第6話 ~ キール・レヴィンソン ~
12歳、王位継承権は極めて低いとされて、勉強を怠っていた自分。
確実な王位継承権の持ち主で、鬼才と言われている第一王子から婚約者の話を聞いたことがあった。間抜けで片言喋りの賢く無さそうな奴。
使えない自分と、使えない婚約者…それでも地位はあるから逃げられない、という観点で僕は勝手に第一王子の婚約者に親近感を抱いていた。
ラティユイシェラ嬢とは一度会ってみたくて、何度も出席するかもしれない夜会へ足を運んだ。そのどれもが骨折り損のくたびれもうけだったが。
出席するや否や、ラティユイシェラ嬢は直ぐに帰っていて俺は御令嬢たちの話相手に捕まる日々、一目も会えないとは何故だ。避けられている?
そこまで考えて首を横に振った。
避けられる理由が無い、王子の従兄弟で寧ろ挨拶に会うべき筈だ。
ラティユイシェラ嬢の容姿は聞いていた。
白金の髪に金の瞳、生まれて此の方金の瞳など見たことがないのですれ違いさえすれば分かるはずだ。
使えない人間でも整った容姿と生まれ持った地位で不自由がなく楽に生きてきた。
同士と仲良くなって、こんな気持ちを紛らわしたい。
ーーーー使えないのは僕も同じだよ
そんなことを言って落ちこぼれを安心させることが出来たら、自分の奥底に眠る劣等感は消えるだろうか。
一昨日も夜会へ行ったがラティユイシェラ嬢は案の定居ない。そんな中、王室図書館に出入りする噂があがった。
すぐに何日も何日も王室図書館に通い出した。剣の稽古が無い日、午前で授業が終わる日、午後から授業がある日。
空き時間があれば毎日というほど通っていた。
しかし、なかなか会えない。
待つのも飽きた頃、静かな図書館に感化され自主勉強を持ち込むようになった。
日向の当たる窓際の席は一際集中しやすく、スッと文字が頭に入ってくる。
それが日常化した頃、いつもの席に先客がいたのだ。
分厚い書物が沢山重ねられて指先で静かに頁を捲る所作が心地よく、そこだけ時間が止まっているような穏やかな空気に目が離せずにいた。
実際、同じように本を探しにきた輩がちらほらと惚けた視線を送っている。
息を呑む程にその空気を壊したくないのだが、柔らかそうな白金の髪が大きなバレッタで一纏めにされ、その後れ毛が愛おしく手を伸ばしてしまう。
「……何か」
どきんと心臓が跳ねて、振り向く女性に唯々見惚れた。
あんなにも会ってみたいと願ったラティユイシェラ嬢だ。初めて見る美しい金の瞳には長い白金の睫毛が影を作っていて、自分を見上げるきょとんとした姿が非常に愛らしい。
「あ、いつもこの席に座っている…」
少し見開かれた瞳に声が詰まる。ラティユイシェラ嬢は読んでいた分厚い本を閉じて衣服を整えた。
「キール・レヴィンソン様、お初にお目に掛かります。ラティユイシェラ・ジール、シンア様の婚約者をさせてもらっております。」
静かに立つとワンピースの裾を掴みお辞儀をする彼女は品性が感じられ、自分が思い込んでいた落ちこぼれとは程遠い存在の彼女は手元にある草花の種類や効果が難しく記された医学書に視線を戻した。
その全てが他国語で書かれていて、はっきり言って読めない。
纏めている書類の束には幾つもの付箋が貼ってあり、よれよれだ。
「ラティユイシェラ嬢は医学に興味がおありで?」
「……はい。どちらかというと薬剤に、これは知っているとタメになるかもしれないので、空いた時間に読んでいるものです」
いやいや、タメになるかもしれなくても普通は読まないだろう。そんなついで感覚で分厚い本なんて読破しない。そんな思いは喉まで出かかって、やめる。
「凄いですね」
感心した、何もしていない自分が惨めで情けなくなってしまう。
居た堪れなくなって踵を返そうとしたとき、ラティユイシェラ嬢に袖を掴まれた。
「キール様の噂は予々耳にしております。剣術の腕も社交場での会話術も、頭の切れる回転の速さも、そのお年で大人と混じり合い会話できる術も尊敬に値しています。」
真剣な言葉に呆気に取られていると、ラティユイシェラ嬢は慌てて掴んでいた手を離した。
「なぜ急にそんなことを?」
「……なぜでしょう……」
本人も驚いているのが可笑しくて、僕は認められたことが嬉しくて、その日を切っ掛けに僕たちは特等席で勉強をしている。
だから入学式前日に、ラティユイシェラ嬢が証書を受け取ることも実はとても頭が良いことも、そして何よりも美しく見惚れる容姿をしていることを知っていた。
シンアに内緒の少しばかりの背徳感。
「私はシンア様に見合う女性になることが目標です。あの方の役に立つものがあれば、私は全てを学んで、あの方の隣に並んでも不自然ではないように」
しかし、ラティユイシェラ嬢の心はシンアで一色なのが悔しかった。それが少し羨ましくて、挨拶をするときだけは自分に向くようにとびきりの表情で君を見よう。
いつかその微笑みを僕に向けてくれるまで。
本当は会わせたくなかった、きっとシンアは恋に落ちてしまうから。想像しているよりも随分と品位があり、美しく利口で謙虚な人柄。
入学式当日はさぞ気分が上がったラティユイシェラ嬢が見れると思っていたのに、ラティユイシェラ嬢はどうやらシンアを嫌ってしまわれたらしい。
振られたシンアに笑いを堪えるのは大変だった。
だが、所詮は他人。次の日親密そうに馬車に乗っている2人を見ると意外とクるものがあって、笑顔で隠した。
心の奥深く、チリのように闇が積もっていく。
「どうしよう……また来てる」
大きな本棚の陰から覗くと、金の瞳の先には王子の従兄弟がいつも座っている。日当たりが良いお気に入りの席はいつか誰かに取られると思っていたが、まさかあんな目立つ人が目をつけるとは…。
こうしてラティユイシェラは読みたい本を借りるだけ借りて帰る日々が続いたのだった。