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玄川星護と高柳翔(2)

星の子山


標高600mの山の頂上付近を大胆に削り取った、広大な敷地面積のキャンプ場で、明星中学の2泊3日の野外活動の地だ。


水流が穏やかで魚も釣れる川や、内部を探検できる自然洞窟。少し山を下れば、アスレチック施設も充実している。


周囲を林に囲まれた自然豊かな造りは、旅行先として人気が高く、夏休みには500以上あるバンガローの多くが埋まってしまう。


「みんな並んで」


バスから降り、強い日差しに目を細めた美鈴は、点呼をとるために生徒を事務所の前に整列させた。


「あーよく寝た」


星護と翔のクラスメイト御堂 僑は、背伸びをしながらバスから降りた。


僑は星護(153cm)や翔(154cm)より少し背が低いが、細身でスタイルはいい。筋肉質な2人とは違い運動は苦手だが学力は高い。


ゲーム全般の腕前は世界最強レベルだ。


「お前ずっと寝てたな」

「今やってるゲームがおもしろくてさ」


僑と共にバスを降りた翔は、整列のために事務所へと歩いた。


「星護は?」

「座席の下に空き缶を落としたって」

「なにやってんだアイツは」


その星護は、座席と回転軸の間に完璧に挟まった空き缶と格闘していた。


「とっ・・とれない・・!」

「どうしたの?」


いつまで待っても星護が降りてこないので、クラス委員の綾瀬 夏希がバスに戻ってきた。


どちらかというと進学校の色が強い明星中学には珍しいスポーツ特待生で、陸上の100mと200mを小学4年から3連覇中の超人だ。


「夏希か。いや、空き缶が・・なかなか・・・」

「空き缶?みんな待ってるから、早く整列しないと」

「待て。すぐに取るから」


座席を回転させながら強引に空き缶を引き抜いた星護は、夏希の背を押して足早にバスを降りた。


「玄川くん、バスにジュースを持ち込んだの?」

「違う。これはボランティアだ」


点呼を済ませると、班別に指定されたバンガローに荷物を置きに移動する。


明星中学は1学年5クラスで、1クラス36人で6班。男女3人ずつ。


星護と翔は1組6班で、男子の残り1人は僑。女子は夏希と神谷 昴と幸崎 香奈の3人。


「夏希、俺らのバンガローは?」

「C-4だって」


夏希からキャンプ場の地図を貰った僑は、星護と翔を呼んだ。


「荷物を置きにいかないか?」

「いいよ。どこ?」

「C-4」


男子3人は荷物が少なく、小さいリュックに着替えを入れてるだけだ。


「あんたら、なんでそんなに荷物が少ないの?」


キャスター付きのスーツケースを引く神谷 昴は、2泊3日にしては身軽な3人を不思議そうに眺めた。


昴は男子3人より背が高く、色白で華奢な体型で、左目が青で右目が黒のオッドアイだ。


東洋人にも稀に青い瞳の人間がいるが、先天的に紫外線に弱いことが多く、昴の左目も同様なので、普段は黒のコンタクトレンズ(UVカット99%)を付けている。


ちなみに、姉に神谷 雫がいて、モデルとして活動している。


「お前の荷物が多すぎるんだよ。2泊3日だぞ」

「いくぞ僑」

「はいはい」


バンガローは木製で定員は3人。ダイニングキッチンにシャワールームがあり、寝室は個室になっている豪華仕様だ。


「おー凄いな」


3人は一通り部屋を回って、荷物を置いて翔の部屋に集まった。


部屋には蛍光灯があるが、大きな窓があるので日当たりよく、室内は明るい。


星護は遠慮なくベッドに座って「もう自由時間か?」といった。


翔はしおりを開いて日程を確認した。


「昼飯まではなんもない」


この活動の目的は生徒同士の交流だが、本来5月に行う筈だった野外活動は、天災により1ヶ月も延期されてしまった。


しかし野外活動の内容に変化はない。2泊3日の期間中は、食事は全て生徒が用意する。食材はキャンプ場の食堂から自由に選んでいいので、生徒が担当するのは調理のみだ。



12時


軽く1000人は入る食堂に来た3人は、先ず昼食のメニューについて話し合った。


「星護と翔は何がいい?」


星護はカレー、翔は親子丼を主張して、僑はパエリアを提案した。


「カレーはキャンプの晩飯だろ」

「それを言うなら、キャンプに親子丼はナシだな」

「つまり・・・」


僑は凄まじいドヤ顔で「今日は俺のパエリアだな」といった。


「別にお前のじゃないだろ」

「スペインに謝れ」

「スペインさんごめんなさーい」


食堂には貝類が乏しかったので、変わりに白身魚を選んだ僑は、他の食材も手早く選んだ。


「よし、お前らは食材を持ってバンガローに帰れ。俺は調味料を貰ってから戻る」

「はいはい。晩は俺のカレーだからな」


星護は不満そうに食材が入ったビニール袋をさげて、バンガローへ戻った。


「俺は伝票を書くから、調味料を貰ったら先に戻っといて」

「はいよ」


この3人はとにかく多才だが、共通する才能の1つが料理だ。星護と翔は小学校からの付き合いだが、僑は中学最初の調理実習で互いの料理の腕を認めあい、一気に親友になった。


「ねー翔。私達もそっちに行っていい?」


調理実習の激闘は1年1組の生徒と明星中学の教師全員が知っている。


翔に声をかけた幸崎 香奈もそうで、翔達のバンガローで一緒に昼食にしようと提案した。


香奈は非常に濃い6班の中では普通の女子で、学力も運動能力も並。明るく社交的という長所はあるが、本人も夏希や昴と比較して自分は地味だと思っている。


「いいよ。夏希と昴も呼べよ」

「OK。すぐ行く」


伝票を書いてバンガローに戻ると、星護と僑が調理道具の確認をしていた。


「香奈達も来るって」といって手を洗った翔は、僑が選んだ食材を確認した。


「これスズキか?なんで学校の野外活動にこんな高級魚が」

「それ先生達が食うつもりだったんだろ。調理場の冷蔵庫にあったから」

「いいのかよ、勝手に食って」

「食堂の食材は自由に使っていいって言われたろ。調理場も食堂だ」


2人の話を聞いていた星護は、僑に「よく調理場の冷蔵庫に行こうと思ったな」といった。


「高級魚の匂いがした」

「犬かお前は」

「そこは猫だろ」


数分後、香奈達もバンガローに来た。


「おじゃましまーす」


香奈は人数分のお茶と紙コップをテーブルに置いた。


「なんか手伝おうか?」

「星護と翔がいるからいい。直ぐにできるから」


僑がつくったのはシンプルなパエリアだ。


刻んだパプリカとたまねぎ、いんげん豆を専用の鍋に入れてオリーブ油で炒める。


一口大より少し小さく切ったスズキをいれてさらに炒め、米・出汁・サフランをいれて塩で味を整えて、最後はオーブンで仕上げる。


「さすが、ウチの男子は凄いわ」


男子3人が調理している間に、女子3人は食器類の仕度を終えているので、僑は鍋をテーブルの中央に置いた。


「これが料理の魔王、御堂 僑のパエリアだ!」


翔は椅子に座って「普通のパエリアだろ」といった。


「バカ。基本を極めるのが最高の料理人への第一歩なんだよ」

「あーそうですか」


昼食の後は少し自由時間があり、自然洞窟でレクリエーションが行われる。



午後3時


ジャージに着替えた生徒が、洞窟前の広場に集まった


「あっちー、まだ6月だぞ」


。レクリエーションは班行動なので、6人はバンガローの前で集合して広場まで来たのだが、ほんの数分で僑の額には汗が浮かんでいる。


「このクソ暑い中洞窟探検とか、死人が出るんじゃねーの?」

「逆。この洞窟は入り口から奥へ3km、下へ70mもあるから、中は寒いぐらいだ」


星護に突っ込まれた僑は、軽いため息をついて「寒くて死人がでるかも」といった。


「料理の魔王がヘタレんなよ」

「魔王だからこそ、洞窟には手下を行かせたいんだよな」


僑は洞窟を指差した。


「よし、手下よ。魔王のために洞窟を探検してこい」

「どんだけアウトドア嫌いなんだお前は」

「俺のDNAは、洞窟探検が出来るように作られてないだよ」


レクリエーションは洞窟内のチェックポイントを巡る。自然洞窟とは言っても、洞窟内は人の手で整備されており、通路は大人3人が横並びで歩けるほど広い。


しかも、通路となった洞窟には電灯まであり、複数の入り口と入り組んだ構造。迷子にならないように案内板まであり、自然洞窟という名称に抗議がきそうだ。


チェックポイントには各学級の担任がおり、担当するクラスの番号札(1組なら1番。2組なら2番)を到達した班に渡す。全ての番号札を揃えて出口にいる教頭に渡せば終了になる。


「うーん」


学年主任の日野 昭義から説明を受けて、香奈は「1年って180人ぐらいいるよね。そんなに洞窟に入るの?」と夏希に聞いた。


「これ見て。この洞窟、小さい町ぐらいの広さよ」


夏希は香奈に地図を見せて、香奈以外の4人も地図を見た。


「凄いな。本当に町みたいだ」

「山をこんなに穴だらけにしていいのかよ」


夏希は入り口の1つ。最も山頂に近い場所を指差した。


「私達はここから」


このレクリエーションは、ただの洞窟探検ではない。各班対抗の勝負となっていて、スタート前にゴールするまでの時間を申告して、実際に要した時間との誤差が少ない班が優勝だ。


説明を聞いた僑は「同着が増えそうだな」と夏希に言った。


「なんで?」

「みんな余裕を持って時間を決めるじゃん」

「誤差が1分以内なら速い方が勝ちだから、そうでもないよ」

「そっか。説明を聞いてなかった」


夏希は「時間はどうする?」とみんなに聞いた。


「歩く距離は?」

「約3km」

「なら、この中で一番運動能力の低い人間に合わせるべきだな」


つまり、僑に合わせるということだ。


翔は僑に「どうする?」と言った。


「まず3kmも歩けない」

「このヘタレ野郎め」

「だから言ったじゃん!俺は運動できる身体じゃないんだよ!」

「ただ運動が嫌いなだけだろ」


2人の会話を聞いていた星護は、夏希に「2時間はいるな」と言った。


「そんなに?」

「ただ歩くだけじゃない。何かイベントはあるだろうし、僑がバテたら休憩もいる」


夏希は僑に「2時間でいい?」と聞いた。


「だから3km歩くのが無理だってば」


僑があまりにごねるので、翔は「いいよ夏希。2時間で申請してきて」と言って夏希の背を押した。


「ダメだ。絶対に死ぬ」


僑は死んだ魚のような目で翔を睨んだ。


「俺、訴えたら勝てるからな」

「勝てねーよバカ」


全ての班が時間を申請すると、それぞれのスタート地点へと移動して、各組1班から洞窟に入る。


午後3時30分


1組6班も、入口の教師に時間を記入してもらい、洞窟に入った。

「んー・・・」


整備された洞窟内の通路。等間隔に設置された電灯。丁寧な案内板。


周囲を見回した星護は、深いため息をついた。


「(全く自然を感じないな)最初はどこに?」


夏希は地図を広げた。


「1kmぐらい先に広い空間があるみたい」


星護は、最後尾を歩く僑に「だって」と言った。


「へーへー。我慢して歩きますよ」

「レクリエーションなんだから楽しめよ」

「あー、すっげーたのしーなー」

「(ダメだこりゃ)」


僑のいる場所まで下がる星護を目で追った翔は、何か違和感を感じて足を止めた。


「(なんだ・・・空気が変わった)」


更に、次の瞬間に自分以外の全ての人間が消えた。


「!?」


反射的に神威を発動させた翔は、周囲の気配を探った。


「(誰もいない。夏希達はどうなった?)」


最上位の流星は、自身に向けられたあらゆる能力を無効化する。破滅はそれに加えて、命に関わる能力以外の事象を全て消してしまう。


つまり、現状は星護と翔へ流星を使ったのではなく、洞窟そのものを変化させた結果ということだ。


翔は、冷たい静寂に包まれた洞窟内を見回した。


「消えたのは俺かもな」



同じ頃、星護も完全に孤立した状態で洞窟の最下層にいた。


「(流星か。上手くやったな)」


星護も翔と同じく夏希達の安否を気にしたが、今は流星の効果を消すことは出来ない。


効果を消すことで、洞窟内にいたはずの生徒と教師にどんな影響が出るかわからないからだ。


「(俺が孤立してるってことは、流星を使った奴は俺が流星だって知ってるんだよな・・・)」


星護は三郎を巡る戦いの記録を完全に消去しているので、そこから情報を得るのは不可能だ。


流星を使ったのは前回が最初ではないが、4年前に使った痕跡を辿って、この場で仕掛けるのは不自然だろう。


そして、星護を孤立させたのは別の人間を標的にしているということでもある。


「(まさか翔を狙うなんてバカはしないよな。他にも流星がいるのか、流星とは無関係な用事でもあったか・・・)」


洞窟内を歩きながら考えていた星護は、大切なことに気付いて足を止めた。


「俺、ここから出れないじゃん」


能力を消すのは被害が拡大する可能性が高い。空間を破壊するのも下策だろう。


「(翔に期待するしかないか。餓死する前には出たい・・・って、俺は餓死しないか)」


2人は別の空間に転移させられたのか、単純に物理的に離れた場所に隔離させられたのか。


10分後


洞窟内を探索していた翔は、広いドーム状の空間に来ていた。


「これは・・・」


半径1kmはある半球の空間は、翔にオリエンテーションの洞窟とは違う場所に移されたと確信させた。


「(これも流星か。凄い能力だな)」


ドーム状の空間は地面こそ土だが、残りは全て磨かれた石のように光沢がある。光源が無いのに明るく、500m以上の高さがある頂点までよく見える。


「ん?」


空間を中央まで歩くと、前方にいきなり男が現れた。


「お前は・・・いや、お前が神威なのか?」


男は30代ぐらいで、190cm以上の長身に筋肉をやや過剰に付けたような迫力のある体つき。


下は黒のジャージで上半身は裸。大きく鋭い目で翔を睨んでいる。


「筋肉自慢の露出狂に知り合いはいないんだけど・・・なぜ俺が神威だと思った?」

「ここにいるのは神威だけだからだ」


殺意のある低く重い声。ただの民間人ではないようだ。


「俺以外の人間はどうした?」

「戦闘に巻き込まないよう隔離した。今頃はお前と破滅を探しているだろう」

「(やっぱり星護もか)人質か。俺ら以外に用事があったんだな」


目の前の男は翔を足止めに来たのだろう。足止めをする必要があるということは、自力でこの空間を抜ける方法があるということだ。


「わかっているとは思うが、この空間とお前の友達がいる空間は密接な繋がりがある。ここを破壊すると、お前と破滅以外は死ぬと思っていい」

「まぁ、そうだろうな」


必要以上に力を使えない現状は、制御が難しい神威には圧倒的に不利だ。


「まいったな」と言って苦笑した翔は、男を見て驚愕した。


「子供でも手加減はしない。覚悟はいいな」


男の額と両肩とへそが白く光っている。ただの光ではないようで、質量を持った炎のように全身を包んで燃え上がっているようだ。


「(この空間を創ったのはこいつじゃないのか)」


翔が微かに2人目について考えた時には、風を切るような音を残して男は消えていた。


「!」


同時に、翔の腹に右の拳を直撃させて姿を現した。


「ぐっ・・・」


男は後方に跳んだ翔を追撃して、空中で左の拳で顔面を殴り、膝蹴りで顎を跳ね上げてから、踵落としを後頭部に当てて地面に叩きつけた。


「くそっ!」


翔は地面に手をついて真上に飛び上がり、100mほど離れた場所に着地した。


「(流星の扱いに慣れてるな。俺があんなにパワーを引き出したら、洞窟が一瞬で蒸発する)」


力も速さも相手が上なので、逃げるのは無理だろう。


「ちょっと面白くなってきたな」


姿勢を低くした翔は、正面から男に突っ込んだ。


男はタイミングを合わせて翔に蹴りを放ったが、翔は物理法則を無視した動きで横に避けて、両足で腹を蹴ってから後ろにまわり、振り向く男の顔面に回し蹴りを当てた。


更に追撃で腹を殴ろうとしたが、男は蹴り上げで拳を払ってから足払いを仕掛けた。


翔は最低限のジャンプで足払いを避けて、空中を蹴って男の腹に頭突きを直撃させた。


「かはっ!」

「お返しだ」


着地した翔は、男の腹に掌を当てて、気合いと共に衝撃波で壁まで吹き飛ばした。


男は音速の壁を幾重も破って壁に突っ込み、衝撃は地震と壁に走った亀裂となって洞窟内を荒れ狂った。


「(頑丈だな。今ので壊れないなら、かなり派手にやっても大丈夫そうだ)」


翔の視線の先には、壁を吹き飛ばしながら飛び出した男が、全身から白い光を噴出させている。


「(戦闘能力を上げる流星なんだろうけど・・・上手く使ってるのにムラがあるような)」

「(凄まじい技術・・・どんな地獄を生き抜けばあの若さで)」


男は空中で一度止まって、最初と同じように姿を消した。


「同じ手に何度も・・・」


翔は笑みを浮かべて構えたが、男は翔よりかなり手前に姿を現して、踏みつけで大地を砕いて、気合いで浮かび上がった岩や石の破片を飛ばした。


翔は破片を全て避けながら前進して、先制で迫る男の蹴りをしゃがんで避けて、サマーソルトで顎を蹴り上げた。


男は後方によろめきながらも翔の足首を掴み、そのまま後ろに倒れながら地面に叩きつけた。


「くそっ、離せ!」


翔は掴まれてない方の足で男の手を蹴ったが、男は手を離さずに立ち上がり、翔を振り上げてから再び地面に叩き落とした。


翔は地面に激突寸前で両手を地面につき、そのまま逆立ちして、反撃で男を地面に叩き落とした。


この時に足首を掴む手が離れたので、両足を引いて屈んだような体勢になり、地面を吹き飛ばすほどの勢いで突進して、腹に拳を撃ち込んだ。


「!?」

「まだだ」


翔は男を壁に押し込もうとしたが、男は地面を砕きながらも踏みとどまり、反撃で翔の頬を殴り飛ばした。


翔は歯を食いしばって打撃に耐えて、脇腹を狙って蹴りを放ったが、男は両手で受け止めてから前蹴りで腹を蹴飛ばした。


「っつ!」


腹を抑えて膝をついた翔は、追撃に迫る男の膝を跳んで避けて、男の膝に着地してから姿を消して、頭上に現れてから男の蹴り上げを背後に急降下して避けた。


更に、着地してから男の回し蹴りを受け止めて、脇腹に拳を撃ち込んでから後方に跳んだ。


男は翔が着地する前に姿を消して、背後に回って攻撃しようと姿を現したが、翔は動きを読んでいるかのように反転して、後ろ回し蹴りを側頭部に直撃させて、追撃の蹴りで男を吹っ飛ばした。


「残念だけど、戦いは強さだけじゃ勝てない」

「ぐぅ・・・はぁ・・はぁ・・」

「力も速さもお前が上だけど、まぁ・・・相手が悪かったな」


うつ伏せ状態で倒れた男は、ふらつきながらも立ち上がり、額から流れ落ちる血を手で拭った。


「はぁ・・はぁ・・(あの一瞬で見切られたのか)」

「もうやめろ。さっきから光がかなり弱くなってる。限界が近いんだろ」

「はぁ・・はぁ・・」

「俺は2人目を探す。お前はそこで休んだろ」


激しい戦いで地形が変わったからか、翔の感覚がもう1人の居場所を捕捉している。


「(さっさとここから出ないと)」


膝に手をつき、肩で息をする男を通りすぎた翔は、壁の亀裂に手をあてた。


「(この先か。慎重に壊さないと)」

「待て」


ボロボロの状態で睨みつける男に、翔は「無駄なことをするな」と言って後ろを向いた。


「俺も流星であることを隠してる身だ。警察には通報しないから、おとなしく寝てろ」

「余裕を持って・・・お前の倍以上の強さで挑んで・・それでも勝てないか」

「実戦は算数じゃないからな」

「なら・・・」


男の両膝と足の甲からも白い光が噴き出した。


「5倍・・いや、10倍ならどうだ?」


火柱のように立ち昇る光は洞窟内を荒れ狂い、突風となって翔に襲いかかった。


「本末転倒だな。そんな力で暴れたら、この空間が壊れるぞ」

「それは制御できなければの話だろ?」


自信と余裕を感じさせる笑みを浮かべた男は、更に両手と両肘からも光を放った。


「(光の数が強さと比例してるのか?)」


全力をコントロールするのは男にとっても難しいようで、数秒ほど地震と突風、全身から噴き出す光が洞窟内を暴れたが、全ての光が男の身体に収束することで辺りは静寂に包まれた。


「・・・終わりだ」

「くっ!」


翔が構えようとした時には、男の膝が腹にめり込んでいる。


「うぐっ・・・」


これまでとは桁違いの衝撃に翔は顔を歪めて、その余波で背後の地面全てがめくれ上がった。


男は完全に動きを止めた翔の頭を掴み、顔面を殴ってから背を蹴って壁へと吹っ飛ばした。


「くそっ!」


翔は反転してから壁に着地して、鼻血を手で拭ってから、追撃に迫る男の脇腹にカウンターで蹴りを撃ち込んだ。


しかし、男は全く怯むことなく翔の胸に前蹴りをあて、壁にめり込む翔に追い撃ちでもう一度前蹴りを放った。


「ったく、ナメやがって!」


口内の血を吐き捨てた翔は、壁から飛び出して男を飛び越え、少し離れた場所に着地した。


「タフだな。2度は殺したつもりだが」

「この程度じゃ蚊も殺せねーよ」


神威は治癒能力も非常に高く、流星を全開で使用すると、肉体が完全に消滅しても再生できる。


現状でも外傷を瞬時に再生するぐらいは可能だが、力の差がありすぎてアドバンテージにはなってない。


男は傷を瞬時に治す翔に「この状況では残酷な能力だな」といった。


「ん?」

「苦しむ時間が増えるだろ?」

「そういう悪役っぽい台詞は止めとけよ」


翔は軽く跳んでから構えた。


「負けた時に恥ずかしくなっちゃうぞ」

「負ける?」


男は姿を消して、翔の眼前に現れてから額に頭突きを当てて、顔を掴んで地面に叩き落とした。


「どう負けるんだ?」


翔は顔を掴む男の手を掴み、肘に膝蹴りを当ててから腹を両足で蹴って手を振りほどき、流れるように顎に爪先を引っ掛けて後方に投げ飛ばした。


男は数メートルも移動しない内に姿を消して、着地したばかりの翔の背後に現れた。


「!?」

「策を弄すれば、神威もこの程度か」

「んだとっ!」


翔は振り向きざまに蹴りで男の側頭部を狙い、男は蹴りを片手で軽く受けた。


「まだ神威を解放しないのか」

「お前には今のままで十分だ」


男は蔑んだ眼差しで翔を見下ろして、全力の拳を腹に直撃させた。


「うぐっ・・・がっ・・」


男は、吐血して腹を抑える翔の顔面に前蹴りをあてて吹っ飛ばし、追撃に飛んで髪と膝を掴んで背に膝蹴りを撃ち込んだ。


「がはっ!」


更に腹に肘を撃ち下ろして、地面に向けて殴り落とした。


翔はどうにか身体を反転させて着地したが、大きなダメージに膝をつき、大量の血を吐き出した。


「ちくしょう・・・負けてたまるか・・」


血まみれの顔で上空を睨んだ翔だが、視界には誰もいない。


「!?」

「いいのか?このままでは死ぬぞ」


背後からの声に振り向いたが、そこにも誰もおらず、正面を向こうとする翔の頭を男が掴んだ。


「(くそっ!こんな奴に!)


男は翔を地面に叩きつけて、そのまま地面を砕きながら壁まで走り、空中に放り投げてから自身も跳び、前蹴りで壁に激突させた。


更に、吐血する翔の胸に追撃で前蹴りを放ち、そのまま壁を砕きながら地面まで引き摺り降ろした。


「大人しくなったか?」

「ふざけんな」


翔は気合いと共に周囲の壁を吹き飛ばして脱出したが、反撃に移ることはできず、膝をついて倒れた。


それでも、血に塗れた歯を食いしばって立ち上がる翔の前に、空中にいた男が舞い降りた。


「はぁ・・はぁ・・」


全身の傷はすぐに治ったが、ボロボロになった服に視線をおとした翔は、自嘲の笑みを浮かべて首をふった。


翔が神威を使うのはこれが4回目。流星雨により神威を宿した時と、小学生時代に遭遇したある事件。三郎を巡る戦いと今回。


それに対して、男は流星を宿してから4年間。必死に訓練して力をコントロールする術を身に付けている。並の訓練ではない。今の翔よりも多くの血を流したのだろう。



努力は嘘をつかない。限界値に個人差はあるが、努力を怠った人間は、弛まぬ努力を積み重ねた人間に絶対に勝てない。


――この痛みは、俺の怠慢が招いた結果か。


強大な力は世のバランスを乱す。そう思って流星を使うのを控えたが、世が乱れるとわかっているなら乱れた時の事を考えて動くべきだった。


翔の笑みにはそんな思いが込められていが、男には不気味に映った。


「諦めたか?」

「いや、今日は充実した1日だなーって」

「どういう意味だ?」

「まんまだよ」


翔は男の後方を指差した。


「それと、お前はもう終わりだ」

「?」


男は翔が指差す方に視線を向けた。


「あらら、ボッコボコにやられてんじゃん」

「来るのが遅いぞ」


男の視線の先には、ボロボロになった親友を笑う星護が、こちらに向かって歩いている。


「(なんだ?また子供?・・・いや、あいつはどうやってここに)」


男が星護に声をかけようとすると、突然流星の力が全て消えた。


「!?」

「手の内を晒しすぎなんだよ」

「・・・破滅の流星か」

「あれ?なんで知ってんの?」


星護は翔を見た。


「俺は何も。こいつは俺のことも最初から知ってたし」

「なら、ちょっと話を聞かせてもらおうか」


男は流星を発動できなくなったので、既に戦意はない。地面に腰を降ろして腕を組んだ。


「この隔離された空間によく入れたな」

「そんなことはどうでもいい」


星護は男の前まで歩いた。この間に、翔はどこかに行ってしまった。


「目的はなんだ?俺とあいつじゃないんだろ?」

「知らない。俺はここで神威の足止めを指示されただけだ」


一時的に嘘と黙秘を消された状態に男は困惑したが、星護は構わず続けた。


「誰から指示された?」

「長官からだ」

「名前は?」

「知らない」

「長官の所属は?」

「流星対策・研究・開発庁だ」

「(また日本政府か。そこの最高責任者が俺と翔を知ってるのか)」


星護は危機感に眉をひそめたが、男が自分を知らないので身元までは知られてないようだ。


「(ってことは、三郎を狙ってた奴等から情報が漏れたんじゃない・・・か?)」


政府には天帝の流星がいるので、最上位の流星が4つあることは知っているだろう。


しかし、破滅・神威という流星の名前を知ってるのが解せない。星護と翔も天帝の名前はニュースで知ったし、残る1つの流星については何も知らない。


「俺と翔が流星ってのも、その長官から聞いたのか?」

「そうだ」

「(本人以外に名を知る方法があるのか?・・・いや、名を知っても居場所を特定できない。感応は俺が確実に消した)」


星護は「流星について知っていることを全て話せ」と言おうとしたが止めた。情報量が膨大で、既に知っている内容も多いだろう。


行方がわからない僑達も気になる。


しかし、これだけは聞かなくてはならない。


「何を狙っての戦いだった?」

「知らない」

「は?理由もわからないのに戦ってたのか?」

「戦う理由は神威の足止め。連絡があるまでな」

「(連絡?)」


男は通信機器を持ってるようには見えない。


「(ダメだな。こいつは何も知らない)」


男の記憶を消して気絶させ、この空間から出ようとした星護は、翔に名を呼ばれて立ち止まった。


「帰る・・・ん?」


翔はジタバタ暴れる女を、問答無用で引っ張って来ている。


「そいつは?」

「この空間を作った流星」


女は星護と翔より少し背が高く、茶色の髪に化粧をしていない地味な顔立ち。見た目は30歳ぐらいだろうか。


この時期に分厚いトレンチコートを着ていて、いかにも怪しい。


「ちょっ・・ちょっと、女を殴るつもり!」

「殴らないから、流星を解除しろ」


女は暑さと緊張から大量の汗をかいていて、コートからペットボトルのお茶を出して飲んだ。


「イヤ」

「この状況がわからないか?お前らの作戦は失敗したんだから、さっさと流星を解除して帰れ」


翔が神威であることを知っている女は、怯えたように目を泳がせて「イヤ」といった。


「星護、まだやれるか?」

「仕方ない」

「なっ・・なに?」


星護は女から拒否など、一時的にいくつかの感情を消した。


その後、男に聞いた内容と同じことを聞いたが、連絡員を兼ねていること以外は結果は変わらず。しかし、最後に「誰かを狙ったんじゃないのか?」という問いは違った。


「竹中 美鈴って教師を拉致するのが目的よ」


この一言に、星護と翔は瞠目した。


「美鈴ちゃんを・・・流星でもないのにか?」

「考えるのは後だ。ここから出て先生に連絡しよう」


男に連絡手段が無いので、目的達成の連絡を受けるのは女だろう。この様子だと、連絡はまだない。


「待て」


破滅の連続使用は負担が大きいが、星護は女が宿す流星の名と能力を聞いた。


「流星の名は創造。空間を裂いて次元の隙間をつくり、そこに現実空間と物理的な繋がりを持つ異空間を創造する能力よ」

「なるほど、よくわかった」


星護は虚ろな眼差しで質問に答える女に流星を解除させた。


「(けっこうキツイな)」


そして、元の洞窟内に帰還したのを確認してから、女を気絶させて星護と翔に関する記憶を消した。


「流星は消さないのか?」

「記憶を消した意味が無くなるだろ。男の方は?」

「知らん。全身が光るとパワーアップする変な流星だった」

「なんかカッコイイなそれ」


この会話の間に、翔は神威を発動して周囲の状況を把握している。


「俺達がいるのは異空間に飛ばされた所から200mぐらい南に離れた場所みたいだ。僑達は固まって行動してて、今は休んでる。俺とお前がはぐれたのはわかってるみたいだ」

「探してないってことは、心配されてないのか。美鈴ちゃんは?」

「俺らがいた入り口。襲われたりはしてない」


星護は携帯電話を使って美鈴に連絡しようと思ったが止めた。変に警戒されると美鈴を狙う人間が過激な手段にでるかもしれないし、神威を発動した翔ならほぼ0秒で美鈴の救援に行ける。


「その状態で普通に行動できるか?」

「無理。ちょっとでも動いたら日本沈没するかも」

「危なすぎるだろ。流星を解除しろ」


翔は苦笑いを浮かべて流星を解除したが、こうなると美鈴の様子がわからない。


僑達の方へ歩きながら考えた星護と翔は、三郎の助力を得ることにした。知恵の流星を宿す三郎なら、美鈴を狙う計画についての知識を得ることができる。


翔のスマホは戦闘で壊れてしまったので、電話をかけたのは星護だ。


『なに?』

「調べてほしいことがある」


休憩する僑達の話し声が聞こえたので、2人は少し距離をとり、星護は三郎に事情を説明した。


『・・・私じゃなくて美鈴?流星でもないのに?』

「こっちも情報がなくて困ってんだ。お前なら何とかなるだろ?」

『ちょっと待ってね』


三郎は知恵の流星を発動した。


『んー・・・』

「なんかわかったか?」

『とりあえず、美鈴を狙う人間はもういないわ。実行部隊が原因不明の不調で、任務続行が不可能になったみたい』

「(あの2人か?まだ気絶してるはずだが、もう回収したのか)美鈴ちゃんが狙われた理由は?」

『何かの実験に必要みたいだけど、情報がぼやけててよくわからない』

「実験はどこが?」

『流星対策・研究・開発庁。責任者は多々良 長政なんだけど、4年前に死亡してる』

「死亡?・・・なら今は?」

『研究室が多々良 長政の死亡で閉鎖したみたい。あと、主犯についての知識は得られなかったわ』

「4年前に閉鎖された研究室・・・それなりに組織力のある、当時の研究員がやったのかもな」


知恵で得られない知識ということは、本人以外は主犯を知らないということだが、そんなことがあり得るだろうか。


指揮系統が違うのに、実行部隊は同じ政府の関係者というのも奇妙だ。


「(嫌な感じだ。ここ1ヶ月で2回、違う人間が近い人間が狙ってる)助かった。また何かあったら連絡する」

『美鈴には話す?』

「不安を煽るだけだから止めとこう」


電話を切った星護は、会話の内容を翔に話した。


「んー・・・問題なのは政府が俺達の居場所を掴みかけてるってことか」

「俺と翔を知らないのに、ピンポイントで隔離されたのも謎だな」

「三郎に聞かなかったのか?」

「声が疲労感たっぷりで、追加で流星を使うのは無理っぽかった」


翔は少し悩んだが「猫と人間じゃ消耗も違うかもしれない。なるべく三郎には頼らないようにしよう」と言って、僑達が休憩している所へ歩いた。


星護も同意見で、あまり三郎に頼るつもりはない。


しかし、三郎の助力が無くては情報を得られないのも事実だ。


「(せめて夏休みまで平穏が続けば・・・)」


悩みは尽きないが、今は野外活動のオリエンテーションの最中で、暗い表情で友達のテンションを下げるのはよくない。


「ようお前ら!ここにいたか!」

「あぁ!?そりゃこっちのセリフだ!どこに行ってたんだよお前ら!」


休憩して体力が回復した僑は、行方不明になっていた星護と翔を座ったまま怒鳴った。


「いや、寄り道してたら遅れちゃった」

「寄り道?・・・ってかお前、服がボロボロじゃん」

「岩に引っかけて破れた」

「岩?どこに寄り道してたんだよ」


僑と翔の2人を横目に、星護は夏希に出発を促した。


「疲れてない?」

「へーきへーき。時間も無いしさっさとゴールしよう」


夏希は昴と香奈に声をかけて、僑に「もう平気?」といった。


「そういやお前、ずっと座ってんな」

「俺の両足が反抗期の真っ最中でさ」

「本体がヘタレだから呆れてんだろ」


この間に翔・僑・夏希以外は出発して、既に視界の外だ。


「ほら、早く両足を説得しろ」

「ったく、夏希。あとどんぐらい歩くの?」

「1kmちょっと」

「1時間ぐらい歩くのか」

「カメかお前は」


僑は文句を言いながら立ち上がった。


「夏希、もし俺が倒れたらおんぶしてくれ」

「はいはい」


午後5時40分


「あっちー」


日中の強烈な日差しが和らいでいるが、それでも洞窟とはかなり温度差があり、星護は用意された麦茶を紙コップに入れて飲んだ。


3時30分スタートで5時40分ゴールなので、予定時刻からは10分遅れで終えたことになる。


「も・・もう死ぬ」


ゴール前が400m以上の登りだったので、僑はギブアップして夏希に背負われている。


「やっぱ夏希は凄いわ。はいお茶」

「ありがと」


先にゴールしていた香奈は、僑をベンチに降ろした夏希にお茶を渡した。


「疲れたんじゃない?」

「平気。似たような練習をよくやるから」

「(体力だけなら星護と翔より凄かったりして)」


死にそうな表情でベンチに転がる僑は、昴と翔に貰った麦茶を一気飲みして身体を起こした。


「はぁ・・はぁ・・マジで辛い。寿命が縮んだ」

「明日は筋肉痛かもな。後で湿布を貰ってくるから、今日は休めよ」

「いや、まだ晩飯がある。料理の魔王として、この失態は料理で返す」

「その設定、まだ生きてたの?」


僑は青ざめた顔で笑顔をつくり「当たり前だろ。星護と翔に勝ってる数少ない長所なんだから」といった。


「俺は負けてないぞ」

「夜はカレーなんでしょ?」

「いや、せっかくキャンプ形式なんだし、バーベキューもいいかなって」

「できるの?」


僑は「食堂にホットプレートがあった。室内なら虫も来ないし、肉はいくらでもあるぞ」と言って立ち上がった。


「けど、今はバンガローで休む」

「俺はホットプレートの予約と湿布とスプレーを貰ってくるから、昴は夏希に晩飯のことを話しといて」

「いいよ」


夏希の代わりに学年主任にオリエンテーリングが終了したことを報告した星護は、香奈と洞窟出口の広場にいる夏希に結果を伝えた。


「1時間でゴールした班がいたの?」

「4組の1班がな。俺とお前、あと翔がいる1組6班に勝つために、けっこうな無茶をしたらしいぞ」

「私と昴は一般人だし、ヘタレを1人抱えてるから、急がなくてもよかったのに」

「言葉遣いが乱暴になってるよ」


ここに昴が合流して、夏希に晩飯のことを伝えた。


「なら俺は翔を手伝うから、みんなは戻っといて」

「私も行く。香奈と昴はバンガローに戻って。僑が倒れてるかもしれないから」


全班がオリエンテーリングを終えたのは午後6時30分。


7時から入浴で、晩飯は8時を過ぎてからだ。


晩飯も班行動に含まれているが、全ての生徒が1組6班のように料理人を抱えている訳ではないので、食堂も開かれている。


午後8時10分


オリエンテーリングで僑はダウンしているので、食材の準備は星護と翔が担当している。


野菜や肉を切り分けながら、星護は翔に「飲み物がないな」と言った。


「夏希が女子で用意するって」

「へーさすが班長、気がきくな」


星護が切り分けた食材をテーブルに並べると、翔はその隣にあるダンボール箱からソーセージを取り出した。


「それは?」

「食堂にあるのを貰った」

「(いつの間に・・・)せっかくだから食うか。僑を起こしてくる」


翔はテーブルにソーセージの袋を置いた。


「網は?」

「流しに置きっぱだった。洗っといて」

「へいへい」


星護が僑を起こしてダイニングに連れて来ると、飲み物を買ってきた女子3人が到着した。


「こんばんはー。飲み物を買ってきたぞー」

「おう香奈。元気いいな」

「まだヘロヘロなの?」

「いや、風呂に入ってかなり楽になった」


夏希と昴はペットボトルが入った袋をテーブルに置いた。


「星護、ジュースは冷蔵庫に入れる?」

「氷があるからいい。全員揃ったし、晩飯にするか」


星護は翔から洗った網を受け取って設置して、ホットプレートのスイッチを入れた。


この間に昴は全員の紙コップにジュースをいれた。


「よし夏希。乾杯の音頭を頼む」

「えっ!?私?」

「当たり前だろ、班長なんだから」


星護に急かされた夏希は、とりあえず立ち上がった。


「何を言えば・・・」

「普通に乾杯でいいよ」

「じゃあ・・・」


夏希はコップを控えめに上げた。


「か・・乾杯」

『かんぱーい!』


結局、晩飯を自分達で用意したのは1組6班だけで、他の生徒は全員食堂に集まっている。


事前に申請した班は他にもあったが、後始末まで完璧にこなすのは1組6班ぐらいなので、他の班には許可が降りなかった。


午後9時


肉だけで3kg以上用意していたが、星護・翔・夏希の大食い3人がいるので全て食べ尽くした。


「これが体育会系の食事量・・・」


3人の食べっぷりに驚愕した昴は、近くに座る夏希の腹を触った。


「なに?」

「(腹筋すごい!)いや、あんだけ食べてよく太らないなーって」

「陸上は体力を使うから、たくさん食べないと身体がもたいないの」


夏希は星護と翔を指差した。


「あの2人は私より食べてたよ」


昴は首をふった。


「あいつらは人の姿をした怪物だから」

「おい」

「聞こえてんぞ貧乳」

「うっさいわ!成長期なめんなよ!」


夜の11時には後片付けも終わり(消灯は10時)、これで一泊すると野外活動は終了だ。


午前1時


戦闘の疲れで爆睡していた翔のスマホが鳴った。


「んー?」


翔はスマホをとって身体を起こした。三郎から電話のようだ。


「猫も夜は寝とけよ」

『ごめんね深夜に。あれから知恵を使ったんだけど・・・』

「そうだ。ちょうどいい」

『なに?』


翔はベッドから降りて立ち上がり、窓から星空を見上げた。


「星護と話したんだけど、お前はあまり流星を使うな。どんな副作用があるかわからないし、何かあると先生も悲しむ」

『そうも言ってられないでしょ。私達を狙った事件が続いてるんだから』

「三郎は流星を使った時の消耗が激しい。今日もすぐにへばったろ?」

『余計な心配は必要ないから。そろそろ本題に入りたいんだけど』

「あぁ、何かわかったか?」

『美鈴が狙われた理由がね。人工流星の実験体にするつもりだったみたい』

「人工流星?流星って人の手で作れるのか?」

『試験的にはもう作って・・・翔はもう戦ったんじゃないの?』

「俺が・・・」


翔は洞窟内で戦った男を思い浮かべた。


「(あいつか。奇妙な流星とは思ったけど)先生を捕まえようとした奴は?」

『それが、首謀者だけはどうしてもわからなくて。前任者は多々良 長政なんだけど』

「(知恵でわからない・・・)わかった。助力はありがたいけど、無理はするなよ」

『はいはい。動物愛護はいいけど、美鈴のこともお願いね』


電話を切った翔は、ため息をついてベッドに座った。


「三郎?」

「星護・・・起きてたのか」


身体を起こした星護は、欠伸をして「飼い主のために必死なんだよ」と言った。


「前は三郎を守るために先生が頑張ったしな」

「美鈴ちゃんについて何かわかった?」


翔は、星護に三郎から聞いた内容を全て話した。


「(人工流星・・・流星って人工的に作れる物なのか?)首謀者がわからないってのは変な話だな。知恵も万能じゃないのか?」

「俺とお前に関する知識もぼやけてたし、首謀者は天帝かもしれない」

「それは考えたけど、天帝なら自分が動いた方が早い」

「わかってないな。天帝って名前が既にラスボスじゃん。いきなり前線には出ないだろ」

「ラスボス感なら神威も負けてないけどな。天帝って自然を操る流星だっけ?」

「政府の発表だとそう。神威や破滅と同等だから、かなりエグい流星だと思うぞ」

「天帝を宿した人間の名前はわかるのか?」

「さすがに公表してないだろ。思いっきり個人情報だし」


星護は軽く頷いて「天帝なら対応が難しいな。2人だけじゃ厳しい」といった。


「破滅で消せないのか?」

「俺は天帝の流星を知らない。あやふやな知識で天帝を消すと、過去から現在・未来に至る全宇宙の天帝という言葉が関わる全てが消える」

「うーん、最強の流星なのに使えない。東洋の文化と歴史が壊滅的な打撃を受けるな」

「最強は俺じゃなくてお前だろ。破滅は実戦じゃ役にたたない」


星護が破滅を『役にたたない』と評するのは理由がある。


破滅は全てを消滅・破壊するので、能力としては最強の流星だ。しかし、流星の性質に難がある。


破滅以外の流星は、宿した人間が流星のエネルギーを引き出す量に比例して体力を消耗する。


しかし、破滅は流星を使用した回数で消耗する体力が決まる。


例えば、机の上の消しゴムを消す場合、「机の上の(机の上にある)」「消しゴムを」「消す」で流星を使用した回数は連続3回になる。


連続というのも重要で、単発3回の場合は消耗する体力は1+1+1だが、連続3回の場合は1×2×3になる。つまり、能力を制限するほど体力を多く消耗してしまう。他の流星とは真逆だ。


能力を制限することで効果的に運用できる流星なのに、能力を制限すると激しく消耗する。


これでは、星護が役にたたないと言うのも仕方ない。


「まぁ、誰が最強でもいいや。俺は寝る」

「俺も。今日は疲れた」


2日目は大きなイベントはない。昼前には帰りのバスに乗り、学校へ戻って解散だ。


校門前に停めたバスから降り、気温30℃以上の炎天下の中で最後の点呼をとり、野外活動は終わった。


解散後、全身の筋肉痛に悶える僑は夏希に付き添われて帰り、香奈と昴は予定があるようで足早に帰宅した。


「なんか、すげー疲れる野外活動だったな」


背伸びをしながら呟いた翔は、校門の枠に座った。


「しばらくは耐えるしかない。いつか手がかりが転がってくるよ」

「どうかな。政府が関わってんだから、偉い奴らが色々考えてんじゃないの?」

「その色々に人工流星は入ってんのかな」

「そりゃ入ってるだろ。何に使うのかはよくわからんけど」


星護は腕を組んで「違うとは思うけど、軍事力にカウントしたりして」といった。


「そりゃねーよ。ここは日本なんだから」


2人の懸念を他所に、野外活動以降は平穏な生活が訪れる。


夏休みに入るまでは。

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