第12話
「もうすぐ着きますよ」
各クラス担任の声にリヴァーブ学園の生徒たちは胸をときめかせて窓の外を見た。
待ちに待った自主研修である。
結局のところ武術に長けた学園生活でも長い時間共にしたノアと二人一組として3泊4日共にすることになったラティユイシェラは、クラスを見てみると、学問と武術でザッと分けられていることを知っていたため、この現状にも理解する。
ーーーそりゃあ男女で行動することになるわよね。
学問に秀でていても、所詮はか弱い令嬢。武術に秀でた子息たちはこれを機に紳士的で強い面を令嬢に魅せることができるし、令嬢たちはこれでもかと思う博識さと可憐さを目立たせる機会ができる。これはこれから先の結婚相手への値踏みのような気がした。
自国とシンドリアを繋ぐ橋から、キラキラと青空に反射した海が白煉瓦で彩られた国を囲っている光景が遠くなりそうなラティユイシェラの目に入る。
「綺麗ね」
馬車の窓を開けて潮風に揺れる横髪を耳に掛けながら金の瞳は素直に外を見つめた。
同じクラスの全員は、あなたがね。と心の内で一致団結する。
横に座るノアが毛布を肩に掛けてやると、それに気付いたラティユイシェラはノアの方へ向き、微笑んだ。まるで天使が綻んだような暖かさを含む笑顔に、ノア含めて男女関係無く落ちていったのは言うまでもない。
みんなが黙っている間に、ラティユイシェラの意識はシンドリアの国に向いていた。
開門された白い街並みには陽気な音楽が流れて、老若男女踊る広場に様々なハンカチや花が宙を舞っている。
自国とは違う自由で楽しい空間。
一緒に踊り、歌いたいと思う生徒の例えがリリだとすれば、この国の地形や空気、人を観察するのがラティユイシェラだろう。また、特に興味無く集合場所へ向かう者もノアを筆頭にたくさんいた。
「ラティユイシェラ嬢、行くぞ」
色々気になるものが多いのだろうワクワクして落ち着きのないラティユイシェラの首根っこを掴み、集合場所へ移動させるのはノアだ。研究でも何でも没頭すれば他に目を移さないため、ラティユイシェラの侍女であるアキさんを見習った方法である。
「ノアまで私を適当に扱う!」
苦情の声は聞こえているはずなのに、はいはいと相槌を打つだけで体勢は変えてやろうとしない。
不貞腐れそうになるラティユイシェラを見て、ある人物が足を動かした。
子息令嬢たちは一気に戸惑い、頬を高揚させるものまでいる。
余りに想像していない人物の登場に、嬉しさで倒れる純情な令嬢まで居た。
その人物はノアの元までやってくると、顔に笑顔を貼り付けてジト目を送る。
「女性に対して扱いがなっていないようだね、ノア君」
もうお分かりだろう。潮風に靡かれた癖のある白髪、このシンドリアの国を覆っているような青玉の瞳。
そう、夜会での通り名は甘いマスクの貴公子であるキールだ。
ガサツさが残るノアの社交界デビューの指南者であり、キールの腹黒さを一番よく理解しているノアはすぐにラティユイシェラを掴んでいた手を離す。
「キール様!?どうして此処に…」
と、途中で言葉が止まった。
ノアの脳内で、あることが推測されたからだ。
「まさかとは思いますけど、理事長に直談判しに行きましたね?」
こっそりと小声でキールに耳打ちすれば、キールは綺麗な笑みをノア相手に向けた。
ーーー当たりかよ。
踵を返して上級生の方へ向かっているキールを取り囲むように、令嬢たちはきゃっきゃうふふと質問する。
かく言うラティユイシェラも、その光景を見て疑問を口にした。
「手伝いをする上級生って風紀委員だけよね?どうしてキール様がいるのかしら」
ノアは、君がいるからだよ。とは、とても言えず、用事があったんだろ。と、後にキールからラティユイシェラに告げる言い訳を無難に言っておいた。
キールの突然の登場に若干騒がしかったが、そこは進学校である。切り替えが早い。
ラティユイシェラも自分の列に並び、1日目の予定を担任が口にする。
勿論全生徒は冊子を開いて目で追っていく。
「まず初めに宿泊先へ荷物を降ろし、そのまま二人一組の班ごとにまとまって事前に調べたであろう図書館へ向かってもらいます。そこで、自主研修期間中に各班に言い渡したレポートを完成させてください。」
自主研修期間は3泊4日である。
冊子の1日目にも、宿泊先へ向かった後各班別れて行動と書いてある。2日目はレポートの余裕がない班は1日目と同じで違う図書館に行っても良しだが、ある程度出来上がった班は自由行動だ。3日目は海の街であるシンドリアを周り、4日目は交流会と書いていた。
見てわかる通り、どこの班も1日でレポートを終わらせる気満々である。
早く終わらせれば自由行動なのは確実であり、評価もそれ相応に高くなるからだ。
宿泊先の宿は学年全員が泊まれる大きなところで毎年贔屓にしているところらしい。クラスごとに階で分かれていて、男女に部屋が分かれている感じだ。
子息令嬢はこんな同い年の泊まりは初めてなのだろう、着いた時から落ち着きがない。
そんな落ち着きのない生徒を正すのが風紀委員の仕事であり風紀委員でもないキールの仕事でもある。不純な動機のキールがやっていい仕事なのかは別として、しっかり先生に代わっての監視役なだけなので、一部の令嬢は自由行動を機にキールに声を掛ける気満々であった。
キールはキールで、まだ思惑はあるのだが、嘘で告げた仕事が本当に入り途中退場をせざるおえなかった。
たくさんの思いが交錯する自主研修1日目。ラティユイシェラは同室のリリに ‘' また夕方にね ” と告げて、ノアと共に予め決めておいた集合場所へ向かおうとする。
リリは別の子と二人一組となっているため、一緒にご飯食べようね!絶対だよ!としがみ付いてきて、ラティユイシェラが離れがたくなったのは仕方ない。




