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14 黒熊

 やっぱり知り合いか、と納得。アルスは以前からオクトーに知り合いがいるって言ってたから、そうじゃないかと思ってた。まあ、それが辺境伯だとは、さっきまで思ってなかったけど。


 「ああ、俺はエルリク・マルクグラフ・ファン・ベアードという。一応このあたりの領主をさせてもらってる。アルスの親父さんとは昔なじみでな。」


 「マルクグラフ」なのに「ファン」とは。この世界の名前はどうも良く分からないところがあるけど、貴族で辺境伯だということは分かった。


 「呼び立ててすまんな。アルスと久しぶりに会いたいというのもあったが、お主らについては立場上色々報告も受けていてな。実際に話を聞いてみなければ、とも思っていたのだ」


 ああ、なるほど。派手に魔物を倒しているパーティーを見定めたいと。女神っぽい、という噂も聞いているだろうし。


 「エルリク様!」

 「何だ、チェスター」


 横にいた騎士が大声を上げるが、辺境伯は煩そうに応じる。何を言われるか分かっている、という雰囲気だ。


 「何故このような者共をご自身で相手になさるのですか!貴族ならともかく、平民の冒険者など、下賎な食い詰め者ではありませんか!」


 わー、「下賎」とか「食い詰め者」とか、小説ならともかく、実際に使う人を初めて見た。それにしても、当人達を目の前にして良く言えるものだ。それこそ小説に出てくる、典型的な嫌われる貴族という感じ。


 「そういう会話は、あたしらを呼ぶ前に済ませといてくれよ。これだから貴族とか王族とかいう連中は嫌いなんだよ」

 「おいおい、イルダ…」


 イルダを嗜めるように言うアルスも、目は笑っていて、本気で止めているようには見えない。チェスターとかいう騎士はさらに激高した。


 「大体、お前達も平民なら、辺境伯であるエルリク様相手に跪いて挨拶すべきであろう!」

 「あたしはこの国の出身じゃないから、この国の貴族なんか知らないね。まあ自分の国でも貴族に頭なんか下げないけど」

 「俺も今更おじさん相手に跪けなんて言われてもなぁ」

 「わたくしは、女神様以外に膝を折ることはありませんので」


 私は…黙っておこう。しかし、みんな煽るなあ。


 「な…」

 「チェスター、先程も言ったが、アルスは古い友人の息子だ。そして彼らには客として来てもらったと思っている。それにな、女神っぽ…候補もいる。女神ということになれば、そこの巫女殿は婦爵、他の二人も忠爵を賜ることになる。神殿によれば天より与えられる天爵は人の決めた人爵よりも上らしいぞ?」

 「ふ、婦爵など、神殿の坊主共の唱える黴の生えた御伽噺ではありませんか!大体、ウィッチ如きを倒したぐらいで女神気取りなど、お、愚かにも程があります!」


 セリフがどこかの魔族の将と同じだ。あと、神殿にお坊さんはいないんじゃないかな。


 「ウィッチだけではない。魔界十六将のヴァンパイアや、ワイバーンも倒している。特にワイバーンは、殆どそこのユーカという女神候補一人で倒したという話だ。これはギルドに提出された魔石より、真実だということが確認されている。ワイバーンのときは目撃者もいるしな。既に連絡は受けているが、正式な書状をアルスが持ってきているはずだ」


 ああ、ウルフンさんが言ってた「紹介状」って、そのこと。


 「そ、そんな馬鹿げた話を…」

 「信じられないというなら…」


 「信じられないというなら、あたしとちょっと戦ってみるかい?女神サマ相手じゃなくて物足りないかもしれないけど」


 辺境伯の言葉を遮るように言って、イルダが背中の大剣の柄に手を掛けて、ニヤッと笑う。まったく血の気が多いんだから。


 「き、貴族である私が、お前ら如きと剣を交えることなど…」

 「チェスター、もう良い、下がっておれ」

 「…」


 チェスターと呼ばれていた騎士は、私を思い切り睨みつけて出て行った。


 「何だあれ」

 「すまんな。あいつも騎士としては悪くはないんだが、少々貴族を鼻に掛けているところがあってな、最近の若い連中にはそういう者が多くて、俺としても頭の痛いところなのだ」

 「で、俺たちを利用したと」


 アルスが言う。


 「途中からおじさんも煽ってたものなあ」

 「まあな」

 「…アイツ、それほど大したことないよ。歩き方や身のこなしで分かる。スライムレベルならやっと2に届くかどうかってとこじゃないか」

 「イルダさんも血の気が多すぎです」


 フレアが嗜めるが、やはり目が笑っている。チェスター散々だな。でも、スライムレベル2に届かないかもってのは弱すぎではないだろうか。


 「貴族がみんな辺境伯みたいなら、あたしも貴族嫌いになんかならないんだけどね。腕っ節も、ずっと強そうだ。さっきの何ちゃらとかいう騎士と違って、本気で戦ってみたいと思うくらいには」


 だから、それが血の気が多いというに。しかし、それに対して辺境伯は、うれしそうに答えた。


 「名ばかりの若い連中には負けておれんよ。日々、裏の森に魔物狩りに行って鍛えておる」


 裏の森って「魔の森」でしょうが。何やってるの辺境伯。


 「まあ、アルスの親父殿の『白狼』と競っていた頃の力はないかもしれんがな」

 「まさか…『黒熊』?」

 「聞いておったか」


 私の問いに、辺境伯は豪快に笑って答えた。


**********


 黒熊…もとい辺境伯は、私達にオクトーにいる間ずっと館に宿泊して欲しいようだったけど、丁寧にお断りした。オクトーには少し滞在するつもりだけど、チェスターの類がいると、館にずっといるのは居心地が悪そうだもの。結局、時間の関係から、夕食と一泊だけお世話になることにした。


 一応、客室を一人ずつ貰って、ちょっと待つと使用人が呼びに来た。やたら眺めの良い、町を一望できるバルコニーの前をぞろぞろと歩いていく。ちなみに、私的な食事会ということで、別に着飾ったりはしていない。


「それでは、こちらの部屋でお待ちください」


 と、案内されたのは、バルコニーを通り過ぎてすぐの部屋。さすがに広い部屋だけど、特に豪華絢爛・調度品がキラキラということはないようだ。私的な食事会ということもあると思うけど、辺境伯の趣味なのかもしれない。すでに食卓の上にナイフとフォークが並べられていて、指定された席について待っていれば良いとの事。

 辺境伯は、すぐにやってきた。チェスターと、私たちと同じくらいの年の女性も一緒だ。一瞬、チェスターも一緒に食事をするのかと身構えてしまったが、入り口で待機するようで安心した。さっきのような会話をしながら食事なんてとんでもない。女性の方は、一緒に食事をするようだ。


 「いや、待たせたな。座ってくれ。ああ、それとこれは娘のオルサだ。よろしくしてやってくれ」

 「オルサです。皆様初めまして。それと、アルス様、お久しぶりです」


 ああ、アルスは知っているわけね。幼馴染的な関係なのかも。

 すぐに料理が運ばれてきた。なんかフランス料理のフルコースみたいな感じだけど、特に見た目も調理法も手が込んでいる。そういえば、今までの宿での食事も美味しかったけど、肉をただ焼いたり、野菜のスープとか炒め物とか、凝ったものはなかった。

 ただ、私としては、正直凝った料理は苦手というか、料理はともかくナイフやフォークがいくつもあるようなのは気を使う。今目の前にあるのはエスカルゴみたいだけど、ひょっとしたら魔物のワームの類かもしれない。それは良いけど、どうやって食べるんだっけ、こういうのは。確かトングが付いていないときは貝を手で押さえて良くて、専用のフォークで中身を…。緊張緊張。

 横目で見ると、イルダは上品な手つきで器用に中身を取り出して、これまた上品に食べている。黙って澄ましていると、どこかのお嬢様みたいなのよね、まったく。


 アルスが小さい頃に隠れて白狼と黒熊の魔物退治に付いて行った話とか、私達がワイバーンを苦労して倒したときの話(食事中なのでゲ○攻撃の部分はカット)とかで盛り上がっているうちに、如何にも職人が作りました的な飴細工や氷菓子も運ばれてきた。まだまだ食事は長く掛かりそうだ。

 飴細工も見事だったけど、私の興味は食事開始時から演奏されている楽師?達に引かれていた。さすが貴族の食事会といったところだけど、最初は生演奏だと気が付かなかった。この世界には、音を録っておくような魔法や魔道具はないのだろうか。後で聞いてみよう。


 ハープやリュートに似た弦楽器、横笛や縦笛などの木管楽器、小さな太鼓を組み合わせたような打楽器。それは良くある組み合わせだけど、私が特に興味を持ったのは、主旋律を多く受け持っているトランペットのような金管楽器だ。いや、フリューゲルホルンに近いか。バルブがない代わりに管が長い。演奏が難しそうだ。


 「ヴァイオリンみたいな、弓で弾く弦楽器はないのかしら」

 「何ですか?」


 私の呟きに、フレアが反応する。


 「あ、えーっと、私の世界では弦を擦って音を出す楽器がこういう室内での演奏では中心だったのだけど、こっちにはそういう楽器はないのかな、って」

 「わたくしは聞いたことがありませんね」


 うーん、さっきから音を何度も外しているのが、結構気になっているんだけど。疲れてるのでは。

 金管楽器(ラッパ)の原理は単純。基本は、管が長ければ低い音が、短ければ高い音が出る。また、基本の音の整数倍の周波数の音(倍音)を唇の調整で出すことが出来る。低倍音は音階としては飛び飛びだけど、高倍音では音の間隔が詰まってきて音階が吹ける。だから管を長くして基本の音を低くし、ちょうど良い高さが高倍音で吹けるようにすれば良いのだけど、高倍音は出すのが大変で疲れる。昔はホルンを演奏する人には特別手当が出たなんて話もあるくらいだもの。

 低倍音での音の間を埋めるために、微妙に管の長さを変えることが出来る「バルブ」が発明されて演奏が楽になった、ってのが私の世界での歴史なんだけど、この世界ではまだないのかも。


 「ユウカさん、あの中央で今、主旋律を演奏している人ですが」


 ああ、フレアにも音を外しているのがばれちゃった?


 「音に魔力が乗っていますね」

 「え?」


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