第7話
昼休みの教室、今日も高速な授業速度に必死についていき、復習を行っていた時だ。
教室のドアが開かれて、クラスのみんなが騒ついた原因がこちらを向いて立っていた。
「ラティユイシェラ、昼食を一緒にとらないか」
烏の濡れ羽色の髪と紫水晶の切れ長な瞳が印象深いシンア様である。
自分が目立つと分かっていないのだろうか。明らかに令嬢達の視線を独り占めし、子息達からは憧憬の視線が送られているというのにお構いなしでシンア様は私の前までやってきた。
「なんだ、カルノピア神殿の歴史か」
「知っているのですか?」
「カリノピア神殿と名前が似ているから混ざって酷い点だったのを覚えている」
ゾッとしたようなシンア様の顔が可笑しくて口元が緩んでしまう。
確かに今勉強しているカルノピア神殿とカリノピア神殿は名前も歴史も似ていて、それをリヴァーブ学園の教師は分かっていて試験に出すのだ。
私の復習も、殆どがその2つの違いを書き写したものである。
「ちなみに必勝法は?」
悪戯っ子の様な笑みを浮かべて聞いてみると、シンア様は少し悩んでニヤリと笑った。
「そうだな、神使様の名前の頭文字が年号順に並べるとカルノピアだとハゲテイルになるんだ」
「なんですかそれ」
年号を照らし合わせてみると本当にハゲテイルで、とても覚えやすくこれは良いことを聞いたとノートの横に赤ペンで必勝!と書き加えておいた。
「それで昼食はどうする?」
「そうですね、必勝法も聞けたことですし復習もひと段落つきました。どこで食べましょうか」
「やった、中庭……いや、焼けてしまうか」
「いいですよ、日焼けなんて気にしませんし今日は天気がいいですから、是非中庭で食べたいです」
シンア様について行くように教室を去って、予鈴には教室に戻ってきたが何とも言えない視線が突き刺さる。
ひそひそと話されているような居心地の悪い気分だ。
すると、手にメモとペンを持ったリリが走ってきた。探偵のような幻影に気持ちが落ち着く。
「ラティユイシェラって、シンア様とどんな関係なの!?」
これには隣の席にいたノア様も目を丸くしていた。そんなノア様とアイコンタクトして、初めて公にされていないのだと気付く。身近な人は知っていたから特に気にしていなかったのが災いしたのだろう。
「シンア様は婚約者なのです」
なるべく皆に聞こえるように言うと、そのことが気になっていたのかクラスはもっと騒ついた。ざわつきの中には羨望の言葉が多々ある。
「シンア様って第一王子であのルックスでしょ?それに挨拶したら返してくれるし優しいし頭も良いから皆の憧れなの!女子なら一度は夢に見るわね、シンア様が夫だったらって!」
リリはキラキラした表情で話すがすぐに優しい笑みを向けられた。
「でもそれは憧れだけよ!ラティユイシェラが婚約者なら納得!だって、あんなに愛おしそうに見るシンア様は初めて見たもの!」
はて、そんな風に見られていたものか。いや、無い無い。ニヤリとした笑みは向けられていたが、あとは至って業務的な口ぶりだったはずだ。
昼食を食べる時も‘‘ アーン ”とかいう婚約者っぽいものもしていない。個人個人で食べていた、それもテスト対策の助言や先生のテスト問題の特徴を話しながら。
有意義ではあったが納得されるほど婚約者らしいこともしていないのだ。聞いていたキャラと違う点は親しみやすさだろうか、そもそもあのシナリオは私が執心しなければ成り立たない。
こっちの親しみやすいシンア様の方が断然いいね、と勧めてくれた人に心の中で伝えておく。何というか、このシンア様は世話好きな先輩のような感じだ。
入学式の日の態度が悔やまれる。随分と酷い態度であった。シンア様は私を気にしてあんな親しげに話してくれたのに、私ときたらなんて奴だろう。
「そうね、良くしてもらってるわ。納得なんて言ってくれてありがとう、リリ。もっとシンア様に釣り合うよう勉強するわ」
「いや、ラティユイシェラはもうしなくても」
そんなリリの言葉は聞こえなかった。
やはり薬物は完璧にして医療もきちんと覚えよう。歴史や言語も苦手だがシンア様がヒロインとくっついた場合、補助できる範囲は大きい方がいいわ。
明日は休み。ペンを握り、まだ見ぬヒロインのためにどんどん知識を詰め込むラティユイシェラの姿が後日ノア・アルバートに見られたのであった。
イシェラは絵画から抜けでたような美しさで、子息令嬢の目の保養になっていたのは言うまでもない。