13.IFルート:誘拐成功のその後~脱出できないわけがない~
もしも誘拐が成立していたら、という話。
「女、覚えているか。一度は顔を合わせたことがあるだろう」
あのお嬢様に誘拐され、引き渡された先に居たのは、予想通りの男だった。クレスト様が私をデヴェンティオから連れ戻すときに連れていた、あの協会魔術師だ。人形『マリー』を自分のものにしようとしたことは忘れない。
やっぱり、この人がお嬢様とつるんで私を誘拐しようとした人だったってことなのね。
「……えぇ、覚えていますとも。人が苦心して作り上げた魔術陣を横取りしようとしたり、人の魔力のこもった石をかすめ取ろうとした人を忘れたりなんてしません」
名前は知らない。だって、聞かされてないし。
「ふん、そんな口を利けるのも、今のうちだ。お前の両手には魔力封じの腕輪がある。師匠が作ったものは、あのゴロツキに壊されてしまったようだが、私とて、この程度はなんということはない」
確かに、見覚えのある『魔力の循環を絶つ』魔術陣が彫り込まれた腕輪がはめられていた。だけど、残念ながら、これの抜け道はもう分かっている。
「随分と落ち着いているな? だが、その魔力封じは、強い魔力を持つ者にとっては毒にしかならない。覚えているか? お前があの時、人事不省に陥りかけたのを」
男は私の首もとに手を掛けると、乱暴な仕草でダイヤのネックレスを引きちぎった。
「このダイヤに籠められた魔力があったからこそ、お前は意識を保てた。ならば、それがなければ、……どうなるかは、お前が身をもって知っているだろう?」
そうだ。おそらく湯浴みのときに外され、ほんの半刻も経たないうちに猛烈な眠気に襲われた、アレのことを言っているんだろう。
躊躇する時間はない。
「お前はこれから、私のためにその魔力を差し出し続けるんだ。なに、しばらくはこのダイヤに籠められた魔力だけでも十分だ。適度に血を奪って飼い殺しにしてやる」
ふざけたことを。
たぶん、これがお師さまの嫌っていた『王都の協会魔術師』なんだろう。死なないように適度に血を抜かれ続ける生活。そんなもの、イヤに決まっている。
幸い、私のことを女と侮ってか、拘束されている気配はない。
「他人の魔力を使うとか、クズね」
もちろん、本音だ。いや、挑発のためだけど。でも、本音。
「魔力封じの腕輪? 師から受け継がれた魔術陣のコピーでしょう? いや、そうですらない。前の腕輪よりも、随分とシンプルね? 本当に同じものなのかしら?」
あ、ぷるぷるしてる。よし、もっと怒れ。怒れ。
「魔術陣に描かれた記号一つ、線の一つをとっても意味のあるものなのに、貴方は本当にそれを理解して使っているのかしら? それとも、単なる受け売りの繰り返し?」
視線は絶対に相手から逸らさない。相手が激昂するときがチャンスだ。それを逃さないように観察しながら、罵倒の文句を口にする。
「自分の立場をわきまえていないようだな!」
男が大きく手を振り上げた。クレスト様やカルルさんと違って、鍛えられていない人だ。できる。できる自分を信じろ!
私はその場にしゃがみ込んで、両手で勢いよく相手の両足を抱えるように引っ張った。長いローブなんて羽織っているから、足を素早く動かすなんてできない。
ゴン、という鈍い音とともに、男の悶絶するような声が聞こえた。後頭部を思い切りぶつけて倒れたようだ。いい気味。
私は視界の端にあった机に駆け寄ると、『硬化』の魔術陣を描いて両手の不快な環を切り落とす。ペン先で自分の手を突いて血を流し、肘を使って陣を発動させたのだ。この魔力封じの陣は、単に魔力や意志を断つだけで、私の体の魔力に何か影響を及ぼすわけでもなければ、発動も指先以外で簡単にこなせることは実証済みだ。つまり、穴だらけの魔術陣なのだ。
「この、はぐれ魔術師ふぜいがっ!」
起きあがった男が、私の方へと向かって来るが、既に『身体強化』の陣は完成している。力任せに男を押さえつけると、彼が奪っていたネックレスを取り返した。
「ねぇ、協会魔術師がどれほど偉いって言うの?」
「な、んだとっ?」
「違うか。あなたはここで、何をしてるの? 誰かの役に立つような魔術でも研究してるの?」
ずっと気になってたんだよね、実は。お師さまの話だと、協会って材料とか融通してもらえたりするのに都合がいい、ってことだったから、そもそも互助組合みたいなものだと思ってたんだ。でも、この男の話っぷりだと、どうも違うみたいなんだよね。
「わ、私は複数魔術師による同一魔術陣発動の際に発生しうる魔力の相互干渉の波長を研究している。この研究の成果如何によっては、今までの学説が大きく覆されて―――」
なるほど、よくわからない。
「よくわかんないし、結局、何の役に立つのかな。ちゃんと、その先につながるような研究なの、それ?」
「当たり前だ! この15年間マルカー氏の論により、主流となっていた複数レイヤの乗算による表現方法だが、やはりガンマ設定のキャリブレーションを調整して……」
「うん、さっぱりわからない。最終的にどこに行き着きたいのかわからないままに研究するのって、むなしくないの? ……まぁ、もう私には関係のない話だけど」
私は彼の目の前に一枚の紙をひらり、と突きつけた。そこには1つの魔術陣が描いてある。彼の視線がそこに集中した瞬間をねらって、私は紙の裏からその陣を発動させた。
「うあぁぁぁぁっ!」
たまらず悶え転がる男。なんのことはない、『閃光』の魔術陣だ。ただ光だけのもの。もちろん、至近距離でくらったら、たまったもんじゃないだろう。
「今の光で、さすがに異変を感じた人が来るんじゃないかな。そこに、私、という存在がいたらどうなるんだろうね」
ここが協会の所有する建物なのか、それともこの男個人のものなのかは知らない。けれど、異変は感じたはず。……大丈夫、だよね?
ちょっと不安になったので、またサラサラと魔術陣を描き上げて発動させる。「ドドーン!」という落雷のような音をたてると、さすがに建物全体がざわめき始めた。
本当は、光と音で綺麗なひと時を演出して、最終的にはお師さまを驚かせるための魔術陣だったんだけれど、こんなふうに使えるなんてね。
「……さて、これで帰れる、かな」
私の帰る先は、クレスト様のところだろうか。それとも、デヴェンティオの薬屋だろうか。
そんなことを考えながら、こちらへ向かって来る足音を待ち受けた。
この男の味方だというなら、徹底的に抗戦するか逃亡かを選ぶだけ。もし、自分の側に引き込めそうなら、この男を徹底的に貶めるだけ。
――――そして、扉がひらいた。
結論:普通に脱出してる。マリー無双。
※途中で男が喚いている魔術理論は超適当です。というか一部、イラスト系ソフトの話になってたり。




