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第13話 ~ ユリウス・ルイ・シンドリア ~

 噴水の端に座って、シンドリアの青空を見上げながら待つノアの姿に令嬢たちは息を呑む。


 中性的な横顔は、どこか憂いを帯びているかのようで誰も声をかけれずにいた。

 実際には、キール様の瞳は本当に青空だな…とキールが来ている衝撃に動揺して、これからの自主研修に気苦労が絶えないであろう未来を呆然と見据えていただけなのだが、そんな気苦労を諸共しないラティユイシェラは、あいも変わらず凛と響く声を出す。


「ノア!待たせてしまったわね」


 真っ白のしっかりしたブレザーが、荷物を置いた割に少し遅くなった元凶はコレです。と言いたげなように、暖かい気候のシンドリアに合わせて夏用のセーラー服にかわり、髪は制服を着ている時に一度もした事がないポニーテールにかわっていた。


 待ち合わせが噴水だったため、人通りは少なくない。

 キラキラした金の瞳は、まだ見ぬシンドリアへの追求心に揺れ動いて周りのざわつきに気にも留めようとしなかった。


「ラティユイシェラ嬢!?」


 唆る(うなじ)に目を奪われつつ、波打つ白金の髪に顔を隠すラティユイシェラが可愛くて驚きを隠せない。


「自主研修だからといって、張り切りすぎてしまったかしら…」


 むしろご馳走様です!と合掌しているのだが、心の中でなのでラティユイシェラに伝わるはずがなく、ノアは自分の自制心に頸など見慣れているだろう?と問いかけ続けその場を保つ。


「全然、良いんではないですか?」


 冷静(クール)を気取りつつ、手を差し出すノアは、さながら絵本に出てくる騎士である。ラティユイシェラは少し照れながら、その手を取った。


「良かったわ!さぁ、早く行きましょう!」



 自主研修初日の目的地は図書館。この土地を詳しく知れる場所に胸を踊らせたのであった。



***





 うろ覚えの頭が、ぼんやりと景色を映す。

 この日は珍しく若い子が図書館にいた。


 資料を取ろうと席を立ち、大きな本棚で目当ての本を取ろうと手を伸ばすと、横から小さく同じ目的の本を取ろうとしている手が出てきた。身長的に自分が高いので自分が先に取ると「あっ…」という鈴の音が転がったような小さな声が下から聞こえる。


 声に詰まった。小さな声のした方へ目線を落とすと、輝かしい金の瞳が此方を見上げているのだ。

 背はとても低くつま先立ちをしていても取れなかったらしい。表情は身長の割に大人びて見えた。

 凝視して見ていると、腕を思いっきり伸ばしている自分の姿に我に帰ったのか、白魚のような白磁の肌はみるみるうちに赤く染まると、白金の柔らかそうな髪を靡かせて、そのまま逃げるように違う場所へ移動してしまった。

 思わず掴もうとした手は風を切り、名残惜しそうに本を見つめる金の瞳が頭から離れない。



 手元の本に青玉(サファイア)の瞳を向けると、後悔が自分を襲う。

 ……これですか?と本を渡せたなら彼女の記憶に残ったかもしれない。

 時既に遅く、当初の目的である目当てであった本を窓際席に持って行き、勉強に集中する。



「すみません、此処よろしいですか?」


 遠慮がちに指すのは目の前の席だ。他の者がいると邪魔になるので御免なのだが、煩わしげに視線を向けると分厚い資料集や何て書いてあるのか分からない他言語の書物。それが幾分にも重ねられて、人が見えなかった。か細い腕に重そうな本を持たせたままなど先程の一件を思い出し、後悔する前に了承する。


 どさっと置かれた本の数々に呆気に取られはするものの、目の前の人物に目を開いた。




 ーーーそこで俺は夢から覚める。


「懐かしい夢を見た」


 金の髪がさらりと肩に掛かり、透き通った碧眼が眠気眼で辺りを見渡す。


 見慣れた古い図書館には相変わらず年のわからない司書が1人と黒猫が背伸びをして寛いでいた。


 他に人の気配はしない。

 ただでさえ狭い路地裏から入り組んだ場所の一角にある図書館ここは、この国の民も知る人は少ないだろう。

 入り口も開いているか判らない錆びれた扉が出迎えていて、地下階段を下った先に図書館はあるのだ。


 先ほど見た夢は数年前、流行り病に罹った末弟を自ら助けてやれなかったと後悔して医学の勉強を始めた時だ。人気ひとけのない図書館ここは当時勉強するのに最適で、古い医学本も揃っていたため読み耽っていた。そんな時に、夢に出てきたあの子と出会ったのだ。

 あの場所で自分と近い、自分を見上げる金の瞳が夢に出てくる程に印象深かったのだろうか、それとも自分と同じストイックな性格を感じとった結果が、またあの時を思い出させているのだろうか。今の今までで出会ったのはあの一度きり。あらゆる思考が巡り巡るが、持っていた懐中時計が午後の3時を示しており足早で図書館を後にすることとなった。

 可愛がっている末弟が帰ってくる時間なのだ。


 4人いるシンドリア国王子の末弟である齢9つのハルの相手を、忙しい兄達に代わってユリウスがしていた。


 いつもは病弱なため、国の端にある自然豊かな地域で療養しているのだが最近体調が良くなっているらしく帰ってきた。

 素直で努力家で、前だけ見据える聡い末弟に、嫌われない兄であろうと誓ったあの日。流行り病に罹った末弟をただ見ているだけで何も出来なかったあの日。歯痒さと悔しさで溢れかえりそうだった。


 俺はポケットにお守りのように入れているNOAA03(ノアゼロサン)を握りしめる。

 今は普通に普及している薬だが、隣国から無償で手法と一緒に送られてきたものだ。中身はないが、誰が作ったのか分からない妙薬。

 薬一つでこれだけ救われた気持ちになるのかと胸を打たれたのが医学の道へ行こうと決意したきっかけだった。

 いつかはNOAA03(ノアゼロサン)を作った人へ会いたいと願いながら王城へ向かう。



 それを作った張本人と、すれ違っていたとも知らずに……



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