わたしと!あなたの?声春ラジオ!?③
・初回放送⑤
『そういえば、あんたアニメの仕事とかもう決まってるの?』
『何本か収録してます。あと今度のオーディションで主役になる予定です』
『随分と自信があるな。あれか、出来レースって奴か』
『そうではないです』
『じゃあ何で主役になるって言い切れるんだよ?』
『私、自分で言うのも何ですが才能がありますから』
『ほんとに自分で言うのも何だな……あんたねぇ、ちょっとプライド高すぎだって』
『そうです? 自分ではそうは思いませんが』
『取っつきにくすぎだね。新人なんだからもっとキャピキャピしてないと』
『……先ほどキャピキャピした子は苦手だって己己己さん言ってませんでしたか?』
『ばか、あたしの好き嫌いとは別の問題だ。そんなつっけんどんな態度してると反感買われるぞ? 同業者やスタッフだけじゃなくアニメ見てくれる人にも』
『でも、己己己さんだってキャピキャピはしてなくないですが?』
『あたしは何だかんだ長いからな、芸歴。それに最初の頃は一応頑張ってた』
『ファンの間では黒歴史として有名ですよね』
『うるせえな。やっぱり、親しみがあった方がいいってことよ。多少媚びてるぐらいでちょうどいいんだよ』
『媚びる、ですか?』
『そう。試しにちょっとやってみなよ』
『試しに……?』
『そうそう。何ごとも試してみないと! それこそ新人なんだし』
『……どのようにすればいいんです?』
『どのようにって……あ、わかった! あんた、あれでしょ? あたしに見本をやらせようと思ってるでしょ? 誰がその手に乗るかっての』
『いえ。全く見たいとは思っていません』
『何でだよ!? むしろ見たいと思えよ!』
『……? 見せたいのか見せたくないのかどっちなんですか?』
『見せたくねぇよ! 見せたくねぇけど、ラジオ的にそっちの方が面白いだろ!』
『ああ、なるほど。勉強になります』
『ったく。というか、どのようにって私が見本を見せるまでの振りじゃなかったのかよ。じゃあ、何がどのようになんだよ?』
『急に媚びろと言われましても、どうすればいいかわからなくて。何か台詞とかお題はないんです?』
『台詞とかお題か……うーん、清恵は男の兄弟っている?』
『男も女もいません。一人っ子です』
『そっか。ということは彼氏の隠語に弟とか兄は使えないな』
『隠語ですか?』
『そうそう。たまにいるんだわ、明らかに彼氏と遊んでるのに弟だって言い張る奴。それも結構な頻度で。ブラコンかって話だよ。ま、みんながみんな隠語として使ってるわけじゃなさそうだけどな』
『ブラザーコンプレックスの方が一般的に見れば不味そうですが……それでどうして私に兄弟がいるか尋ねたんです?』
『いや、何て言って媚びさせようかって思ってさ。兄弟がいないんなら、お兄ちゃんとか言ってみるってどうよ? 呼び慣れてないだろうし』
『お兄ちゃんですか? 確かに一度も使ったことはないですね。男の方はお兄ちゃんて呼ばれたいものなんです?』
『どうだろうねぇ。あたし的には絶対無しかな。シスコンってのがイマイチ理解出来ないし。先輩って呼ばれる方が好きだね』
『……それは私に先輩って呼んで欲しいってことです?』
『いや、いい! あんたに呼ばれても敬意がないの丸わかりで嬉しくなくないから!』
『失礼なことを言いますね……じゃあ、お兄ちゃんて呼べばいいんです?』
『うーん、ただ呼ぶだけじゃ面白くないな……わかった。あたしをお兄ちゃんだと思って起こしに来て? 今、朝っていうシチュエーションで』
『己己己さんを起こす……わかりました』
『媚び媚びね、媚び媚び』
『媚び媚びですね、了解しました』
暫しの沈黙の後、咏ノ原さんの咳払いが聞こえてきた。
『おにいちゃん、おにいちゃん! あれー? おねむなの? もう八時だよー? 起きてー? 学校遅刻しちゃうよー?』
それは先ほどまでの抑揚のない落ち着いた声ではなく、紛れもない舌っ足らずな幼女だった。
『……ありだな、妹』
『え?』
『ちょ、もう一回! もう一回お兄ちゃんて呼んでみ?』
『……お兄ちゃん?』
戸惑いながらも咏ノ原さんが再び声を作る。
『ありだな! お兄ちゃんありだわ! 大っきくなったらお兄ちゃんと結婚するって言って?』
『何でですか……?』
困惑した様子で咏ノ原さんの声が素に戻る。
『いいから!』
『……わかりました。……あのねあのね、キヨね、大っきくなったら己己己お兄ちゃんと結婚するのー』
『あ~……するか』
『はい?』
『するか、結婚』
『頭大丈夫ですか?』
・ 初回放送⑥
『清恵さ、この番組どれくらい続けたい?』
『どれくらい……取りあえず季節のイベントは一通りこなしたいですね』
『何? じゃ、一年で終わっちゃっていいってこと? あんた夢がないねぇ』
『そんなことないです。ギャラが出る限りは続いて欲しいと思ってますよ?』
『ほんとにあんたは夢がないねぇ……』
『そう言う己己己さんはどれくらい続けたいんですか?』
『あたし? そうだなぁ……ラジオっていうのは急に終わることもあるからねぇ。あたしは正直、他にもレギュラー一杯あるから休みが欲しいくらいなんだけど……そうだなぁ、あんたが一人前になるまでかな? このまま放っとくのは事務所の先輩として心配だし』
『己己己さん……それじゃ今日で終わりですね』
『おい!? 人の話聞いてた!?』
『聞いてましたよ? 話してる人の話を聞くのはマナーじゃないですか』
『聞いてたんなら何でそうなるんだよ!?』
『だって私もう一人前ですし』
『あんたねぇ……そういうところが心配なんだよ。ブログとかすぐに炎上しそうなタイプって奴? 若いんだから、適当な目標を作ってそれにむかって頑張ってりゃいいんだよ』
『目標、ですか……?』
『そ。何かないの?』
姉御の問いに返ってきたのは悩ましげな吐息。
『……思いつきません。己己己さんはあるんです?』
『あるよ。とりあえず今年の目標は早口言葉かな』
『早口言葉ですか? どうしてまた』
『いやー、今度収録始まるアニメがさ、ちょっと早口言葉っぽい台詞がある役だから。あたし、実はあんま得意じゃないんだよね、早口言葉』
『どんな台詞があるんです?』
『えーと……こ・き・く・くる・くれ・こよ、とか』
『それって早口言葉ではなくカ行変格活用じゃないですか?』
『そう、それ。いわゆるカ変て奴。懐かしいなぁ』
『私はそこまで懐かしく感じませんけどね』
あったあった。私は古文大っ嫌いだったから余計覚えてる、トラウマ的な意味で。
『でも、何でカ変とサ変はあるのにア変はないんだろうね』
『それは単純にそういう活用をする動詞がないからじゃ?』
『いや、それはわかるんだけどさ。カ変とサ変があるんならア変だってあってもいいじゃん。ア・カ・サだし』
『……仮にあったとしたらどのように活用するんです?』
『んー……あ・い・い・あう・あう・あー、みたいな?』
『ケシの花でもやってるんですか?』
それはアヘン違いである。
『ところで台本を読んで思ったんですが、この番組、コーナーって何もないんです?』
『リスナーから応募するんだとさ。どんだけ作家は楽したいんだか』
『己己己さんはどんなコーナーがしたいですか?』
『うーん……楽な奴がいいかな』
『己己己さんも人のこと言えないじゃないですか』
『だってさー、どうせ無茶なことやらされるんだよ? あたし』
『確かに己己己さんのラジオは無茶なことをすることが多いですね』
『あたしのラジオってより声優のラジオあるあるだね。無茶なことやれば面白いんじゃないの?っていうワンパターンで安易な発想。これも作家が楽したいだけだね』
『……言われてみればそうかもしれません』
『声優なのにこんな無茶なことやってるとか、声優なのに面白いとか……評価されたとしても絶対に声優なのにって枕詞がつく。あたしは嫌いだね。それって普通声優は面白くない存在だって言ってるみたいじゃん』
『たまに芸人ばりに面白いと持て囃される方もいますね』
『あれもあたしは好きじゃない。どうせお笑い芸人さんのことを指してるんだろうけど、あたしらもれっきとした芸人だからね』
『そうですね。色んな声を出すのを生業にしているわけですし』
『だろー? やっぱり自分の仕事にゃ誇りを持たなきゃダメだよ、声優だろうと何だろうと』
『プロ意識が高いですね、己己己さんは』
『ま、伊達に二十五年も芸能界にいないわな』
私は個人的に姉御の一番の魅力はプロ意識の高さだと思っている。口では仕事を休ませろと言っても、実際に穴を空けることはなく。ファンのことをラジオで口汚く罵ったとしても、握手会やサイン会を頻繁に開いては感謝の言葉を述べてくれる。そんな責任感があり、気配りの出来る姉御だから私は好きなんだ。そんなことを言ったら姉御は「は!? ファンなんかいらないし! ファンレターとか、あたし、読まないで照明代わりに燃やしてるから!」って言いそうだけど。
『そういえば声優のラジオあるあるで思いついたものが一つあるんですが』
『お、何々? 言ってみな』
『こんな滅茶苦茶な番組他にはない的なことをどの番組でも言う』
『……あるな』
『己己己さんもよく仰ってますよね』
『これはあれだ、アピールだよ、アピール』
『スポンサーへの頑張ってますアピールです?』
『違う違う。リスナーに向けてのアピール』
『リスナーさんに向けて?』
『そう。あいつらバカだからさ、すごいことやってますよーって言やぁ勝手に面白いと思ってくれんのよ』
『酷い言い草ですね。私たちの大事なお財布に対して』
『お前の言い草もよっぽどあれだぞ……大体、あたしは親しみを込めて言ってるから。あたしのラジオのリスナーはみんなそれくらいよくわかってるからいいんだよ』
『私も親しみを込めて言ってますよ? リスナーさんに自覚があるかわかりませんが』
『ほんと、先が思いやられるわ……』
今日何度目かわからない溜め息を姉御は吐いた。
******
その後も、意識的な毒舌と無意識な毒舌の、噛み合ってるのか噛み合ってないのかよくわからない会話が続き、一時間が過ぎようとしていた。
『お、そろそろ時間か』
『そうですね、もう十分録れたでしょうし』
『だからそういうの新人が言っちゃダメだっての! まったく……清恵はどうだった? 一回目の感想』
『……あっという間でしたね。己己己さんは?』
『あたしはあんたのせいでヒヤヒヤしっぱなしだったよ……多分、普段あたしとラジオ組む奴はこんな気持ちなんだろうなぁ。何となくわかった』
『よかったですね』
『よくはねぇよ!? ……あんた、このあと時間ある?』
『どうしてです?』
『一回目のあとだからね。スタッフとかみんなで決起集会でもしようかと。プラス、反省会も兼ねてね』
『なるほど。今日は月曜日ですので予定は何もないですね。ご一緒させていただきます』
『おいちょっと待て! 何、サラッと収録曜日バラしてんの? 放送すんの土曜だからね?』
『大丈夫です。土曜日と月曜日は二日しか違いませんから』
『何が大丈夫なの!? というかそれ土曜から月曜だろ? 月曜から土曜だったら五日も違うじゃねぇか!』
『大丈夫ですよ、同じ週ですし』
『だから何が!? ねぇ、どういうことなの!?』
『……己己己さん。さっさと終わらせましょうよ。私、十五歳なので、あまり遅い時間まではお付き合い出来ないんですから』
『何であたしが無理矢理引き延ばしてるみたいになってんの!?』
『番組のホームページからメールの投稿が出来ますので、皆様の暖かいお言葉をお待ちしております』
『何勝手にシメに入ってんの!? ねぇ!?』
『[わたしと! あなたの? 声春ラジオ!?]、ここまでのお相手は……』
『おい! 人の話聞いてる!?』
無視され続ける姉御に、咏ノ原さんはボソボソと小さな声で『ここ、己己己さんが名前言うところですよ』と促す。
『は? だからさ、』
『大丈夫です大丈夫です』
『だから何が大丈夫なんだよ!? ああもう……ここまでのお相手は己己己己己己己と』
『咏ノ原清恵でした。来週も……』
『あなたに声をお届けします』『あなたに声をお届けします』
ああだこうだと文句を言いながら、結局最後にはキッチリ声を揃える辺り姉御はプロだった。
ヘッドホンを机の上に置いて一息吐く。気づけば日付が変わり日曜日になっていた。咏ノ原さんが言っていた通り、私にとってもあっという間の一時間だった。
初対面の姉御にあそこまで物怖じしない人は初めてだった。姉御の傍若無人なキャラに多くの若手が萎縮して振り回されてしまうというのに。今日振り回していたのは、明らかに姉御ではなく咏ノ原さんだ。
私としては姉御のぶっちゃけトークが聞きたくてラジオを追っかけているのだけど……フォローに回る姉御もそれはそれで新鮮なのでありかもしれない。
何より。私は咏ノ原清恵という子が気になり始めていた。自らを高く評価していることを臆面もなく話すが、その話し方は自信家のような話し方ではなく、あたかも当然のことを何気なく話しているかのように思えた。危ういほどの素直さを彼女から感じていた。知らないことなら下ネタだろうと食いついて尋ねてしまうみたいだし。
今の高校生ってもっと捻くれた性格をしていると思ってたんだけど。咏ノ原さんはどこまでも真っ直ぐに思えた。それもあらぬ方向に一直線。
声春ラジオ、か。来週も聞いてみようかな。
そう思いながら、私はさっきまで放送されていたラジオのホームページをクリックした。番組へのメールを投稿する為に。