切り吹いて!」


 フレアの後ろに蹲っていたカールは、はっと気付いてホルンを構えた。背中にはグイベルが乗っているが、気にせずに思い切り息を吸う。


 ホルンの音が森に鳴り響いた。今度は私にも、音に魔力が乗っているのが分かった。マウスピースが使い慣れたものに変わったから?

 魔物を寄せ付けないとはいっても、追い返すほどの威力があるかどうか心配だったけど、効果は歴然だった。グイベルがいっせいに空に逃げる。森の奥に帰るようではないが、襲ってくる様子はなく、空を飛びまわっている。この音はG。音が私の魔力に共鳴し、魔力が沸き立つ。


 「トルネード[tɔ:néɪdəʊ]?…でもって、ウインドカッター!」


 竜巻をイメージして風を回転させ、空を飛んでいるグイベルを巻き集めてからその中に空気の刃を叩き込む。バラバラになったグイベルが上から落ちてくるのは避けたいので、そのままトルネードを前方の森に移動して止めるつもりだったけど、ホルンの音との共鳴のせいか、魔力の調整がうまくできずに止め損ねた。木々がバリバリと音を立てて倒れているけど気にしないことにしよう。


 「ふう…」


 ため息を吐いて座り込む。他の皆も茫然自失だ。


 「…そ、そうだ、おじさん!」

 「エルリク様!」


 足を引き摺りながら懸命に走るアルスとカールに続いて、皆で辺境伯の元に駆け寄る。辺境伯は気を失っているようだ。体に無数の傷があって、呼吸も荒い。体力を失っているだけでなく、毒も受けているのだろう。


 「フレア!神聖魔法の『ヒール』は使えるだろう?体力を回復させて、町に戻って毒消しの薬を使えば…」

 「ええ、でも皆さんもっと近づいてください」


 意味が分からないまま、フレアに近づくと、フレアは跪いて祈る仕草をすると、魔法を詠唱した。


 「神よ、慈愛に満ちたる天の光をもって、全ての者を癒したまえ、キュアオール」


 フレアの足元から魔法陣が広がり、その魔方陣から光の粒が上がる。光が消えると、魔法陣の中の全員の傷が消えていた。地面に落ちていた一匹のグイベルも、魔方陣に掛かっていて傷が治ったらしく、そそくさと草むらに消えていった。


 「キュア?ヒールの上位魔法か?しかも複数の相手に有効な『オール』とは…。話に聞いたことはあるが、見るのは初めてだぞ」


 イルダが言う。


 「ヒールなら聞いたことがあるけど…」

 「ヒールは本人の治癒力を高めて傷を癒すだけだが、キュアは何でも『治す』んだよ。体の傷だけじゃなく状態異常や心の傷も。悪い習慣や性格も治るって話があるぞ」


 何それ怖い。


 「性格は無理ですが、これで…」

 「ううっ」


 フレアが苦笑して立ち上がると、辺境伯が呻いて目を開けた。


 「おじさん!」

 「エルリク様!」


 アルスとカールが辺境伯に駆け寄る。辺境伯は、上半身を起こして自分の体を不思議そうに見廻している。


 「大丈夫ですか?」

 「巫女殿…。あ、ああ、寧ろいつもよりも調子が良いぐらいだ。蛇の魔物は?それに噛まれて毒を受けたと思ったが…」

 「カールのホルンで怯んだところを、ユーカが一掃したんだ。で、フレアのキュアで皆を治療したところだよ」


 アルスが言う。辺境伯は周りを見渡して、倒れた木々に目を丸くしたが、首を振って立ち上がった。


 「お主たちに感謝せねばならん。チェスターは?」

 「途中ですれ違ったんだけど、すごい勢いで逃げて行ったよ。まったくアイツは」

 「まあ、それで助けに来られたところもありますが」

 「とんでもない話だよ。あたしらの方に逃げてきたからまだ良かったものの、そうじゃなかったら辺境伯が襲われているのに気付かなかったかもしれない」


 それにしても、と私は言う。

 「それにしても、『魔の森』とはいえ、あの魔物は異常なのではないですか?」

 「そうだな。普段はワイルドラットがたまに出るぐらいなのだ。『魔物狩り』というのも、気晴らしの言い訳のようなものだよ」


 ワイルドラットは、スライムレベルなら1か2といったところだ。しかも群れを作るわけでもない。気晴らしといえばそうだろう。


 「まあ、俺らもカールがいなかったら危なかったからな」

 「危なかったというより、全滅してたわね」


 アルスの言葉に私が答える。


 「カールが?」

 「さっきもちょっと言いましたが、無数の魔物に取り付かれてどうしようもなくなった時、カールのホルンで魔物が体から離れてくれたので、私の魔法で何とかなったのです。…その、魔力が強すぎて、魔物が離れてくれないと味方も巻き込んでしまうので」

 「…なるほど、カールにも改めて礼を言わなければいかんな」

 「もったいないお言葉です」


 「それと、今後のことも考えないといかんな。魔物が異常に発生したというだけで大問題ではあるが、他にも気になることがあるのだ」


 辺境伯は、もう一度倒れた木々を見ながら言った。


 「気になること?」

 「うむ。魔物が急に現れて一斉に襲い掛かってきたのに慌てていたので、はっきりと断言は出来ないのだが…、魔物はチェスターの方には向かわず、俺の方ばかり襲ってきたような気がしてな」

 「それって!」

 「ああ、何者かが俺を狙ったという可能性がある」


 辺境伯は、アルスに淡々と話しているけど、とんでもない話だ。


 「だから、おじさんを置いてチェスターだけ逃げられたのか」

 「まあ、奴は魔物と戦う気がまったくなかったらしく、すぐに逃げ出したのでな。それが幸いだったとも言える」

 「いや、チェスター自身が元々辺境伯を狙っていたという可能性もあるんじゃないのか?」

 「それはどうなのでしょうか?あの怖がり方はとても演技だとは思えません」

 「確かに、自分が襲われないと分かっていれば、あの怖がりようはないかも」


 どのみち、チェスターを色々と問い質せねばならないかも。そもそも、辺境伯を置いて逃げたというだけで、懲罰ものだろうし。


 「魔物の異常発生については、『魔物の森』自体も含めて、調査が必要になるかもしれん」

 「森自体に原因があるかもしれないし、ただの自然発生かもしれないですからね」


 「ま、そのときはユーカに本気で二、三発竜巻を飛ばしてもらえば、森ごと一掃じゃねーの?今でも1/3ぐらいの木は壊滅状態みたいだし」

 「おいおい」


 言えない、本気じゃなくて必死に魔力を抑えてこの程度だったなんて言えない。


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