第2話 ~シンア・タウフェル・レヴィンソン~
「シンア、いよいよ明日だね。」
「何がだよ」
明日といえば何かに長けている者しか入れないリヴァーブ学園の入学式。この学園に入学するだけで将来は約束されたも同然で、それは身分では変わらず能力で全てが決まる。背中にリヴァーブ学園を掲げるため、皆死に物狂いで勉強する。
俺はてっきりその学園の入学式の事だと思っていた。
しかし、目の前のこの男が考えていることとは違うらしい。
「‘‘ 何 ”ってラティユイシェラ嬢だよ」
「あぁ」
4歳の時に会いに行った婚約者、少数民族の末裔である尊い血を一身に受けた容姿で、そのどんな宝石よりも輝きある金の瞳が潤み、高揚した頬が恋に落ちたと物語っていた。
「会った時はそんなに頭がよさそうに見えなかったがな」
母の腕に抱き上げられたまま惚けている姿は何とも間抜けだった。3歳になっても未だに片言喋りなことの方が容姿よりも驚いた方だ。
「あれから会ってないんだろう?」
「形式的には会いに行ったよ」
「形式的?」
「当たり前だろ。婚約者なんだから、でも会えなかっただけだ」
形式的な挨拶だけ済ませた後に、何度かそれも年に2回は会いに行かされた。惚れられている身、べったりとくっつかれるのを覚悟して毎回行くのだがそれは5年経って辞めた。
引きこもりの芋女。会いに行っても部屋に篭っている、最低限しか夜会に参加せず挨拶を終えてすぐに帰る彼女はいつも捕まらなかった。
周りに反応を聞いたこともあるが、天使のような方ですよ。とか、とても麗しい方ですね。とか、世辞にしか聞こえない確証の無いものしか無い。
公爵令嬢なんだから綺麗だろう。どういう女性かを聞きたいのに出てくるのは言って損はない容姿の褒め言葉ばかり。
「楽しみではないのかい?」
「楽しみだよ、俺の婚約者がリヴァーブ学園に入学出来たんだ。入学出来なかったら婚約は破棄だったろうな…初めに見たあの間抜け面でよく入学できたと思うよ。俺が国王になるために手元にある駒は頭が良い方が良い。‘‘ 惚れた弱み ”は最大限利用してこその言葉だろう?」
「君は悪い男だね」
男の前で妖艶に見せた笑みに、その男も悪い顔をした。
癖のある白髪に青玉の瞳、愛想の良い顔立ちで騙される女は数知れず。見せない腹の底は真っ黒だ。それでも唯一気心の知れる相手である従兄弟で同い年のキール。
「明日の生徒会長の言葉、頑張ってね?」
何か楽しそうに笑って囁いたキールの言葉は聞こえなかった。
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入学式当日、白の制服に身を包んだ俺は少し早くキールと登校していた。
「お前といると目立つんだよ」
「僕が居なくても目立つ人に言われたら終わりだよね」
お淑やかに憧憬の視線を送ってくる令嬢の群れにも慣れてきたが、ニコニコ笑顔のこいつと居ると強制的に愛想笑いしなければならないから疲れる。
令嬢たちの視線から逃れたところで、不意に子息の集団に目がいった。よく見ると令嬢たちもチラホラ居て、その全員が惚けた顔をして突っ立っていた。
その視線の先には目立つも良いところだ。
朝日に照らされて輝く絹のような白金の髪は歩く速度と共に揺れ動き、惜しげもなくパッチリと見据えている金の瞳には白金の長い睫毛が影を作っている。
真新しい白の制服は魅惑的なボディーラインを厭らしくなく清楚に包み、堂々とした雰囲気とは相反して、今にも消えてしまいそうな儚げな令嬢がいた。
「ラティユイシェラ嬢じゃないか」
キールが ‘‘いつ見ても見惚れるねえ” とまじまじ見つめる。当の本人は一切の視線に気付かず、大ホールへと足を進めていた。
あの金の瞳は確かに幼少時に見た瞳だ。
「そんな、いやでも…って何でお前が知ってるんだよ」
「会う機会が度々、ね。そろそろ行く時間じゃないか?」
キールはまだ何か隠し事がありそうな顔で俺を見送り、在校生の席に座る。
何だか腑に落ちない気持ちで新入生に向けての挨拶を読むが、ちらちらとラティユイシェラ嬢のにこやかな表情が目の端に入ってきて落ち着かない。
舞台袖へと行ってホッと息をつくが、新入生代表の名前にビクリとした。
『ラティユイシェラ・ジール公爵令嬢』
より優れていると学園側が認めた者がこの証書を直に受け取る。
その名は紛れもない婚約者の名前だった。あの間抜けそうな、賢そうに見えなかった令嬢が名を呼ばれているのだ。
誰だ、芋女なんて言ったのは。鈴の音を転がしたような返事で、先ほど見たのと何ら変わりなく堂々と受け取る姿に目を見開く。
その時、在校生の席に座っているキールが口をパクパクと動かした。その意味を理解して、俺は顔に熱が篭るのが分かる。
ーーー想像以上?
見られないように片手で顔を覆うが、キールにはお見通しのようだ。
悪戯が成功したような人懐っこい笑みを見せ、凛々しく微笑み自身の席に帰るラティユイシェラ嬢を見送ると、この女性が婚約者か…と少々嬉しくなった自分が居た。
それと同時に男性の視線を一身に注がれている姿に苛つく自分も居たが、すぐにその感情は奥底に消し去った。
‘‘ 惚れた弱み ” その主導権の端を握ったのはラティユイシェラ嬢であることをシンア王子はまだ自覚していない。
12年もの長い年月、会えてない時間、その時間を埋めるようにシンア王子の興味はラティユイシェラ嬢に向けられるのに、そう長く時間は掛からなかった。
「そう言えば芋女だっけ?」
「言うな」
「間抜け面…」
「言うな」
数ヶ月はこのネタでからかわれるだろうと思うと嫌気が刺したが、自業自得なので大人しく受け入れようと思う。