102 王女似の町娘
「いや、雰囲気が違いすぎるだろ、『深窓のご令嬢』じゃなくて『活発な町娘』という感じじゃないか」
「よく見ると、髪の色が微妙に違いますね」
確かにフレアの言うとおり、王女の髪の色は薄い青色だったが、今前を歩いている女の子の髪は少し緑っぽい。
「まさか、髪を染めて変装して街に繰り出している?」
「いや、ユーカ、あれじゃあ変装になってない」
アルスがあっさりと否定する。
「…別人ね」
私の頭の上で、姿を消したままのスピカが言う。そういえば、スピカはこういうのが分かるのだっけ。魔力の波長がとか何とか。コマンダリアの王様に魔将が憑りついていた時も、そんなことを言っていた。
「別人だけど…かなり魔力の質が近いわね」
「うーん、皆さん、これはすぐに王に報告した方が良いかもしれません」
フレアが言う。
「別人ならどうでも良いんじゃないの?」
「…いえ、そんな訳には…、事情は後でお話しします」
お城に引き返した私達は、迎賓館の一室でチャールズ王子と会っていた。王様は誕生祭の準備で忙しくて、時間が取れないとのこと。
「ふーむ、妹にそっくりな町娘ですか」
「聞いたことはありませんか?というか、街中でも『王女とそっくりだ~』なんて噂にならないのかしら」
「ユーカ、普通の人は王女の顔なんか知らないよ。何かの行事があっても遠くからしか見られないし。逆に王女の顔を知っている一部の上級貴族は下町なんぞ歩かない」
「そういうことだね。だからこそアレンや父上が下級貴族や裕福な商人のフリをして町を出歩くことが出来るわけだ。君達なんかは数少ない例外だよ」
イルダの言葉に王子が同意する。
「…それだけで僕を呼んだのは、やはり噂を聞いているからからだろうね?」
フレアが言ったからだけど。
「ええ、その方が良いかと思いまして」
「フレアとイルダ殿は知っているかもしれないが…、君たちになら全て話しても良いだろう…」
王子は、ちょっと考え込みながら話し始めた。
「まず、噂ではなく間違いのない事実は、僕やアレンと妹とは母親が違うということだ。妹の母親は側室のアイリーン妃なんだ。残念ながら、僕の母親同様亡くなっているけどね」
側室がいたの。
「で、噂でも信憑性が高そうなのは、父上と前王とでアイリーン妃を取り合ったという話だね。」
「うわあ。正妃を取り合うならともかく、側室を取り合うなんて。正妃だけで十分でしょ」
「いやいや、ユーカ殿。王族や上級貴族の結婚に恋愛感情が伴うことは少ないからね。この噂はむしろ『良い噂』として女官などの間でも好評なんだ」
「えぇぇ…」
「『悪い噂』もありましたね」
フレアが口を挟む。
「…ああ、父上がアイリーン妃を手に入れるために前王に毒を盛ったという噂だ。王位も手に入って一石二鳥というわけだ。まあ、僕はもちろん信じていないけど」
「酷い噂だな」
イルダがあからさまに嫌な顔をして言う。
「そちらの噂ではありません」
「ああ、分かっているよ。単に『全ての噂』を話しておきたかっただけだ。フレアの言うのは『前王にはアイリーン妃との間に成した子供がいる』という噂だろう?」
「それって…」
「もちろん、過去に散々調査をしたけどそんな子は見つからなかったんだけどね。もちろんどんなに調査しても完全ということはないだろうしね…」
やっぱり面倒ごとがやって来た。
「前王と現国王の関係は?」
「従弟ということになるね。前王亡き後、直系がいなかったから、公爵家だった父上が王位を継承したわけだ」
「そのときに前王直系の娘がいたら?」
「微妙だけど、父上が王位を継承した時だったら、年齢を考慮してやはり父上の方が順位は上だったろうね」
王子がイルダに答える。王様は変わらない訳ね。
「…しかし、その後が…それに今なら…」
「…?」
「君達を信用して、調査をお願いできるかい?僕も動きたいところだけど、止めておいた方が良いだろうね…。どんな結果になっても構わない、と言っておこう」
「…良いのかい?」
「ああ」
イルダの意味ありげな問いに、チャールズ王子ははっきりと頷いた。
「また面倒くさい話が…大体、側室とかハーレムとかがおかしいのよ!」
あれから聖都の教会に移動してきた私達は、以前にも滞在したことのある教会裏の館にやってきて夕食を取っていた。教皇も今晩は帰ってこないようで、教皇にも差し当たりは秘密にしておいたほうが良いだろう今回の件を話すには、都合が良かった。
「いや、ユーカ、側室は別に良いだろう?ハーレムは意味が違うし」
「何よ、アルスはイルダが女王になって側室をたくさん迎えても良いって言うの?」
「…意味が分からないよ。女王が相手を増やしても世継ぎを生めるのは自分だけなんだから意味がないだろ?むしろ側室が必要なのは王配である相手の男の方だぞ」
「ううう…、男ばっかり。王位の継承も男子優先だし、差別じゃないの?」
「いやいや、男の方が相手さえいれば、沢山世継ぎを残せる可能性が高いんだから、王室の血統存続のためには、男子優先が当然だろ?それもあって、女子は結婚して王家から抜けることが出来るけど、男子は王家から抜けられない。自由がないという意味で、男の方が差別を受けているとも言えるな」
イルダまでそんなことを言うし。
「まあ、差別ではなくて、区別ということでしょうね。ユウカさんの偏見は、ひとまず置いておいて…」
フレアにはあっさりと流されるし。
「ふう、分かったわ。これからの話をしましょう。…要するに、あの子がアイリーン妃の娘なのかどうかを調べるってことね?」
「アイリーン妃の娘の可能性は高いですね。トトス王女はアイリーン妃と生き写しと言われるぐらい似ているという話ですが、その王女とあそこまで似ているとなりますと」
でも、確証を得るのは難しそうだ。この世界だと、アイリーン妃直筆の書簡とかかしら。DNA鑑定とか出来ないし。
「今まで見つからなかったというのもなあ。あんなに似ているのに。昔の調査は何だったんだ」
アルスが言う。
「地方でひっそり暮らしていて、最近都に出てきたとかじゃないの?生まれて間もないころは、見た目だけで似ているというのは無理があるし、何か証拠でもないと」
「昔の調査内容と、最近都に出てきた理由とかを調べる必要があるか…」
「昔の調査内容なんてどう調べたら良いかしら。そもそもこの件を誰にどこまで話して良いのか…そういえばイルダ、チャールズ王子が何か微妙なことを言ってたけど、あれはどういう意味だったの」
なんか、動かない方が良いとか、どんな結果になっても良いとか、意味ありげだった。
「ああ、王子はまさに当事者だからだよ。王様も当事者で悪い噂もあるけど…」
「王様の王位継承順位は変わらないという話だったわよね?」
「でもその後が違う」
「と言うと?」
「現王の王位継承はあくまで直系の娘の年齢を考慮したものだから、次の王は王子ではなくその娘になる。当時だったら王子を王配としてさっさと婚約が結ばれる流れだけど…」
「今は違う?」
「その娘次第だね。今はもうお相手がいるかもしれないし。要するに、王子が王位に拘っていれば、その娘を害してもおかしくない」
うわあ。
「だったら、王子に話を持って行ったのはまずかったのでは…」
「初期情報を得る必要がありましたし、王子が王になることにあまり拘ってない事は知っていましたからね。それに、牽制の意味もあったのですよ。これで何かあっても『そんな娘のことは知らなかった』なんて言い訳は聞かないですからね、という」
「面倒くさいな…」
「それだけではありませんよ。王や王子にその気がなくても、王の派閥の貴族が勝手に彼女を害しようとするかもしれません。逆に、彼女を利用して現王を追い落とそうとする勢力が出てくるとも考えられますね。前王を殺めたという噂を利用して、彼女を担ぎ出すとかですね。他に…」
顔を顰めて文句を言うアルスに、フレアがつらつらと続ける。
「…まあ、そういう色々なことが考えられるので、王子に話に行ったのですよ。今回の誕生祭はトトス王女のお披露目も予定されています。どの勢力にとっても良い機会でしょうね」
「うわぁ…」
王女と似ている人を見かけただけで、面倒な話になったわね。