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玄川星護と高柳翔(1)

6月1日 明星中学 1年1組 午前8時20分


「・・・暑い」


真夏日の日差しを直撃で受けた玄川くろかわ 星護せいごは、額に手の甲をあてた。


窓際最後尾を獲得した時は喜んだ星護だが、広い中庭を挟んで東西に並ぶ校舎の窓からは、容赦なく日差しが照り付けている。


「(失敗だったかな・・・)」

「あっちーな今日も」

「おー翔。おはよ」


星護の前の席に座った高柳たかやなぎ しょうは、すぐに椅子を後ろに向けた。


「この辺に流星が出たらしいな」

「そうなん?」


4年前の流星雨は、流星が衝突した人間に変化をもたらした。


ある者は空を自由に飛びまわり、ある者は鋼鉄より丈夫な身体を手に入れたりと、不思議な能力を持つ人間が続出した。その人数は確認されているだけで40人以上。


その90%以上が日本で発見されたこともあり、多数の能力者で日本全土が一時期は大混乱に陥った。


しかし、混乱は長くは続かない。日本政府は能力者に関する法整備を不自然なほど手早く整え、能力者を流星と呼称して、違法行為をはたらく流星を一斉に摘発した。


「朝から騒がしかったろ」

「んー、まぁ」

「これ見てみ」


翔はスマホの画面を星護に向けた。画面には明星中学周辺の地図が表示されている。


「何これ?」

「地図」

「んなもん見ればわかる。何でうちの学校の地図を見せてんのって聞いてんだよ」

「流星の反応があったのがうちの学校の近くだから。今日から本格的に調査するって」


星護はニヤニヤしながら「お前じゃないだろうな?」といった。


「俺ならお前も気付くだろ」

「そうだけど・・・感応の流星はよっぽど優秀なんだな」


流星は能力名を自然と認識させる。空を飛ぶなら飛空、鋼鉄の身体なら鋼体などで、星護のいう感応は能力を使用した流星の位置を感じとる流星だ。


中には非常に強力な流星もあり、例えば天帝という流星を宿した能力者は、全ての自然を掌握する絶対的な力で当時の人類を戦慄させた。


更に、天帝は自身と同等の力を持つ最強の流星があと3つあると発言。今日に至る政府による流星捜索の原因にもなった。


「とばっちりもあるから、お前も気を付けとけよ」

「そんなに脅えなくてもいいだろ」

「わかってないなー」


翔は話を続けようとしたが、8時30分になったので予鈴がなり、1年1組担任の竹中 美鈴が入室したので椅子を戻した。


「みんな席について」


挨拶・点呼を済ませて、ホームルームで野外活動の説明をした後、美鈴は星護と翔に「放課後に学職(学年職員室)に来るように」と伝えた。


「お前ら、なんかやったのか?」


美鈴が退室するのを待って、翔の前の席にいる御堂 僑が席を立ち、訝しげな表情の2人に声をかけた。


「バカ。優等生の俺が問題を起こすわけないだろ」

「星護は?」

「中間も悪くないしな。野外活動の話かも」


野外活動はキャンプに近く、1年生の顔合わせを兼ねた1泊2日の旅行でもある。


本来は5月の行事だが、予定されていたキャンプ場が大雨の影響で使えなくなり、場所と日程を変えた。



放課後。星護と翔は、友人達との会話もそこそこに学職へ向かった。


「失礼しまーす」


学職には美鈴しかおらず、何故か室内の全て窓がカーテンがかかっている。そのせいか、明かりがついていても少し暗い。


「待ってたわ、こっち」


2人を手招きした美鈴は、眼鏡を外して机に置いた。艶のある目許に疲労の色が浮かんでいる。


「なんかあったの?」

「はぁ・・・えっ・・と、どう話せばいいのか・・・」


美鈴は、机の下から美しい毛並みの白い猫を抱えあげた。


「ん?」


美鈴の行動が理解できない2人は「猫がどうかした?」というと、いきなり猫が「私から話すわ」と言葉を発した。


「はぁ!?」

「ねっ・・猫が喋った!」


あまりの衝撃に声が裏返った2人は、猫ではなく美鈴に説明を求めたが、猫はその感情を無視するように淡々と話を進めた。


「私は三郎。美鈴の飼い猫で4歳のメスよ」

「メスなのに三郎・・・」

「なんで猫が喋ってんだ?」

「私が知恵の流星だからよ」

「知恵って・・・」


星護は翔に「朝に言ってたのってコイツか?」といった。


「たぶんな。けど、何で俺らにカミングアウトしたん?」


三郎は机の上に移動した。


「流星から狙われているから助けてほしいの。美鈴に迷惑はかけられないから、貴方達に頼むのが適切でしょ」


星護は弱いため息をついて「助けてほしいなら警察へ行けよ」といって、翔も「政府がお前を探してたぞ」といった。


「それができたら頼んでないの。わかる?」

「(なんて上から目線の猫なんだ)一緒だろ。俺達は猫の手になるつもりはないし、その気があっても、警察を頼れない事情がある奴を助けるつもりはない。猫でも人でもな」


翔は三郎と美鈴に言ったつもりで、それを理解した美鈴は「疚しいことはないの。犯罪でもない。本当よ」と弱い声でつぶやいた。


星護も腑に落ちないようで三郎に「だいたい、何で俺と翔に頼もうって思ったんだよ?知恵の流星を宿した賢いお猫様が、子供を頼るなんておかしいだろ」といった。


「簡単よ。貴方達も流星だから、助けになると思ったの」

「!?」


星護と翔は冷たい笑みを浮かべた。


「知恵ってのは、そういう冗談も言えんのか?」

「無知は罪ね。知恵にそんな嘘が通用すると思う?」


翔は星護に視線だけを向けた。


「嘘は言ってない。言えないからな」

「ならマジか」


知恵の流星は、宿した流星に知恵と望むだけの知識を授ける強力な流星だ。三郎が流星の知識を望めば、誰が、どこで、どの流星を宿したかも知ることができる。


ただし、流星に関しては例外があり、最上位の流星である天帝等4つの流星には効果がない。つまり、名前以外の知識は得られない。


三郎から知恵の説明を受けた後、翔は「俺らの流星も知ってんのか?」といった。


「もちろん。翔が神威で星護が破滅でしょ」

「スゲーな、こんな流星があるなんて。この猫にはどんな機密も筒抜けってか」


星護は話が逸れている気がして、話題を三郎が警察を頼れない理由に戻した。どんな知識も得られるなら、警察を頼れない理由も知っているはずだからだ。


「政府は私から流星を取り出したいみたいなの。その過程で私を殺すつもりみたいだから、星護と翔に助けてほしいってわけ」

「そんなこと出来んの?」

「知らない」

「ん?望めばどんな知識でも得られるんだろ?」

「得られないってことは、そんな知識も技術もないってことね」


――意味がわからん


星護は「わかるような話せよ」といった。


「つまり、私は知恵の流星を取り出す為に政府に捕獲されようとしている。捕獲されたら殺される。回避するには破滅と神威の力を借りるしかない。これでOK?」

「(なるほど、飼い主への危機も懸念してるのか)」


星護は腕を組んで、しばし黙考した。


感応の流星は、能力を使わなければ位置を特定できない。位置を特定されなければ三郎は助けを求めない。


ということは、流星を使わなければ助けはいらない。


「三郎が流星を使わなければいいじゃん。感応にもバレずに万事解決。まさか猫が流星なんて思わないだろうしな」

「無理よ」

「へ?」

「知恵は使う・使わないじゃないの。宿した時点で常時能力が使えるように変化するから」


星護と翔は一気に顔が青ざめた。


「じ・・じゃあ、今も感応に位置情報を垂れ流してるのか?」

「だから助けてって言ってるんでしょ」


朝には学校周辺まで調査地域を絞っていた。三郎を殺すつもりなら捕獲には生死を問わないかもしれず、流星である星護と翔はともかく美鈴が危ない。


少し三郎の狙いに言及すれば、あえてギリギリのタイミングで協力を求めることで、2人から拒否権を奪うつもりだった。


学職に美鈴しかいないタイミングなら、位置を特定した感応は3人の誰かを流星と思うから、巻き込むのは容易い。


「(このメス猫・・・)」


星護と翔が状況を理解したと同時に、校舎の電気が全て落ちた。


話し込んでいるうちに夜の7時になっていたことと、室内のカーテンが外の明かりを遮断していたので、学職は暗闇に包まれた。


「美鈴ちゃんは机の下に」

「先生って言ってよ」


美鈴を机の下に隠れさせた星護は、三郎に何が起こったかを聞いた。


「学校全体が対流星の特殊部隊に囲まれてるみたい。私が強力な流星かもしれないから、生徒と職員を避難させたみたいね」

「俺らも生徒と職員なんだけど・・・完全に巻き込まれたな」

「戦闘向きの流星もいるみたいだし、後はお願いね」

「ったく・・・翔」


翔はしゃがんで、星護にもしゃがむようにジェスチャーで伝えた。


「仕方ない。ここで見捨てるのは薄情だし、もう俺らも流星扱いだ」

「上手くやれるか?」

「戦闘向きの流星がいるなら、校舎を壊さずに戦うのは難しい。場所を変えたい」

「・・・」

星護は数秒の沈黙の後に「わかった」といった。


「俺は三郎と美鈴ちゃんを避難させる。お前は包囲を崩して、流星その他を人のいない場所に誘導して戦闘不能にしろ。後始末はやるから」

「全員を纏めて誘導しなきゃいけないのか・・・」

「やれるか?」


翔は余裕を見せるように笑った。


「楽なお仕事だ。三郎」

「なに?」

「戦闘向きの流星ってのはなんだ?」

「電瞬と傀儡よ。電瞬は電光石火の速さと、速さに耐える強度を与える流星で名前は水無瀬 彩、年齢は17歳。傀儡は生物以外の物質を分解して、様々な物を作り出す流星で名前は赤田 昇大、年齢は23歳」

「電瞬がやっかいか。上手く加減できっかな」


翔が2つある学職のドアを見ると、両方の窓に多数の人影が確認できる。


「俺は南側から出るから、星護は北から美鈴ちゃんと三郎を逃がしてくれ」

「はいよ。三郎は背中に掴まれ」


星護は美鈴を連れて北側に移動して、翔に合図した。


その合図を確認した翔は、机を飛び越えてドアまで走り、荒々しくドアを開けた特殊部隊員の股下をスライディングで滑りぬけた。


「ほら、流星はここだぞ!」

「なんだあいつは!」

「捕まえろ!」


特殊部隊員は学職内を手早く確認して、全員が翔を追いかけた。


星護は少し時間を置いて、美鈴と三郎を連れて学校を出た。


「とりあえず危機は脱したな」


三郎は背中に掴まったまま「ちょっと、何をやったの?」といって、前足で後頭部を叩いた。


学職内を調査されているとき、星護たちはまだ室内にいのに、誰にも気付かれなかったからだ。


「知恵でわかんないの?」

「星護と翔の流星は名前以外は情報がないの」

「なんで?」

「知らない」

「(なんか理由があるのかもな)美鈴ちゃんの家はこっから近い?」


美鈴は「先生って言いなさいよ」と不満をもらしてから「車で15分ぐらい」といった。


「なら家に戻っといて。三郎にはまだやることがあるから」

「なに?エロいこと?」

「お前は猫だろ」


星護から三郎受け取った美鈴は、深々と頭を下げた。


「ごめんなさい。こんな卑怯なことを・・・」

「こんだけヤバい事態なら仕方ない。それに・・・」


星護は三郎の頭を撫でた。


「気持ちはわかる」



10分後。翔は約2km離れたサッカーグラウンドに学校を包囲した人間を誘導していた。


「(電瞬と傀儡はどこだ?)」


周囲に民家が少なく、夜の闇に包まれたグラウンドの中央にいる翔を、30人ぐらいの特殊部隊員が包囲しているが、流星らしき人間は見当たらない。


翔と星護には作戦があり、翔の担当は学校を包囲した人間全員と感応の流星を一ヵ所に集め、戦闘不能にすることだ。


感応は学校に来ていない可能性があるので、電瞬と傀儡だけでも片付けようとしている。


「(俺が神威を使わないからか?)どうした?流星を捕まえるのがお前らの仕事だろ?」

「なら流星を使え」


翔の背後から女の声が飛んできた。


「使ってもいいけど・・・」


声の方を向くと、美しいブロンドに青い瞳の美少女が1人。おそらく電瞬の水無瀬 彩だろう。


「(外国人?水無瀬って日本人っぽいけど)なぜ流星を保護する政府がこんな荒事に走る?」

「お前には関係ない」


水無瀬はほとんど表情を変えずに、包囲を解かせて翔から遠ざけた。


「あるだろ。中学生を大人がよってたかってさ、恥ずかしくないのか?」


翔は包囲している人の中で、1人だけその場に残った長身の男に目を向けた。夏なのにフード付きのコートを着ているので、容貌はよくわからない。


「(あいつが傀儡か)よし、やるか」

「抵抗の意思アリか。やるぞ水無瀬」

「わかった」


水無瀬は冷たい瞳で翔を睨むと、残像を残すほど速さで一直線に突っ込んだ。


そのまま腹を狙って拳を放ったが、翔はその場から動かずに水無瀬の拳を掴んだ。


「!?」

「おー、確かに速い」


水無瀬は翔の手を振りほどいて、側頭部を狙って上段蹴りを放ち、翔は身体を後ろに反らして避けた。


そのままバク宙しながら水無瀬の顎を蹴りあげて、空中で身体を回転させて脇腹に膝蹴りを当てて吹っ飛ばした。


「くっ・・・」


水無瀬は地面をえぐりながらグラウンドの端まで飛ばされたが、照明の柱に着地して真上に飛んだ。


「(今のでダウンしないのか)こりゃ面白くなってきたなー」


翔は水無瀬を追って飛ぼうとしたが、いきなり地面から手が生えて両足首を掴まれた。


「!?」


更に地面から無数の剣が飛び出したが、翔は足首を掴む手首を引きちぎりながら飛び上がった。


しかし、剣を蹴りで粉砕しながら飛び上がった先には水無瀬が待ち構えていて、踵落としで叩き落とされた。


翔は地面に衝突する寸前で体勢を整えて着地して、正面から飛んでくる弾丸をバク転で避けた。


「チョロチョロと、何の流星だ!」


赤田は動きを封じる為に、大気を鎖に変えて翔を縛った。


同時に肺の中の空気をカミソリの刃に変えて、体内から切り裂こうと考えたが、何故か上手くいかない。


「(なんだ?能力が使えん)」


翔は鎖を破壊して、赤田を先に行動不能にしようとしたが・・・


「(いや・・ダメか)」


傀儡は身体能力を強化する流星ではないので、手加減をしても殺害するかもしれない。


この躊躇いを水無瀬は逃さず、背後から迫って回し蹴りを背中に直撃させた。


「くっそ!」


翔は振り返って追撃の拳を払い、後退しながら水無瀬の連打と上空から降り注ぐ大量の刃を全て避けた。


「(追い付けない。何の流星だ?)」


水無瀬は連打を止めて、これまでにない速さで翔の背後にまわって上空に蹴り上げた。


追撃で吹っ飛ぶ翔の上に先回りして、膝蹴りで仰向けにしてから、無数の拳を浴びせて地面に叩き落とした。


翔は隕石のような速さで激突したので、サッカーグラウンド全体に地割れが走り巨大なクレーターが出現した。


「そうだ。傀儡を忘れてた」


クレーターの底に埋まったので、翔は大地を吹き飛ばしながら地上に出た。


直後に水無瀬が上空から両足で踏みつけるように急降下して来たので、側転で避けてから赤田が放った数十発の弾丸を左手で全て掴んだ。


弾丸を捨てて右足を地面に突き刺した翔は、蹴り上げと共に10m四方程の広さの大地を剥いで赤田に向けて投げ飛ばし、自身は姿を消すほどの速さで水無瀬の腹に肘打ちを直撃させた。


「うぐっ」


肘打ちの衝撃に耐えた水無瀬は、地面に亀裂が走るほど強く踏ん張って、全力の膝蹴りを翔に直撃させた。


本来なら避けるのは容易いが、赤田が翔の背後に壁を出現させたので反応が遅れた。


「(この壁は鋼鉄だ。傀儡はただ物質を操るだけじゃないのか)」


蹴りの衝撃で粉々になった鋼鉄の壁は、その破片全てが新たな凶器となって翔に襲いかかる。


空中に浮かびながら破片を避けている翔の隙を見て、水無瀬は膝蹴りを背に直撃させた。


「くそっ(破片が水無瀬を避けた?)」


追撃で脇腹に蹴り、正面に回って顎にアッパー、後ろ回し蹴りの踵を腹にあて、落下する翔の顔面を掴んで地面に叩き落として、そのまま数百メートルも地中に翔を押し込んだ。


「畳み掛ける!離れろ水無瀬!」


水無瀬が上空に飛び出したのを確認した赤田は、雲を貫くほどの炭素の巨人を出現させて、巨人の数倍はある槍をサッカーグラウンド全てを消し飛ばしながら翔に振り下ろした。


あまりの破壊力に爆風のような衝撃波が発生して、舞い上がる粉塵は成層圏まで届いた。


「やりすぎたな」


空中から着地した水無瀬は、流星を大量に使って疲弊する赤田に声をかけた。


「はぁ・・はぁ・・マントルまで串刺しだ」



「これでは死体も残らん。周辺への被害も甚大だろうな」

「仕方ない。とんでもない怪物だった」


息切れする赤田の肩をたたいて、水無瀬は巨大な槍を見上げた。


「(核兵器が可愛く思えるな)・・・ん?」


槍が小刻みに震動している。


「まっ・・・まさか」


槍だけではない。地震に、大気も震えている。


「水無瀬、下を見ろ」

「これは・・・」


槍が急速に上昇している。戦闘によって破壊された大地の一部もだ。


「やーやーお二人さん。これで諦めてくれたかな?」

「化物め」


水無瀬は敵意を含んだ眼差しで翔を睨み、赤田はあまりに現実離れした光景に腰をぬかした。


翔は数億トンはある槍を右手の小指だけで支えて浮かんでいて、マントルに落とされたのに服も焦げていない。


しかも、あれだけボコボコにされたのにダメージが皆無だ。


「おい、ビビってないでこのデカイのを消せよ」

「・・・わかった」


赤田は槍と巨人を消した。戦闘続行は無意味だと判断したからだ。


敵の全力を引き出してから余裕を見せることで戦意を奪う。無理に叩き潰さなくても戦闘不能にはできる。


翔は水無瀬の近くまで飛んで「少し待ってろ」といって星護に電話した。


『ハデにやったな。放置してたら街が消えて無くなってたぞ』

「けど戦闘不能にはした。こっからは任せる」

『りょーかい』


星護は近くまで来ていたようで、直ぐに翔と合流した。


「この2人が流星か」

「あぁ。女の方が電瞬で、向こうでへばってるのが傀儡」

「わかった。モブは何も知らなかったから、こっちに期待するか」


星護は赤田を抱えて水無瀬の隣まで運んで、ぐったりしたいるので水を渡した。


「お前ら・・なんの流星なんだ?」

「俺は神威であいつが破滅」

「流星は1つじゃなかったか」

「2つでもないけどな。天帝が言ってたろ、最強の流星は4つあるって。俺らもその最強の流星なんだよ」


神威は純粋に戦闘能力を極限まで引き上げる流星で、あらゆる能力を打ち砕く攻撃力と破滅以外のあらゆる能力を無効化する防御能力を授ける。


単純な能力なだけに、その力は他の流星を寄せ付けないほど高く、完全に使いこなせば無限大の強さを得ることもできる。


破滅は4つある最強の流星の中でも最上位の流星で、能力は破壊と消滅。つまり、森羅万象全てを消したり壊したりする流星だ。


その力は神威や天帝でも防ぐ事は不可能だが、消耗が激しく乱用は出来ない。


水無瀬は苦笑いしながら「どうりで勝てないわけだ」といって、赤田を見た。


「そいつも私も、覚悟はできている。好きにしろ」

「物騒なことを言うな。ここは21世紀の日本だぞ」


星護は「けど、事情は聞かせてもらう」と言って立ち上がった。


「ただ流星ってだけで命を奪うのは納得がいかない。なぜこんな過激なことをした?」


水無瀬は翔を指差した。


「山より大きい槍にマントルまで押し込まれて、ああやってヘラヘラ笑ってる奴に手段は選べん」

「そうじゃない。流星を取り出すつもりだったんだろ?」

「ん?」


水無瀬は腕を組んで、赤田に意見を求めた。


赤田も意味がわからず「取り出すというのは何の話だ?」といった。


「流星を取り出すつもりだったんだろ?」

「違う。私と赤田は、流星を長期間使用している者がいると報告を受けて、流星を悪用している恐れがあるから調査に来たんだ」

「(なるほど)」


水無瀬の認識だと、翔は神威を長時間使用している危険人物になっていた。


それなら、強引なやり方になるのも理解できる。


理解できないのは、むしろ三郎の方だ。


流星を取り出す方法を知らないということは、そもそも方法は存在しないということで、それなら流星を取り出す為に行動する必要がない。



星護は三郎から「嘘」を消していたので、三郎の話は全て真実だ。


「(ダメだ。何があったのかさっぱりわからん)」


星護は翔の考えを聞こうとしたが、自分と同じような感想らしい。


「そっちは保留にしよう」


翔は水無瀬に「感応はどこにいんの?」といった。


「港の倉庫。3番にいる・・・!?」


水無瀬は思わず手で口を塞いだ。意思とは関係なく感応の居場所を喋ったからだ。


「これもお前らの・・・」

「心配すんな」


星護は赤田にサッカーグラウンドを元通りにさせて、赤田と水無瀬を気絶させた。


「目が覚めたら、俺らのことは覚えてない」


ここに来るまで、星護はかなり破滅を使っている。


三郎にに嘘をつけなくして、サッカーグラウンドの戦闘による外への影響を全て消して、水無瀬から嘘を消して、赤田からは拒否を消した。


そして今、特殊部隊員を含む30人以上の記憶と意識を消した。記憶や思考の操作はタイムリミット付きなので、翌朝には元通りだ。


ただし、記憶や感情を消すのはリスクが大きく、能力が消えた後に重大な障害が残るかもしれない。


最初に全員の記憶と意識を消さなかったのは、少しでも事態を理解して能力をピンポイントで使い、リスクを減らす為でもある。


「ふぅ・・・キツイな」

「まだやれるか?」


星護は大きく息をはいてから頷いた。


「次でラストだな」


感応を探しだして、水無瀬や赤田と同じように記憶と意識を奪う。


その前に三郎を見つけた経緯を聞き、その事実を歴史から消去すれば一件落着だ。


余裕があれば感応の流星そのものを消したいが、流星については謎が多いので流星を宿した人間ごと消すかもしれない。


「よし、港までは俺がおんぶしてやろう。無駄に流星を使えないからな」

「すまん」


星護を背負った翔は、目立たないよう高度を上げてから港まで飛んだ。


直線距離で5kmはある道程も、神威なら一瞬だ。


「えー・・・3番・・3番」


神威は戦闘能力を極限まで上げる流星。つまり戦闘に必要な能力を極限まで上げる。必要な能力には視力も含まれるが、肉眼で宇宙の星々を正確に把握する視力は、正直あまり役にたたない。


実際、役にたったのは今日が初めてだ。


「あった」


3番倉庫の門前に着地した翔は、チェーンと南京錠を破壊して門を開けた。


「はいはーい皆さん。手荒なことはしたくないから大人しくしてねー」


星護は、倉庫の外に落ちている針金を拾って、堂々と中に入る翔に苦笑いをした。


「(俺らが悪人みたいだな)」

「あら?」


倉庫内は資材等は何もなく、埃をかぶった天井クレーンに、片隅にはボロボロになった木のパレットが散乱している。


だが、床には埃が無い。



そこまで広くない上に視線を遮る物がないので必要ないが、星護は周囲を見回しながら、何もない倉庫を一周した。


「もう引き上げたか?」

「来る途中にそれらしい動きはなかった。彩ちゃんは嘘を言ってないんだから・・・」


星護と翔は同時に床を見た。


「下か」

「床を剥ぎ取るか?」

「器物損壊で捕まるぞ」

「もう不法侵入と傷害で役満ドラドラじゃん」

「お前の耳ならだいたいわかるだろ」


もちろん、神威は聴覚も大幅に強化する。


しかし欠点があり、何か1つの能力だけを強化することはできない。例えば聴覚を強化すると、戦闘能力を含む全てを大幅に強化してしまう。


地下室の入り口を探すために聴覚を強化した今の翔は、水無瀬・赤田と戦った時の数百倍の強さになっている。


この状態だと、強めの鼻息で富士山を破裂させる力になっているので、調べようにも下手に動けない。万が一くしゃみでもしようものなら、アジア全体が壊滅的な打撃を受けてしまう。


呼吸にも気を使いながら耳をすます翔は、星護を思いっきり睨んだ。


「お前ドSだろ」

「五感と戦闘能力のバランスがおかしいんだよ。心配しなくても、地球は俺が守るから存分に探してくれ」


この神威の使いにくさは、神威ではなく翔の欠点であり、訓練で改善できるのだが、何をどう改善すればいいのかわからないし訓練の必要もないので、これまで放置されてきた。


「(まさか喋る猫にハメられるとは・・・)ん?」


人間の心臓の鼓動、呼吸。そして・・・


「星護。天井クレーンのちょい北に空気の流れがある」

「わかった」


星護は翔のいう場所に移動して、しゃがんで床に手を置いた。


「ここ?」

「もうちょい北」


星護はしゃがんだまま少し北へ移動して、床を探って鍵穴を発見した。


「あった」

「俺が壊そうか?」

「いい。これぐらいなら開けれる」


星護はポケットから、倉庫に入る前に拾った針金を取り出して鍵を開けた。


「よし、開いたぞ」


扉になっている床を持ち上げると、下へ続く梯子がある。かなり下まであるようで、倉庫の明かりをつけても底が見えない。


「こんな穴を掘ってるのに気付かないとか、ずさんな警備だな」

「向こうもこっちに気付いたみたいだ」


梯子を降りると正面に分厚い鉄の扉があり、扉を開けると同時に星護が銃撃された。


「!?」

「子供?」


銃弾は星護に当たる直前で消えている。


「いきなり撃つなよ。ビビるだろ」

「くそっ、お前も流星か!」


感応の流星は50代ぐらいの男性だ。細身で少し白くなった頭髪と顎髭。一目で戦闘は専門外だとわかる弱々しい眼差し。


「安心しろ。話を聞きにきただけだから」


星護が感応の流星と話している間に、翔は4畳半ぐらいの狭い部屋を調べ始めた。


作業机に積まれた大量の書類。2台のPCに携帯電話。星護が連絡を絶つために事前に使用不能にした無線。インスタント食品。


「(国家機密の山だな。けど・・・)」


――流星を取り出す


この謎めいた三郎の発言に関する資料はない。そこさえわかれば、星護が今回の事件全てを歴史から削除するのだが・・・


「ダメだな」


翔は首を横にふった。


手段を選ばないなら、感応の流星を消してしまえばいい。その後で流星を狙う人間も消せば全て解決する。


しかし、人を消すというのは殺人だ。何も知らされずに、ただ動かされる人間を殺すことは許されない。


「・・わかった」


既に体力は限界に近いが、星護は破滅で感応の流星を饒舌な正直者にした。


「いくつか聞きたいことがある。嘘は言えないから遠慮なく話してくれ」


仮眠用のベッドに座った星護は、三郎を狙った経緯について聞いた。


「4年前からお前らの反応は感知していた」

「(俺らじゃないけど)」

「しかし、反応が弱く位置が特定できないから、時間をかけて範囲を絞った。正確な場所を特定したのは今日の16時だ」


翔は作業机に座った。


「それが明星中学だったと。で、俺らを捕まえるために流星を2人も差し向けたのか」

「そうだ」

「なぜ捕まえようとした?」

「保護するためだ」


星護と翔はため息をついた。感応の流星も「流星を取り出す」とは言わない。


三郎を探していたのは知恵の流星を取り出すためだとしたら、その事実を知っている人間を知る必要がある。


現状で知恵の流星を取り出そうとする人間全ての記憶を消した場合、誰の記憶がどこまで消えるかわからない。


精神や人格に支障をきたす可能性もあるし、そもそも星護は見ず知らずの人間の記憶を消せる自信がない。


「お手上げだな。どうする星護?」

「とりあえず三郎に関する情報と記憶を消すか」

「それだと、流星を取り出したい奴の目標が別の流星に移るんじゃないか?」

「そうでもない。40人以上の流星が保護されたけど、殺された奴はいないからな」


翔は感応の流星に「保護した流星は全員生きてるのか?」と聞いた。


「死亡・行方不明者はいない」


星護と翔は、同時にいい予想と悪い予想が頭に浮かんだ。


いい予想は、流星を取り出すのは三郎をピンポイントで狙った作戦であり、他の流星は関係ない。


悪い予想は、三郎が流星を取り出す作戦目標の第1号で、今後バリバリと流星を狩りまくる。


「翔、どっちだと思う?」

「悪い方。三郎が知恵だと事前に知る術がない」

「・・・俺もそう思う」


星護は立ち上がって、三郎・星護・翔に関する記憶を全て消して、室内の資料を精査した上で今回の事件に関する資料を完全に消した。


「これでいい。美鈴ちゃんの所へ戻ろう」


残念ながら、今の2人に真相を知る人間を突き止めることは出来ない。消耗の激しい破滅を乱用することは不可能で、神威の戦闘能力も人探しには有効ではない。


しかし、万策尽きた訳ではない。



フラフラの星護を抱えた翔は、美鈴のマンションへと飛んだ。


気がつけば夜の9時になっていて、中学生が出歩いてはいけない時間になっている。


「そういや、美鈴ちゃんってどこに住んでんの?」


マンションの駐車場に降りた翔は、とりあえず星護を降ろした。


「うっ・・頭が・・・」


星護はその場に腰を降ろした。激しい頭痛と倦怠感で立つのもつらい。


「おいおい、大丈夫かよ」

「メチャクチャしんどい」


翔はマンションを見上げた。


「どうすっかな・・・」

「翔」

「ん?」


星護は翔に携帯電話を渡した。


「美鈴ちゃんの番号もあるから電話して」

「お前いつの間に」



美鈴に電話してどこに住んでいるのかを聞いた翔は、入り口を開けてもらってからぐったりしている星護を抱えて、エレベーターを使わずに階段を駆け上がった。


「あまり揺らすな・・・吐くぞ」

「文句言うなよ」


美鈴が住むのは15階建ての14階。インターホンを押す頃には、星護の顔は真っ青だ。



「お疲れさま。本当にありが・・・玄川くん!?」


美鈴は、顔面が真っ青になった星護をみて思わず声をあげた。


「これは気にしなくていいよ。話があるから入っていい?」

「えぇ・・」


「おじゃましまーす」といってあがった翔に、三郎が「終わったの?」といいながら寄ってきた。


「やれるとこまでは。お前ならもうわかってんだろ?」

「あんた達のことは知識が得られないからね」


星護を壁にもたれさせるように座らせた翔は、美鈴が来るのを待ってから結果を報告した。



「そんなことが・・・」


星護と翔の中学生とは思えない行動力もそうだが、美鈴は破滅と神威の能力に驚いた。


「けど、肝心なことはわからなかった」

「そうでもない」


美鈴から水をもらって少しだけ復活した星護は、三郎に「俺達に関する知識は得られないんだな?」といった。


「そうみたいね」


三郎が頷くと、翔は「そうか、確かに可能性はあるな」といった。


「どういうこと?」

「三郎は最上位の4つの流星の知識は得られないんじゃないか?」

「そうみたいね」

「なら、流星を取り出そうとしてるのも最上位の流星かもしれない」


最上位の流星の1つ天帝は、早期に発見されて、現在は国家公務員として働いている。


話を聞いていた美鈴は「天帝にやめさせればいいの?」といった。


「天帝がそうだったとしても、やめてくれって言ってやめるような奴じゃないだろうな」

「知ってるの?」

「知らない。けど俺や星護と同等の力を持ってるなら並の人間じゃない。特に精神面は」

「荒事は必至ってわけだ」


暗い予感に沈む三郎に、星護は「とりあえず、感応の流星が三郎を感知することはもうない」といった。


「なんで?」

「知恵の流星を感知する機能を消した。全ての流星は無理だけど、実際に能力を理解した流星なら簡単だからな」

「けど・・・」


三郎も「別の流星が殺されるだけよ」と、星護・翔と同じ不安を口にした。


「それは三郎のかんばり次第だ」

「?」


翔は三郎と自分と星護を指差した。


「狙われてる流星の知識を事前に得ることが出来れば、俺と星護で助ければいい。星護ならアフターケアもバッチリだ」

「俺の負担がでかいな。それに、これ以上関わるのも反対だ」

「俺だってイヤだけど、物騒な計画だか野望だかを消すまでのお節介だと思えよ」

「お節介がイヤなんじゃない。事情も知らずに介入しても、いらん世話になるだけって言ってんの」

「知らないんなら知ればいい。天帝を危惧するのはわかるけど、放置してもいつかは最悪の結果になる」


何気に戦力に組み込まれている三郎は、あくびをしながら「私は翔に賛成だけど、2人の助けがないと何も出来ないから任せる」といった。


翔の主張と星護の主張。どちらにも分はある。積極的に動けば周りを巻き込むかもしれないし、消極的なら時間と共に殺害される流星は増える。


星護はしばらく悩んで「わかった。ただし、これは俺と翔と三郎でやる」といって三郎に同意を求めた。


「私の変わりに他の流星が殺されるのは気分が悪いからね。でも美鈴は巻き込まないでね」

「当然だ。翔もいいな」

「お前がやる気ならそれでいい」


三郎は美鈴に「連絡用の電話が欲しいんだけど」といった。


「えっ?三郎に?」

「ついに猫までが携帯電話を持つ時代になったか」

「ってか持ち歩けないだろ」

「ちょっと待ってて」


美鈴は寝室から何かを持ってきた。


「なにこれ?」

「ベルトにかけるタイプのケース。首輪につければ電話を持ち運べるでしょ」


美鈴は首輪を外して、ケースに首輪を通して三郎に首輪をつけ直した。


「どう?ケースに前足が届かない?」

「届くけど、マジックテープだと毛がからまる・・・」


翔は「お前毛深いからなー」といってから、星護に「もう平気か?」と聞いて立ち上がった。


「家に帰るぐらいなら」

「なら帰るか。美鈴ちゃん、三郎の電話を買ったら教えて」

「わかった。あと、私のことは先生って呼んでね」



午後10時。


ようやく長い1日が終わり、翔は「帰ったら母さんに怒られるな」とニヤニヤしながらいった。


「楽しそうだな」

「肩が軽くなったからだろ。そうポンポンと天帝も流星を狩らないだろうし、野外活動までは平穏だって」

「(野外活動は週末だぞ)天帝は関わってるってだけで、黒幕は別にいるんじゃないか?」

「だとしても、天帝とはいつかぶつかるよ」


この時、翔は何も考えずに野外活動と言ったが、2人の平穏は野外活動で翳りをみせる。

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