家族
天井のしみがよく見える。
というよりも、ここしばらくは天井のしみしか見ていない。
5年ほど前に癌を患い、寝たきり状態になった。
1ヶ月前にもういつ死んでもおかしくないと言われ、自宅療養という名目で家に帰った。
妻には10年ほど前に先立たれ、息子と娘もとっくに家を出た。
娘は、大学生になってすぐに私の反対を押し切っり駆け落ち。
今は2児の母だとか、息子が言っていた。
その息子も結婚して、今は大手会社の重役になってうちに遊びに来ることは無くなった。
話し相手がいなくなり、一人残されてから後悔する。
もう少し子供たちと向き合っていれば。
私自身、家庭を顧みずいつも仕事に明け暮れていた。
子供たちに我慢を強いることが多かった。
休みなっても、仕事のことだけ考えていた。
私は一家の大黒柱。
私が働かなければ、家族が路頭に迷う。
家庭を持ったときは確かにそんな風に思った。
思っていた。
それがいつからだろうか、家庭よりも仕事を優先し始めたのは。
いつからだろう。
私の目から、子供たち、家内の姿が見えなくなっていたのは……
いつからだろう。
笑顔よりも、利益を優先し始めたのは……
いつからだろう。
自分を殺すようになったのは……
気がつけば、この広すぎる家にたった一人愚かな老人しか残らなくなった。
自分寿命が近いことは分かっている。
覚悟はとうの昔に決まっている。
心残りがあるならば……
いや、死ぬ前に願いがかなうなら、
もう一度この目でわが子を見たい。
もう一度この手で抱きしめてやりたい。
しかし、所詮は願いかなうことは無い。
私が寿命が近いことはもとより、癌であることすら伝えていない。
そのほうがいいと思った。
しかし、人間の性か願うことはやめられない。
ああ……
もう一度わが子に会いたい……
まぶたを閉じるときかすかに子供たちが映った気がした。
私は、夢でもそれがうれしくて今度こそ本当にまぶたを閉じた……