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3.IFルート:ESCAPE FROM ……

マリーが更に逃げるIFルートにつき、許容できる方のみ読み進めてください。

時系列としては誘拐事件後の分岐です。


 そろそろ、限界が来たんだと思う。

 誘拐騒ぎからこっち、何もかもを取り上げられ、自由なんてない。

 よくしてくれるアマリアさんやハールさん、お邸の人たちには悪いけれど、本当に限界なんだから……!


 そもそも、クレスト様は付与魔術師というものを誤解している。

 たとえ書くものを取り上げられ、刺繍ししゅう道具も遠ざけられたとしても、私から魔術陣を描くことを取り上げられたわけじゃない。今は、あの忌々(いまいま)しい銀環もないんだから。


 ソファに寝そべったまま、私は自分の腕に爪を立てた。

 ブランケットの下でごそごそしているのがバレないように、慎重に力を込める。痛い。でも我慢だ。

 騎士としての鍛錬たんれんを続けているクレスト様に真っ向勝負で勝てる気はしないから、あの人がいない昼間が逃げるチャンスだ。

 描く魔術陣は2つでいい。

 1つは描き慣れた身体強化。もう一つは―――


「きゃぁっ!」


 突然、真っ暗になった視界に、私の見張り番だったイザベッタさんが悲鳴を上げた。


「ごめんなさい、イザベッタさんっ!」


 陣の周囲数メートルの範囲で陽光を遮る魔術を発動させた私は、混乱する彼女に声を掛ける。これで、外敵によるものではなく、私の逃亡だと伝わるだろう。

 窓を開けた私は、えいや、と勢いをつけて外へ飛び出す。

 身体強化が効いているとはいえ、足にかかる衝撃に、ちょっぴり涙が出そうになったけど、そこは堪えて遮光しゃこうの魔術陣を解く。

 着のみ着のままアンド裸足というのはつらいけれど、今は逃亡が最優先。身体強化の陣に全てを託し、私は塀を乗り越えて邸の外へ飛び出した。



 ◇  ◆  ◇



「ただいま、です」

「……! マリーさん?」


 出迎えた可愛い後輩は、ポカンと口を開けて私を見上げていた。


「アイク、呆けてないで桶一杯にぬるま湯準備して、あと手拭い。こないだ教えたから1分でできるだろう?」

「は、はい、師匠!」


 奥から顔をだしたお師さまは、前触れなくやって来た私を見て、眉を少しだけハの字にした。


「マリー、とりあえずアイクには目の毒かな」

「あー、あはは……、言われてみれば酷い格好ですよね、すみません」


 邸を出てからひたすらに走り続けた私は、寝間着にショールを羽織っただけの格好だった。朝方に霜柱さえできるようなこの季節に、正直、バカなことをしたという自覚はある。


「とりあえず、上から被りなさい」


 お師さまは自分の上着を脱ぐと、私に上から被せて来た。温かいぬくもりと、お師さまの匂いと、毛羽立った生地に、なんだか張りつめていた心が解されていく。


「困った子だね。僕を呼んでくれれば迎えに行ったのに」


 頭を軽く撫でられ、軽々と抱き上げられてしまった。まるで子供の頃に戻ったようで、少し懐かしい。でも、あれから私の体重はずいぶんと増えているはずだし、それでもお師さまの足取りに揺らぐ様子がないということは、……お師さまも身体強化を使っているんだろうか?


「師匠。準備でき……おぉ、すげぇ、力持ち!」

「そこのイスの前に置いて。―――マリー、下ろすよ」


 居間のイスに下ろされた私の前に、お師さまがしゃがみ込む。


「無茶をしたね。裸足で駆けてくるなんて」


 土を落とすよ、と持ち上げられた私の足が、桶に張られたぬるま湯に浸けられる。寒さで感覚を無くしていた部分が、温められてじんじんとしびれるような感覚と痛みを呼び覚ました。

 自分でも無茶だと分かっていた。怖くて確認もしていないけれど、足の裏は傷だらけになっているんじゃないだろうか。下手をしたら皮が丸ごと剥けているかも。

 ただ、何も考えたくなかったから、ひたすらに身体強化の陣に魔力を込めて、がむしゃらに足を動かし続けた。お邸を抜け出してから、どれくらい歩き続けたのかも分からない。

 そう、何も考えたくなかった―――


「お師、さま。わた、私……」

「急いで話さなくてもいいよ。体も冷えてるし、疲れているだろうし、魔力も枯渇こかつ気味じゃないか。今はゆっくりお休み」

「でも、あの人が―――」

「うん、何も考えなくていいよ。ここにいる間は、僕が君を守るから」


 違う。お師さまにそんなことを言わせたいんじゃない。

 私はふるふると首を横に振った。


「アイク。君はさっきの続きに戻りなさい。ここはいいから」

「でも、マリーさんは―――。……はい、戻ります」

「ああ、そうそう。さっきの三段目の詠唱は悪くないんだけど、根本的に見落としがあるから、もう一度よく考え直すように」

「ぐ……はい」


 お師さまに視線だけで黙らされ、それでも私を心配そうに見るアイクに、できるだけ笑顔を作って「頑張ってね」と言ったけれど、余計に心配そうな顔をされてしまった。表情に失敗したんだろうか。


「もういいよ、マリー」

「え?」

「辛かったんだろう?」

「……」


 私の足から丁寧に土を落とすお師さまの頭が、じわり、と歪んだ。違う、歪んだのは私の視界の方。


「わ、私、たぶん、そこまであの人のことを嫌ってるわけじゃないと思うんです」

「うん」

「でも、何を言っても信じてくれなく、って」

「うん」

「も、ど、したらいいかっ……」


 そこから先は、もう、声にならなかった。

 あくまで私を逃がさないために、徹底的に監視の目を緩めないクレスト様。もちろん、何度か逃げた私も悪い部分はあるのだろう。けれど、私は人形なんかではなく、一人の人間なんだ。意志があるんだ。それを、理解してくれないあの人と話すことに、……私はほとほと疲れはててしまった。


「な、何が、いけなかった、の、かなぁ……」


 嗚咽おえつを必死で飲み込み、呟いた疑問は、ここへ来るまでに何度も心に浮かび、そして振り切ろうと、考えまいとして足を動かす原動力ともなったもの。


「マリー」

「……は、い」

「君は自分で思っている以上に疲れているよ。今は何も考えずにお休み」

「で、でも―――」


 逡巡した私を、頭を持ち上げたお師さまの黒い瞳が貫いた。


「マリー、ゆっくり休んで。考えるのはそれからでいいんだよ」

「でも、お師さま。私、こんな状況じゃ休むなんて、できません。それに、急に押し掛けてしまったんだから、せめて家事ぐらい」

「マリー」


 ふわり、と温かいものが私を覆った。視界は真っ暗になってしまったけれど、怖くはない。お師さまが私を抱きしめてくれているだけなんだって、ちゃんと分かるから。

 それと同時に、同じように抱きしめてきたクレスト様の腕が、香りが頭をよぎる。懇願こんがんするように私の名を呼んで来たあの人は今頃―――


「マリー、『休みなさい』」


 お師さまの力ある言葉に、私の意識はぷつりと途絶えた。



 ◇  ◆  ◇



「師匠、さっきの三段目だけど……」


 ぼくは、そぉっとリビングをのぞき込んで、言葉を失った。

 そりゃ、突然マリーさんがやってきたのには驚いた。しかもあんな格好で。正直、あんな薄着でこの寒い中やって来るなんて正気の沙汰じゃないと思う。

 逆に考えれば、そうせざるをえない状況にあった、ってことだ。

 ぼくはあまり姉弟子にあたるマリーさんのことを知らない。1度、自分で作ったという人間にしか見えない人形と一緒に来た時に、いろいろと教えてもらっただけだし。変な男に絡まれている、と言った話は聞いたけど、どんな男なのかは知らない。

 でも、すごく優しい人なんだ。

 料理も丁寧に教えてくれたし、ふもとの町で薬師になったのも、人が良すぎて断りきれなかったからだって聞いた。

 どうして、あんなボロボロの姿でこんな山の中に駆け込むような状況になっちまったんだろう。


「アイク、とりあえず僕はマリーを寝かせてくるから、桶を片づけてくれるかい?」

「あ、うん」


 ぼくはコクコクと頷いた。

 怖い。師匠が怖い。

 滅多に見せないイヤな無表情だ。とんでもないミスをした1回しか、見たことがない。あの後に申しつけられた罰則には2週間もうなされる羽目になった。もう見たくないと思ったのに、これだ。


「ぼくのベッド使う?」

「いや、僕のベッドに寝かせておくよ。どうせ僕は寝られそうにないしね」

「……師匠」

「おそらくアイクが考えていることは違うよ。まだその段階じゃない」


 どきり、とぼくは体をすくませた。

 弟子入りしてから半年以上になるけれど、師匠はまるでぼくの心の中を読み透かすようなことがある。人の心に関わる魔術はないと言われているけれど、師匠はそれを扱っているんじゃないかと疑うほどに。

 ぼくが疑ったのは、マリーさんがこんなことになった原因を排除・処分しに行くんじゃないかってことだった。


「今はまだ、そういう計画を練るだけだよ。こういうことはマリー本人の意志を確認してからでないとね」

「師匠でも、そういうこと気にするんすね」

「……アイク、以前から思っていたんだけど、君はしばしば正直過ぎるよね」

「ごめんなさい」


 潔く謝る。いや、師匠に叱られるのは本気で怖い。


「僕もね、先走り過ぎて娘に嫌われたくはない年頃なんだよ」

「それ、2軒隣のオッサンがよく言ってた。でも、そのオッサンって13の娘持ちの四十過ぎだよ?」


 言外に師匠って何歳なんだよ、と尋ねてみたけれど、「それは言いっこなしだよ」なんてはぐらかされた。いつものことだけど、師匠は年齢を明かそうとはしない。


「とりあえずマリーは明日の朝まで起きることはないから、明日の朝食から準備してやって」

「なんで分かるんすか」


 まさか、疲労具合から推測、とか?

 マリーさんが小さい頃から家族同然に暮らしていたというから、経験から予測できるんだろうか。


「僕がそう眠らせたからだよ」


 悪びれずにそう答えた師匠は、マリーさんを軽々と持ち上げて自分の部屋へと向かって行った。

 以前、会ったときに比べて随分とやつれたように見えたけれど、あれも疲労のせいだろうか。

 明日の朝は元気な顔で起きてくれるといいな。そんなことを思いながら、ぼくは再び修行に戻ることにした。


この後は、おそらく続きません。

こういう展開もあったかもね、という話です。

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