10.にいさまの嫁取り事情・中
「カミラ? ……いや、聞いたことはないな」
「カミラ・シデルというフルネームなんだけど、本当に聞いたことない?」
「シデル……? あぁ、何度か上官に言われて面倒を見たな」
「上? それっていつ頃?」
「まだ小隊長の頃だな。……お前は、手合わせしなかったのか?」
「いや、オレはそんな話全然聞いたことないけど」
「お前の女癖の悪さは上官も知っていたんだろう。女性相手に、お前を指導に当てるはずもない」
「クレスト、何げにオレの扱い酷くないか?」
「そうか? 至極真っ当な評価だと思うが」
無差別に声を掛けてるわけでもないんだけどな。そのあたりは残念ながら理解されていないらしい。クレストも長年友人付き合いしてるんだから、少しぐらい理解してくれたっていいのに。
「クレスト、お前から見てどうだった?」
「シデルか? 力はないが技術でうまくフォローしていたぞ? あれは何人かに見習わせたいと思ったが」
「へぇ、じゃ、ほんとに腕はしっかりしてるんだ?」
「そうだな。だが、剣筋が正直過ぎるところもある。……シデルが何か?」
「いや、クレストの評価を聞いてみたかっただけ。そういうところは信頼してるからさ」
あ、眉ひそめやがった。ひどいな。
「お前の口から信頼とか聞かされるとは思わなかった」
「そうか? 義理の弟を信頼せずにどうするんだよ」
「……それで、シデルとお前に何か関係があるのか?」
一瞬、意識が真っ白になった。今、隣のヤツの口から、とんでもない言葉が出た。
偽物か? それとも幻聴か? 自分の耳を疑いながら、とりあえず声を出す。
「え? ……クレスト、お前、正気か?」
「なんだ?」
「いや、クレストがオレのこと気にかけるとか、正直、あり得なくてさ」
「お前が困るのは構わないが、マリーツィアに影響が出るのは問題だ」
「安心した。ちゃんとクレストだ。ブレないクレストがうらやましいよ」
「? お前もだろう?」
「え?」
「お前も、色々な女の間をうろうろしているようだが、家業が大事というところだけは変わらないだろう」
「……クレスト。意外と見てるのな」
「その気持ち悪い表情をやめろ」
マリー以外は興味ないって顔をするくせに、こういうところが目敏いのがこいつの美点だと思う。だからこそ、オレより先に中隊長に昇進したんだろうけど。まぁ、オレの場合は、近く退団することが分かってるから昇進させなかったという可能性もあるわけだけどさ。
「それで、どうなんだ?」
「何が?」
「シデルだ。マリーに今後関わるのか?」
「うーん、たぶん? まぁ、カミラ・シデルは別にマリーちゃんに迷惑かけないと思うよ?」
「……全てを明かす気はないか。まぁ、何かあるなら排除するが」
「いやいやいや、大丈夫だって。……たぶん。あぁ、そんな目で見るなっての、お前みたいに顔が整ったヤツが凄むと怖いからさ」
本当になー、マリーちゃんはよくこんなヤツの隣にいられるもんだよな。ってこの発言はブーメランか。オレもなんだかんだ言って、クレストの隣は居心地がいいとすら思えるようになっちゃったしな。判断基準が明確でブレない人間と一緒にいると、あまり気を遣わないで済む。楽だ。
「とりあえず、クレストから見たシデルの評価を聞きたかっただけだから、そこまで気にするなよ。まぁ、万が一何かあっても、できるだけマリーちゃんには迷惑かけないようにするからさ」
「できるだけ? 絶対の間違いだろう?」
「はいはい。善処しますって」
オレはクレストに明確な言質は与えないまま、訓練所を後にした。さすがに『絶対』という言葉は使えない。そこまで楽観視できるような状況じゃないからだ。
「……一度、シデルに直接ゆっくり話してみたいな。訓練のセンで接触してみるのもありか」
オレは彼女の生真面目そうな顔を思い浮かべながら、そこへ持っていく流れを考え始めた。
◇ ◆ ◇
「手合わせ、ですか」
オレが声を掛けたのは、見合い相手――ルイナ・ノングル嬢の護衛殿だった。太く頑固そうな赤茶の髪は綺麗に整えられ、青灰色の瞳は、予想もしていなかっただろう提案に少しだけ丸く見開かれている。
「あぁ、未来の婚約者を任せるにあたって、君の実力を知っておきたくてね。何か問題でも?」
「ですが、私はお嬢様の護衛の任がありますので」
「うん、だから、その間はオレの方から人を派遣するからさ」
「そうしていただけるのでしたら、おそらく大丈夫だと思いますが、お嬢様は観戦されないと思いますよ?」
「うん、そうだろうね。こういう荒事は苦手そうだし」
「ですから、お嬢様の前で格好付けるということはできませんが」
「大丈夫大丈夫。そこは全然いらないから」
「……失礼ながら、カルル様はお嬢様と連れ添われる気がないのですか?」
「うん? まだ婚約もしていない段階なのに、その質問は気が早いんじゃないかな?」
「……出過ぎた発言でした。申し訳ありません」
その率直さは嫌いじゃないが、やはり堅い雰囲気だよなぁ。
オレは改めて目の前の女騎士、カミラ・シデルを見つめた。きっちりとまとめられたチョコレート・ブラウンの髪は、長さを伺い知ることはできない。強い意志を宿した浅葱色の瞳は、まっすぐにこちらを見返して来ている。均整のとれたしなやかな筋肉がついているであろう腕は、彼女の言うお嬢様より一回り以上太いだろう。だが、すらりと伸びた背筋のせいか、それほど固太りしているようにも見えない。
(あぁ、これはこれで魅力的だな)
こういう女性にも似合うドレス、と注文を出したら子爵家お抱えのデザイナーはどういう解答を出すのだろう、と好奇心がムクムクと湧いてくる。プリンセスラインのは絶対に似合わない。もっと別のデザインを考案する必要があるだろう。ためしに作らせてみようか。もしかしたら、意外なニーズが出るかもしれない。
「……カルル様?」
「あぁ、うん、ごめんよ。二日後でいいかな」
「おそれながら、ノングル子爵家を通していただければ、日程はいつでも調整できるかと」
「そうなの?」
「はい、わたくしはお嬢様の護衛のみを言いつかっておりますので」
「ふぅん? それならいいんだけど」
聞きようによっては、護衛専任のように思える。この言葉選びが意図的なものだとしたら、しっかり頭の回る人間なのだろう。
――――予定通り、二日後にオレはカミラ・シデルと剣を合わせることになった。
◇ ◆ ◇
やばい、これは思っていたより楽しいかも。
こっそり上官を何名か立ち会わせて正解だったかもしれない。
騎士団の訓練所の一角を借りて、オレはカミラ・シデルと剣を合わせていた。もちろん、刃の先を潰した模造刀だ。鈍器だから当たればただじゃすまないけど、木剣だと重さのバランスなんか、色々と勝手が違うから、できるだけ実戦に近い形を持っていきたかったんだ。
事前にクレストから聞いていた通り、一撃一撃は軽い。だが、軽いからこその立ち回りというのを、カミラ・シデルは分かっていた。
最初こそ「何の遊びだ」と憮然としていたモス中隊長が、もう真剣な目つきになっている。もう一人、観戦に誘ったキンバック中隊長は彼女の存在を知っていたのだろう。始終、うなずきながら眺めている様子が見える。
女性ながらに騎士を目指す者なんていない。それは、騎士団に受け入れ体制がないからだ。でも、市井を見れば、女傭兵なんてのもいるぐらいだ。女性だって、剣を持って戦えないわけじゃないんだ。
オレは、そこに、一石を投じたい。
たとえば、妃殿下の身の回りの世話をするのは主に女官や侍女だ。彼女らは護身の訓練などもしているというけれど、やはり本職には負ける。だが、護衛の任に就く騎士がデリカシーに欠けるという話を聞くのも確かだ。
でも、女騎士がいれば?
もちろん、女性の身で騎士を目指す者がどれほどいるか分からない。その中で使えるほどに育つ者なんて、数えるほどしかいないかもしれない。
でも、今の騎士団の体制では、その数えるほどの才能すら引き上げてやれない、使えないのだ。
もちろん、騎士の門戸を女性にも開放するなんて、そんなに簡単にいく話ではないと分かってるけど、使える者を使えないのは、体制としておかしいんじゃないか?
キィンッ
打ち合わされた剣が、澄んだ音を響かせる。オレが押しやった切っ先を、彼女はその勢いを利用して円を描くように次の自分の斬撃に乗せる。あぁ、本当に無駄のないキレイな動きだ。惚れ惚れする。
剣の捌き方ひとつとっても、下手にスタミナを消耗しないよう、オレの部下みたいな力任せなことはしない。
でもね、さすがにオレも上官の前で無様な姿を見せるわけにはいかないんだ。ごめんよ。
は、と短く息を吐くと、自分の部下を指導するように、まっすぐに『見せて』いた自分の剣の軌跡を変える。
「っ!?」
まっすぐな軌道に慣れていた目は、さすがに対応が遅れた。それでも、反応ができるんだから、大したものだ。
ギンッ
跳ね上げた剣は、からん、と音を立てて落ちた。
「……参りました」
オレの突きつけた切っ先をまっすぐに見据え、カミラが降参の言葉を告げる。首筋に汗ではりついた髪の毛や、上下する肩、そこに色気を感じないわけではないけれど、彼女の顔は「女」ではなく「武人」のそれだった。
「こちらこそ、びっくりしたよ。ほら、見てごらん。観客もあの顔だ」
言われてその存在に気がついたのか、カミラはぺこり、と中隊長二人に頭を下げた。
「最後のあれは、何だったのでしょうか」
「あぁ、オレもあまり力が強い方ではないからね、小手先で策を弄することが多いんだよ。……どう見えた?」
「どう見えたも何も、視界にあったはずの剣先が消えたように、としか」
「なるほどなるほど。オレもまだまだ大丈夫ってことかな」
自分の使っていた模造剣を拾ったカミラは、オレに何か言いたげな視線を向けていた。もしかして、こちらの意図がバレたかな?
「何か?」
「……その、今の小手先の技、というのは、教えてもらえたりは、できないでしょうか」
なるほど、清々しいほどに自分の腕を磨くことに注力しているらしい。
「それは別に構わないよ。でも、そんなに強くなりたいのかい?」
「そうですね。わたくしは、これで身を立てていけたら、と考えておりますから」
「うん? それは、オレとお嬢様が結婚したとしても、付いて来る気はないってこと?」
あ、少しだけ渋い顔を浮かべた。取り繕ったところで、一瞬の嫌悪の表情を見逃すほどオレは甘くないんだけどな。
「結婚後も、お嬢様の護衛を続けることをお望みであれば――――」
「うーん、そこまであのお嬢様が頻繁に外出をするとも思えないんだよね。だから、君のその腕を腐らせるのは惜しい」
さて、ちょっとオレなりに頑張ってみようか。
すぅ、と大きく息を吸い込み、声を張り上げる。なんだかんだ言って、騎士団に所属してから喉は鍛えられたと思うんだよな。部下を叱責するときも大声で威圧する必要があるしさ。
「中隊長殿、騎士団に女騎士を所属させる構想について、いかがお考えでしょうか?」
モス中隊長とキンバック中隊長が目を丸くしてこちらを見た。あぁ、さすがにこのお二方も考えたことのない案ってわけか。
「……それは、彼女を騎士団に入団させろと言っているのか?」
「いいえ? ですが、女の身であっても、これほど戦える者がいるのですから、一考する価値はあるのでは? 先だって王子妃殿下から、護衛騎士のデリカシーのなさについて苦情がありましたでしょう?」
あ、カミラが慌てている。あぁ、いつもキリッと気を張っているから、こうした表情を浮かべると、結構かわいいな。うん。
「あの、カルル様、わたくしは――――」
「うん、剣で身を立てたいんでしょ? 傭兵や用心棒より、ずっと安定してると思うけど?」
いたずらっぽく笑みを浮かべてウィンクすると、オレは再び上官へ向き直る。
「まずは、試用してみて王宮の方々の意見を伺うのもよろしいかと。もし、うまく運用できるようであれば、第2、第3の女騎士を雇用すればよろしいでしょうし、それが女騎士を目指す流れに繋がるやもしれません」
お、上官殿が二人、目を合わせている。あぁ、どちらがケツを持つかって押しつけあってるな。うん、クレストを呼ばなくて正解だったな。下手にクレストに押しつけてしまえば、何かと言われるに決まってる。
待つこと十秒ほど、声を上げたのはキンバック中隊長だった。
「カルル小隊長。その件についてはラウシュニング殿の裁可を仰ごう。女騎士受け入れの計画案を作って提出するように」
「了解いたしました」
話はついたとばかりに、二人の上官は訓練所を後にした。
「あ、あの、カルル様……」
「あぁ、事後承諾でごめんね。君は、騎士として王宮に仕えてみる気はあるかい?」
「そ、その、わたくしにはもったいないお話で、何と答えたらよいのか……」
「大丈夫だよ。君が『やってみたい』というなら、オレが企画書をあげて、ついでにノングル子爵の方も説得してあげる。だから、単純に君の意志を聞かせて欲しいな。もし、この案がうまくいけば、君のような女性が、婚姻以外の道を選べるようになると思う。もちろん、君が下手を打てば、そんな話は夢物語で終わるだろうけどさ。……自信がない?」
彼女の顔を覗き込んでみると、そこは困惑でいっぱいだった。まぁ、当たり前か。たぶん、考えてもみないことだろう。ここで決断を迫るは酷かな。
何日か猶予を与えてみようか、と思ったとき、彼女の顔がすっと変わった。
あ、と思った。
彼女の瞳が深い色になり、その頬が引き締まったように感じる。人が変わる瞬間というものを見た気がした。
「もし、機会を頂けるのであれば、それを受けたいと思います。手配をしていただけますか?」
「―――あぁ、もちろん」
オレは、その時、ちゃんと商人らしく余裕を持った笑みを浮かべられたか自信がなかった。
◇ ◆ ◇
「親父殿」
「おや、珍しいな。お前の方から来るなんて」
「いやいやいや、親父殿のことだから、何の用件で来たのかなんて分かっているでしょうに。――――この狸」
「ん? なんだか、かわいらしい動物の名前が聞こえたな。空耳かな?」
あぁ、ほんと、食えない狸だよ、この親父殿は!
「とりあえず、用件だけ。ノングル子爵令嬢の見合いの件だけど、とりあえず婚約という形で進めてくれませんかね」
「……ほぅ?」
「ただし、姉の方と」
「……なるほど」
あぁ、やっぱり気づいてたんだな親父殿。くそムカつく。オレの一生を左右することぐらい、ちゃんと情報置いてけっての。
「で? お前はいつ気づいたんだ?」
「それを知りたいんですか?」
「そうだね、知りたいね」
オレと親父殿はしばらく睨み合った。なんのことはない、たとえ家族であれ、情報の対価は情報で。オレは親父殿が何かを差し出すまで答えるつもりはない。
「仕方ないな、教えてくれるなら、城の女官長に紹介状を書こう。根回しに必要だろう?」
この親父殿はどこまで……! オレが彼女を女騎士に仕立てあげようとしていることまでお見通しらしい。全く、どんな情報網を持ってるのか。いや、それとも、中隊長殿がもう動いたか?
「それで承諾した。―――きっかけはマリーだよ。姉妹二人ともほどほどに魔力を持っているみたいでね。と言っても、ほとんどの人間が魔術師にはなれなくても一定量の魔力は持っているらしいけど」
「それで?」
「魔力の質が似ているんだってさ。親子兄弟といった間柄なら、それで何となく分かるんだって言ってたよ? 義妹は、本当に有能だよね」
「―――それはそれは。夜会に出したらおもしろいことになりそうだな」
残念ながら親父殿、それはあの婚約者が許さないんじゃないかな?
「親父殿も気をつけろよ? うっかり隠し子と遭遇したら、マリーちゃんは一発で分かるってことだからな?」
「なんだ、隠し子がいるとでも思っているのか? そんなヘマはしないぞ?」
「胸を張っていうことかよ。親父殿に愛人が何人もいると知って、マリーちゃん、すごいしらけた目になってたぜ」
「愛人は男の甲斐性だろう?」
あーはいはい。こう言ってはばからない親父殿の息子だから、きっとオレも似たようなことをやるんだろうな。
「じゃ、話はそれだけ。オレの方からもノングル子爵家に挨拶はするつもりだけど、親父殿もよろしくってことで」
「あぁ、そうだな。―――ところで」
「?」
「令嬢とは婚約者止まりにするのか? それとも結婚を考えているのか?」
「……ご想像にお任せしますよ、親父殿」
オレはひらひらと手を振って親父殿の書斎を出た。
まったく、どこまで見透かしてんのか分からない。




