11.にいさまの嫁取り事情・後
「どうしてですの、カルル様!」
あぁ、やっぱり猫をかぶっていたのか。いつもは澄ましている顔が、随分と醜悪に歪んでいる。
まぁ、こういうときに取り乱さずに猫をかぶり続けている方が好みなんだけどな。さすがにそんな本音は言えない。
「だから、言った通りですよ、ルイナ嬢」
オレは改めて説明をした。
ここに居合わせているのは、ノングル子爵、その正妻、正妻の娘であるルイナ嬢、そして扉近くで控えているカミラ嬢だ。
「我がバルトーヴ子爵家は、貴族の末席であり、所領も爪の先ほどしかありません。ですが、交易に長け、侯爵・伯爵家との交流もあることはご存知でしょう」
ルイナ嬢のぷるぷると震える指先は、果たして怒りか悲しみか。カミラ嬢を盗み見てみたけど、こちらも動揺しているに違いないのに、それは表には出していなかった。自制心も◎らしい。
「次期子爵たる私の伴侶に求められるものは、普通の貴族とは異なるものなのですよ」
「わ、わたくしでは、エデル様のように新作をお披露目する役にはなれませんの?」
「ルイナ嬢。姉は嫁いだ身とはいえ、まだ商会と繋がっております。同じ世代に二人もお披露目役は不要なのですよ」
姉上殿の役目はそれだけじゃない。新作を見せることはもちろんだが、何より新しい情報を手に入れることも担っている。侯爵の血の流れをくむ伯爵夫人のサロンは、新しい流行の発信地でもあり、情報の流入元でもある。それを分かってない、この頭の軽いお嬢様に言ってもわからないだろうけどね。
「それに、我が商会は、どうしても注目を集めてしまいます。そこには妬みや嫉みもある。身の危険を覚悟していただかなければなりません」
「わ、わたくしは、カルル様が守っていただければ―――」
「……私も、それほど腕が立つというわけではありませんよ、ルイナ嬢。それに、次期当主の私や、生まれてくるであろう次代を考えると、どうしても私の伴侶の優先度は変わってきてしまいます」
はぁ、予想外に面倒だな、この令嬢。同席させるんじゃなかったかな。後々面倒なことになるよりは、きっぱりと拒否を示した方がいいと思ったんだけどなぁ。
「そ、そうですわ。それでしたら、カルル様の妹、マリーツィア様はどうですの? あの子だって……!」
あ、やばい。笑えてきた。マリーちゃんにはクレストっつー番犬がついているし、それ以前に、マリーちゃん自身も魔術を使って身を守れるんだよねぇ。それに、あの子は文字通り『金の卵を産む鵞鳥』なんだから、そもそもの価値が違う。
「ルイナ嬢。大変申し訳ないが、貴女には、もっとふさわしい輿入れ先もあるでしょう」
子爵の血筋と、頭からっぽな女性を好む輿入れ先が、ね。
心中で貶したのがバレたのか、ルイナ嬢は顔を真っ赤に染めた。
「な、なによ! わたくしよりも、どうしてカミラなんかを選ぶのよ! カミラなんてわたくしの護衛でしかないわ! 剣を振るうしか能がないじゃない!」
あ、まずい。
そう思ったときには、オレの体は素早く動いていた。損得を図った上での行動だったけど―――
ぱしゃん、と紅茶がオレにの肩口にかかる。カップは受け止めることができたが、さすがに液体を受け止めることなんてできやしない。
「そうやって、短慮な行動に出てしまう貴女は、私の隣にふさわしくない、と、そう言っているんですよ、ルイナ嬢」
「……あ、わた、わたくし、カルル様に、そんなことするつもり、は――――」
もちろん分かっている。ルイナ嬢がカップを投げつけた先にいたのは、ドア近くに控えたカミラ嬢だったんだから。
「誰か、急ぎ拭くものを。娘が大変失礼をして申し訳ない。―――トリー、ルイナとともに下がりなさい」
「ですが、貴方……」
「下がりなさい」
なるほど、ルイナ嬢を推していたのは正妻だったってわけだ。まぁ、ノングル子爵自身、交易港をいくつも抱えた貴族だ。卒のない印象だったが、身内の教育には失敗していたってわけか。
厳しいノングル子爵の声に、正妻は呆然とするルイナ嬢を連れて退室した。ようやく邪魔者が消えてくれてホッとする。
「大変申し訳ない。すぐに着替えを―――」
「いいえ、お気になさらず。すぐ帰る身ですから」
「どうもアレの育て方は間違えたようだ。トリーに任せ過ぎてしまいましてな。……カミラ、こちらへ」
改めて、テーブルを挟んで子爵とカミラ嬢、そしてオレが座る。紅茶を拭ってくれた使用人に礼を言ってから改めてオレは婚約者とその親に向き直った。紅茶の染み? それはもう諦めることにする。あ、でも、マリーがすごい洗濯の術を持ってるって言ってたから、頼んでみるのもありかな。
「改めて、カミラ嬢との婚約を進めさせていただきたいと考えております」
父親の隣に座ったカミラ嬢の目には困惑と混乱が見える。それでも視線を泳がせるだけで、隣の父の発言を待つ姿勢には好感しか持てない。さきほどのルイナ嬢のことを思えば、なおさらに。
「ひとつ、尋ねたいのだが、なぜカミラが私の娘だと?」
「おや、ルイナ嬢もカミラ嬢も、これほどまでに似ていますのに? それに、念入りに隠していたわけでもありませんでしょう」
本当は、マリーに言われなきゃ気づかなかっただろうけど、そこはスルーで。観察眼に優れ、それなりに情報網もあるのだとハッタリをかましておきたい。
カミラ・シデルの正体は、調べればあっさりと割れた。目の前の子爵が手をつけたメイドの娘。対外的には「カミラ・シデル」と名乗らせてはいたけれど、しっかり子爵の娘「カミラ・ノングル」として届け出はされていた。正妻よりも先にメイドを孕ませるってどれだけだよ、と思わなくもないが、そういうこともあるだろうとスルーしておく。たぶん、マリーちゃんあたりは目を吊り上げそうだけどね。
ふむふむと頷く目の前の子爵は、うちの親父殿と同じぐらい狸だと思うんだけど、さて、どう出る?
「父上。口を挟んでも?」
「あぁ、もちろんだとも。他ならぬお前自身のことだからな」
いちいち発言を求めるあたり、父とはいえ、身分差をわきまえているということなのか。それとも、それだけこの家での彼女の立場は低いものなのか。
「先ほど、ルイナ様がおっしゃった通り、わたくしは剣を振るうしか能のない女です。社交ひとつこなせないわたくしでは、お役に立つとはとても思えません」
「そんなことはありませんよ。人と付き合う上で、一番大事なことを身につけていらっしゃる。どんなときも冷静であろうというその心持ちがね。そして、その剣筋を見た限り、貴女は大層な努力家だ。社交マナーなどいくらでも後から身につければよろしいでしょう」
「もうひとつ、先日の手合わせの際に示していただいた道は捨てろ、と?」
カミラ嬢の目が、騎士としての道が歩めないのなら、と不穏な輝きを見せる。よほどあの話は、彼女の琴線に触れていたらしいと知って、思わず笑みがこぼれた。
「女の身で剣で身を立てようと考えるのはおかしいとお考えか?」
あぁ、へそ曲げられちゃった。まぁ、そんなところも可愛いけれど。
「いいえ? むしろ全力で支援するから、ぜひそのまま突き進んで欲しいところですよ?」
「……で、ですが、貴女の妻となる身で」
「だからですよ。女性の身で騎士となる。大変結構なことではないですか。ねぇ、ノングル子爵」
「カルル殿、貴方は本気で……?」
「もちろんです。だからこそ私の婚約者に、と望んでいるのです。私の持てる限りのコネ・ツテ・カネ、それを踏み台に貴女には是非とも女騎士の第一号になっていただきたい」
「だ、だが、……ですが、婚約者として、妻としての役割は」
あ、少しだけ素が出たかな。さすがに動揺してるみたいだ。まぁ、このぐらいは愛嬌と呼べる範囲だろう。
「むしろ、私が支援する以上、下手な者の妻になってもらっても困るんですよ。女騎士に批判的な者も多くいるでしょう。無理矢理、手込めにした挙げ句、伴侶になることを強要することも考えられる。そうなってしまえば、貴女の女騎士への道は閉ざされてしまいます。そうならないための婚約です」
「そ、それでは、バルトーヴ子爵家に何の益があると? 先ほど、ルイナ様も利用価値がないと切って捨てていたではないですか」
あぁ、そうか。本当に剣に打ち込んで、あまり商いというものを理解していないのか。うーん、ここは教え込まないと、かな。
「益はありますよ。女騎士を欲しがっているのはやんごとなき上流の婦人方です。貴女を通じて、私は王妃様や王子妃様とも関わりを持てる」
「それは……」
「もちろん、強い繋がりを求めているわけではありませんよ。ほんの足がかりでしかない。でも、それが重要なんです。――――子爵なら分かっていただけるでしょう?」
「……なるほど、さらなる高みを目指すか」
「もちろん、長期的な展望ですが、ね」
それに我がノングル子爵家も一口乗らせてもらえるわけか、と呟いたのを聞き逃したわけじゃないけど、敢えてスルーさせてもらおう。こっちだって、それなりのリスクはある。ただ乗りは許さない。ここは後でしっかり詰めないとな。
「ご納得いただけましたか、カミラ嬢?」
おそらく、ノングル子爵が乗り気になったのなら、カミラ嬢の意志はあまり反映されないだろう。それでも、婚約者(予定)には敬意を払う。
「もし、わたくしが本当に騎士になれたとしたら、社交の場に出ずとも済むのでしょうか」
「いいえ?」
「……わたくしのような無骨な者が着るドレスなど、滑稽と思われ」
「いいえ。それこそ任せていただきたい。確かに、今流行の型はカミラ嬢には似合わないでしょう。ですが、逆にカミラ嬢のような女性に似合うドレスというのもあるものですよ」
「父親としては、そのようなドレス姿の娘を見てみたいものだな」
あ、子爵の援護射撃に、撃沈した。
「……そういうことであれば、その、よろしくお願いします」
「えぇ、よろしく。婚約者殿」
そうしてオレは、義理妹の結婚式の前に、めでたく婚約者を手に入れたというわけだ。
◇ ◆ ◇
「カルルにいさま。お客様がいらしているのですけれど、一度、湯を浴びてからの方が良さそうですね。その間、私がお相手をさせていただきますので、どうぞごゆっくり」
おかしいなぁ。日に日に可愛い義理妹から冷たい眼差しを向けられてる気がする。まぁ、確かにちょっと香水の移り香があるという自覚はあるんだけど。
「あれ、オレに来客?」
「えぇ、お義母さまがお呼びしましたの。カルルにいさまが頼んでいたドレスが届いたのですって」
……ドレス?
ドレスを頼むような来客なんて……って、あぁ!
「ちょ、すぐ会うから! どこに来て……」
「にいさま?」
あれ、どうして、オレ、マリーちゃんに腕一本で止められてるんだろう。噂の身体強化の魔術陣を使ってる? あぁ、使ってる。そうなの……。
「まさか、ご自分の婚約者とお会いになるのに、どなたのものともしれない香水の匂いをまき散らして行かれる、なんてことは、なさいませんよね?」
うーん、最近、マリーちゃんがクレストに似て冷気を放つようになってきた気がするなぁ。一緒に暮らしていると、感染るもんなんだろうか。
「ということで、ごゆっくり」
オレは仕方なく頷いた。もしかして、クレストは意外と尻に引かれるタイプなんじゃないだろうか、なんて考えながら。
――――女の気配を洗い流し、婚約者殿が待つ部屋へと急いだオレは、母上殿付のメイドに声を掛けられ、東の空き部屋へ案内される。そこで待っていたのは……
「おぉ、すごい。似合うだろうとは思っていたけど、これほどまでとはね」
母上殿とマリー、そして数名のメイドにかこまれていたのは、正式に婚約を取り交わしたカミラ嬢だった。今まで、護衛しやすいようにか、男装姿しか見たことがなかったが、オレの見立てたドレスによって、その女性らしさは二倍にも三倍にも引き上げられていた。
「挨拶が遅れて申し訳ない。カミラ嬢、とても綺麗だ」
流行の型を外し、ふわりと膨らむようなスカートではなく、百合の花が下向きに開くように、膝のあたりまでは絞り、そこから広がる型を提案したのは、他でもないオレだ。長身の彼女には、そうしたタイプの方がいいと考えたんだけど、ここまではまるとは思わなかった。二の腕の太さが少し心配だったから、いっそのことワンショルダーで見せてしまえと思ったのも、功を奏しているようだ。うっすら筋が見える腕は、布で覆えばより太さが際立つ。それならば潔く見せてしまおう。
「カルル、なかなか面白いデザインを考えるじゃない。やっぱり女性を着飾らせる才能は親譲りなのかしらん?」
「母上殿。さすがに親譲りじゃないと思うよ。それに、俺は素敵な女性がより綺麗になるのを見るのが好きなだけだし」
「ほんと、父親譲りねぇ」
さすがに、将来あんな狸になるとは考えたくないよ、母上殿。勘弁してくれ。
「留守の間に押しかけて、申し訳ありません、カルル様」
「うん、もう婚約者になったし、固い口調は捨てて? あと、オレのことも呼び捨てでいいから」
「そのようなわけには―――」
すっ、と手を差し出すと、少し逡巡したもののカミラ嬢の手が乗せられた。
「母上殿、婚約者をお借りしても?」
「ちゃんと返しなさいよ? まだ着てほしいドレスはあるんだから」
「了解です、母上殿。マリーも、すまないね」
「いいえ、どうぞごゆっくり」
二人に見送られ、オレはカミラ嬢の手を引き、部屋を出る。とりあえずは、あまり呼吸のしにくいような場所は避けて……と書斎へとエスコートすることにした。腰に手を回してみたが、どうやら足元が気になるらしく、拒絶されることはなかった。
「こういったドレスを身につけるのは初めて?」
「あ、はい、そうです」
「もっと口調は砕けていいよ、婚約者殿?」
「……正直、これほど足にまとわりつくものとは思っていなくて」
ヒールも怖いし、と続けたカミラ嬢は、本気で女装(?)をしたことがなかったらしい。聞けば、ずっと妹の護衛役だったとか。
途中、すれ違ったメイドに茶を頼みながら、ゆっくりと歩く。慎重に一歩一歩を進めていたカミラ嬢だったが、随分と慣れてきたようだ。
「……すまない。どうも転んでしまいそうで怖いんだ」
書斎のソファに座るなり、こぼした彼女の口からは、敬語がすっぽりと抜けていた。よほど気が抜けたのか、それともオレが「砕けていい」と言ったのを受け入れてくれたのか。
「そうだね。これはもう慣れだと思うし、今後は、ダンスも特訓かな」
「……あぁ、それもあったな」
本当に辛いらしく、重々しいため息がこぼれている。剣を持ったときには、あれほど生き生きとしていたのが嘘のようだ。
「本当に、こんなわたしでいいのだろうか? およそ女性らしいことはほとんどやり慣れていないのだが」
「言っただろう? オレが伴侶に求めるのは、そんなことじゃないって。立ち居振る舞いなんかは、いくらでもカバーがきくけど、君こそ、こんな商人の嫁でいいのかい?」
「それは構わない。わたしに騎士としての道を拓いてくれたのは、あなただから」
……あぁ、まただ。剣のことになると、彼女の瞳が輝きを増す。少し、面白くない。
「なるほど。それならオレは君をバックアップして、色々と指導することにしよう。社交のマナーも、ダンスも、剣術も……手とり足とり腰とり?」
「……っ! な、べ、別に、腰は、とる、必要は」
あぁ、真っ赤になった。やばいな。かわいい。
それにしても、このぐらいの会話の戯れでこんな反応をするなんて、下世話な方面には耐性がないのかな? これはみっちり仕込む必要がありそうだ。
「ん? 体幹を考えたら、腰は重要だろう? それとも、別のことを想像した?」
「……なんでもない」
耳まで真っ赤になっている。
うーん、騎士団の連中にはこんな顔見せたくないな。早々に対処を教え込まないと。まぁ、根性はありそうだから、きっと食らいついてきてくれるよね?
「っ!」
「ん? どうかした?」
「いや、なんだか寒気が。やはり肩を出していると冷えるようだ」
「そっか。それじゃ、お茶を飲み終えたら戻ろうか。母上殿も待っているだろうし」
「あぁ、そうしてもらえると……んっ」
あまりに無防備だったので、こちらを振り向いたタイミングで、唇を奪ってみた。驚きのあまり、目を見開いているのが、なんだか笑える。
「……手が早く、女の敵とは聞いていたが」
「うーん、誤解があるなぁ。オレは仲良くしたいと思った相手にしか、こういうことはしないよ?」
「マリーツィア様が、くれぐれも気をつけるように、と」
「やっぱりマリーちゃんはオレを誤解してるなぁ」
オレは、隣のカミラ嬢の肩をそっと抱き寄せた。
「マナーやダンスレッスンが一区切りついたら、この間の小手先のテクニック教えてあげるから、頑張ろうね」
「本当か?」
今まで宝飾品やドレスに目を輝かせる令嬢はたくさん見てきたけど、剣の稽古に喜ぶ令嬢は初めてだ。
まぁ、こういうのも、悪くはないか。
これにて、にいさまの嫁取り事情は完結です。
この後、無難に婚約→結婚の流れになるかといえば、まぁ……お察しください。




