15.指でなぞる
マリーとクレストへのお題は以下の通りです。アンケートでみんなが見たいものを聞いてみましょう
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・喧嘩ップル(21%)
・指輪をつける(21%)
・指でなぞる(39%)
・笑いあう(19%)
「アマリアさん、あとは任せてください」
「ですが……」
「うぅん、させて欲しいんです。お願いします」
私の言葉に、アマリアさんは「何かありましたら、遠慮なく起こしてください」と言いおいて部屋を出て行った。
残された私は、足音を殺してベッドの隣に置いたイスに腰掛ける。
ベッドに横たわるのは、他の誰でもないクレスト様だ。私も私で結婚式の準備に追われていたけれど、クレスト様だって、騎士団の中隊長という職にあって、忙しくないわけはない。
すっかりぬるくなってしまった額の布を取り上げ、首元に滲んだ汗を拭ってからすすぎ直す。
私をバルトーヴ邸まで迎えにきたクレスト様は、いつも通りに邸へと帰宅し……そして、ようやく彼の不調に気がついた私は、慌ててクレスト様を部屋へ押し込めた。
なんてことだ。いくらカルルにいさまにからかわれて平静を見失っていたからって、自分が情けなくなってくる。クレスト様が、身体の不調を訴えるなんてこと、するわけないって分かってるのに。
大丈夫だと、いつも通りの行動をしようとする彼を宥めて脅して寝台へと連れて行ったときには、クレスト様の熱はすっかり上がってしまっていた。
(ごめんなさい、クレスト様)
いつも無表情の向こうに感情を押しやってしまうから、私がちゃんと見ていないといけなかったのに。
そういえば、ずっと昔にも、同じようなことがあった。
あれは、クレスト様がまだ騎士見習いだった頃のことだ。帰宅したクレスト様の様子がおかしいことに気づいたのは、やっぱり私だったけれど、でも、あの時よりも、私はずっとクレスト様の感情を読み解けるよういなっていると思っていたのに。
忙しさに、クレスト様を見る目をぞんざいにしてしまったんだろうか。
起こさないように、そっと頬に手を触れれば、その熱に涙がこぼれそうだった。
あの時は、もっと顎のラインも柔らかかった。私もまだ十二歳で、きっと顔立ちは幼かっただろう。
あのとき十四歳だったクレスト様の顔はすっきりとシャープになり、美少年は美青年に成長した。変わらないのは、無表情ぐらいだ。
あの頃の面影をなぞるように、私の指がクレスト様の頬をなぞる。少し汗ばんだ肌には、あのころの柔らかさはない。
「っ!」
突然、手首を掴まれて、喉の奥から飛び出そうになった悲鳴を飲み込んだ。もちろん、誰の手かなんて決まっている。
「……マリー?」
ゆっくりと瞼を持ち上げ、翠玉の瞳が私を捉える。熱のせいで潤んだ瞳は、あの時よりも色気を増していて、正直、見ているだけのこちらの頬が熱を持ちそうだ。
「お疲れなんです、クレスト様。いいから、寝ていてください」
「いや、俺は……」
「身体が疲れているのを訴えているんですから、休養をとるのが一番です」
上体を起こそうとしたクレスト様の肩を押さえて寝台に沈めると、額から滑り落ちてしまった布を、もう一度固く絞ってから、今度は視線をふさぐように乗せる。
……なんか、あの時と同じことを繰り返してる気がする。
「マリー」
「言いたいことがあるなら、明日にでも、ちゃんと聞きます。今はゆっくり寝てください」
クレスト様は、何度か口をはくはくと動かし、ぽつり、と呟いた。
「……前も、こんな、だったか?」
あぁ、クレスト様も覚えているのか、と、私の胸のうちにストン、と何かが落ちてきたような感覚がした。
「私もちょうど思い出していました。でも、その話は後で、です! とにかく、寝てください」
すると、クレスト様は、手首を掴んでいた自分の手をするりと外すと、なぜか私の手のひらに自分の手を合わせた。と思えば、そのまま指を交互にからめあうように私と手をつなぐ。いや、つなぐというのは双方から握り合うもののはずだ。何かぎゅっとつながれた。それが正しい。
「マリーツィア」
「はい」
「……ここに」
その後に続く言葉は、「いて欲しい」なのか「付き添っていろ」なのか。
「はい」
どちらでも構わない。私が看病をすると手を挙げたんだから、途中で放り出すような真似をするはずがない。
「ここにいますから、何か必要なものがあれば言ってください。でも、今はゆっくり休むのが一番です」
記憶にあるあの頃と同じように、ただ身体を休めて欲しいのだと告げれば、クレスト様は、ゆっくりと口を開いた。
瞳が見えないから、どういう感情を宿しているのかは分からない。そういえば、前に看病したときも、何かを言いかけていなかっただろうか? そうして、おぼろげな記憶を掘り起こそうとしたときだった。
「君がそばにいれば、いい。……他は、いらない」
本当に、寝入る寸前だったのだろう。クレスト様は、そのまま落ち着いた呼吸を繰り返している。
「クレスト、様?」
すーすーと、穏やかな呼吸は、完全に意識を落としていることを教えてくれる。
いや、騙されてはいけない。寝ていても周囲の音を拾うとか言っていなかったか? 実際に痛い目を見たじゃないか! せっかく膝枕と引き替えに安寧を得ていたと思っていたときに!
「……クレスト様」
返事はない。ぴくりとも動かない。
けれど、私の手を捉えたクレスト様の大きい手は、微動だにしない。というか離れる気配がない。
「おやすみなさい」
顔にかかっていた金色の髪を、そっとのける。
……寝てる、よね?
調子を崩して寝ていても、この美貌が崩れることがないというのが、ある意味恐ろしい。まぁ、別に、羨ましくなんてないけど。
「クレスト様は、頑張り過ぎなんです。もっと周囲を頼ってください」
返事はない。
「騎士団で、あまり隙だらけになるのが問題なら、ちゃんと私にぐらい甘えてくれたっていいじゃないですか。誰も、体調不良をおしてお仕事に、なんて言いません」
私じゃなくても、ハールさんやアマリアさんにこぼしたっていいと思うんだ。そういうところ、本当にクレスト様は不器用だと思う。まぁ、他人のことを言えるかと言われると、……ちょっと自信はないけれど。
「次からは、調子が悪いときは、前もって言ってくださいね? 私、薬師だったんですよ?」
たぶん、薬師としての私なんて、クレスト様にとっては無価値どころか邪魔なものなのかもしれないけど。
「……クレスト様?」
うん、これだけ文句を言っても反応がないということは、やっぱり寝入ってしまっているんだ。
だから、大丈夫。
「大好き、です。早くよくなってくださいね」
イスからそっとお尻を持ち上げ、私はクレスト様の唇に自分の唇を重ねた。
――――翌朝、「マリーツィアのキスのおかげで元気になった」とその整った顔をいつも以上に輝かせて礼を告げられ、悶絶する羽目になるとは、これっぽっちも予測していなかった私は、翌日丸一日を激しい後悔の波に晒され続けることになった。
結論。クレスト様には、寝てるときでも油断禁物。油断大敵。注意一秒『恥』一生。
そっと研究ノートにメモしておこうと思う。
いつもはクレストの方からなぞるので、今回はマリーがなぞってみたり。
砂糖増量失礼しましたー。
書籍を読んでいただいている方だと、より楽しめる加糖に仕上がったかと……。




