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16.想定外の試作結果

 きっかけは、子爵家で小耳に挟んだ港町の習慣だった。

 船出の際に陸で見送る人と船の乗客が巻いたリボンを投げたり、端と端とを持って名残を惜しむのだとか。それを眺めているだけでも、色とりどりのリボンが何本も行き交う様は、随分とにぎやかな印象を受けるのだと。


「巻いたリボンを勢いよく広げればいいかな。あ、色違いで3本ぐらい入れてみれば、きれいかもしれない」


 行使魔術に向かないマリーツィアは、師のように様々な魔術で人を魅了させることはできない。それならば、師が見せてくれる余興の一部だけでも、手軽に実演できるような物を作れないだろうか、と考えることが多い。それは、一種のコンプレックスなのかもしれない。


「魔術陣を起動させるトリガーはどうやって管理すればいいかな。魔力の籠もった小さい石を使うとして、どうやって触れさせる? 中蓋を入れておいて、それを引き抜くことでリボンに描いた魔術陣に触れれば……」


 自室で新たな陣を開発するときは、こうして考えを口に出してまとめることが多い。以前から口に出す癖はあったが、クレストの婚約者としての立場を受け入れるようになってから、彼に余計な不安を抱かせないように、考えを意識して口に出すようにしている。彼がいないときは、別に口にしなくても問題ないと思われるかもしれないが、いかんせん、新しい魔術に没頭してしまうと、マリーツィアは彼の帰りすら気づかないほど集中力を発揮してしまう。メイドのアマリアが気を利かせて声を掛けてくれるときもあるが、彼女も他の使用人を監督する立場で何かと忙しい。そればかりは、どうしようもなかった。


 そして、今日も魔術の開発に没頭したマリーツィアは、彼女に惜しみない愛情を傾ける婚約者の帰宅時間など、すっかり忘れてしまっていた。


「……リボンが飛び出やすいように筒の形は円錐にして、中蓋を、うーん、こんな感じかな?」


 赤・青・黄色に染めた3本の細い布をくるくると巻き、その外側に魔術陣を描く。手に収まるサイズの円錐の細い部分に魔力の籠もった石英の小石を入れ、外側から引き抜けるようにした中蓋を差し込み、巻いたリボンをぎゅむっと押し込むと、薄い薬包紙で外蓋を付けた。 マリーの目論見通りにいけば、円錐の側面部につけた紐を引っ張ることで中蓋が外れるはずだ。リボンの外側に描いた陣と、魔力の籠もった石が触れれば、魔術陣が起動し、ロール状に巻いたリボンが広がりながら飛び出すようになっている。

 とりあえず、実験あるのみ、とマリーは何もない壁に開放部を向けて、紐を引っ張った。


――――何も起きなかった。


 実験に失敗はつきものなので、マリーはめげることはない。薬包紙の強度が強過ぎたのか、それとも魔術陣に問題があったのか、はたまた石に込められた魔力がうまく魔術陣に伝わっていないのか。

 考えられる失敗要素を思い浮かべながら、マリーは開放部を覗き込んだ。


パンッ!


 大きな音とともに、薬包紙が弾けるように破れたかと思いきや、勢いよくリボンが飛び出した。途中、マリーの頬をちりっと掠めて飛び出たリボンは、その勢いのままに広がりながらまっすぐに――――壁に刺さった。

 大失敗である。


 リボンを広げるときの勢いに問題があったのか、魔術陣を見直して勢いを調整しないと……と考えて、見事に壁に突き刺さってしまったリボンを回収しようと顔を上げ、そこで彼女は凍り付いた。


「……クレスト、様」


 何もかもを凍り付かせる絶対零度の冷気を帯びた婚約者が、無表情ながらに怒りのオーラを立ち上らせ、部屋の入り口に立っていたのだ。ちなみに、その扉のすぐ側には、突き刺さった青色のリボンがたらり、と垂れている。


「すみません、お帰りになったことに気づかずに、あ……の、すぐに片づけますね」


 うっかりしていた、と、とりあえず証拠隠滅のために彼に近くに突き刺さるリボンを引っこ抜こうとしたマリーの手が、クレストによって取られる。


「マリーツィア」

「……は、い」

(どうしよう、これ絶対怒ってる、やっぱり出迎えしなかったから―――?)


 青ざめたマリーの頬に、クレストの手が添えられた。


「たとえ君であっても、君を害する者を許す気はない」

「……え?」


 クレストの指が頬をなぞると、ぴりっと鋭い痛みがマリーに伝わった。彼の指を見れば、赤黒いものが付着している。どうやら頬を掠めたときにリボンが肌を傷つけたらしい。ささやかな祝いの席で使ってもらうための物を作ろうとしたはずだったのに、思いもかけず殺傷能力秘めたものを作ってしまったと知って、マリーの顔が羞恥で赤くなる。


「マリー?」

「は、はい」

「何をしていたんだ?」

「え、えぇと、その、お祝いの席で、こう、リボンがふわっと広がって、華やぎを添えられたらな、と思いまして」

「……華やぎ」


 クレストは、壁に突き刺さったままのリボンを引き抜いた。思った以上に深く刺さっていたようで、クレストの眉がぴくりと動いた。


「どう見ても殺傷目的にしか思えないが」

「そ、それは、ちょっと予想外に勢いが付きすぎたと言いますか、試作品で――――」

「マリー?」

「えと、ケガもそんな大したものではありませんし、お見苦しいようでしたら、すぐに直しま……ひゃんっ」


 突然、頬の傷を舐められ、マリーの口から子犬のような悲鳴が洩れた。


「甘い……いや、少ししょっぱいか?」

「な、なななな」

「マリーツィア、君はどれほど危険なことをしていたのか理解しているか?」


 頬を撫でていたクレストの指が、白い首筋へと添えられる。


「もし、首を傷つけられていたら? どうなったと思う?」


 首には太い血の管がある。もしそれを傷つけられていたら、と想像して、マリーの顔が強ばった。


「マリー、君がいなくなれば、俺の生きている意味などない。万が一、君が命を落とすようなことがあれば、俺も後を追おう。君の命は、もはや君一人のものではないと知っているか?」

「え、と、それは――――」


 言い回しが誤解を生じさせるんじゃないかと指摘をしたかったが、本気の瞳に射抜かれて、マリーは言葉を飲み込んだ。


「君の師、イスカーチェリが言っていた。君はたまに自分の魔力の過小評価してとんでもないミスをするから気をつけなければならない、と」


 まさか、あれほど仲の悪い様子だったのに、そんな忠告をされているとは思いもよらず、マリーはその紫闇の瞳を大きく見開いた。


「マリーツィア。君自身も色々と今後のことを考えているのは知っている。だが、君を危険に晒すことなら、―――やはり、魔術の研究を禁止」

「ま、待ってください」


 マリーはクレストの胸にすがりつくように続く言葉を止めさせると、騎士服をきゅっと握りしめる。


「私は、クレスト様に喜んでもらったり、驚く顔を見てみたくて、でも、そのために使えるものが、私には魔術これしかなくて……」

「こんな類の驚きは不要だ。俺の心臓を止める気か」

「でも、クリスも遠い場所なので、やっぱり自分で色々と試すしかなくて」

「一人で実行に移すことを禁じる」

「クレスト様!」

「夜や俺が非番の日は付き合おう。だが、俺がいないときに、一人で魔術陣を扱うな」

「……でも、そうしたら、クレスト様が休めません!」

「君の隣にいる以上の休息なんてない」


 きっぱりと断言されて、言葉を失ってしまったマリーツィアの頬から首筋にかけて、じわり、と赤く染められていく。その様子を見て、クレストの口元が笑みの形を作った。


「マリーツィア」


 両腕で囲い込まれ、逃げ場を失ったマリーは、途方に暮れた様子で真っ赤になった顔をおそるおそる上へ向けた。


「君がいなければ、俺の生には何の意味もない。だから、くれぐれも自分を大切にするように」

「……」

「マリー?」

「わ、わかりましたから、その、離して、ください……」


 最後の方は消え入るような声だったが、クレストの耳にはきちんと届いている。だが、もちろん彼女の言い分を聞く気はなかった。


「断る」

「クレスト様」

「君のぬくもりを手放すわけがないだろう?」


 額に口づけると、部屋に入ってきたときとは一転、上機嫌になったクレストは、そのまま愛しい婚約者を腕の中に閉じこめ続けた。

 結局、マリーツィアが解放されたのは、メイドのアマリアが夕食の準備が整ったと呼びに来てからだった。


※よいこのみんなは、クラッカーをのぞきこんだりしないようにね♪

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