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玄川星護と高柳翔(3)

8月1日 快晴 午後1時


夏休みに入った1組6班は、東京湾に浮かぶ豪華客船「鳳」に乗船していた。


全長289m 全幅36m 出力45920kw 速度28ノット(時速約54km)と現実離れしたスペックの客船で、乗客数は1000人以上になる。


「んー、こりゃ想像してたよりでかいなー」


多数の招待客で賑わう船首甲板から船尾方向を眺めた僑は、隣にいる夏希に「昴の姉ちゃんに感謝しないと」と言った。


鳳は今日が処女航海で、今回乗船しているのはオーナーやイベントの関係者。招待客ばかりだ。


そんなセレブが集う場に中学生が入れたのは、昴の姉である神谷 雫が6人を招待したからだ。


「昴のお姉さんはモデルって聞いたけど、よく私達を招待できたよね」

「家が金持ちらしいし、コネがあったんじゃないか?」

「そんな感じはしなかったけど・・・」


少し気になるが考えるのをやめた夏希は、船首から動かない僑に「部屋に戻らないの?みんなはもう行ったけど」と言った。


「あぁ・・・それな。俺、こっから動くと・・・」


僑はやや青ざめた顔で船首側を向き、海面へと視線を降ろした。


「マジで吐きそう」

「後で酔い止めあげるね」


僑と夏希以外の4人は、雫に宿泊する客室を案内されていた。


案内といっても、エレベーターで10階まで降りて、十字になっている廊下の右舷側と左舷側全ての部屋が6人に用意された客室だ。


「ここの1011〜1016までが君達の部屋だから、好きに使ってね」

「お姉ちゃんは?」

「私はこの上」


雫は身長が187cmもあり、モデルの中でもかなり大きい。抜群の美貌と9等身のスタイルは、失礼ながら妹とはあまり似ていない。


ただ、昴と同様に雫も生まれつき瞳が青く(昴は片方だが雫は両目)、やはり紫外線に弱いのでUVカット99%のコンタクトレンズが欠かせない。


「それじゃ、私は打ち合わせがあるから」


手を振って走り去る雫を見送った後、最初に星護が昴に「お前の姉は何者なんだ?」と言った。


「え?モデルやってるって前に言ったじゃん」

「なるほど。最近のモデルは、スーパーセレブしか乗船できない鳳の処女航海に、中学生を6人も乗せれんのか?」

「部屋が余ってたんじゃない?」

「(んな訳ないだろ)」


翔は星護の肩をたたいて「せっかくだから楽しもうや」と言って、1015のカードキーを昴からもらった。


「荷物は?」

「フロントに名前と部屋番号を言えば届けてくれるって」


話を聞いた香奈は「至れり尽くせりね」といって1016のカードキーをもらった。


「僑と夏希は?」

「まだ船首だろ。僑は船にも弱いから」


星護は1014のカードキーをもらった。


「そういや、夏希は酔い止めの薬を持ってるって言ってたな。僑の船酔いを予測してたのかもな」


昴は腕を組んで「さすがクラス委員」といって深く頷いた。


少し待つと、夏希とフラフラの僑も合流して、6人は荷物を受け取ってから、遅めの昼食の為に6階のレストランに集まった。


6階全てを大胆に使用したレストランは、世界中の有名店が20以上も出店している。


「船酔いはどうだ?」

「夏希の薬が効いてるから、飯ぐらいは食えそう」


翔は「そりゃよかった」と言って、視線を感じて後ろを向いた。


「ん?」

「あの・・・玄川 星護さんと高柳 翔さんはどちらに?」


翔の視線の先には、安物のスーツに身を包んだ若い男が1人。背が高く細身で、誠実そうな風貌だ。


「・・・」


翔は星護の反応を待ってから「高柳は俺。玄川はあいつ」と言って、星護を指差した。


2人を確認した男は、軽く頭を下げて自己紹介をはじめた。


「あぁ、すいません。私は神谷 雫のマネージャーを担当している高山と申します。今お時間は・・・」

「あるよ」

「俺も」


星護は皆に「先に昼飯に行ってて」と言った。


僑は眉をひそめて、星護に「どう考えても怪しいだろ」と耳打ちした。


しかし、星護は「心配ない」と小声で言って、翔と共にエレベーターへと消えた。


「・・・昴。アレは本物?」

「知らない」

「まぁ・・あの2人なら、誘拐されても平気だろうけど」


夏希も香奈と似た考えのようで、先に6階に向かうことにした。


「みんな薄情だな。あいつ、どう考えても怪しいってのに」


文句を言う僑に、香奈は「怪しくても、あの2人ならどうにかするって」と言った。


「そーそー。星護も翔も夏希と同じぐらいの怪物なんだから」

「(何で私が怪物扱いなの)」


高山に案内されたのは雫が宿泊するスイートルーム。


つまり、この件を雫も知っているということだ。


「どうぞ。こちらに」


高山は星護と翔をリビングのソファーに案内した。


本来は豪華絢爛な装飾で彩られた成金趣味の権化のようなスイートルームだが、雫の意向によりそれらの装飾は全て撤去されている。


まるで新築のモデルルームのような殺風景なリビングに、事情を知らない星護と翔は「金持ちはシンプルな内装が好きなのか?」と疑問に思いながら、ソファーに腰をおろした。


「お茶を用意しますね」

「いえ、お構いなく。長居するつもりもないんで」

「そうですか・・・」


それにしても、高山の態度はとても中学生を相手にしているとは思えない。ごく平凡な中学生に、ここまで緊張するだろうか。


「(こいつ、もしかして)」

「では、本題なんですが・・・」


高山は周囲をキョロキョロと見回した。


「あの・・盗聴とかされてませんか?」

「(やっぱり)」


星護と翔は、同時にため息をついた。


「俺と翔が流星だって知ってるんだな?」

「そうですけど・・・神谷さんから聞いてないんですか?」

「いや、何で雫ちゃんから?」

「2人が流星だと言ったのは神谷さんなんです」


――どういうことだ?


星護と雫は今日が初対面で、もちろん自身が流星だとは言ってない。


過去の戦いと違い、雫とは全く接点がなく、三郎が知恵を使った時にも名前は出なかった。


「俺達の流星も知ってるのか?」

「神谷さんは自分と同じ力を持つ流星だと」

「!?」

「同じって・・・雫ちゃんが最上位の流星なのか!?」


星護の破滅。翔の神威。そして天音風香の天帝。最上位の流星は4つなので、あと1つ正体不明の流星はある。そして、最上位の流星なら、近くで流星が使われたら反応を感知することもできる。


2人の迫力に怯えた高山は、震える声で「さ・・最上位?」と言った。


「(高山さんはそこまで詳しくないのか)話を聞く前に、雫ちゃん本人と話がしたいんだけど」

「はい。もう戻ると思うんですが・・・」


高山は息苦しさを感じながら、翔の後方(ドアがある方向)に視線を移した。


「(まだかな神谷さん)」


一般人にも流星の知識は広まっているが、その内容は偏りがある。特に最上位の流星に関しては『世界を滅ぼす力がある』とだけしか知らない人がほとんどだ。


そんな最強の能力者に大声をだされたら、どんな人間でも怯えるだろう。


「ただいまー。高山くん、星護と翔は来てる?」


同じ最強の能力者なら話は別だが。


「神谷さん、遅いですよ」

「ごめんごめん。ちょっと長引いちゃって」


雫は小走りでリビングに入り、不信感を隠さない星護と翔に微笑んだ。


「もう話は聞いた?」

「雫ちゃんが最上位の流星ってのはね」


雫は「そうなんだ」と言って、高山の隣に座った。


「でも驚いたー。昴の友達が私と同じ最上位の流星なんて」

「それはこっちもだ」

「雫ちゃんはどんな能力を?」

「禁忌。災厄を操る流星みたい」


翔は眉を寄せて「みたい?」と言った。


「使ったことないから。何かヤバそうじゃない?」

「能力の詳細を知らないのか?」

「全然。翔は知ってるの?」


この時点で、星護と翔は雫が自分達の能力を知らないと知ったが、同時に政府がどうやって破滅と神威を知ったのかがわからなくなった。


天帝にのみ、流星の反応だけでなく詳細がわかる能力があるのだろうか?


「初めて能力を使った時に。なんとなくだけど」

「俺もそんな感じかな。愛用のボールペンとサヨナラした時に漠然と」


流星の、宿した瞬間に発動した能力で流星の名や能力の内容を知るのだが、雫はそれが無いようだ。


少し考えた翔は「試しに使ってみるか」と言った。


「禁忌を?」

「そう。ここには星護がいるから、万が一ヤバイ能力なら消してしまえばいい」

「流星そのものは消せないの?」


星護は首を横にふって「ムリ」と言った。


「俺の能力・・・破滅は、該当する全てを無条件に消滅か破壊する。俺は禁忌の流星をよく知らないから、この場で禁忌を消すと、流星以外の禁忌にまつわる全ても消える」

「さ・・さすが最強の流星。同じ最上位でもスケールが違うわ」

「役に立たない流星だけどな。けど、発動した能力なら問題なく消せるから、範囲を絞って使うなら問題ない」


雫は腕を組んで「範囲を絞るって?」と星護と翔に聞いた。


「言葉のまんま。何なら星護に向けて使ってもいい」

「それってどうやるの?」


広いリビングに、一瞬の静寂が訪れた。


「・・・ん?」

「だから、どうやって星護に向けて流星を使うの?」


――そんなことも知らないのか。


と翔は愕然としたが、よく考えれば一度も流星を使ったことが無い雫が、流星の扱いを知っているわけがない。


そして、流星の扱いを口頭で説明するのは難しい。自転車や車のように、実際に使ってみないと覚えることはできない。


しかし、災厄を操る流星を範囲を絞らずに使えば、この宇宙にどんな災いがふりかかるか・・・


一応、破滅は後だしでも勝てる流星なので、仮に宇宙がメチャクチャになっても、禁忌の効果を消すことで宇宙は元通りになる。


星護が元通りになる宇宙の全てを知っていればの話だが。


「ダメだ。雫ちゃんは流星を使わない方がいい」

「うん。私もそう思う」


翔と雫は肩を落として、深いため息をついた。


「落ち込んでるとこ悪いけど、俺と翔が呼ばれた理由は?」

「そうだった」


視線を上げた雫は、顔の前で両手をあわせた。


「おねがい!夏休みの間だけでいいから、私のボディガードになって!」

「?」


首を傾げた星護は雫に「最近のモデルってそんなに物騒なん?」と聞いた。


「物騒なのはモデルじゃなくて流星。星護と翔の流星を感知した頃ぐらいから、不審者に襲われるようになっちゃって」

「襲われるって・・・今までよく無事だったな」

「警察の流星対策課に護衛してもらってたから」


流星対策課とは、流星による犯罪が増えた為に2年前に発足した部署で、政府直属の組織以外で唯一、複数の流星が在籍している。


中でも歪曲の宗近 恒次。重斥の獅仙 要。五行の一ノ瀬 舜は有名だ。


「けど、四六時中ずっと護衛してもらうのは難しいでしょ。だから、星護と翔に護衛してほしいの」

「なるほど。要は護衛が必要ない状況にしろってことか」

「そういうこと」


雫は星護と翔に「夏休みの間だけ」と言ったが、それでは夏休みが終わると夏休み前の状況に逆戻りだ。


流星対策課の仕事は護衛ではない。雫を襲う犯人を追っていたはずで、ある程度の成果もあっただろう。


それでも星護と翔に護衛を依頼するのだから、雫を襲うのは組織された多数の人間で、力の入れようから雫が流星を宿していることも知っている。


・・・と、ここまで考えた翔だが、なぜ流星が狙われるのかは未だにわからない。


「(本人も知らないんだろうな)いいよ。護衛を引き受ける」


予想外の素直な反応に、やや不安だった雫は軽くガッツポーズをして喜んだ。


「ホントに!?なら荷物をこっちの部屋に持ってきて」

「俺は護衛には不向きだから、今回は任せた」

「なら、みんなに雫ちゃんの部屋に泊まるって言っといて」

「りょーかい」


雫は立ち上がって、高山に「仕事に翔が同行するのはOKなの?」と聞いた。


「高柳さんは・・・」

「呼び捨てでいいよ。ただの中学生だし」


高山は咳払いをして「高柳くんは」と言い直して話を続けた。


「中学生が傍にいると目立つ。なるべく別室にいた方がいい」

「それじゃ護衛になんないじゃん」

「問題ないよ。目立つと変に警戒されるし、高山さんが正しい」


星護と翔は高山に挨拶をしてから退室した。


「腹へった〜とりあえず何か食いにいこう」


星護は携帯電話の時計を見た。もう午後3時が近い。


「夏希に連絡をいれてからな。もう部屋に戻ってるだろ」


エレベーターへと歩きながら返事をした翔は「しかし、最近はトラブル続きだよな。今回はこっちから飛び込んだけど」と言った。


「人工流星ってヤバイもんが出回ってんだ。雫ちゃんの護衛から何かわかるかもしれない」

「雫ちゃんの護衛ってか、世界を雫ちゃんから護衛するのも大事だよな。万が一禁忌が暴発したらと思うと」

「襲ってくる奴等も、まさか襲撃対象が最上位の流星だなんて思ってないだろうな」

「下調べぐらいしとけよ・・・」


翔がエレベーターのボタンを押そうとすると、いきなり神威が発動した。


「!?」


あまりに突然だったので力の加減をするヒマがなく、翔の人差し指がエレベーターのパネルを貫通した。


「あっ!」

「何やってんだお前?」

「神威が・・・勝手に」


指をパネルから引き抜いた翔は、スパークするパネルを見て冷や汗を流した。


「こっ・・これ弁償か?」

「お前が壊したからな」


翔は財布の中身を確認した。


「3500円でたりるか?」

「絶対にたりない・・・それより」


星護は「勝手に発動って?」と言おうとしたが、後方から響くドアを蹴破るような音に阻まれた。


「ん?」

「翔!星護!」


開け放たれたドアから飛び出したのは雫で、とても女性とは思えない速さで2人の所まで走った。


「はぁ・・はぁ・・消えた」

「ん?」


雫は翔の肩を掴んだ。


「高山さんが消えた!」

「消えたって・・・!?」

「翔、来たぞ」


船首デッキに殺気を纏った不穏な気配。数は10人ぐらいだ。


「雫ちゃん、場所を変えよう」

「(人の数が少ない。船員や乗客はどこに行った?)」


星護は野外活動を思い浮かべたが、あの時は関係者の流星を消している。


「(人工流星を使わないってことは・・・)」

「おい星護。俺の部屋に行くぞ」


道中、2人は雫が部屋から飛び出した理由を聞いた。


といっても、雫の目の前で高山が消えた。消える直前に全身を奇妙な感覚がはしったので、それは禁忌の能力かもしれない。


聞けたのはこれだけだ。


「高山さんが消えた理由はわからないけど、たぶんやったのは雫ちゃんじゃない」


翔の部屋に着いた3人は、鍵をかけてから寝室に集まった。


雫は目を泳がせながら「なんでわかるの?」と語気を強めて言った。


「消えたのは高山さんだけじゃない。船内のほぼ全ての人の反応が消えてる。同時に危ない奴等が沸いてきたから、やったのはそいつらだろ」


翔はベッドに座って「問題は危ない奴等じゃなくて、消えた人間の行方だ。前は俺らが異空間に飛ばされたけど、今回は違うっぽい」と言った。


「前?」

「苦労してんだよ俺達」


現在、最優先でやるべきことは2つ。消えた人間の行方と解決方法の調査。雫の護衛。


「ちょっと早いけど、翔は雫ちゃんの護衛を頼む。俺は船内を調べる」

「わかった。流星には気を付けろよ」


部屋から出る星護を見送った雫は、翔に「私達はどうするの?」と聞いた。


「昴達も行方不明だし、しばらくは待機」

「しばらく?」

「そう、しばらく」


船内の調査に乗り出した星護は、先ず操舵室へ向かった。船員も行方不明なので、船の安全を確保する必要がある。


「(狙いは雫ちゃんだろうけど・・・)」


操舵室で自動操縦を解除した星護は、不可解な状況に首を傾げた。


船内には雫・翔・星護以外にも数人が取り残されているが、船に乗り込んだ人間がこの状況をつくったなら、なぜ雫を孤立させなかったのか?


孤立させることに失敗したのか、現状がベストなのか。現状がベストなら狙いは何なのか?


船を停止させた星護は、アンカーを操作するために船首へ向かうことにした。


「ん?」

「いた!流星だ!」


操舵室のドアを開けて階段を降りる途中、星護は武装した人間に遭遇した。


「(迷わず流星か)」

「両手を頭の後ろにまわせ!」


星護は階段から跳んで、武装した人間の顔面を踏みつけ、右肘の間接を外して、そのまま床に叩き落とした。


「ぶふっ!」

「流星相手に銃じゃ無理だろ(流星使ってないけど)」


やはりおかしい。


政府や警察が流星対策に部署を新設したように、流星を相手にするなら専門チームを派遣するのが定石だ。


星護を「流星」と呼んでいたので、最初から複数の流星を相手にすることを想定しているはずなのに、武装した普通の人間が10人だけというのは戦力的な矛盾がある。


「(他にも戦闘力のない流星がいるのか?)」


星護は誰かが船内全体を見ていて、武装した人間を使って誰がどんな流星かを調べているのではないかと考えたので、とりあえず武装を全て解除して話を聞くことにした。


「おい、起きろ」

「うぅ・・・」


思いっきり踏みつけられたので前歯が折れているが、それ以外は男に外傷はない。


「誰に命令された?」

「・・・」


男は壁に背を預けて下を向いたまま、黙って動かない。


「(そりゃ喋らないよな)前歯は悪かった。口の中を切ったなら、上の操舵室で洗うといい」


星護は銃と無線を奪って階段を下に降りて、居城区画→船尾左舷側から屋外通路に出て銃を海に捨てた。


そこから船首方向へと走り、道中で3人を片付けてようやく船首へたどり着いた。


「(アンカーのレバーはどこだ?)」

「おい!そこのお前!」

「ん?」


広い船首を捜索していると、上空から女の声が飛んできた。


「(浮いてる・・・流星か)」

「こんな所で何やってんだ!危ないから避難しろ!」


女は船首デッキから10mぐらいの高さに浮かんでいて、星護より少し小柄。明るい茶髪のショートカットに童顔で化粧をしておらず、ジーンズに白Tシャツなので年齢が判断しにくい。小学生にも大学生にも見える。


「調度いい。お前も手伝え」

「え?」

「船を安定させる為にアンカーを降ろす。油圧のレバーがどこかにあるはずだ」


女はデッキに降りて「よくわからんけど、アンカーを降ろしたら避難しろよ」と言った。


「助かる」

「私は緋酉ひとり 陽向ひなた。お前は?」

「玄川 星護。ここに来る迄に誰かに会ったか?」


陽向は周囲を見回しながら「1人。日本語の上手い外国人だった」と言った。


「そいつも流星だったろ?」

「そうそう。ケガを一瞬で治す凄い流星だった・・・って、お前も流星?」

「たぶん、武装した人間以外は全員流星」


レバーは直ぐに見つかった。星護は陽向をレバーに待機させて、油圧ラインを見て回り、バルブが全て開いているのを確認してから合図した。


「このレバーかったい」


レバーを操作すると、凄まじい号音と共にアンカーが海底に落下した。


「おい!こんだけうるさいと気付かれちゃうだろ!」

「だからアンカーを先にしたんだ」


戦闘向きでない流星がいるかもしれないので、バラバラに散った武装集団を個別撃破していると手遅れになる。


武装集団を殺害すれば問題解決だが、星護の性格的に殺人という選択肢は選べない。


レバーに戻った星護は、陽向に「陽向も戦闘向きの流星だろ?」と聞いた。


「星護には言っとくか。私の流星は反発。文字通り異なる物質を反発させることができる」


反発の流星は、陽向の説明通り異なる物質を反発させる流星だ。自分自身に使って自分以外を弾き飛ばすのが基本だが、自分以外の異なる複数の物質を反発させることもできる。


実は感情や自然環境を反発させることもできるのだが、陽向はまだ気づいていない。


「陽向『も』って、星護も流星なん?」

「俺は破滅。何でも消したり破壊できる流星だ」

「おぉ・・・それすげーな。天帝にも勝てんじゃない?」

「何もないとこで1対1なら」

「どういうこと?」

「俺じゃ勝てないってこと」

「はぁ?」


陽向は星護の言葉の意味を聞こうとしたが、武装集団の残り4人(2人は陽向が倒した)が迫っている。


「俺は左舷側を片付けるから、陽向は右舷側を頼む」

「はいはい」

「殺すなよ」

「はいはい」


陽向はアンカーの油圧ユニットを右舷側に回り、武装集団3人を視界に捉えた。


「流星か!両手を手摺に置いて動くな!」

「うるさい」


陽向は反発を発動して、3人を浮かせて銃を海へと弾き、自分の頭上まで移動させてから床の鉄板に叩き落とした。


「うぐっ!」

「お前らも悲惨だよな」


他に武器を持ってないか確認しようとすると、突然3人が消えた。


「!?」

「陽向!」


ほぼ同時に、同じ現象に遭遇した星護が駆けつけた。


「破滅を使った?」

「いや、消したのは俺じゃない。それに俺と陽向以外全員消えてる」

「えぇっ!?じゃあ秋穂も消えたのか!」

「秋穂?」

「友達。私の10倍は強いから心配ないと思ったんだけど・・・」


星護は雲ひとつない青空を見上げた。


「消えたのは俺達だと思う」


同じ頃、翔と雫には星護以上の危機が迫っていた。


時間は少し遡る。


――10分前


翔の部屋で待機していた雫は、身体の不調を訴えた。


「気分が悪い?」

「うん。何かだるい」


翔は額に手を当ててみたが熱はない。しかし顔色が悪いし息も荒い。


「(緊張状態が続いてるからか?)星護が出てるから直ぐに安全になるだろう。ベッドがあるから休むといい」

「そうする・・・」


ベッドに横になった雫は、翔をしばらく見つめてから「何であっさり護衛を引き受けたの?」と言った。


「断る理由がないから」

「それだけ?」

「・・・」


翔は少し黙った後で「雫ちゃんは星護をどう思う?」と言った。


「え?・・・不思議な雰囲気の子だなーって感じ」

「星護と比べて俺は不器用でさ。何倍も努力してるのに追い付くのがやっとだ」


翔は椅子に座って視線を落とした。


「これまでの戦いで、俺はほとんど役に立ってない。同じ最上位の流星で、しかも戦闘向きなのに戦えないお粗末さだ」

「私の護衛は汚名返上ってこと?」


翔は声を出さずに笑った。


「まぁな。俺は正義の味方じゃない」

「ふーん」


――そういうとこは子供っぽいな。


と雫は思ったが、口には出さなかった。


「昴には凄い友達がいたんだね」

「へ?」

「中学に入ってから楽しそうだったから、いい出会いがあったんだろうなーって思ってたの」

「それは俺じゃなくて夏希や香奈・・・!?」


翔は急に立ち上がった。


「(まただ。勝手に神威が・・・)」


今度は解除することができない。嫌な予感が脳裏を過った翔は、雫を連れて船を離れることも考えたが遅かった。


「!?」


部屋の壁が粒子状になって崩れていき、天へと舞い上がっている。


「(流星か。星護はどうなった?)」

「こっ・・・これどうなってんの!?」

「わからない。とにかく逃げよう」


続けて室内の家具なども崩れて、船全体も崩れて天へと舞い上がった。


翔は雫を抱えて飛んだが、直後に世界全体も粒子状になって崩れ始めた。


「(くそっ、どこに逃げれば・・・)」


僅かな迷いの間に世界は全て粒子状になって崩壊して、後には無限に広がるな宇宙空間が残るのみとなった。


「どっ・・・どうなってんの?宇宙?」

「えっ!?雫ちゃん何で宇宙空間で平気なん!?」


当然だが、宇宙空間には大気がなく、人間が生きていける環境にない。大気がないのに会話ができるのも変だ。


「(宇宙じゃないのか?)」


神威で視力を上げて周囲を見回すと、太陽や金星・火星の位置は同じだ。真空状態で強い放射線が飛び交い、無重力状態で浮かんでいる現状は宇宙空間にいるとしか思えない。


「・・・そういえば、体調はどう?」


雫は疲れた顔で「さっきよりしんどい」と言った。


「だよな。どっかで休めたらいいんだけど」


翔は雫を休ませようと思ったが、地球が無いので何もできない。


「(これが流星の仕業だとして、本当に地球を消したってことは無いはずだ。そんなことをしたら困るのは自分だからな)先ずは元凶を探すか」

「探さなくていいわ。わざわざこっちから出向いたんだから」

「?」


腰まで伸びる流れるような黒髪。透き通るような白い肌。雫と同じぐらいの長身。年齢を掴みにくい美しい顔立ち。濃いグレーのスーツ。


「・・・お前か」


異様な威圧感を放つ女性が、翔の正面やや上に浮かんでいる。


「本当は1人だけの予定だったけど、まだ上手くいかないみたいね」

「狙いは雫ちゃんか?」

「好きに思えばいいわ」


翔は徐々に衰弱する雫に視線を移して「どっちにしろ、今の状況はお前にとっても不都合だろ?」と言った。


「・・・」


女は妖しく微笑んで「賢く見えて子供ね」と言った。


「んだと?」

「思慮が足りないってことよ。その子を助けたければ私を退けることね」

「ふざけやがって・・・」


翔は眼光を鋭くして、神威の出力を上げた。


「そんなに戦いたけりゃ戦ってやるよ」

「なら、先にその子を避難させたら?」

「(地球を消しといて・・・)避難させる場所が無くなってな。困ってたとこだ」

「私と戦うなら、考えてもいいけど?」


翔は雫の顔に視線を逸らした。さっきから反応が無かったが、意識を失っている。


「そんなに戦いたいなら戦ってやる。けど、雫ちゃんの安全が優先だ」


女は嘲るような笑みを浮かべて、翔の後方を指差した。


「ん?」


翔が後ろを向くと、はるか彼方に地球が見える。


「(ウソだろ・・・こいつ、地球をつくったのか)」


神威を発動した翔に幻覚や幻術は効かない。翔が見ている光景は全て現実だ。


「ほら、早くその子を置いてきなさい」

「(こいつ、まさか・・・)」


翔は雫を連れて地球へ向かった。地球までの距離は2億Km以上あるが、何も無い宇宙空間なら、神威の出力を上げて一瞬で地球近海まで行ける。


「(ここでスピードを落として・・・)」


月の周回軌道の外側でスピードを緩めた翔は、大気圏に突入して日本の自宅玄関前に降りた。


「なっ・・・なんだこれ!?」


翔は確かに日本の自宅に降りたはずだが、周囲には建物どころか草木があるだけで人がいない。


「(こんな原っぱに寝かせとくのか)」


幸い動物等も一切存在しないようなので、翔は草を編んで簡単な布団を作り、雫を寝かせてから地球を離れて、女の待つ場所へ戻った。


「ずいぶん遅かったのね」

「サプライズが多すぎんだよ」


しかし、女の目的がわからない。最初は雫を狙っての行動かと思ったが、翔が頼むとあっさり避難させた。


ただの愉快犯とも考えたが、女の正体に気づいたのでその可能性は消えた。


「お前、天帝の天音風香だろ?」

「そうよ。自己紹介したかしら?」

「地球を消したり作ったり、そんなことが出来るのは天帝ぐらいだろ」


天音風香は流星対策・開発庁に所属する国家公務員だ。つまり、翔と戦うのは職務である可能性が高い。


「最近のお役人は、一般市民を宇宙まで連れ出して襲うのが仕事か?税金泥棒が」

「そういう台詞は、自分で働いたお金で税金を納めてから言いなさい。それに、これも立派な仕事よ」

「その立派な仕事を税金泥棒だって言ってんだよ」


天音風花が雫を利用して、自分と戦うことを目的としていた。これは間違いない。


日本が何らかの理由で最上位の流星を探っていて、未覚醒の禁忌や最強の破滅より、天帝で対抗できるであろう神威に着目するのもわかる。


しかし、手段を選ばない天音風花の、日本政府のやり方を翔は許せない。


「ここでお前を叩き潰せば、強欲なお役所の連中も静かになるだろうよ」

「本当に子供ね。まぁ、中学生だから当然だけど」


翔は自身の後方。地球がある方向とは逆を指差した。


「場所を変える。ここだと雫ちゃんを巻き込むからな」

「必要ないわ」

「?」


風花は地球がある方向に視線を向けた。


「ほら」

「なっ!?・・・地球が・・・」


ついさっき雫を避難させたばかりなのに、もう地球が消えている。


「(バカな・・・あいつは何もしてなかったのに)雫ちゃんは無事なんだろうな?」

「心優しい坊やのために、新しい宇宙を創っただけよ」

「宇宙を?」


天帝は「自然」を操る能力だ。その能力の規模は無限大で、自然であれば創造も破壊も自由自在。


この「自然」の範囲は極めて広く、一見すると自然物ではない人工物であっても、構成する元素は自然物なので天帝の支配下に置ける。


「(無限の能力とはいえ、まさか宇宙の創造まで)さっきの地球もお前の工作か?」

「よく出来てたでしょ?」

「外見はな」


今なら手加減は必要ない。全ては風花の思惑通りだが、帰る方法が解らない以上、翔には戦い以外の選択肢がない。


「覚悟しろよ。敵なら女でもブッ飛ばす」

「そっちもね。私は子供でもブッ飛ばす」


翔は両目が白銀に発光するほどに力を上げて、正面から風花に突っ込んで顔面に回し蹴りを放ち、風花は下に移動して避けながら姿を消して、翔の背後に現れてから太陽へ向けて弾き飛ばした。


翔は口元に笑みを浮かべて、太陽に視線を向けた。


「つまんねえことを・・・」


太陽にぶつかる直前で停止した翔は、踵落とし一発で太陽を消し飛ばした。


恒星の爆発は太陽系そのものを飲み込む衝撃波を生み、光の速さで急速に拡大していく。


「こんなもんで俺をやれると思うなよ」


風花は無言で翔の眼前にテレポートした。


「正義のヒーローが太陽を破壊?とんだ悪人ね」

「てめぇのオモチャだろうが」


風花は翔の顎を蹴り上げて、吹っ飛ぶ翔の足を掴んで引き寄せ、腹に拳を打ち込んだ。


「がっ・・・」


翔は風花の手を蹴って払い、宇宙空間を蹴って後方に跳んだ。


風花は太陽系の外まで跳んだ翔の背後にテレポートしたが、この動きは翔に読まれていて、頬に膝を撃ち込まれた。


「お返しだ!」


追撃で両足で腹に前蹴り、吹っ飛ぶ風花の全身に無数の打撃を浴びせて、足を掴んで銀河中の星々に叩き付けて、その全てを粉々に打ち砕いた。


更に風花を投げ飛ばして、渾身の力で顔面を殴ると、周囲の空間に亀裂が走った。


「(宇宙に亀裂?)そういうことか」

「顔面は酷いんじゃない?」


翔の攻撃を全て受けても無傷の風花は、翔の拳を掴んで脇腹に蹴りを入れた。


「いって・・・(まるで効いてない。そもそもダメージの概念がこいつに存在するのか?)」


天帝も神威と同じ最上位の流星だ。傷の再生ぐらいは出来るだろうが、翔が懸念するのはそこではない。


既に宇宙を3つも創造して、翔と戦っているにも関わらず、風花には疲労が全くない。


「不思議そうね?」


風花は翔の周囲を回るようにテレポートを繰り返して、最後は息が届く位置まで近づいて止まった。


「なぜ疲れないのか?なぜダメージが無いのか?・・・流星を宿す人間なら、当然の疑問よ」

「・・・」


翔と風花は同時に姿を消して、ほぼ同時に風花が翔の腹に膝蹴りを直撃させた状態で現れた。


「っ!」


翔は風花の膝を両手で弾いて側頭部に蹴りを放ったが、風花は翔の蹴り足に跳びのって背後に翔んで、振り返る翔の腹に拳を撃ち込み、顎をアッパーで跳ね上げて頭を掴み、前方へ超光速で投げ飛ばした。


一瞬で銀河系から飛び出したのを確認した風花は、上下に2つの巨大なブラックホールを出現させて、翔を押し潰すような形で激突させた。


「如何に神でも、天には届かない」


ブラックホールの激突は新たなブラックホールを生み、自然発生ではありえない質量は、宇宙を簡単にねじ曲げる。


風花は乱れたネクタイを正して、事象の地平面の僅かに外側まで移動した。


「(同じ最上位でこの程度。破滅が救援に来る様子もなし)豚に真珠とはこのことね」


微笑を浮かべた風花は、ブラックホールの中心を見て「こっちの豚さんは、まだ足掻くみたいだけど」と言った。


「まいった。実力はそっちがだいぶ上みたいだ」


翔が全身から衝撃波を放つと、ブラックホールに白く輝く亀裂が走り、ビッグバンが発生して風花を飲み込んだ。


更に閃光の中を突き破って飛び出して、未だに余裕を崩さない風花の顔面を殴り飛ばした。


「まだやるの?」

「お前が俺や雫ちゃんに手を出さないなら、今すぐにでも逃げてやる」

「逃げる?」


翔は右拳を強く握り、その場で正拳突きを繰り出した。


何もない宇宙空間のはずだが、拳の回りの空間がひび割れている。


「こいつを全力でぶち込めば、お前の存在そのものを砕けば、いくら天帝でも無事じゃすまないだろ?」

「今までは全力じゃなかったような言い方ね?」

「全力じゃなかったよ」


翔は殺気を隠さないまま笑みを浮かべて、電光が走る拳に視線をおとした。


「ってかさ、神威の全力は俺も知らない」

「そうなの?」

「全力なんて使う機会がなかったからな」

「(この状況でなんて表情を・・・)」


翔もバカではない。全力で戦っても風香に勝てないのはわかっているだろう。それでも戦意に翳りがないのは解せないが、最強の力を授ける神威には相応しいと思い、風香は微笑んだ。


「不愉快な余裕だけど、まさか私に勝てるとでも?」

「勝てないだろうな。力も速さも五分なのに、お前は奇妙な魔術まで使う。しかも、個人の力も俺が負けてるんだから、言葉通り大人と子供だ」


――けど、雫ちゃんは勝敗とは無関係だ。


野外活動も星護がいなければ負けていたし、今も風香には及ばない。負けて仕方ないと思う人間は最期まで勝者になれない。このまま敗者でいるぐらいなら、戦って死んだ方がマシだと翔は考えたが、それだと雫は助からない。


「(星護と合流すればこっちの勝ちだ)先ずはこの宇宙をぶっ壊す!」


翔は神威の出力を全開にして、右の拳を降り下ろして空間を破壊した。空間が破壊されると、シャボン玉が破裂するような感覚で宇宙全てが崩壊して、翔と風香は虚無の闇へと放り出された。


「(一撃で宇宙を崩壊させるなんて・・・)」

「(微かに雫ちゃんの命を感じる)次はお前だ!」


時間をかけると、風香は新たな宇宙を創造してしまう。


翔は宇宙を崩壊させたのと同時に、風香の顔面を掴んで虚無の闇に叩き付けるように降り下ろし、雫が放置された宇宙空間の一部を破壊した。


「よっしゃ!」


翔は間髪入れずに速度を超越した同時乱打を放ち、回し蹴りを風香の腹に直撃させて吹っ飛ばした。


「何をしても無駄よ」


風香は新たな宇宙を無数に創造したが、翔のプラチナに輝く瞳は眼光だけで創造された宇宙全てを消し飛ばした。


「!?」

「逃がすかっ!」


翔は再び同時乱打を放ったが、風香は全て避けて翔の両手を掴んだ。


「(避けたのか!)」


風香は因果を逆転させた一撃で、翔が反応する前に顎を膝で蹴りあげて、体を回転させて側頭部を狙う翔の蹴りを姿を消して避けた。


しかし、翔は風香の転移先に先回りして、姿を現した風香の頬を殴り飛ばして、因果を逆転させた反撃の時空断裂を避けた。


「そんなもんを!」


風香は姿を消したが、今の翔は時空を越えて風香を感知する。


「何度もくらうかぁぁぁっ!!」


空間を砕いた先の風香に直撃した拳は、直前に創造された宇宙全てを消し去った。


翔は風香を放り投げて、100億光年以上離れた地球へ瞬時に移動した。


「(今のが神威の真の力・・・)」


無限の力を有する風香は、そもそも疲労が存在しないから如何なる攻撃でもダメージはない。すぐに追撃してもよかったが


――初見なのに、ずいぶん都合よく動いたものね


と思って、その場に止まった。


これまで翔は、神威を上手く扱えずに苦戦が続いたが、最も高度な技術を必要とする最大出力での運用は完璧だった。翔は星護ほど器用でないことを風香は知らないが、それでも矛盾には気付いた。


数日前まで力のコントロールも出来なかった人間が、一撃で宇宙を破壊して、雫のいる宇宙を特定して、100億光年以上の距離を瞬時に正確に移動する。


「(さっきの動きは全く無駄がなかった。自然な感じが・・・)」


一方、地球へ飛んだ翔は、眠ったままの雫を抱えて、本来の宇宙に帰還しようと星護の反応を探ったが、何故か感知出来なくなっていた。


「(おっかしいな・・さっきは上手くいってたのに・・・)」

「なるほど、そういうことね」

「!?」


雫を抱える翔の前方に、何の前触れなく風香がテレポートして現れた。


「(全力でやったのにノーダメージかよ・・・)ゾンビ女が・・・」

「(あの様子だと、本人は気付いてないか)惜しいわね。貴方は神威を扱う上で、致命的な矛盾を抱えてる」

「矛盾?」


風香は翔の額を指差した。


「それは自分で考えなさい。あれだけ力を使って、全く疲れてない事実を含めてね」


翔を嘲るような眼差しで見下した風香は、何もせずに背を向けた。


「私はもう帰るから、貴方も早く彼女を休ませなさい」

「!?・・・見逃すのか?」

「あの脅しを真に受けたの?私は仕事でここに来たんだから、民間人を殺すわけないでしょ」

「暴行や傷害はいいのかよ」

「・・・」


風香は背を向けたまま「人工流星の話は知ってる?」と言った。


「あぁ、何度か襲われてる」

「そいつらの狙いは強力な流星で、能力を使えないその子は格好の獲物になってるの。荒療治で目覚めさせようとしたけど、自動防衛が発動しただけみたいね」

「(そうか。雫ちゃんの疲労は・・・)まるで他人事だな。人工流星はお前らのオモチャだろ」

「・・・本当に何も知らないのね」


呆れてため息を漏らした風香は、とりあえず翔と雫を星護と陽向のいる鳳の船首に移動させた。


なんの前触れもなく、画面を切り換えるような速さでの移動なので、星護と陽向は同時に驚きの声をあげた。


「なんだお前ら!?・・・って雫!」

「あれ?雫ちゃんを知ってんの?」

「星護、そっちは誰だ?」

「緋酉 陽向っていう・・・雫ちゃんの知り合いらしい」

「らしい?」


星護は「俺もさっき会ったばっかり」と言って、風香に視線を移した。


「そっちは?」


風香は翔の前に出て「天音 風香。天帝と言えばわかるでしょ?」と言った。


「天帝?」


星護は「勇気あるな」と言って、破滅で自分以外の能力を全て消す空間を球状に広げた。


「お前には話がある」

「(天帝が使えない・・・確かに、これは最強ね)私も話があるから、場所を変えない?」

「ん?」


星護は翔に説明を求めた。


「俺もわからん」

「おいおい」

「ちょっとまった!」


気を失った雫を抱えた陽向は、3人に「私は雫を治療してもらうから、先に行くぞ」と言った。


「治療?雫ちゃんはケガをしたんじゃないぞ」

「そっち方面の流星がいるらしい。日本語の上手い外国人なんだと」

「へー・・・けどさ」


翔は風香に「この世界に、俺ら以外の人間っていんの?」と言った。


「いないけど、その2人を元の世界に移すから」

「なら、この世界に来る前に俺と陽向がいた世界に、お前のお友達が何人か寝てる。そいつらも移してくれ」

「そいつらなら転移済みよ。私とは無関係だけど」

「どうでもいいから、私と雫を転移しろって」

「はいはい」


風香は星護を見て微笑んだ。


「そういうことだから」

「(仕方ないな)」


星護は破滅を解除して、同時に風香が2人を転移させた。


「さ、本題に入りましょうか」

「その前に、この状況を説明してくれ。雫ちゃんの体調を含めて、何があったのかさっぱりわからん」

「なら、そこから話しましょうか」


かなり長い話になるので要約すると


風香が命令された本来の仕事は雫の保護で、禁忌を使えるかも確認しろと言われていた。最初に雫と接触したのは、星護や翔が船室に荷物を置いたころだ。


その時に流星の力を感じなかった風香は、試しに雫の頭上で火花を散らしてみたのだが、火花が散る前に能力が無効化されてしまった。


――防衛能力だけが生きている


この時点で、風香はきっかけを与えれば禁忌の力に目覚めるかもしれない(=保護する必要がなくなる)と考え、その手段として同じ最上位の流星である神威と天帝をぶつけた。破滅とでは勝負にならないのはわかっていたので、選択肢は神威しかなかった。


「ちょっと待った!」


翔は風香の話を止めて「何で俺と星護を知ってんの?」と言った。


「貴方達が電瞬と戦った翌日に関係者を逮捕したんだけど、どいつもこいつも何も覚えてない。記憶を消す流星は他にもあるけど、私の感知かを逃れる流星は破滅だけよ」

「破滅だけ・・・ってことは」

「そう、神威なら最初から感知済みよ。やたら雑だったけど、初めてだったの?」

「(無自覚に傷付けるタイプか)」

「イマイチわからんが、俺達を狙ったのも風香自身も同じ日本政府所属の流星だろ?仲間割れでもしたのか?」


風香は頷いて「どこの組織にも過激派はいるの」と言った。


「過激派?」

「最上位の流星の扱いよ。政府の見解としては放置だけど、私と同等の力を持つ人間が3人もいることを、危険視する人も少なくないの」

「(理解できるが・・・)今回もそうだが、その過激派って奴等は武力で攻めてきた。1回目は俺と翔を知ってるようでもなかった」

「最初の襲撃に関してなら、真相は闇の中よ」


風香は星護を指差した。


「貴方が関係者の記憶を消したからね。しかも関連資料を消して歴史改竄までやったから、完全にお手上げ」


証拠を残さないつもりが、風香に存在を知られた上に過激派の捜索に悪影響まで。


「(何もかも裏目だな。失策だったか)」

「キャンプ場に出た連中は責任者を拘束したから、もう物騒なことはないでしょう」

「責任者って・・・流星対策のトップだろ?」

「えぇ。詳しいのね」

「そんな大物を拘束したらニュースになるんじゃない?」

「もちろん。明日の話だけど」


つまり、三郎が知恵の流星を使っても意味が無かったのは、既に対象となる組織が存在しなかったからで、組織を壊滅したのが天帝の風香なので、知恵の力が防がれてしまった。


鳳に流星が多く集まったのも、政府が過激派を釣ろうとしたからで、その中で風香は上手く立ち回ったと言えるだろう。


「じゃあ、俺は雫ちゃんを能力に目覚めさせるためだけにボロ負けしたのか?」

「ん?お前負けたの?」

「おう、惨敗だ。手も足も出なかった」

「(そんなに差があるような感じじゃないけど)」


実際に風香の戦いを見ていないので正確な評価ではないが、星護の感覚だと風香がやや強いぐらいで、一方的な戦いになるとは思えない。


風香は星護の疑問を見透かしていたようで「翔は流星を扱うには致命的な欠点がある」と言った。


「さっきもそんなことを言ってたな」

「私と戦った時に、打撃一発で宇宙を破壊したのを覚えてる?」

「あぁ」

「(どういう状況なんだ。想像もできん)」


風香は続けて「その時の純粋な殺意が流星には必要になるの」と言った。


「純粋な殺意って曖昧だな。雑念を捨てろってことか?」

「ってか、殺そうとしたのか?」

「こいつ本当に化け物だからな。信じられるか?こいつダメージって概念がないんだぞ。HP無限とか頭おかしいだろ」

「それに関してはお前も一緒だろ。宇宙を一発で破壊とか、それはもう打撃じゃない」

「アレは俺もビビった」


風香は「つまりない私語はやめなさい」と言って話を続けた。


「あの瞬間だけ、貴方は神谷 雫の護衛を忘れて、私を殺すためだけに全ての力を使った。最上位の流星は異なる感情をトリガーにして力を発揮するけど、神威はそれが殺意ってこと」


過去の戦いは戦闘は主目的ではなかった。常に周囲を気にして、追い詰められるほど空回りしたのは、神威の性質による所が大きかった。


「俺は?純粋な感情なんて経験がないけど、破滅を普通に使えるぞ」

「いえ、使えてない。使えてなくても最強ってだけよ」

「(なるほど)」

「風香は?あんだけ強いんだから知ってんだろ?」

「私は自由。好きな時に好きなように使えばいいの」

「それのどこが純粋なんだよ」


多少の不満はあるが、翔は話題を人工流星に移した。


「過激派を潰したんだろ?なんかわかったのか?」

「人体に埋め込む前の人工流星をいくつか回収したけど、生産工程はなにも」


星護は「俺のせいだな。本当に悪かった」と言って、苦い表情で頭をかいた。


「人体に埋め込むってどういうことだ?」

「人工流星は私が回収して解析班にまわしたんだけど、その中の一つが研究員の中に吸い込まれて、その研究員が怪力に目覚めて人工流星の秘密解明ってこと」

「その研究員は無事だったのか?」

「命に関わることはないけど、倦怠感が酷いみたいで入院中」


風香は「話はこんなところだけど・・・」と、落ち込む星護を見て言った。


「玄川くん。貴方は、これからの戦いで人を殺す覚悟はある?」

「ない。俺を犯罪者にしたいのか?」

「いいえ。私も中学生の子をもつ母親だから、そんなことは望まない・・・貴方が普通の子なら」


星護は鋭い視線で風香を睨んだ。


「どういう意味だ?」

「例えば、貴方が手段を選ばなければ、世界は人工流星に怯えることはなかったんじゃない?」

「変わりに、破滅に怯える毎日だろ」

「いい返しね。けど・・・」


風香は、星護の耳元まで顔を近づけた。


「それを越える手段を知ってるんでしょ?」

「!?」


星護は背筋が凍るような恐怖を感じて、跳ねるように後退りした。翔はその姿を見て、風香に怒声を発した。


「いい加減にしろよお前!捜査の手詰まりを星護のせいにすんなよ!」

「はいはい。ダメな大人でしたね」


風香はボロボロになった翔の服を復元して「他に質問は?」と言った。


「そっちが拘束した流星対策・研究・開発庁の長官は、野外活動の時点で俺と翔以外の人間を人工流星の実験体として狙ってた。何か心当たりはあるか?」

「人工流星は個別に適合した人間にしか作用しない。実際、回収した人工流星は、入院中の研究員に埋め込まれた一つを除いて、全て専用の金庫に保管してる。狙われたのは?」

「担任の先生」

「なら、その先生は人工流星に適合したんでしょうね」

「学校の職員か身内か友人か・・・夏休みの間に調べとくか」


天帝の力なら簡単に解決しそうだが、それが簡単ではないということは、破滅の力がそれだけ規格外なのだろう。


世界への影響を考えると、星護は破滅をほとんど使えなくなるかもしれない。


「(何か対策を考えないと。本格的にお荷物じゃないか)」

「他に質問は?」

「現実世界は今何時?」

「何時がいいの?先行した2人より後ならいつでもいいけど」

「は?」


天帝は自然を操るので、時間や命も自由自在だ。


「(俺と戦った時は、本当に手加減してたんだな)雫ちゃんも治せたんじゃないか?」

「頼まれたらね」


現在、鳳に乗船している流星は星護・翔・風香・雫・陽向と、陽向の知人と治癒能力を持つ流星の7人。異世界に転移したのは、この7人と謎の武装集団のみだ。


風香は陽向と雫を転移させる前に、姓名不明の2人を異世界を創造した直後の時間に戻して、謎の武装集団をその10分後、陽向と雫は異世界を創造した2分後に転移させた。


「なら俺達は雫ちゃんの少し後で」

「少し後ね」


風香が「船室の前に転移するから」と言った直後に、2人は廊下に転移していた。


「もう風香が何をしても驚かないな」


星護は暫く翔を眺めたあと「お前、いつもより元気だな」と言った。


「ん?」

「野外活動で俺と合流したときはヘロヘロだったろ。今でも理解できないけど、宇宙を壊したって話じゃん」

「確かに、神威をフル稼働してたのに平気だな」

「やっぱり本気の殺意が原因か?」

「殺意・・・ってかさ、人間味が無くなってく感じはあった」


翔は、握りしめた拳に視線を落とした。


「光より速いから目が役にたたないのに、全ての動きが目で追えた。途中から因果律がメチャクチャになったのに、風香の行動が手に取るように読めた」

「(ダメだ。やっぱり理解できん)」

「それと、まだ余力があったんだよな」

「全力なのに?」

「あぁ。神威は俺が思ってるような流星じゃないのかもな」


――破滅もそうなんだろうな。


破壊と消滅の能力を有する破滅だが、消滅の力があれば破壊の力はほぼ必要ない。消費エネルギーが少ないという利点以外に、破壊の力には意味があるのかもしれない。


何か閃きそうな星護だが、船酔いが治ってスッキリした僑に話しかけられて閃きは消えた。


「廊下で立ち話か?」

「おぅ。船酔いは治ったか?」

「夏希の薬がすんごいからな」


星護は翔に「雫ちゃんの様子を見てこい」と言って、僑の背を押して夏希の部屋に向かった。


「昴の姉ちゃん、何かあったのか?」

「貧血で医務室」

「この船に医務室とかあったか?」

「多分ある」

「おい」


一人残された翔だが、護衛を引き受けたなら雫が回復したかを確認しなければならない。


しかし、翔は雫はがどこにいるかわからない。


「(なるほど、だから俺に行けと)」


翔は神威を発動して、鋭くなった聴覚で陽向と雫の会話を感知した。


「(船室・・・この上か)」


エレベーターで10階から12階へ移動して、船尾側の部屋のインターホンを押すと、陽向がドアを開けた。


「お前は・・・星護の知り合いだっけ?」

「あぁ、高柳 翔。雫ちゃんは?」

「いるよ。さっき治療してもらった」


部屋に入って寝室へ行くと、ベッドに座る雫と傍に金髪碧眼の外国人。ソファーにとんでもない爆乳の女が座っている。


「(陽向が言ってた流星か)雫ちゃん、具合はどう」

「もう平気。エリスちゃんが治してくれたから」

「エリスちゃん?」


翔は自然と隣の女性に視線を向けた。


「はじめまして、椎名 エリスです」


立ち上がると膝まで伸びる長い髪。翔より10cmほど背が高く、スタイルも抜群なので大人に見られるが、翔や星護と同じ中学一年生だ。


「高柳 翔だ。今回は世話になったな」

「いえ、私も秋穂さんに助けてもらったんです」

「(ソファーの超爆乳か)」


翔が後ろを向くと「偶然居合わせただけなんだけどね」と言って、葉月 秋穂が立ち上がった。


秋穂はエリスと同じぐらいの背に濃い茶色のロングヘアー。美鈴と同じぐらいの爆乳で、どうにか隠そうとする美鈴と違い秋穂はオープンなので、翔は思わず二度見してしまった。


「(マジでとんでもない乳だな)エリスちゃんを助けたのは武装集団から?」

「いえ、人工流星が3人」

「知ってるのか?」


秋穂はスーツの内ポケットから警察手帳を取り出した。


「こういう者なんで」

「(警察か。流星対策の専門部署があるって話だったな)風香の指示か?」

「天音 風香のこと?彼女は警察とは別の組織・・・というより個人ね」

「なんだそりゃ?」

「風香は政府から直接指示を受けて行動してるからね。基本は独自行動」


秋穂は冷蔵庫から缶ビールを取った。


「けど驚いたわ。最上位の流星が鳳に勢揃いで、しかも二人は美鈴の教え子なんでしょ?」

「先生をしってんの?」

「実家が近所で、小・中・高と同じだったの」

「(世間は狭いな)警察はなんで鳳に?人工流星が来るのを知ってたのか?」

「知らなかったけど、まだ能力を使えない最上位の流星がいるんだから、来ない方がおかしいぐらいね」

「そこなんだよ」


翔は腕を組んで「人工流星で暴れてる奴らは、何で最上位の流星を狙ってんの?」と言った。


「人工流星は108ある流星のコピーで、私や貴方が交戦したのは絶影・石身・剛力なんかの人工流星よ」

「(この話は・・・)」


――星護も聞くべきだな。


「星護を読んでいいか?あいつも聞くべきだろ」

「それなら、先にエリスと雫を帰しましょう」


秋穂は「色々ありがと。落ち着いたら正式にお礼をするから」と言って、エリスを連れて部屋を出た。


「(そういや、ここは誰の部屋なんだ?)雫ちゃん、もう歩ける?」

「うん、もう平気」


雫は大きく息をはいて立った。


「翔は・・・大変な思いをしてたんだね。なのに軽々しく護衛とか頼んじゃって」

「それは無関係だろ。中学生の夏休みは意外とヒマなんだから、変な気を使うなよ」

「それは・・・」

「言ったろ?こっちはこっちで理由があるからやってんだ。罪悪感をもたれると困る」


翔は陽向に「雫ちゃんを頼む。俺はまだ話があるから」と言った。


「任せとけ。行くぞ雫」

「ごめん」


陽向は雫を連れて部屋を出て、室内には翔だけが残った。


「(結局、ここは誰の部屋なんだ?秋穂か?)」


どっちにしろ話の続きはこの部屋だと考えた翔は、テレパシーで星護を呼んだ。


『(ん?翔か?)』

「(今から来れるか?人工流星関連で、秋穂から話がある)」

『(わかった。すぐ行く)』


星護はすぐに来たが、秋穂は15分ほど経ってから戻ってきた。エリスの両親はエリスの流星をしっていたらしく、事情を説明していたらしい。


エリスの流星は再生。有機・無機を問わず、あらゆる存在を再生する流星で、体力を回復させたのは能力の応用になる。


「貴方が破滅の玄川くんね」

「人工流星の話があるって聞いたんだけど?」


秋穂はソファーに腰を下ろした。


「その話、雫は聞かなくてよかったの?」


翔は「必要なら俺から話す。今は話しても混乱するだけだ」と言った。


「ずいぶん過保護じゃない」

「これが普通で、俺らが異常なんだよ」


秋穂は少し何かを考えた後、ため息を挟んで口をひらいた。


「人工流星が流星のコピーってとこまで言ったっけ?」

「あぁ。後はコピーの方法とコピーされた流星の行方が知りたい」

「流星をコピーする方法は不明だけど、必要なのは流星を宿した人間から流星を取り出すこと。そして、流星を取り出された人間は例外なく殺害されてるみたい」


星護は視線を落として「何人殺されたんだ?」と呟いた。


「確認したのは19人。行方不明を含めると28人」

「なっ!4分の1が殺されてるのか!?」

「今、この瞬間に増えてなければね」

「人工流星の力は知ってる。それにセコさもな。弱い能力なら太刀打ちできないだろう」


翔は星護に「俺も、お前がいなかったら負けてたかもな」と言った。


「そこまでして、何がしたいんだよ・・・」

「例えば、玄川くんは破滅で世界を支配したいと思ったことはない?」

「ない」

「なんで?」

「意味がないから。支配は過程で結果じゃない。俺には支配の先がイメージできない」


ここまで断言するのは、過去に似た経験があるからだ。


「残念だけど、世の中には支配がゴールだと思ってる人間もいるようね」

「そこがわからん」

「?」

「人工流星が脅威なのはわかった。けど、世界を支配したいなら最上位の流星は絶対に殺す必要がある。昨日までは風香を戦力の柱にすると思ったけど無関係だった。それに、どんな能力でも星護には絶対に勝てない」


翔は、視線だけを星護に向けた。


「仮に俺や風香が殺されても、勝ち目はないだろ」

「そんなに単純な話じゃない。破滅を被害無しで使うのはほぼ不可能だ」

「そういうこと。高柳くんも玄川くんも、どんな戦いになっても守りたい場所が、広くは世界があるでしょ」


秋穂は星護を指差した。


「特に玄川くんは、命を簡単に切り捨てる人工流星とは相性が最悪」

「・・・自覚してるよ」

「それなら・・・」


秋穂は名刺を2人に渡した。


「人工流星の調査に協力してくれない?2人とも中学生だから、学業が優先になるけど」


星護と翔は互いを見合ってから「もちろん協力する」と言った。


三郎の力は万能ではないし、負担も大きい。2人だけでは捜査にも限界がある。秋穂と風香の話を聞くと、人工流星を製造する組織か個人を潰せば平和になる。


断る理由はない。


「なら、今日はこれで解散ね。あと、雫の警護はこっちから人を出すから」

「いや、夏休み中は俺がやる。さすがに頼りすぎだ」

「(警察ってそういう組織なんだけど)なら任せるけど、この船旅の間は私に任せなさい。友達を不安にさせないようにね」


鳳での戦いは、風香が早期に関係者を隔離したので、乗客は何も知らない。これは風香にとっては計算外で、本来は星護と翔・雫を隔離するつもりだった。


おそらく、この件が公になることはないだろう。


「そうだ、こっちからも伝えることがある」

「なに?」

「俺と星護は知恵の流星と知り合いなんだけど、そいつの能力で人工流星を開発した奴を調べたら、多々良 長政って名前が出た。なんか知ってるか?」


秋穂の表情が僅かに険しくなった。


「知ってるけど、知恵の流星が人工流星の開発者だと言ったの?」

「そうだけど・・・」

「多々良 長政は世界で初めて流星を確認した政府直属の研究者で、4年前の流星雨で死亡してるの」

「4年前・・・そんなに前から人工流星はあったのか」


翔と風香の話を聞いていた星護は「その話だと、政府は流星雨以前から流星の存在を知っていたことになるな」と言った。


「貴方達に隠しても仕方ないから言うけど、流星の存在は流星雨の半年前には判明していたそうよ」

「人工流星は流星のコピーなんだろ?政府はそんなヤバイ奴等を野放しにしてたのか?」

「人工流星の存在を政府が察知したのは2ヵ月前だから」

「(それで驚いてたのか)誰かが歪んだ形で知識と技術を引き継いだのか」


風香は流星雨以前から現在に近い位置にいたので、天帝の眼から4年も逃げるのは星護でも難しい。研究は最近になって再開したのだろう。


「多々良 長政に側近や家族はいないのか?」

「妻の多々良 由理が夫に迫る天才だけど、多々良 長政の死後は高校で教師に再就職。息子の長行は高校生で、一連の事件とは無関係よ」

「(多々良 長行・・・)」

「(なんか凄い刀を持ってそうな名前だ)」


そうなると、身近なてがかりは明星中学になる。


「翔は東京に残るんだろ?」

「一旦帰る。長いこと帰らないから、親に話さないと」

「高柳くんの両親はどこまで知ってるの?」

「何も。俺が神威ってことも話してない」


秋穂は少し黙考して「話すの?」と聞いた。


「いつか話さなきゃいけないんだ。この期に全て話す」

「人工流星の件は伏せなさい。国家機密の塊だから」

「わかってる」


部屋を出た2人は、同時に大きなため息をはいた。


「最悪の1日だ」


肩を落とす翔に、星護は「お前、まだ風香に負けたのを引きずってんだろ」と言った。


「臥薪嘗胆」

「は?」

「この屈辱は絶対に忘れん」

「再戦はなさそうだけどな。敵でもないし」


最上位の流星、人工流星の情報、新たな協力者。


未だに敵の正体は見えないが、確実に前進しているという手応えはある。


星護と翔に新たな試練が訪れるのは、鳳の船旅が終わってから2週間後だ。

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